嗚呼、愛しの中年讃歌。
妻に先立たれて15年になる50歳の淳一は、自分が癌ではないかという疑いを抱く。2人の子どもたちには弱音を吐けない淳一は、中学時代からの親友・真田に胸の内を明かす。さえない中年の男やもめが、見栄を張りながらもダンディズムを貫き、一生懸命に生きる姿を描く。(映画.com より)
光石研、33年ぶりにして俳優人生で二度目の主演作!
全中年必見の激アツ親父映画の真骨頂とは言えまいか。
Yes、言える!
光石研という日本映画界の名バイプレーヤーを主演に据えて一本の映画を撮りあげた本作は底抜けに痛快だ。
その理由は、ダンディズムを貫き通す不器用な中年親父・光石研が、「大変だねぇ」といって心配してくれる親友・田口トモロヲに対して、「おい、そんな当たり前のこと今さら言うんじゃねえよ。こんな時代におじさんやってんだぞ。後にも下がれねえ、前にも進めねえ50歳だ。だから大変だねなんてわかったこと言うんじゃないよ」というシビれる名言を残すからではない。
ましてや、この男が「依然として後方…、依然として後方…」と呟きながら自転車を漕ぎ続ける畦道の景色が、ファーストシーンとラストシーンとで晴れやかな円環構造を成しているからでもない。
本作が底抜けに痛快なのは、脇役の染谷将太、ワンシーンだけ出演した綾野剛、そして友情出演の藤原竜也といった主役級の人気俳優たちが次々と画面に現れては消えていくさまを、終始出ずっぱりの脇役俳優・光石研が「僕の主演映画にこんな人気俳優たちが出てくれるなんて、なんか分不相応で申し訳ないなぁ…」といった恐縮の瞳でぼんやりと眺めるからにほかならない!
そして恐縮の瞳が自信の瞳へと変わっていくさま。これこそ本作が痛快たる所以なのである。
出ずっぱりの脇役俳優という語の矛盾、その心地よさに前後不覚。
これまで様々な作品に出て日本映画を支えてきた緑の下の力持ちこと光石研が、「悪いけど、今回だけは目立たせてもらうよ」とばかりに画面をかっさらい続ける106分。
脇役俳優に与えられた33年ぶりの主演というご褒美。
そこで輝く光石研!
わけもなく涙が出そうになった。
この時代にやせ我慢をして格好をつけるオヤジの美学に真正面から切り込んだ本作は、哀愁と苦味とが表裏一体になったコメディを目指す監督・石井裕也とは抜群に相性がいい。
たとえば携帯ゲーム機に夢中でまったく会話してくれない息子との距離を縮めるべく、光石研は田口トモロヲを連れて家電量販店に向かい、「何が何だかさっぱりわかんねえな」と愚痴をこぼしながらも携帯ゲーム機を購入。
その晩、自宅に帰ってきた息子に「対戦しようぜ」と話しかける(この台詞がまた妙にダサくて最高)。
だが息子は「あー。それ…、俺のと機種違うから」と呟いて、逃げるようにして自分の部屋に行ってしまう。
機種? なにをいってるかぜんぜんわからないといったポカン顔で、ひとりリビングに取り残される父…。
せつねええええ!
息子と一緒に遊びたいという親の気持ちが物の見事に空回りする哀愁炸裂のシーンだが、機種も把握してなければ肝心のソフトも買っていないという光石研の無計画さが、十代の息子とのジェネレーションギャップを浮き彫りにする。それがやけに物悲しい滑稽さとして、観る者を曖昧に笑わせるのだ。
「私さ、あの人と結婚するわ。逆に」という素晴らしい名言を残した『川の底からこんにちは』に負けず劣らず、本作でも石井裕也の卓抜した言語感覚が火を噴いている。
石井裕也は名言製造機なのだ。
ゲームセンターで援助交際している女子高生に大声で説教をカマした光石研が、最後に「ドーンと大志を抱いて飛べ! メス豚! 飛べ!!」と怒鳴るさまなんて完全に柴田ヨクサル漫画の世界。思いきり振りきっている。
まさに私はこういう言語感覚に影響を受けた人間でもあるので、石井裕也のダイアローグはいちいち気持ちよくて仕方がないのだ。
しかも光石研の台詞は単にギャグめいた言葉ではなく、台詞回しによってそのキャラクターの人生哲学まで炙りだすという、いわば魂の言葉、否、修辞学的ロック言語論とも呼ぶべき吹っ切れ具合で、観客の常識化した言語感覚に新しい風を送り込むのである。
もはやロックンロールだよ!
さらにこの論を押し広げると、冒頭でも述べた「大変だね」という同情に対する「そりゃ大変に決まってんだから、当たり前のことを言うな」のように、決まりきった気休め文句に対する論理的批判がカマされている。そこがまた面白い。
「弱音を吐くなよ」と慰める田口トモロヲに対して、光石研は「唯一の友達に弱音も吐けない男なんて逆にどうかしてるだろ!」と怒鳴ってみせる。
多分に笑いのニュアンスを含んでもいるこのフレーズは、しかしなるほど、 J-POP的なポジティブ激励クリシェが「泣かないで」、「悲しまないで」、「落ち込まないで」といったフレーズをしきりに連発するエールという名の脅迫に対して「落ち込んだっていいだろ、別に!」と喝破してみせるのである。
そして、このような激励クリシェで光石研の神経を逆撫でする田口トモロヲに、いかにも無自覚といった棒読みで同じ激励フレーズを繰り返させるあたりもまた面白く。
シビれる名言を連発する光石研と、軽くて浅い言葉しか使えない田口トモロヲの対比。
この二人がたびたび居酒屋で語らうシーンが、決まって静かな長回しで撮られているあたりもいい。酒を飲みながら友達と与太話するダラッとした雰囲気がよく出ている。
寡黙な息子が堰を切ったように思いの丈を吐きだすシーンや、ダンスするような人間ではなかった頑固な光石研がうさぎダンスを披露するヤケクソじみたシーンなど、全編に渡ってものすごく熱い何かがハジけまくっている。
中年だけでなく中年になるであろうヤングたちも必見。
すなわち全人類必見の中年讃歌映画である。ビバ中年!
当ブログは中年を応援しています。