シネマ一刀両断

面白い映画は手放しに褒めちぎり、くだらない映画はメタメタにけなす! 歯に衣着せぬハートフル本音映画評!

クリスティーン

オタクからリア充

~高校生アーニーへのレクイエム~

 

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1983年。ジョン・カーペンター監督。キース・ゴードン、ジョン・ストックウェル、アレクサンドラ・ポール。

 

内気な高校生アーニーはスクラップ寸前の自動車、58年型プリマス・フューリーを買い取り、それにクリスティーンと名づける。しかしアーニーはクリスティーンの恐るべき秘密を知らなかった。不良たちによって破壊されたクリスティーンは自力で再生・修復し、復讐を開始。それは意思を持ち、自らの美を汚す者に容赦なく襲いかかる残忍な車だったのだ!(映画.com より)

 


自動車は女性のメタファーだということは有名だが、そんな例え話を愚直にも額面通りに映像化するあたりがジョン・カーペンターの高潔なバカ精神。感激せざるを得まい。
性的シンボルとしての自動車が意思と人格を持ち、自らを傷つける者、および持ち主である主人公に危害を加える人間を片っ端から轢き殺してゆくという、あんたの為ならアタシ何だってするわ映画の真骨頂として、ひとまず本作はホラー映画に位置づけられている。

妥当な判断だろう。恋に溺れた女の情念とホラーはまったくの同義だからである。

クリスティーンと名づけられた58年型プリムス・フューリーの彼女は、その持ち主である高校生アーニーが学園のマドンナ・リーとドライブシアターの車内でイチャつき出したことに嫉妬し、アーニーが外に出たタイミングを見計らってリーを車の中に閉じ込め、自らの意思でカーラジオを流してリーを怯えさせる。高校生アーニーをめぐって、人間の女と一台の車が恋の鞘当てを演じるさまは名場面と呼ぶほかない。

そして内気な高校生アーニーを虐めまくっている不良学生たちが、アーニーが車を大事にしていると知って、真夜中に車庫に忍び込みストリートファイターのボーナスステージさながらに大勢でクリスティーンを破壊する。見るも無残な姿に…。

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てっきり悲しむべきシーンかと思いきや、スクラップと化した彼女は見る見るうちに自己再生を果たし、ひとりでに動き出して「許さないわよ、アンタたち~!」とばかりに逆襲の不良狩りに打って出る(そつなく全員轢き殺す)。

だが本作をヤキモチ焼きのおてんば娘・クリスティーンによる激走ヒトはね映画として笑いながら観る人がいれば、それは悲しむべきことだ。

怪物クリスティーンの物理的暴走よりもタチが悪いのは、その持ち主である高校生アーニーの精神的暴走ぶりだからである。

映画の冒頭では、ナヨナヨしている高校生アーニーの情けない姿と、彼を不良たちから守ってくれる親友デニスとの何物にも代えがたい男の友情が学園青春モノとして美しく描き出される。

ジョック(体育会系)のデニスが、どうしてナード(オタク)丸出しの高校生アーニーと仲良くなったのかは分からないが、とにかくデニスは毎日放課後になると高校生アーニーを遊びに誘い、ちょいちょい絡んでくる不良たちを自慢の腕っぷしで撃退してくれるのだ。

デニス、ええやっちゃな~。

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だが、高校生アーニーがクリスティーンに惚れ込むうちに、もはや彼は情に厚く親思いの小心者アーニーではなくなってしまう。
「高校生が車を持つなんてまだ早いわよ!」と反対する母親に「うっせえ、ババア!」と反抗的な態度をとり、デニスとの遊びよりもクリスティーンのメンテナンスばかり優先するようになり、あまつさえデニスがアタックしたのち速やかに玉砕した学園のマドンナ・リーをモノにするという性的覚醒者ならではのいちびりが顕在化。言葉つきも表情もすっかり豹変してしまう(それはそうと、ウディ・アレンみたいなしょぼくれた顔したアーニーが、どうして高嶺の花であるリーと付き合えたのかは永遠の謎)

イイ女とイイ車を手にしたアーニーは、これまでに抱えていたコンプレックスの反動として周囲の心優しい人々を裏切り、クリスティーンの魔性のセックスアピールに溺れてゆく。
終いには恋人のリーから「私と車、どっちが大事なのよ!」と詰め寄られて「車!」と即答した即答者アーニーは、次第に意味不明の奇行が目立ちはじめる。失恋者デニスを夜のドライブに誘いだし、飲酒運転&手放し運転で高笑いしながら車をぶっ飛ばすという70年代ロックスターのごときイカレ行為を演じるのだ。

 

見かねたデニスとリーは、高校生アーニーをおかしくさせた元凶であるクリスティーンの完全破壊を決意して、夜の倉庫にクリスティーンと運転者アーニーを誘いだす。

そして華麗なハンドル捌きでクリスティーンを走らせる運転者アーニーを、ブルドーザーに乗り込んだデニスが迎え撃つという異種格闘技戦が勃発

ブルドーザーVSプリムス・フューリー

もはや「俺は何を観ているのだろう?」と自問する境地。

 

クリスティーンとブルドーザーの激しい攻防。そのバトルの最中に、運転者アーニーフロントガラスから吹き飛んで事故死するという騒がしい展開を迎えるも、クリスティーンは意思(というか殺意)を持っているのでバトルは続く。

ていうか、えええええ。

運転者アーニー死んでもうたん?

一応、主人公だったんだけど…。

 

だが、デニス急逝者アーニーのことなど気にしていられない。アーニーがいなくともクリスティーンはひとりでに動いて襲い掛かってくるのだ。
デニスは目にもとまらぬクリスティーンのスピードに撹乱されつつもどうにか動きを止め、自己再生が追いつかないほど何度も何度もブルドーザーで轢きまくり、ようやくクリスティーンの息の根を止めた…。

まぁ、クリスティーンの自己再生能力とか、自己再生が追いつかないほど何度も何度もブルドーザーで轢きまくるとか「なにそれ?」って感じで理屈がさっぱりわからんが、このあたりの適当さには目をつむりましょう。

遊星からの物体Xゼイリブなど、得体の知れない何かが人間に乗り移るというモチーフを繰り返し描いてきたジョン・カーペンター
本作ではクリスティーンの魔力に取り憑かれた高校生アーニーの悲劇を描いているが、アーニーが本当に取り憑かれていたものはクリスティーンの魔力ではなく、それによって初めて自らに芽生えた自尊心と優越感だった。
とかく暴走しがちな思春期の学生にとって大事なことは心の安全運転にほかなるまい!