シネマ一刀両断

面白い映画は手放しに褒めちぎり、くだらない映画はメタメタにけなす! 歯に衣着せぬハートフル本音映画評!

アバウト・レイ 16歳の決断

女性オンリーの『サザエさん』。

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2015年。ゲイビー・デラル監督。エル・ファニングナオミ・ワッツスーザン・サランドン

 

ある日、身も心も男性として生きたいと告白し、そのためにホルモン治療を受けたいという16歳のレイ。突然のことに動揺を隠しきれない母マギーは、不安を打ち消すかのように近所に住む青年と一夜を共にする。一方、すでにレズビアンであることをカミングアウトし、パートナーと暮らしている祖母ドリーは、レイの決断を密かに応援していた。努力を重ね、少しずつ自分らしく生きていくレイを見て意を決したマギーは、ホルモン治療の同意書にサインをもらうため、レイの父親である元夫に会いに行く。(映画.com より)

 

ヘイみんな、サマーソングは聴いてる?

私の中で夏の曲といえばエアロスミス「Jaded」なんだよ。べつに夏を歌った曲ではないのだけど。「マーマーベイベーブルー」つってるだけだし。

当時コカ・コーラのCMに使われていて、たまたま夏にそのCMをたくさん観たからそういう印象を植えつけられたのかな。

でも夏に聴きたいアルバムはレッド・ツェッペリンの1stLed Zeppelinだ。夏こそ爽やかでアッパーな曲を!というのがお前たちの民意だろうが、逆に私は暑苦しいほどブルージーなこのアルバム。真夏の夜にエアコンをつけず上半身裸で汗を流しながら聴くLed Zeppelinは最高だ。したことはないがな。

 

申し訳ないけど、私は今から「Jaded」を聴く。評はすでに書きあがっているし、あとは「公開する」のボタンをクリックするだけだからな。

みんなも聴く? かなり有名な曲だから、サビを聴けば「はぅあ!」となること請け合いだよ。それにPVではブラック・スワン(10年)ステイ・フレンズ(11年)でお馴染みのミラ・クニスが出ているんだ!

この頃のミラは清純な美少女でした。ていうか白い!

 

 

つうこって本日はアバウト・レイ 16歳の決断

読むか読まないか、決断しろ!

 

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◆はっきり言って『サザエさん』◆

監督がエル・ファニング演じるトランスジェンダーの少年を女性代名詞で呼んだことで、LGBT団体から激しい批判を浴びた。こんなくだらないことで大騒ぎできるとは、ご苦労なことである。

さて、批評的にも「凡庸」と評された本作は、生物学的には娘だが中身息子のエル・ファニング、その母親ナオミ・ワッツ、祖母スーザン・サランドンの親子3世代を描いたファミリー喜劇である。

 

トランスジェンダーのエルくんは、男になるためにホルモン治療を受けたがっている16歳の高校生だが、ホルモン療法を受けるには両親の同意署名がいる。

ナオミ母ちゃんは夫と離婚しているので、ホルモン療法を受けさせるためには元夫の家を訪ねて書類にサインをもらわねばねらない。

スーザン婆ちゃんは筋金入りのレズビアンで、恋人のリンダ・エモンドと同棲しているが、その自宅に娘のナオミ母ちゃんと孫のエルくんも住まわせている。

まさに女性オンリーの『サザエさん』とは言えまいか。言えるはずだ。

フネとサザエとワカメの同居生活を描いた作品なのだ。

ただしワカメが男の子になりたがっていて、サザエはマスオと離婚、そしてフネがレズビアンという、もう何が何やら状態。

 

それはそうと、サザエさん一家は頭がどうかしていると思います。

自分の子供たちにサザエ、カツオ、ワカメなんて名づけたフネも相当ヤバい女だが、サザエもサザエで、珍妙な名前をつけられた怨みを息子で晴らすかのように「タラオ」なんてふざけきった名前をつける。DQNネームの走りだろ。普段はタラちゃんタラちゃんなんてキュートな渾名で呼ばれているが、改めて彼の本名を考えてみてくださいよ。

フグ田タラオだからね。

この時点でもう未来はないよ。こいつに。

でもワカメが一番可哀想だよね。ワカメは女の子なのに…。ワカメって。

ていうかワカメ?

なんなんだワカメって。なぜこんな気味の悪い名前をつけられなくちゃいけないんだ。

だから私はサザエさんを観てほっこりできないんですよ。イカれ過ぎてて。だって一家全員サイコパスじゃないですか。本質的にはデヴィッド・リンチの世界観に近いと思うんだよねぇ。

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今回のエルちゃんはボーイッシュだぞ!

 

まずサインもらえよ!◆

さて、話を戻すとしようか。

物語は、ナオミ母ちゃんやらエルくんやらが書類にサインさせるために元夫の家庭に突撃訪問を繰り返すさまに主軸が置かれている。

 

ナオミ母ちゃんが突撃訪問→元夫と大喧嘩→サインもらえず撤退。

今度はエルくんが突撃訪問→ナオミ母ちゃんが援護に駆けつける→話がこじれてまた大喧嘩→サインもらえず撤退。

 

面白くなりそうな素地はあるが、いかんせん同じことの繰り返しなのでなかなか先に進まず煮え切らない。

元夫はトランスジェンダーのエルくんを理解しているし、普通に頼めばササッとサインしてくれそうなものだが、その都度ナオミ母ちゃんと衝突して諍いを起こすので「まずサインもらえよ。サインもらった後で好きなだけ喧嘩したらいいだろう」とイライラしてしまう。

とは言えこの映画、元夫がサインしたら話が終わってしまうので、いかにそれを先延ばしにするかが脚本家の腕の見せ所なのだが、この映画が辿り着いた答えは「サインもらうことを忘れて元夫婦が大喧嘩する…を繰り返す」。

考えうる限り最悪の下策!

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突撃作戦の反省会をする母と娘。

 

◆一生観ていたい、それぞれの一日◆

そんなわけで、どうにも煮え切らないシナリオに貧乏揺すりがマジ止まらんって感じなのだが、細部を楽しむぶんにはなかなかハピネスな作品である。

 

エルくんの趣味はスケートボードで街を突っ走り、さまざまな人や景色をハンディカムにおさめ、帰宅後に映像編集して自作の音楽を乗せるという「思い出のデジタル化」。

一方、ナオミ母ちゃんの仕事はイラストレーターだが、デジタルではなく手作業で絵の具を重ねていく。

この親子のジェネレーションギャップが「デジタル趣味」と「アナログ仕事」によってさり気なく対比されているのがいい。

そしてスーザン婆ちゃんはと言えば、悠々自適に屋上で煙草を吸うという「人生あがり」状態!

そんな親子三代の一日をゆったりと定点観測するカメラの眼差しがとても心地よく、つい「あぁ、一生観ていたい…」なんて思ってしまう。

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自作の曲をスーザン婆ちゃんに聴かせて「いいわね」と評価を受けるエルくん。

 

たとえば某日、ナオミ母ちゃんは元夫に突撃訪問→大喧嘩→撤退して、ぐったり疲れて自宅の床に倒れ込む。だがエルくんは一日中外で遊んでいい気持ち。スーザン婆ちゃんも恋人と一緒にだれかの悪口を言い合っていて、今日という日におおむね満足しているようだ。

ナオミ母ちゃんにとっては0点の一日でも、エルくんにとっては80点の一日だし、スーザン婆ちゃんにとっては60点の一日。

だから、一日の終わりに食卓を囲んで「今日はこんな良いことがあった」とか「私は死ぬほど疲れたわ…。ちょっと聞いてくれる?」なんて言い合える。

なんかよくない?

すごい好きなんだけど、こういうの。悲喜こもごもの人生というかね。

 

普通、ナオミ母ちゃんにとって最悪な出来事があると、時を同じくしてエルくんの身にも悪いことが起きて、スーザン婆ちゃんにも何らかの不幸が訪れる…という具合に、登場人物の不運を重ねていくことで「物語が谷間に入りましたよ」ということを観客に知らせる鉄板の説話技法に走りがちだ。

だが本作は、そうした身振りを意識的に拒否している。

「ナオミ母ちゃんにとっては最悪の一日でも、エルくんにとっては最高の一日だし、スーザン婆ちゃんにとってはそこそこの一日。普通、そんなもんだよね」と言うように。

つまりキャラクターが物語に縛られていない。キャラクターがキャラクターとして自律しているので、たとえ物語が薄暗い谷間に入っても良いことは起こるし、笑顔も見せるのだ。

本来のドラマツルギーとは逆行しているし、物語の起伏や喜怒哀楽が伝わりにくくなるので「基本的には禁じ手」だが、三世代同居の日常を見せる『アバウト・レイ』に関してはこの型破りな作劇法が見事に功を奏している。

だから「一生観ていたい」と思えるのだ。日常系アニメと同じ地平だよ!

 

ほどほどのスターを揃えたほどほどに胸躍るキャスティング

そして何と言っても私が惹かれたのはキャスト。

エル・ファニングナオミ・ワッツスーザン・サランドンが一度に見れるという僥倖にひとまず感謝。

こういう、ほどほどのスターを揃えたほどほどに胸躍るキャスティングって、10年代からあまり目にしないよね。90年代には死ぬほどあったのだけど…(その理由は80~90年代のアメリカ映画を支えた映画スターの高齢化=ネームバリューの低下に伴って旬を過ぎたスターが積極的に起用されなくなった…という事情がある)

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3人の女、3つの世代、3通りのヘアスタイル。まぁそういうことだ。

 

それはそうと、エル・ファニングは今後どうなっていくのだろう。どう思う?

天才子役としてブイブイ言わせていた姉ダコタ・ファニングを追い越し、クロエ・グレース・モレッツを斬り捨て、アビゲイル・ブレスリンを蹴散らしたとはいえ、過労でぶっ倒れる可能性は高いぜ、こりゃ。

今の映画業界内ではエル依存が蔓延している。日本でいうなら何でもかんでも広瀬すずを出しまくるすず依存のように。

このようにして若手俳優は消費されてゆくのだ。エルはまだまだ大丈夫だけどね。

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エルちゃんが倒したライバルたち。左から順に、一世風靡した実姉ダコタ昨今ビッチガールの役にも挑戦しているヒットガール祖父直伝の卑猥ダンスで美人コンテストの優勝を狙った『リトル・ミス・サンシャイン』(06年)のメガネ少女