ロックが最も華やかだった頃。
2012年。アダム・シャンクマン監督。ジュリアン・ハフ、ディエゴ・ボネータ、トム・クルーズ。
1987年のロサンゼルスを舞台に、音楽で成功することを目指して奮闘する青年と少女の恋と夢の行方が、1980年代のロック・ナンバーに乗せて映し出されていく。(映画.com より)
ついさっき、私は洗濯物を取り込みながら興奮していた。『ロック・オブ・エイジズ』を観たのはもうずいぶん前だが、思い出すと未だに興奮してしまうのだ。
それがいついかなる時でも、だ。
洗濯物を取り込むときも、家の近所をホッピングでびょんびょん跳ねてるときも、コンビニ弁当の付属のタレに対して「こちら側のどこからでも切れますと書いてあるのに切れへんやないか」と怒っているときも、この映画を思い出すと条件反射のように興奮してしまう。
いや、厳密にはこの映画に興奮するのではなく、この映画で使われた音楽に対して興奮するのだ。
もくじ
①ハードロックファンにとってはご褒美のような映画。
ハードロックはなかなか映画にならない。
ロックはロックでも、ヘヴィメタル、パンク、グラム・ロック、ニューロマンティックなどはしばしば映画で扱われるのに、ハードロックを扱った映画だけが異常に少ない。『ロック・スター』(01年)と『スクール・オブ・ロック』(03年)ぐらいじゃない?
原因はわかっている。
ハードロックは定義が曖昧だからだ。
音楽的にロック寄りなのかメタル寄りなのかよく分からないし、世間の奴らは「ハードロック? わかんないけど、ヘビメタみたいなもんでしょ?」と一括りにする。
実際、HR/HM(ハードロック/ ヘヴィメタル)という略式表現がまかり通っているようにハードロックとヘヴィメタルはしばしば混同されているが、実際は似て非なるもの。
どのくらい似て非なるものかと言えば、韓国と北朝鮮、香港と台湾、宮崎あおいと二階堂ふみ、『ブラックジャックによろしく』と『ブラック・ジャック』ぐらい似て非なるものなのだ。
だが、アダム・シャンクマンというどう見てもハードロックなんて聴かなそうな男がこの映画を撮ってくれたことで、『スクール・オブ・ロック』で大いに興奮した観客は、いま再び興奮のるつぼへと叩き落とされる。ハードロックファンにとってはちょっとしたご褒美みたいな映画なのだ。
何のご褒美かって?
「ハードロック? なんかやかましそう…」とか「ヘビメタみたいなもんでしょ?」という世間の無理解に耐え忍ぶことへのご褒美だよ!
'80sハードロックがふんだんに詰め込まれた宝石箱の如きこの映画、60年代生まれのおっさん世代を瞬く間にロックキッズに戻す懐かしのオールディーズが息つく暇もなく流れてくる。
オープニング、トム・クルーズが歌うガンズ・アンド・ローゼズの「Paradise City」が流れた瞬間、トム公の細くて高い声が思いのほかアクセル・ローズの歌声に似ていることに驚嘆する。さすがにサビの最後の「Take! me! home!」はバックコーラスに任せていたが、充分すぎるほどサマになっていた。
主演女優、ジュリアン・ハフ。歌手としても活動している。歌のうまさを活かして『バーレスク』(10年)や『フットルース 夢に向かって』(11年)といったミュージカル映画に出演するが、実は名もなき女生徒役で『ハリー・ポッターと賢者の石』(01年)にもしれっと出演している。
歌手を夢見て田舎から出てきたヒロイン、ジュリアン・ハフがバスの中でお気に入りのレコードを漁る場面で、エアロスミスの『パーマネント・ヴァケイション』のジャケットが一瞬映る。このレコードジャケットが映るのはわずか2秒ほどだが、本作のバックグラウンドをロックファンに絵解きさせるには充分過ぎる時間だった。
当時低迷していたエアロスミスの復活作『パーマネント・ヴァケイション』が世に出たのは1987年。そして冒頭で流れたガンズ・アンド・ローゼズが伝説のデビューアルバム『アペタイト・フォー・ディストラクション』をリリースしたのも87年だ。
つまりこの映画の時代設定は1987年と考えてまず間違いない!
エアロスミスの『パーマネント・ヴァケイション』(左)と、ガンズ・アンド・ローゼズの『アペタイト・フォー・ディストラクション』(右)。
バンドロゴだけ冠したシンプルなジャケットワークほど名盤という法則。
②ポップとの蜜月
80年代は産業ロックの黄金時代だった。
70年代までのストイックで暑苦しいロックンロールはベトナム戦争の終息とともに斜陽化し、次に訪れた80年代はロックとメディアの融合、すなわち一般層へのロックの浸透が志向される。
その好例がミュージック・ビデオとサントラだ。テレビではMTV(四六時中ミュージックビデオを垂れ流すケーブルテレビ・チャンネル)がお茶の間にロックを届け、『フットルース』(84年)や『トップガン』(86年)のサントラは飛ぶように売れた(映画と音楽の抱き合わせ商法)。
そのようにして一大産業構造を築いた'80sロックは、親しみやすく口ずさみやすいを信条として、70年代のロックバンドがやっていたようなステージの上で楽器を燃やしたり、「もっとシャブを食べたーい」といった凶悪な振る舞いを慎むようになった。自殺もしなくなった。
従来のロックンロールは怒りや破壊や反体制を象徴する対抗文化だが、80年代のロックは楽しくて煌びやかな資本主義の世界に吸収されたのである。まさにポップとの蜜月。
ケニー・ロギンスの「Danger Zone」。映画『トップガン』(86年)とのシナジーで大ヒットした。
③1987年、それはハードロックが隆盛を極めた年である。
さらに1987年という年をピンポイントで解説すると、これはハードロックにとって最も幸福な一年だった。
ガンズ・アンド・ローゼズ『アペタイト・フォー・ディストラクション』
デフ・レパード『ヒステリア』
ホワイトスネイク『白蛇の紋章〜サーペンス・アルバス』
30年以上経った今でも売れ続けているモンスターアルバムだ。この3枚が一挙にリリースされ、猫も杓子もハードロックに飛びついたのが87年なのだ。
私自身もこの3枚をきっかけにハードロックにのめり込んだクチだよ。
30年以上のキャリアでオリジナル・フルアルバムをたった3枚しか出してないにも関わらず、全世界で1億枚以上のアルバムセールスを記録したアメリカのモンスター・バンド。
現在公開中の某ジュマンジ映画もオマージュを捧げた「Welcome to the Jungle」は永遠のロック・アンセム。この曲の「シャナナナナナナナ! ニー! ニー!」は音楽業界のみならず政界や法曹界にも衝撃を与えた(嘘だがな)。
98年、アクセル・ローズ(Vo)のワンマンぶりに嫌気が差してメンバー全員脱退、オリジナルメンバーはアクセルだけとなったが、それでもガンズの看板を掲げてツアーをおこなった。まさにひとりガンズ。
また、近年ぶくぶく太り始め、猛り狂うオッコトヌシみたいな様相を呈し始めたことも指摘しておかねばなるまい。
あんなに美しかったアクセルが…。
最初、私はデス・パレードと誤読していたが、デス・パレードでもデブ・パレードでもなくデフ・レパードだ。
イギリス出身のハードロックバンドで、80年代は空前絶後のデフレパ・フィーバーを迎える。とりわけ『ヒステリア』は異常なぐらいバカ売れした。
デフレパの特徴は、ポップで透明感あるメロディとぶ厚いコーラス。とても清涼感があって聴きやすいのでジジイにもおすすめだ。
ちなみにドラムのリック・アレンは人気絶頂期の84年に交通事故で左腕を切断した「片腕のドラマー」。
元ディープ・パープルで「Burn」などを歌っていたデイヴィッド・カヴァデールが、パープル脱退後に立ち上げた78年結成のイギリスのバンド。
初期はビートルズとローリング・ストーンズを足したような古典ロックをやっていたが、アメリカ進出を意識してからはヒットポテンシャルの高いゴキゲンなハードロックに方向転換。結果、『白蛇の紋章〜サーペンス・アルバス』はマイケル・ジャクソンの『バッド』に次いでビルボードチャート2位を記録。
リーダーのカヴァデールは整形手術を繰り返して甘いマスクをゲットしたことでも有名。
タマホームのCMで散々使われてる上に、全国の吹奏楽部が大体やることから、よもや知らない人はいないと思います。これを歌っていたのがカヴァデール先生。
これら以外にも、ボン・ジョヴィが「Livin' on a Prayer」でサビの一番高い「ウォーオー!」のところで客にマイクを向けて歌唱放棄したり、ハートが「Alone」で世界中の一人ぼっちを大いに泣かせたのもこの年。
1987年はハードロックの豊作年だったのだ。
必殺は1分32秒から!
コアなロック好きほどボン・ジョヴィをバカにするが、これはスピルバーグをバカにする映画通と同じぐらい愚かな身振りである!
ハートはアン&ナンシー姉妹による女性ハードロックの始祖。
「Alone」はタフで美しいパワーバラードなので栄養失調の犬に聴かせるべきだ。
み・た・い・な 時代背景が、『パーマネント・ヴァケイション』のジャケットが映される約2秒のショットに含まれているんですね。
ただ、ハフ嬢がタワーレコードで一瞬眺めるのがヴァン・ヘイレンの『1984』のジャケットなので、ロック好きの観客だけ時代設定が1987年なのか1984年なのか混乱します。
ハフ嬢はバスの乗客と一緒にナイト・レンジャーの「Sister Christian」を歌うし、その後もポイズン、REOスピードワゴン、フォリナー、クワイエット・ライオットといった'80sバンドの猛ラッシュ。
特にフィーチャーされていたのがデフ・レパードで、本作のタイトルにも使われた「Rock Of Ages」を含め、実に3曲も挿入されている(贔屓かよ!)。
まさに'80sハードロック讃歌なのだ!
④久々にトム公がいちびり倒す!
ロックの帝王を演じたトム公にも言及せねばなりません。
全体的にマッチョなのに腹回りだけ妙にブヨッとしているアンバランスな肉体や、裸の上から毛皮のコートをまとうファッションなど、いかにも'80sロックといったアナクロい形姿で、あたかも目で犯すといわんばかりに全身からセックスの匂いを発散させ、気が済むまでステージの上でいちびり倒す、文字通りのワンマンショー。
うおおおおおお!
うおおおおおお!
うおおおおおお!?
自意識過剰ナルシシズム炸裂型トム公メソッド!
平たく言やぁ俺様演技!
もはや様式美!
直毛ロンゲにバンダナというスタイルは完全にガンズのアクセル・ローズだし、実際トム公はガンズを歌う際にアクセル・ローズから歌唱指導を受けたらしい(アクセルはダメ出しするときに「シャナナナナナナナ!」と叫ぶのだろうか?)。
そんなトム公がボン・ジョヴィの「Wanted Dead Or Alive」を熱唱する場面、全世界で2800万枚を売り上げた脅威のメガヒットアルバム『ワイルド・イン・ザ・ストリーツ』から「Livin' on a Prayer」や「You Give Love a Bad Name」といったとっておきの必殺曲ではなく、あえて「Wanted Dead Or Alive」をチョイスする渋さを買いたい。柔らかな高音は驚くほどトム公の声質にマッチしている。
トム公の俺様っぷりは依然健在!
⑤ロックは映画の駄作ぶりを補填する!
ハフ嬢がジャーニーの「Don't Stop Believin」を熱唱するラストシーンは安直すぎるだろうとも思うが、もういいよいいよ、ジャーニーで。
すっかりケバくなったキャサリン・ゼタ=ジョーンズと、すっかりデブになったアレック・ボールドウィンの醜い風貌が少々キツいが、この際ロックの一言で片付けてしまいたい。
脚本はクズ同然だし、実在のバンドに言及した時点で劇中の人物が歌っている曲がカバーになるといった矛盾点も抱えているが(例えばエアロスミスのレコードを見せてしまうことは、この物語が我々の生きる現実世界と地続きであることを傍証し、ロックスターのトム公がステージの上で歌う曲は「トム公の曲」という体が利かなくなる)、このへんの理屈はあえて追及しないでおこう。
エンディングでトム公が再びガンズを歌う。私が死ぬ間際に聴きたい曲ランキング第1位の「Sweet Child o' Mine」だ。
この名曲の聴きどころはイントロの30秒。レスポールが鳴きしきるリフ。それだけでもう天国が見えそうだ。
でも、ここまで言っておいてなんだが…、映画本編よりもDVD特典のデフ・レパードのライブ映像の方が楽しめました。