レンタルビデオ店にいくと粋がって連れの女性に映画の知識をひけらかしながらDVDを選ぶみたいな男性を見かけることがある。ままある。
たいていは大学生ぐらいの年齢でRADWIMPSみたいな格好をしている。まぁイケメンと言えなくもないけど厳密には雰囲気イケメンで、風呂上がりの髪ペッタンコ状態で見たらドランクドラゴン鈴木みたいな正体をしてがち。一人暮らしのマンションには安物だがそれなりに見栄えのする間接照明が置かれていて、弾きもしないのになぜかギターが置かれている(よく見ると埃まみれ)。普段はユニセックスなファッションと焼きすぎたシイタケみたいな頭をしていて、音楽はたぶん米津玄師とか聴いてるかも。映画歴5年未満でキューブリックやフィンチャーに心酔しているようなステージⅠの映画好きだ(ぜんぶ推測です)。
そういうタイプには思索的で大人しい子が多いので、基本的には私の好きな人種っていうか、なんなら友達になりたいぐらいなのだけど、ごくまれにすげえ粋がってる映画好きがいるのである。
某月某日、その男はレンタルビデオ店に現れた。同年代の女性を連れていたが、ガールフレンドと呼ぶにはいささか距離のある関係に見えたので、もしかしたら同じ大学の後輩なのかもしれない。仮にこの女性をゆず子と呼ぶことにする。
もしもゆず子が後輩なら、その男は映画研究会の部長なのだろう。きっとそうだ。だってのべつ幕なしに映画の裏話とか豆知識を披露しまくってるからね。ゆず子に対して。あたかも「我は映画博士なり」とばかりに雄弁を振るうのである。
こんなもん、どう考えたって映画研究会の部長でしょうよ。どう見ても見た目は大学生だし、ゆず子とはちょっと距離がある関係だし、二人でずっと映画の話してるし、これはもう映研の部長に違いない。決めつけてやる。
したがってここでは博士と呼ぶことにする。
ゆず子の方も博士が口にした固有名詞や専門用語に「へぇー、なるほどね」などと頷いていたので、博士ほどではないにせよそれなりに映画を観ているようだ。
二人は恋愛映画のコーナーの前で立ち止まり、少し離れたところにいる私の耳にもはっきり聞こえるぐらいの非常識な声のボリュームで話し始めた。
ゆず子「ラブストーリーのおすすめってなに?」
博士 「まぁ、『ローマの休日』(53年)は鉄板っしょ」
ゆず子「あー、オードリーのやつね~。相手役って誰だっけ?」
博士 「うーん。ちょっとすぐには出てこないかな…。覚えてるんだけど度忘れしちゃった」
ゆず子「監督は?」
博士 「誰だっけな…。ほらあの人あの人…。えー…。ダメだ。ちょっと出てこないや」
ゆず子「この映画、途中までは観たことあるんだよねぇ。ラストシーンってどうなるの?」
博士 「うーん。ちょっと忘れたかな…」
博士…。
まぁ、名前を失念するのは十分あり得ることだ。私もよく映画のタイトルや人物名を度忘れするので。たとえウィリアム・ワイラーとグレゴリー・ペックが出てこなかったとしてもそれは止む無しっていうか、そういう時だってあるさ。われわれは不完全な生き物なのだから。
とはいえ、あの有名なラストシーンまで忘れるというのはいささか度し難い。
こんなことは思いたくないけれど、どうしても思わざるを得ない。思っていいですか?
絶対観てないやん。
仮に観ていたとしても、おすすめを訊かれて監督名も俳優名もラストシーンも覚えてないような映画を挙げるって…どうなんだろう。テキトー過ぎやしまいか。
博士のイキがりレコメンド① 『ローマの休日』
そのあとサスペンスコーナーに移動した二人は、またしてもそこで大声トークをおっぱじめた。
ゆず子「あ、『ユージュアル・サスペクツ』(95年)! これ大好きなんだよねぇ。ベニチオ・デル・トロが出てるって知らなかった~」
博士 「うーん…。それもいいけど、やっぱり『サイコ』(60年)かな。ヒッチコックを知らずしてサスペンスは語れないよね」
『ローマの休日』のときから薄々思っていたのだが、博士さぁ…、モノクロ映画を挙げときゃ格好つくと思ってる節ない?
いや、ごめんごめん。私の邪推だったらごめんね。『ローマの休日』の一件もあって博士に対してだいぶバイアス掛けてしまってるので、そこは反省しなきゃね。いまいちど博士という人間をフラットに捉え直そうと思う。変なことを思ってしまってすみませんでした。
ちなみに博士は『サイコ』の話でゆず子からガンガン質問されたときも「忘れた」を連発していた。
じゃあ絶対観てないやん。
バイアス掛けるのはやめようって反省した直後にこんなことを言うのもアレだけど、もう明らかでしょう、絶対観てないやん。
まぁ、仮に観ていたとしましょうよ。博士は『ローマの休日』も『サイコ』も観ていたと仮定しましょう。
でもさぁ…、そのわりには忘れすぎじゃない? 失念の鬼かよ?
「ヒッチコックを知らずしてサスペンスは語れないよね」と言ってたけど、たとえヒッチコックを知ってても覚えてなきゃ話になんねーんだよ!
もうわからなくなってきたよ…。博士はめっちゃめちゃ物忘れの激しい奴なのか、それともゆず子と付き合うために観てない作品を「観た」と言い張って尊敬ポイントを稼ぎたい奴なのか。もし後者だとしたらなかなかしらこい奴である。
博士のイキがりレコメンド② 『サイコ』
私は二人の大声トークにうんざりしてきたので邦画コーナーに亡命した。たのむから静かに映画を選ばせてくれ。邦画コーナーに行くと二人の大声はほとんど聞こえてこなかったので、ようやく安寧が訪れた。誰の心に? 私の心に。
だが、二人は5分と経たぬうちに邦画コーナーにちょらちょらとやって来たのである。まるで私を苦しめるかのように。なにこれ、誘導ミサイル?
「こっちくんな、こっちくんな」という私の願いも届かず、ようやく辿り着いた安住の地が脅かされました。
ゆず子は話すことに疲れたらしく無言でDVDパッケージの裏面を閲しているが、そんなゆず子の様子を見ても一顧だにしない博士は独演会のごとく一人で喋り倒していた。
博士 「園さんの『愛のむきだし』(09年)は名作。園さんってエログロの人だしなぁー」
博士 「ゆず子、黒澤さんの作品観たことないの? あ、まじで? 初心者なら『七人の侍』(54年)が入りやすいと思うよ」
博士 「吉田さんの『桐島、部活やめるってよ』(12年)はマジで名作だから観た方がいいよね。ゆず子観てないの? 公開当初は東京の劇場でしかやってなかったけど、口コミで劇場数が広がっていって最終的には全国でロングラン上映されたというよ」
ごめんなさいね。この辺でそろそろ腹立ってきました。
その理由はなんと4つもあって、まずひとつ…
さん付けやめろ。
園さんとか黒澤さんとか…。知り合いかっつーのよ。
次に腹が立ったのは「名作」という言い方。
私は「名作」と「傑作」をはっきり使い分けていて、「名作」は「名高い作品」と辞書にあるように世間から高い評価を受けた作品として解釈しています。
対して「傑作」はたとえ世間の評価が低くても実際に傑出した作品であれば傑作。
したがって私が大嫌いな『ニュー・シネマ・パラダイス』(88年)も一応は名作なのである。一般的には高い評価を受けているのでね(でも傑作ではないと思っている)。
したがって、なんでもかんでも「名作」という言葉で括ってしまう博士には語彙貧困かというむかつきが生じてしまうのである。
三つめの業腹ポイントは『桐島、部活やめるってよ』を語るときに作品の話ではなく公開事情に触れたこと。
ましてやゆず子はこの映画を観てないようなので、なおさら作品の中身の話をしてゆず子を『桐島』へと導くのがレコメンドする側の務めなのでは…という気が致して致して仕方ねえんである。
これは私自身も大いに反省せねばならんのだが、この世にはクソどうでもいいトリビアを披瀝しすぎて本質的な話にぜんぜん踏み込めてないというオタクあるあるがあって、そんなことをしてるから私みたいな映画オタクが疎まれるのである。
だいたい公開事情とかさ、そんな話は観た者同士でするから楽しいのであって、未見のゆず子がそんな話を聞かされたところで「へぇ、ロングラン上映したんだ? じわじわ人気が出てきて最終的にはすごい事になったんだ? フーゥ! やばい観たくなってきたぁぁぁぁぁぁぁぁおしっこ漏れてきたぁぁぁぁ」とか思うだろうか?
たぶん思わねぇよ。
もし思ったのなら多分そいつはもともと膀胱が弱い奴だよ。
ていうか、博士の言ったトリビアってそもそもが間違ってるからね。「公開当初は東京の劇場でしかやってなかった」つってたけど、最初から全国公開してたよ!
四つめの業腹ポイントは黒澤明を観ていないゆず子を「初心者」と言ったこと。イヤな言葉だな~って思います。
「初心者」というのはその道に入ったばかりでまだ未熟な者のことだから、まだ黒澤の道に入ってすらいないゆず子は黒澤初心者でもなんでもないのである。
むしろ、ゆず子が『七人の侍』を観ることで初めて黒澤初心者になれるわけで。
一緒にゲームして遊んでる友達がヘタなプレイばかりするから、その友達に「初心者だなぁ」と言うのはわかるけど、その後ろで洗い物をしている友達のママンまで「初心者」と呼ぶのはおかしいでしょ? そもそもママンはゲームに参加してないからね。
「初心」もなにも、初めてねえんだよ!
初めてもいない者に「初心者」もヘチマもあるかい!
博士のイキがりレコメンド③ 『愛のむきだし』
博士のイキがりレコメンド④ 『七人の侍』
博士のイキがりレコメンド⑤ 『桐島、部活やめるってよ』
結局、二人の大声トークがうるさすぎたので、本当はあと2本ぐらいDVDを選びたかったけど切り上げました。心の中で「ブログのネタにしてやるからな!」と叫んで店を後にした私。そんな私が晩秋の夜道をぽてぽてと歩いてゐた。
ゆず子が博士に惚れないかだけが心配です。いや、むしろ惚れてしまえ。映研の人間関係がむちゃむちゃになるといい。サークルクラッシャーゆず子の活躍に期待したいところである。あー疲れた。
了