シネマ一刀両断

面白い映画は手放しに褒めちぎり、くだらない映画はメタメタにけなす! 歯に衣着せぬハートフル本音映画評!

ナインハーフ

 ソフトSMを定着させた文化人類学的作品!

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1985年。エイドリアン・ライン監督。ミッキー・ロークキム・ベイシンガー

 

離婚したばかりのエリザベスは、マンハッタンの中華街で出会った謎の男ジョンに惹かれ、そこら中でセックスする。9週間半にわたる倒錯した愛を描き、日本でも一大旋風を巻き起こした官能映画。

 

おはよ。

悲しいことが起きました。昨日ドラッグストアで買ったばかりの洗顔剤と食器洗い洗剤が行方不明です。

誰か知りませんか? パクった方は返してください。顔面と食器を洗うことができません。

ドラッグストアで商品を受け取り、手に袋をぶら下げて石川さゆり能登半島を口ずさみながら帰路についたのだけど、家に帰った頃にはもう無かったんですよ、袋が。「あれ? そういえば手ぶらやん」みたいな。

能登半島の歌唱に夢中になるあまり、どこかに置いてきてしまったのかしら。こんなことになるなら能登半島なんか歌うんじゃなかった。ちくしょう。ふざけやがって。石川さゆりを訴えたら勝てますかね?

まぁ十中八九勝てるだろうけど、訴えたりしませんよ。なぜなら石川さゆりのファンだからです!!

というわけで『ナインハーフ』の評をエンジョイしてください。

顔面と食器が早く洗いたい。

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◆氷とハチミツ◆

公開当時は日本でもセンセーションを巻き起こしたらしいがな。そのころ私は影も形もなかったから、当時の熱狂ぶりは知る由もない。

猫パンチ事件で人気失墜する前のミッキー・ロークと、『ボクシング・ヘレナ』(93年)を降板して740万ドルの損害賠償金を支払って破産する前のキム・ベイシンガーが、さまざまなシチュエーションで9週間半ぶっ続けでセックスするという、トライアスロンのような夢と希望のポルノ大作である。

 

伝説となった「氷這わせ」「ハチミツ塗りたくり」は人類の性生活に大きな影響を与えた(レビューサイトでは、この映画を真似した盆暗レビュアーが妻や恋人に氷・ハチミツを使った前戯を試みてバチバチに怒られた…というビターな思い出が多数報告されている)。

また、目隠しプレイや野外セックスなど、当時ポピュラーではなかった競技を開拓し、ソフトSMという性的嗜好の一般化に成功。

飽くなき探究心でセックスの可能性を拡張した文化人類学的作品である!

なんてこった。真面目に語れば語るほどバカみたいだ。どうすりゃいいんだ。

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氷とエロスのコラボレーション。一大ブームを巻き起こした「氷這わせ」

 

◆倒錯した9週間半の愛…◆

80年代のセックスシンボルとして絶大な人気を誇っていたミッキー・ロークキム・ベイシンガーラストタンゴ・イン・パリ(72年)をした…という作品なので、80年代の風土を知らない今の若い人たちが観ても何がそんなに騒がれたのか、いまいち分からないでしょう。

今でこそ難波のおばはんみたいな風貌になり果てたミッキー・ロークだが、全盛期はブラッド・ピットトム・クルーズジュード・ロウが束になっても敵わないぐらい女性人気が高かった。あの甘い微笑みが婦女子たちの乙女心を撃ち抜いたのだ。

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左は全盛期のミッキー・ローク、右はおばはんルックになり果てた現在の姿。首元垂れすぎだろ、そのシャツ。

 

一方のキム・ベイシンガーは欧米的イイ女のロールモデルだった。

ぽってりした唇に、自力UVカットでもしているのかと思うほど健康美なグラマラス・ボディ。そしてパーマの取れかかったウェーブヘアの色気。人呼んでキム・ウェーブ。

ちなみに私個人としてはベイシンガーのよさがまったく分からないし、本作でも眉を全剃りしているので時おりルトガー・ハウアーに見えてしまう瞬間もあったが、L.A.コンフィデンシャル(97年)の彼女はよかった。

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キム・ウェーブ。肩ひじ張らないパーマスタイル。


そんな二人が共演した本作で、ミッキー・ロークはあれこれとアブノーマルなプレイを要求する謎の男を演じている。いかにも気の強そうなベイシンガーを巧みにコントロールしてイニシアチブを取る手練れだ。四つん這いで歩けと要求されたベイシンガーが「そんなことしたくない!」と言って人としてのプライドを必死で守ろうとするが、なんやかんやで四つん這いになってしまう。

この頃のミッキー・ロークに命令されたら、私でも四つん這いになってしまうと思う。

そんな変態サディストのミッキー・ロークだが、普段はじつにスウィートな奴で、ベイシンガーの耳元で「僕が朝食を作り、キミに食べさせ、服を着せ、夜は服を脱がせて、風呂に入れる。キミは何もしなくていいんだ…」とウィスパーボイスで介護宣言。

だがこの甘いセリフには、まるで彼女を飼育するかのような倒錯した愛が見え隠れする。

こいつ、結構ヤベぇぞ!

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くねくねダンスに興じるベイシンガー。三枚並べて貼ったらちょっと面白くなりました。

 

そんな愛と肉欲の日々に「きもっちええわー」なんつって充足していたベイシンガーだが、日々エスカレートする要求と彼の浮気を知ったことで、9週間半目にしてついに別れを決意する。「ナインハーフ!」つって。彼のことは今も愛しているが、このままだと二人仲よく堕落してしまうので、綺麗さっぱり関係を清算したのだ。

泣きながらアパートを出ていくベイシンガーと、孤独の部屋で「50秒以内に戻ってきてくれ…」と呟いて一人で勝手にカウントダウンを始めるミッキー・ローク。だが結局ベイシンガーは戻ってこなかった…。

沢田研二勝手にしやがれが脳内再生されたのは言うまでもない。

 

行ったきりなら幸せになるがいい

戻る気になりゃいつでもおいでよ

せめて少しはカッコつけさせてくれ

寝たふりしてる間に出て行ってくれ

アア アアア アアア アア

アア アアア アアア アア


◆色事の達人、エイドリアン・ライン

本作を手掛けたのはエイドリアン・ライン

驚異的なヒットを飛ばした青春ダンス映画フラッシュダンス(83年)をはじめ、『危険な情事』(87年)『運命の女』(02年)など肉欲溺れまくり不倫映画の名匠です。そういえば不条理カルト映画のジェイコブス・ラダー(90年)もこの人だったな。

CM出身の監督というだけあって、即物的な映像センスで時代の空気を切り取ることにかけては一日の長がある。系統的にはデヴィッド・フィンチャーと似ているが、色事が撮れるという優位性こそがこの人の特権だ。

また、時代や都市にこびりつく風俗をカメラにおさめる腕もピカイチ。80年代マンハッタンの薄汚れた感じが二人の頽廃した性生活を物語っているようで妙に生々しい。

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子供お断り映画の急先鋒、エイドリアン・ライン

 

二人の馴れ初めがチャイナタウンの一角にあるわけのわからない肉屋というのがいい。

ベイシンガーはさておき、ミッキー・ロークという俳優は小汚い場末でこそ真価を発揮する。たとえば同じニューヨークでも、高層ビルがボンボン立ち並んだ豪華絢爛なミッドタウンより、移民労働者と野良犬がうろついているロウアー・イースト・サイドの風景にポンッと置いてやると浮き世離れしたダーティーな味わいが出る俳優なのだ。イヤー・オブ・ザ・ドラゴン(85年)とかエンゼル・ハート(87年)とかね。

 

エイドリアン・ラインの最高傑作は『運命の女』だと思っているが、本作はいわば『運命の女』に到達するまでの過渡的な試作。色んなタイミングがピタッと重なって大ブームを起こした、時代に愛された作品なのでしょう。

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 こっちのポスターも好き。