誰かが使った後のティーバッグで紅茶を淹れてるだけの出涸らし映画。
2016年。レニー・ハーリン監督。ジャッキー・チェン、ジョニー・ノックスビル、ファン・ビンビン。
香港のベテラン刑事ベニー・チャンは、相棒ユンを殺した疑いのある香港の犯罪王ヴィクター・ウォンを9年間も追い続け、ユンの娘であるサマンサを育ててきた。しかし、捜査中の過度の追跡により近隣住宅に甚大な被害を与えてしまい、停職処分となり、サマンサもヴィクターの犯罪に巻き込まれてしまう。ベニーはサマンサを救出するため、事件の鍵を握るアメリカ人詐欺師コナー・ワッツを追ってロシアへと向かうが、なぜかベニーとコナーが追われる身となってしまい…。(映画.com より)
もう6年前になる。
『ライジング・ドラゴン』(12年)の公開時に、ジャッキー・チェンは「今作限りでアクションを引退する」と嘘をついた。
私を含め、当時のジャッキーファンは「ええええええええ!?」と吃驚してもんどり打った。か細い声で「うそーん…」と呟く者もいた(まぁ、結果的には嘘だったわけだが)。
多くのジャッキーファンは、お疲れさまの意味も込めて『ライジング・ドラゴン』を温かく迎え入れて高評価したが、私は「映画として相当ぬるいな…」と思ったので、某SNSで率直な感想を書いてコテンパンに酷評した。
そしたら、ある人から「引退作を酷評するなんて血も涙もないのか。本当にジャッキーファンなのか…?」みたいなことをオブラートで三重に包んで遠回しに言われた(とても優しい書き方だったし、その人とは映画友達でもある)。
なるほどな、とは思う。その人の発言は尤もだ。
「ジャッキーの引退作なんだし、多少の瑕疵には目をつむって大らかな態度で観てあげましょうよ」ということだよね? 合ってるよね!?
だとしても、ですよ。
いや、だからこそかな。
だからこそ私は、薄情にも『ライジング・ドラゴン』をぶった斬ったのだ。
「引退作だから」とか「お疲れさまの意味を込めて」みたいな理由でこの引退作を褒めることは、毎回死を覚悟して映画を作ってるジャッキーに対してむしろ失礼にあたるのではないかしら。
その人からは「おめぇ、本当にジャッキーファンなのか?(大意)」と言われてしまったけど…、それはこっちのセリフだよ!
どれだけ好きな人にも「ダメなものはダメ」と言えるのが本当のファンだと私は思う。誰かの作品(表現)を本気で受け止めるというのはそういうことだ。それが出来なければただの馴れ合いだ。
表現者が本気で表現してるのだから、受け手の僕も本気で受けとめたい。
僕は良くも悪くも嘘がつけないし、「正直ぬるい出来だけど、引退作だから好意的に捉えよう」という人情もなければ融通も利かないヒューマノイドだ(だから「血も涙もないのか?」という部分に対しては「確かにないね!」と首肯します)。
だから、僕は僕なりの誠意をもって『ライジング・ドラゴン』をこっぴどく酷評した。それが本気で映画を作るジャッキーに対する嘘偽りのない敬意だと思ったからだ。
このようにですね、何事によらず「酷評」というのは必ずしも悪感情に依るものではなくて、愛するがゆえに酷評する場合だってあるんですねぇ!(という自己正当化)
前置きが長くなってしまってごめんチャイナ。
この苦々しい思い出話を踏まえて『スキップ・トレース』の評論に移ります。
『スキップ・トレース』は相当ぬるい作品である!
さすがに『ライジング・ドラゴン』でのアクション引退発言が嘘だったことを知ったジャッキーファンは、もう「引退作だから」とか「お疲れさまの意味を込めて」みたいなメロドラマじみた理由で苦し紛れに擁護することもなく、この『スキップ・トレース』に対して「ワンパターンでグダグダ」とか「焼き直しの焼き直し」など忌憚のない意見をぶつけ始めた。
やっと正気に戻ったか、ジャッキーファンよ。
まぁ、予告編を見る限りは楽しそうだったし、何より監督がレニー・ハーリンなので結構いいんじゃないかと思っていたが、実際観てみると半身浴するときのぬるま湯ぐらいの温度の映画だった。
レニー・ハーリン…『ダイ・ハード2』(90年)や『クリフハンガー』(93年)などで90年代アクションを牽引した、決して名匠ではないがそこそこ信頼できる監督。
脚本が杜撰とかアクションの配置がデタラメとか、さらに言うとフラッシュバックがまどろっこしいとか各エピソードが有機的に結びついてないとか…言いたいことは山ほどあるけど…。
もういいよいいよ。ぜんぶ不問に付す!
ただ、二つだけ言わせてくれ。
①ジャッキーの動きにキレがなさ過ぎ。
あ~~、分かってる分かってる!
「もうジャッキーも62歳だよ? 全盛期のアクションを要求するのはさすがに酷でしょ」とか言うんでしょう?
絶対言う思たわ! 織り込み済みだわ!
さすがに全盛期のようなアクションは要求しないけど、それにしても動きがモッサリし過ぎてて、なんかもう悲しくなってくるんだよ。
「年寄りの冷や水」という言葉は使いたくないけど…、寄る年波には勝てないというか。
カット割りとか早回しとか、俊敏に動いてる風に見せるための映像技法はいくらでもあるわけで、そういうので上手くごまかしてくれた方がまだ幸せだよね、観る側としては。
そもそもカメラって被写体をごまかすためにある物だから(映画とは錯覚の産物だ)、こういう時こそ「映画の嘘」を使えよ! っていうね。
それこそ『タキシード』(02年)みたいに特撮を使うとか、『メダリオン』(04年)みたいにCGを使うとかさ…。
なんでもいいからこのモッサリ感をどうにかしろ!
とにかくジャッキーのアクションに老いが見える。
見ようによっては「このモッサリ感が逆に生々しくて味わい深い」みたいな楽しみ方も出来なくはないけど、端的にアクション映画として爽快感を削ぐんだよ。
拳を交える敵役の(本来ならキレッキレの)若い俳優が、ジャッキーのもっさりアクションに合わせてわざと手加減してるのが露骨に感じられて。
遠慮!っていう。
忖度!っていう。
そういうところも「うわぁー。手加減されてるやん、ジャッキー…」と、寂しい気持ちになりました。
②バディムービーとしてどうなのか?
本作は、『ジャッカス』シリーズで知られるコメディアンのジョニー・ノックスビルとジャッキーが組んだバディムービーだ。
だが肝心のバディ感が弱い。友情や連帯感が劇中でまったく描かれないばかりか、「カメラが回ってない所では仲悪いのかな?」と邪推してしまうぐらい相性が悪いというか、しっくりこない組み合わせだ。
ジャッキー主演のハリウッド映画には、『ラッシュアワー』(98年)然り『シャンハイ・ヌーン』(00年)然り、バディムービーがやたらに多い。
まぁ、そらそうだわな。大資本を投入して1人の中国人にハリウッドの看板を背負わせるのは興行的にリスクが大きいということで、すでに知名度のあるアメリカ人俳優を相棒役にあてがって安全にヒットを狙うという制作側の目論見は当然あるのだろう。
それにしても、ジョニー・ノックスビルの配役はテキトー過ぎやしないか?
もう「アメリカ人なら誰でもよかったのか?」と思うぐらいジョニー・ノックスビルがジョニー・ノックスビルである必要性がないし、ケミストリーも起きてないし、なんなら仲悪そうに見えるぐらい二人の掛け合いもギクシャクしている。
「うわー、ぜんぜん楽しくないわぁー」っていう。
シリーズ化もされた『ラッシュアワー』と『シャンハイ・ヌーン』。こっちもこっちでヌルい映画だけど本作に比べたら格段に楽しい。
あとやっぱり、アメリカで成功した『ラッシュアワー』と『シャンハイ・ヌーン』に引っ張られすぎというか、意識しすぎというか。
ジャッキーとノックスビルが「中国にはこういう諺がある」、「いや、ここはアメリカなんだから郷に入っては郷に従えよ!」みたいな、中国人の価値観とアメリカ人の価値観の齟齬をギャグにした異文化コメディがやたらに推されてるんだけど、それって『ラッシュアワー』の二番煎じなんだよね。
誰かが使った後のティーバッグで紅茶を淹れようとしてるわけ!
「いやいや、もう出涸らしですやん」っていうさ。
あと、細かい話になるけど、酒に酔ったジャッキーがアデルの「Rolling In The Deep」を陽気に歌って、「お。アデルなんて聴くのか。意外だなぁ」と言ったノックスビルに対して「僕が中国人だから意外なのか? 『Rolling In The Deep』はクラシックだよ。人種なんて関係ない」みたいなことを言うシーンがある。
これは中国人とアメリカ人の融和を分かりやすく示したシーンだ。
中国人としての矜持を貫いていたジャッキーが、ノックスビルと交流を重ねるうちに徐々にアメリカナイズされて「アメリカ文化も悪くないな」と思い始める…っていう異文化コミュニケーションが描かれてるわけだが、やっぱりこれも『ラッシュアワー』で「ジャッキーがビーチ・ボーイズにハマる」っていう異文化ギャグの援用でしかないんだよね。
ジャッキーをも口ずさませたアデルの『Rolling In The Deep』。
とにかく全編「ハリウッドにおけるジャッキー映画のセオリー」を何のオリジナリティもなく踏襲してるだけ。
で、『ラッシュアワー』と『シャンハイ・ヌーン』という成功例を研究して必勝パターンを盗んだわりにはぜんぜん面白くないという。
「散々カンニングしたのに30点かい!」っていうさ。
ただ、もしキミが今すぐビデオ屋で『スキップ・トレース』をレンタルしてそそくさと家に帰ってこの映画を観てみると、私がいまコテンパンに貶したほど酷くは映らないと思う。「なんだ、まあまあ楽しめるじゃん」って。
確かに実際、そういう風に作られている映画なのだ。
基本的には万人受けする要素(ジャッキー映画の定番)が詰まっている、最大公約数としてのエンターテイメントだ。
でも、だからこそ罪深いわけで。だからこそ「ジャッキー映画を観たという気分にさせてくれる快作!」と褒めるレビュアーと「ジャッキー映画でこれはナイんじゃないの…?」と苦言を呈するレビュアーの意見が真っ二つに分かれるのだ。
その分水嶺こそが、映画を娯楽と受け止めるか表現と受け止めるかの違いなのかもしれない。
ということで、『ライジング・ドラゴン』に続いてまたしても間然してしまった『スキップ・トレース』…。
ただし、ヒロインのファン・ビンビンは相変わらず美しいので目の保養にはなる。
あと敵役として出てきた女優 ジャン・ランシン(役名ティンティン)も。
ティンティンといいビンビンといい、なに考えとんねんと思うような名前ばかりだが。
ファン・ビンビン…ジジイかババアしか見ない華流ドラマ『楊貴妃』(15年)や『武則天 -The Empress-』(15年)で注目された中国の女優。近年ではハリウッドにも活躍の幅を広げており『X-MEN: フューチャー&パスト』(14年)にもしれっと出演している。