青春映画の大傑作。恋の突撃兵殺しに幸あれ!
1987年。ハワード・ドゥイッチ監督。エリック・ストルツ、メアリー・スチュアート・マスターソン、リー・トンプソン。
ショートカットのワッツはクラスでは悪ガキも一目置く存在だが、幼馴染みでうだつの上がらないキースに何故だか今も片想い。一方のキースはいかにも卒業パーティの女王になりそうなお嬢様、アマンダに御執心で…。(Yahoo!映画より)
今日は更新をお休みしようと思っていたけど、どうしても皆さんにお届けしたいレビューがあるのでガツンと更新。
この心意気、買うべし!
わりに長い文章なので、前置きはこの辺で(書きたくないだけ)。
こんなわけで『恋しくて』。青春映画好きは必見でっせ!
◆事実上のジョン・ヒューズ映画!◆
素晴らしい青春映画を観たから「ひゃっほー」と言うぜ。
ひゃっほー。
はい言った。これぞ有言実行。これぞデキる男。
出会いがしらに思いもよらない良作とぶつかる悦びが、映画好きを次の映画へと駆り立てる。
今回、私がぶつかったのはハワード・ドゥイッチの『恋しくて』だ。
ハワード・ドゥイッチという名前はべつに覚えなくていい。大した監督ではないので覚えるだけ記憶領域の無駄遣いというものだ。代わりに覚えて帰ってもらいたいのがジョン・ヒューズである。その名を記銘せよ!
ジョン・ヒューズといえば、『ブレックファスト・クラブ』(85年)や『フェリスはある朝突然に』(86年)など、80年代にすばらしい青春映画をいくつか残した生涯青春監督である。
『ブレックファスト・クラブ』が暴露したスクールカーストの実態は、ゼロ年代以降の大衆文化のモチーフとして頻繁に使われているし、主人公がカメラに向かって話しかける『フェリスはある朝突然に』のメタギャグは、さまざまな映画で死ぬほどパロディにされてきた(最近だと『デッドプール』や『スパイダーマン:ホームカミング』か)。
そんなジョン・ヒューズが製作・脚本を手掛けたのが本作。
映画業界ではわりによくあることだが、いわばハワード・ドゥイッチというのはスケープゴートで、実質的にはジョン・ヒューズが全権を掌握したジョン・ヒューズ映画なのである。
青春映画といえばジョン・ヒューズ。アメリカでは未だに根強い人気を誇っており、さまざまな映画で幾度となくパロディにされている。
◆『バック・トゥ・ザ・フューチャー』の裏側◆
準備はいいか? 俺はバッチリだ。
それではキャストを見ていこう。
校内ではいまいちうだつの上がらない主人公を演じているのが『バック・トゥ・ザ・フューチャー』(85年)の主役に抜擢されたものの撮影6週間目で降板させられたことでお馴染みのエリック・ストルツ。
ジェダイ顔のハンサムである。
そんなエリックと幼馴染みでドラムばかり叩いているボーイッシュな同級生が、私が『フライド・グリーン・トマト』(91年)評でキャシー・ベイツの話に夢中になるあまりすっかり言及するのを忘れていたことでお馴染みのメアリー・スチュアート・マスターソン。
二人は毎朝いっしょに通学して、同じベッドで寝ても間違いが起きないほどの親友である。
そんなエリック坊やが、いけ好かない金持ちヤンキーと付き合っている学園のマドンナに片想いをしてしまう。
それを演じているのが、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』で主人公の母親を演じたことでお馴染みのリー・トンプソン。
劇中だとエリックはリーに片想いしている…という設定だが、実際の撮影現場ではエリックは彼女に殺意を抱いていたはずだ。
「俺は『BTTF』の主役を降板させられたのに、おまえだけ良いポジションを取って3作全部に出やがって! リー・トンプソンとマイケル・J・フォックスだけはぶっ殺す」
これが『バック・トゥ・ザ・フューチャー』の裏側だ!
真実とはかくも醜くて残酷なもの。テリブル、テリブル…。
◆マスターソンの言語感覚!◆
リーに猛アタックをかけるエリックに、幼馴染みのマスターソンは「やめときなって」と何度も忠告する。
リーは高嶺の花で、同じくカースト上位の金持ちヤンキー クレイグ・シェイファーと付き合っているので、どう考えてもカースト下位のエリックに望みはないのだ、と。
だが、エリックに脈がないことを冷静に分析する一方で、どうもマスターソンの忠告には一抹の私情が感じられるのだ。
「リーを一言で表すなら『男の餌』だよ。顔がいいだけで中身がないんだ。男にとっては連れて歩くことで自尊心を満たせる、体(てい)のいいお飾りってわけ!」
ひゃっほー。よく言った、マスターソン!
私が住んでいる四条界隈でいかにもオツムの弱そうなゴージャス女が日サロ行きすぎて全身丸焦げみたいな丘サーファーもどきと歩いている様子を目にしたときの私の気持ちを代弁してくれてまことにアリス。
だが、そこまで言われてもリーを諦められないエリックは恋の突撃兵。必死にマスターソンに「どうしてもリーに突撃したいのです。戦わせて下さい!」と抗議するが、マスターソンは恋の突撃兵殺し。
「だいたいアンタ、貧乏だろ? 金のない男は相手にされないんだよ」
これに対してエリックは、カースト下位の特権である知性を使って小粋な比喩で反論する。
「表紙だけでは本の良さは分かんないぜ(ドヤ!)」
だがマスターソンは突撃兵殺し。すかさずこう言い返す。
「でも表紙を見れば値段は分かる」
うまい! 完全にKO! ぐうの音もでないエリックは容疑者のように押し黙った…。
校内で変人扱いされているマスターソンは、独特の言語感覚を持った少女だ。
廊下を歩いているエリックを後ろから呼び止めて「座ってるの?」と話しかける。古い付き合いのエリックは「いや、廊下を歩いているんだ」とごく自然に返すが、普通、道を歩いてて「座ってるの?」なんて訊かれたら「え、どういうこと…?」と困惑するよね。
だが私は、こういう意味不明の言語感覚を持った人が好きだ。理解や道理を超えた、鮮烈な言葉を操ることのできる人が。
不思議な言語感覚を持つ恋の突撃兵殺し。それがマスターソンだと言うのか!
◆片想いのいじらしさよ!◆
マスターソンの言語感覚は、さらにわれわれを驚かせる。
リーがクレイグと喧嘩して傷心しているタイミングで恋の突撃をかけたエリックが、思いもかけずリーと良いムードになる。それを快く思わないクレイグは、エリックを自宅パーティに誘って滅多打ちにするという邪悪な計画を立てるが、その計画はあっさりエリックの耳に入る(クレイグは馬鹿だから)。
それでもエリックは、あえてパーティに参加してクレイグと決闘するというのだ(バカな突撃兵だから)。
パーティの誘いが罠と知りつつも死地に飛び込んでケンカしにいくエリックに、マスターソンは「クレイグの仲間は大勢いるし、勝てっこないよ」と忠告する。だが、そこまで言われても決闘を諦めないエリックは丸腰の突撃兵。
「負けることは分かってるさ。勝ち負けの問題じゃなく気持ちの問題なんだ」
オー、カミカゼボーイ!
いつものマスターソンなら皮肉めいた物言いですかさずエリックに反論するだろうが、このときばかりは物憂げな瞳を宙に向けながら、独り言のように呟いた…。
「自尊心の傷を我慢すれば血は流れないのよ…」
ついに出たというのかッ!
本作屈指の名言が!!
なんと芳醇な文学の香り。なんと耽美な哲学の趣き。
なんと幽玄な、乙女心の…うーん、何にしようかな…ゆらめき?
そしてこの瞬間、マスターソンが人知れずエリックを恋慕していたことに、われわれはさらに胸を震わせる。
おそらく彼女は幼稚園の頃からエリックのことが好きだった。ずっと好きだったんだ。だけど物心がついてボーイッシュなファッションとロックンロールに目覚めた彼女は、大好きなエリックから異性としてではなく友達として見られてしまう。そして高校時代の現在。エリックは自分ではなく、自分よりもっと女の子らしくて可愛いリーにゾッコン。
はじめこそ嫉妬心からリーを貶していた彼女だが、リーとエリックが上手くいき始めたことを知って陰で泣く。だけど、エリックの前ではいつも通りの快活なマスターソンを演じ、「いずれリーとキスするだろうから、その前に私が練習相手になってやるよ」といって、半ば強引にエリックにファーストキスを捧げる。それが彼女なりのめいっぱいの強がりなのだ。
やべえ泣けてくる…。
マスターソンの心中たるや!
練習と称してエリックに本気のキスをするマスターソン。なんと切ない…。
その後、「どうしてもお前が罠パーティに参加するというなら私もついて行く。骨は拾ってやるよ」とエリックの神風特攻に同行することを決意したマスターソンは、しかしエリックが「パーティの前にリーと軽くデートするー!」などとクソみたいにわけのわからないことを言い出したことで、ドライバーとして二人のデートに付き合わされることに…。
夜の美術館やライブ会場。そこで二人がイチャイチャする様子を遠目から見てしまったことで、マスターソンの失恋は決定的なものになった。だが涙を流す彼女に、もはや嫉妬心はない。そこにあるのは恋敗れし女の「痛み」だけである。
それでも、二人が車に戻ってきた頃には何食わぬ顔でエンジンをかけて「そろそろパーティに行くか!」とほほ笑むマスターソン。
ああ、いじらしい女!
決してエリックには見せられない失恋ティアーズ。
もうたまらんわ…。マスターソンの心中を思うとたまらんわ。
本当は長年エリックに愛を伝えたかったけど、そんな柄でもないから言えなかったんだよな…。
椎名林檎の「ここでキスして。」の歌詞を借りるなら「そりゃ あたしは美人とか綺麗なタイプではないけれど こっち向いて…」だよ。
そして、そうこうしてるうちにリーに盗られてしまったんだよな!
エリックとリーはマスターソンの心中を知らないから別に何の罪もないが、それでも言わせてくれ。
頼む、言わせてくれ…。
てめえらの血は何色だぁー!!
◆心理療法的な人間関係◆
だがこのデートシーンでは、マスターソンの知らないところでエリックとリーは「両想い寸前」から「よき友人」へと関係を見つめ直していた。
クレイグと喧嘩中のリーは、彼氏を嫉妬させるためにエリックとデートしたのだと告白する。一方のエリックも、いっさいはカースト最上位のリーを手に入れることで自尊心を満たそうとしていただけの独り相撲だったことに気付く。
膝を突き合わせて本音で語り合ううちに、この二人が利害の一致から「嘘の恋」を演じていたことが明らかになっていくのだ。
「互いに利用し合っていたのね、私たち」
おっほーん、なかなか深いじゃないか。
これが凡百の青春映画とは一線を画すジョン・ヒューズ節だ。他者と語り合うことで内省的になり、本当の気持ちを曝け出す…という心理療法的な人間関係は『ブレックファスト・クラブ』の変奏だろう。
嘘の恋に気付いて「友達」としてやり直す二人。
そしてクライマックスのパーティ突撃シーンだが、あまりに素晴らしいため、詳しくは言わない。
クレイグとの決闘の思いもよらぬ結末。そして恋敗れしマスターソンに訪れたひとつの奇跡…。
涙腺と鳥肌がバカになるほどのカタルシスが約束された青春の逆転劇に、「ひゃっほー」を連呼しながらの祝福。そう、よく分からんがなぜか魂が震える『ブレックファスト・クラブ』の伝説のラストシーンのようにな。
そんなわけで、『恋しくて』を観終えた者はDVDのイジェクトボタンを押すことも忘れて、ただただ「ひゃっほー」を連呼するだけの永久機関と化すことを覚悟せねばならない。
ちなみに本作は、深夜アニメのラブコメにありがちな一向に幼馴染みの気持ちに気づかない鈍感主人公の先駆けでもある。
ことによるとジョン・ヒューズの最高傑作かもしれない(監督はハワード・ドゥイッチとかいうスケープゴート野郎だが、もはや関係あるか!)。
恋の突撃兵殺しに幸あれ!
現在のエリックとマスターソン。涙に滲んだ過去と未来!