シネマ一刀両断

面白い映画は手放しに褒めちぎり、くだらない映画はメタメタにけなす! 歯に衣着せぬハートフル本音映画評!

身代金

パンピーギブソンが考案した人質奪還理論とは!?

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1996年。ロン・ハワード監督。メル・ギブソンレネ・ルッソゲイリー・シニーズ

 

新参航空会社のオーナー、トムは一代で財を成し、美しい妻と聡明な息子に囲まれて暮らす成功者であった。そんな中、愛する一人息子が誘拐されてしまう。自信家でもあるトムは、FBIの手を借りずに自力で解決しようとするが、身代金の受け渡しは結局失敗。姿なき犯人の度重なる脅迫に業を煮やした彼は、犯人を捕まえたものに、賞金として身代金二百万ドルを与えるとテレビで発表する…。(映画.com より)


はじめて観たのは、もうかれこれ20年前。テレビの洋画劇場でしょっちゅう放送されていた懐かしい作品だ。
この作品には、90年代ハリウッドが誇る底抜けの力強さが漲っている。なんというか、この時期のハリウッド映画には霊感にも似た恐るべきパワーがあり、とにかくめったやたらに面白いのだ。

 

息子を誘拐された航空会社社長のメル・ギブソンは、リーサル・ウェポンのようにとんとん拍子で事件を解決したり、『マッド・マックス』のように有無を言わさず犯人をぶっ殺したりしない。ましてや『ブレイブハート』のようにスコットランドを独立させたりもしない。身代金を要求する犯人グループに翻弄されて、ただ自宅の電話機の前で憔悴するだけだ。

この映画は、それまで刑事かアウトローか軍神しか演じないことでお馴染みの英雄願望まるだし俳優メル・ギブソンが無力な一般人を演じた作品である。だからメル・ギブソンっていうかパンピーギブソンなのである。

 

まずおもしろいのは、シナリオの構成。

息子を取り戻すためにFBIと作戦を立てるメルギブと、何かあるとすぐ仲間割れを起こす犯人グループの様子を終始一貫してカットバックで交互に見せ続ける…という構成は、通常のサスペンス映画ではあまり見られない。誘拐された息子の安否が観客に筒抜けになってしまうから(そもそもハリウッド映画は子供と愛玩動物をめったに殺さないので、ハナから息子の安全は保障されてるのだけど…)

だがロン・ハワードは、そこを逆手に取ってドラマを構築する。

電話口の向こうから息子の悲鳴と銃声が聞こえたことで「息子が死んだ」と思い込んだメルギブはその場に崩れ落ちてオイオイ泣くが、当然その銃弾は息子に命中するわけがなく、ただ空を裂いて壁をぶち抜いただけだ。

つまり事実を知っている我々観客と、誤解して勝手にフライング泣きしてるメルギブとの間に認識の相違を作り出すことで、物語を突き動かすキャラクターの行動原理のもどかしさに拍車をかける…という演出のカウンターである。

 

だがやはり本作最大のカウンターパンチといえば、身代金受け渡しの約束をドタキャンしてテレビの生放送に出演したメルギブが全国民に向けて言う台詞。

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「私は息子を誘拐されて200万ドルを要求されたが交渉には応じない。ここにある200万ドルは犯人を捕まえてくれた者への懸賞金とする! 以上ッ!」

 

犯人に要求された身代金を懸賞金として張り返すだとォ――ッ!?

テレビを見ていた視聴者はぶったまげるし、妻もFBIもぶったまげる。犯人はもっとぶったまげる。何より我々観客が一番ぶったまげる。

これは、誘拐事件の被害者がアッと驚く方法で反撃に転じるという、前代未聞の誘拐犯ギャフンと言わせ映画だ。なにこの展開、おもしろすぎるんですけど。
メルギブにとっては一世一代の大博打だが、このハッタリ戦術がなかなか考えられていて、その手があったかと思わされる。

 

  1. メルギブには「身代金を渡そうが渡すまいが、どのみち犯人は息子を殺すつもりでいる」という確信があった(これは大前提)
  2. そこで犯人の首に200万ドルを懸けることで街全体を味方につけて犯人を追いつめる(人々が関心を失わないために懸賞金は日々上乗せされる)。
  3. 「息子を解放すれば懸賞金は取り下げる」という条件を出しているので、犯人に残された選択肢は息子の解放しかない。

 

これぞ本作が提唱した人質奪還理論!

ムチャクチャなようで意外と理論的。意外と理論的なようでやっぱりムチャクチャ。

この冷静と情熱のあいだみたいな綱渡りこそが本作の、ひいては90年代ハリウッドの醍醐味なのだ。

ダ・ヴィンチ・コードなんかより100倍おもしろいよ!

 

懸賞金を取り下げるために電話をかけてきた犯人に対して、FBIのおっさんから再三に渡って「ヘタに感情を刺激せず、犯人の言うことに従ってください」と忠告されているにも関わらず、メルギブがうっかり犯人に怒鳴ってしまったことで、両者が血管ブチ切れで罵り合うシーンがある。そこでの言葉の応酬が息子を人質に取られて不利な立場にある被害者の口から出た言葉とは到底思えず、あまりにひどい口喧嘩ぶりに大笑いしてしまった。

以下は両者ぶち切れシーンの一部始終。

 

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メルギブ「息子を返してくれたら懸賞金は取り下げると言ってるだろ!」

 

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犯人「ゴチャゴチャ言ってねえで、さっさと金をよこせ!」

 

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メルギブ「貴様なんかにやるくらいならドブに捨てた方がマシだ! 分かったか、このクズが!

 

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犯人「今すぐ金をよこせ。さもなくば息子を殺すぞ!」

 

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メルギブ「今すぐ息子を返せ! 俺が貴様を見つけたらなぶり殺しにするからな! この世に生まれてきたことを後悔させてやるぞ! いちばん残酷な方法で貴様を殺してやる!

 

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犯人「ふざけやがって!今すぐガキを殺してやる!

 

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メルギブ息子を殺すだと? その前に貴様が死ね!

 

これはひどい

一昔前のネットの掲示板よりひどい。

メルギブがキャリア史上最高に荒れている。『マッド・マックス』リーサル・ウェポンが可愛らしく見えてきた。

 

犯人グループの主犯格はゲイリー・シニーズ

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画面に現れた瞬間に「あ、こいつが黒幕ね」と瞬時にわかってしまうほどの筋金入りの悪役俳優として90年代に活躍した。


そしてメルギブの妻にレネ・ルッソ

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こちらも90年代の花形女優。メルギブとはリーサル・ウェポン3』でも共演しており、リーサル・ウェポン4では夫婦になっていたので、時系列に沿ってリーサル・ウェポン3』リーサル・ウェポン4『身代金』という順番で鑑賞すれば楽しさ倍増。

つまり本作は『リーサル・ウェポン4』の続編であるという暴論を、どうにか通したいなぁ。無理かなぁ。無理だろうなぁ。

 

メル・ギブソンが悲しみまくって落ち込みまくってブチ切れまくるという、感情の変化がやたらに忙しない90年代サスペンスの佳作!