力こぶ見せろ! 力こぶ見せろ!
2012年。ベン・ザイトリン監督。クワベンジャネ・ウォレス、ドワイト・ヘンリー。
少女ハッシュパピーは毎日がお祭り騒ぎのようなバスタブ島で気ままに生きていたが、ある日、大嵐が襲来したことをきっかけにバスタブ島は崩壊。さらに、父親のウィンクが重い病気にかかっていることを知ったハッシュパピーは、音信不通になって久しい母親を探しに外の世界へ足を踏み出していく…。(映画.com より)
とてつもなくフィジカルな映画だ。
どれぐらいフィジカルかというと、鑑賞中に居ても立ってもいられなくなって部屋で懸垂と腹筋をしたほどフィジカルな映画だ。
要するに、生きていくためには肉体を鍛え抜く必要がある。
「いや。この高度文明社会に於いて肉体的な強さなど不要です。必要なのはパワーよりも情報じゃない? 情報能力がないと今の社会じゃあ立ち回っていけないよ」と言う人がいるかもしらんが、そういう人は暴動とか起きたら多分すぐ死にます。
暴動に関するツイートをスマホで見ている間に、後ろから棍棒でド突かれてすぐ死にます。
地震が起きたときに瓦礫をどけられる腕力、洪水が起きたときに逃げおおせる脚力、火事が起きたときに火を吹き消す肺活量。そういうものを指してフィジカルな生命力というのではないか。
スーパーマンにはなれないが、スーパーマンを目指す飽くなき意志。それが大事。
というわけで、とりあえず懸垂と腹筋を8回ずつこなした私は暴動が起きてもむざむざ殺されはしないでしょう。
情報能力も大事だけど、まず大事なのは肉体的なパワー。
てめえの中に、しかと在る、生命力です。
小さな島に父親と二人で暮らすハッシュパピーは6歳の少女。無力を絵に描いたような、か弱いアフロヘアーの女の子です。
そして病気持ちの父親は質実剛健を絵に描いたような、鋼のような肉体と獣のような顔をしたおっさん。
大嵐や洪水がしつこいぐらい島を襲うが、父親はハッシュパピーを守ってやらないばかりか、「自力で何とかしろ!」と吐き捨てて、一人で生き抜く力を叩き込む。
この世界は暴力と危険に満ちている。親がいつまでも子を守ってやれるわけではない。
だから父親は、きれいに殻を取って蟹を食べているハッシュパピーに「おまえはバカか! 殻なんか取ってる場合か! 殻ごと食っちまえ! むしろ殻だけ食え!」と食卓で大激怒する。
激しい雷雨による雨漏り(というか屋根が半分吹き飛ばされていて無い)で床が30センチぐらい浸水していて、おまけに突風で今にも全壊しそうなボロ小屋で「眠れ! さっさと眠れ! …見るんじゃねえ! 俺を見んな! なぜ俺を見る! 見られると眠れねえじゃねえか! 見てねえで寝ろ!」と大激怒し、拗ねたハッシュパピーが雑魚寝している父親に枕を投げつけると「ちくしょう、枕投げやがったな! 」と叫んで飛び起き、「いいだろう、もっと投げてみろ! 俺も投げ返してやるぜ! あっ、泣くな! 泣いてる場合か! 泣いてねえでもっと枕投げてみろ!」と更に激怒して、家中の物をガンガン壁に投げつけて卓袱台をひっくり返す。
そのあと、突拍子もなく6歳の娘に腕相撲を仕掛けて「おまえは強い! おまえは無敵だ!」とか「力こぶ見せろ! 力こぶ見せろ! そうだ! 見せろ! 力こぶ見せろ!」と怒鳴りまくり、嫌がる娘と無理やり腕相撲。
力こぶ見せろ! 力こぶ見せろ!
力こぶ見せろ! 力こぶ見せろ!
ひとしきり絶叫して疲れたのか、「俺は横になる。そして強くなる。ビビんじゃねえ」と超シビれる名言を残して再び雑魚寝をするのである。
この父親がロックンロール過ぎて最高。
ロックンロールっていうか、はっきり言ってクレイジーだ。
怒りの沸点がガバガバで、台詞は基本的にすべて怒声。そして常にブチギレている。
だが彼は、怒りのエネルギーを生命力に変換し、ハッシュパピーを愛するからこそ1秒でも早く強くて逞しい人間になってもらいたいと願っており、だからこそ病魔を押して怒声や奇行という変換された生命力を発散するのある。
その結果、ハッシュパピーは巨大な獣を眼光だけで追い返したり、喜々として堤防を爆破するようなワンダフルな少女へと成長していく。
全編に横溢するマジック・リアリズムの意匠やステディカムの鮮烈さも印象的。
キレイゴト一切なし、且つ待ったなしの生を活写した傑作。
就寝時は己に言い聞かせるように、こう呟きましょう。
「俺は横になる。そして強くなる。ビビんじゃねえ」