ロスで撮影した意味がまるっきり分からない日米合作の陰気映画。
2017年。平柳敦子監督。寺島しのぶ、役所広司、ジョシュ・ハートネット。
43歳の独身OL節子は、めいの美花に頼まれ代理で英会話クラスを受講し、その料金を支払うハメになる。アメリカ人講師ジョンの授業でルーシーという名前と金髪のカツラを与えられ、役に成りきっているうちに節子はジョンに恋をする。ところがジョンは美花と一緒にアメリカに帰ってしまう。節子はジョンを追ってアメリカへ旅立つが…。
おはようございますねぇ。
イヤホンを付けようとするときLとRを逆に持っちゃう確率は異常。
あれイラっとしませんか。運悪く右手にLを持っちゃって左手にRを持っちゃって、そのたびに左右を持ち替えて「たいてい逆やな!」と毒づきながら耳に装着する私であります。
あとコードの絡みやすさたるや。ちょっとポケットに閉まってる間にぐっちゃぐちゃに絡まるよね、あいつら。
「ポケットの中でまぐわってたのか、お前ら?」ってぐらい LとRが淫らに絡まってて「新婚か!」って言いながらそれを解くこと約1分半。もし絡まってなければ今頃あの曲のサビまで聴けていたのにな…って思うと、つくづく死に時間だなって思います。
イヤホンコードの絡みを直す。これは人生における死に時間ランキング第87位だよ。時間の無駄!
ちなみに88位は茹でてる最中のスパゲティを味見しようとして一本だけ箸で摘まもうとするけど熱湯の中で揺らぎすぎてなかなか摘まめない時間。
そんなわけで、本日みなさまの心にお届けするのは『オー・ルーシー!』という失敗作です。それではお付き合い下さいませ。
◆重い、暗い、救いがない◆
ひょんなことから姪(忽那汐里)の代理として英会話教室に通うはめになった寺島しのぶは、講師のジョシュ・ハートネットから「ルーシー」という名前と金髪のカツラを与えられ、もうひとりの受講生である「トム」こと役所広司とともに挨拶やハグの練習をさせられる。
馬鹿げたカツラを付け、ピンポン玉を口に加えて「My name is Lucy.」を連呼し、時おり「オェッ」とえずいてピンポン玉を吐きだす寺島しのぶ44歳。
こう書くと少しシュールなコメディと思いがちだが、『オー・ルーシー!』はとめどなく悲壮感に溢れた暗然たる映画である。
アバンタイトルでは、駅のホームで寺島の後ろにいた男が飛び込み自殺をする。人々がどよめく中、寺島だけが事もなげに「まぁ、そんなこともあるわよね」という顔でばらばらになった死体を眺めていた。
長年勤めた事務員のおばさんが退職するというので職場の仲間が労いの言葉や寄せ書きを贈っているときも、寺島だけが退屈そうな顔でその場をやりすごしている。
セリフで語られることはないが、おそらく彼女は人生を諦めた無感動人間なのだろう。周囲に合わせて感情を作ることもしなければ、驚いたときに驚いたという反応をすることすら煩わしいと思っている。
ルーシー寺島。
そんな彼女が英会話教室でルーシー(別人格)になりきって英語やボディーランゲージを習得するうちに豊かな感情を取り戻していく。
普通の映画であればヒロインを取り巻く状況が少しずつ好転して「世界が色鮮やかに映って見えるぅ」とかなんとか言ってハッピーエンド…という段取りなのだろうが、そうは問屋が卸さない。
感情表現が豊かになった寺島は、おばさんの送別会がおこなわれているカラオケルームに現れ、マイクをふんだくっておばさんに向かって叫ぶ。
「この人たちがあなたのことを陰でなんて言ってたか知ってる? KY、目立ちたがり屋、仕事のできないババア!」
矛先は仕事仲間にも向けられた。
「何が『長年お疲れ様でした』よ。『いなくなって寂しいです』? あはん。あははん。だいぶおもろい」
ひとりで大笑いしながらマイクを捨てて去っていく。
感情表現 豊かになりすぎ。
その帰り道、駅の向かいのホームでおばさんを認めた寺島とわれわれ観客の脳裏に「飛び込み自殺」という言葉がよぎる。
電車がくる直前に「さっきはヒドいこと言って本当にごめんなさーい!」という絶叫謝罪が功を奏したのか、結局おばさんが飛び込み自殺をすることはなかったのだが、もしこの一言がなければ ひょっとすると…。
事程左様に死の影がべったりと張りついた、たいへん薄気味悪い作品である。
大喧嘩した寺島と忽那がロスの岬で喧嘩するシーンも断崖絶壁の縁で揉み合っており「落ちる、落ちる!」というイヤな緊張感が張り詰めている(そのあと本当に落ちてしまう)し、人生八方塞がりの寺島が睡眠薬を飲んで自殺を図るシーンまであるのだ。
陰気臭い!
陰気臭いだけならまだしも日本映画特有の辛気臭さも相まって、ちょっと観てるのがしんどかったです。
そんなわけで「重すぎる」、「暗すぎる」といった感想がレビューサイトを覆い尽くした本作。それでは、なまくら刀を抜いてこの映画をぶった斬って参りましょう。
ルーシー寺島とトム役所。真ん中にいるのはジョシュ・ハートネット。
◆ロス行った意味なし◆
本作は桃井かおり主演の同名短編映画をもとに新たな物語を書き加えて長編化した作品とのこと。
着想はユニークだと思う。パッとしない独身OLがルーシーになりきって魂を解放する。大いに結構である。
中盤以降はアメリカにトンズラこいたジョシュ・ハートネットと忽那を追って寺島とその姉・南果歩がロスに赴き忽那を捜すロードムービーに。
また、私も多くの観客と同じく、寺島がピンポン玉をくわえた鮮烈なポスターに「これは観なければいけない気がする…」と催眠術をかけられたクチなのでパッケージとしても魅力的だと思う。
寺島しのぶ、役所広司、ジョシュ・ハートネットという奇妙な共演、東京⇔ロスの往還、日本語⇔英語のコンバート。東京の街はどこか外国のように映り、反対にロスの風景はどこか日本的。それにジョシュの英会話教室も不思議な内装でクラブや売春宿を思わせるキッチュな空間だ。
そんな無国籍性が相対的に炙り出す「日本の会社」の奇妙な姿と「自殺大国」の病理。非常にコンセプチュアルな作品である。
でもそれが面白さに結びついてないっていう!!!
仲の悪い寺島&南の姉妹ロードムービーは反復の失敗によって致命的なほどつまらなくなってしまった。
南は空港の自販機で寺島が買ってきたお茶を「いらない」と拒否する。だがロスのガソリンスタンドでは暑さに茹だっている南がペットボトルの水を寺島から受け取り、ぶっきらぼうではあるが「ありがと」と呟く。
二度に渡るペットボトルを介した交流。
もちろんこの反復は姉妹仲の度合いを表したもので、一度目は拒否された受渡しが二度目に成功したことで「少なからず関係が修復した」と理解すべき演出である。
ところが実際は依然不仲のままで、のちにある出来事が原因で両者の仲は決裂すらしてしまうのだ。
これではストーリーと映像言語が噛み合っていない。
依然不仲のままなら受渡しが成功するガソリンスタンドでの反復はまったくの不要だし、最終的に決裂するのであれば三度目の受渡しとその拒否を撮らなきゃだめ。
また、本作の根幹をなす「英会話」という部分にもケチをつけたい。
英会話教室に通う寺島と役所はある程度すでに英語を話せるという裏切り。
通う必要なし。
日本人英語まるだしの発音とはいえ、特に支障もなくジョシュとの意思疎通を達成しているし、リスニングに至っては完璧。
おまけに一般の主婦である南まで英語を話せる。なのにリアル帰国子女の忽那汐里だけが日本語台詞オンリーという裏切り。なぜ英語が話せなさそうなキャラが全員話せて、英語ペラペラの女優が日本語しか話さないのか。
異文化コミュニケーションのすてき味、みたいな部分をさらりと描いているはずなのに、そこに何の障害もないので「ロスもジョシュも要らないんじゃない?」と思ってしまうのよね。日米合作の必要性あります? 純粋な日本映画として成立するでしょ、これ。
英会話教室とかロス旅行とか…全部いらねえよ!
何より根本的につまらないのは、すでに多くの人がブー垂れているように重い、暗い、救いがないというあたりで。
物語的に暗くて重くて救いがないだけでなく、映像までそういうムードに引っ張られてネガティブな脚本と共犯関係を結んでおられる。とりわけ東京とロスとで撮り方がまったく同じというのが最大のネックだわよ。
LAロケ、ほとんど曇ってたからね。
東京をジメッと撮るならロスぐらいカラッと撮らんかえ!
寺島と忽那が喧嘩する岬も妙にシケたロケーションっていうか…腐った雑草がボサッと生い茂ってて有難みゼロだよ! 辛うじてヤシの木がロス感を醸してる程度で、基本的には腐った雑草が画面を占めておられる。
こんなシケたロケーションなら日本にいくらでもあるだろ!
このショット、ロスに見えますか?
雑草腐ってるし、めっちゃ曇ってるし。
◆話が尽きたので役者に触れる◆
寺島しのぶが現代日本映画界屈指の名女優であることは論を俟たない。一言でいえばカイブツなのだが、本作ではそんな寺島ですらまったく活きないという悲しい撮影がおこなわれております。
ジョシュとのハグや玄関先での「私ロサンゼルス行ってきます」など、よく撮れたショットがいくつか紛れ込んではいるものの、監督の平柳敦子はその大部分を撮り逃すという失態を演じることにかけては天才的だ。
寺島しのぶをここまで酷く撮ることのできる新鋭監督の出現を逆に祝福したい。百均で山ほどクラッカーを買ってきて手当たり次第に鳴らすほかはない。
もっとも、寺島は馬鹿げたカツラと悲壮な顔だけで十二分に寺島しているのだが。そこがこの人の透明度。
寺島は寺島する。
役所広司は出番こそ少ないが地の力でひどい撮影を跳ね返している。メインディッシュより美味しいトッピングといった感じだ。
近年の出演作では怒鳴りまくりで「せっかく築き上げたキャリアをダメにする気か」と思っていたのだが、やはりこの人の本領は静かな芝居で、一歩後ろに下がるほどよく光る。久しぶりに役所広司をいいと思った(『関ヶ原』も『孤狼の血』も未見なのだが)。
そして話題はジョシュ・ハートネットへ。
『パール・ハーバー』(01年)や『ブラック・ダリア』(06年)で知られるハリウッドスターだが、よくわからない映画『アイ・カム・ウィズ・ザ・レイン』(08年)では木村拓哉やイ・ビョンホンと共演し、よくわからない映画『BUNRAKU』(10年)ではGACKTと共演するなど、国際色豊かなよくわからない作品に鋭意出演するというよくわからない俳優である。
本作では寺島しのぶと役所広司に食い散らかされていたが「こんな低予算映画にも出るんだ」というので好感度だけは上がった。
ちなみに最新作の『マイナス21℃』(17年)は、ジョシュが雪山で遭難して鼻水垂らしながらガチガチに凍える…という中身でこれまたよくわからない映画。
そして本作が処女作となる平柳敦子。
初監督作なのでこれ以上悪口を言うつもりはないが、今後のためにもひとつだけ指摘しておきたい。
日焼けしすぎ。
沖縄の人かなと思いきや長野県出身だったという裏切り。それ以上焼くな。