これを観るならウィキペディアを読んだ方が早い。
2016年。ジョン・グエン、リック・バーンズ、オリビア・ネール・ガード=ホルム。
『ブルーベルベット』、『マルホランド・ドライブ』、テレビシリーズ『ツイン・ピークス』といった映像作品だけでなく、絵画、写真、音楽など、幅広いジャンルで独特の世界観を作り出しているデヴィッド・リンチの創作の謎に迫ったドキュメンタリー。
ハリウッドにあるリンチの自宅兼アトリエで25時間にもおよぶインタビューがおこなわれた。アメリカの小さな田舎町で家族ともに過ごした幼少期、『マルホランド・ドライブ』で美術監督を務めた親友ジャック・フィスクとの友情、当時の妻ペギーの出産、そして長編デビュー作となった『イレイザーヘッド』など、リラックスしたリンチ自身の口から彼が描き出す「悪夢」の源流が語られていく。(映画.com より)
ビデオ屋に立ち寄ったらデヴィッド・リンチのドキュメンタリー映画がレンタルされていた。考える余地もなく手に取ってマッハで家帰ってマッパで鑑賞。
とてつもなくイライラした。
大体において私は、ドキュメンタリー映画を観ると79%の確率でイライラするのだ。
『サム・ペキンパー 情熱と美学』(05年)も「ドキュメンタリーの腐乱死体」というひどい副題をつけてコテンパンに叩いたし。
だが、ドキュメンタリー映画を観るのは好きだ。
すぐれたドキュメンタリー映画は、対象そのものではなく対象の見方を教唆してくれるし、対象そのものではなく対象の磁場にこそ光を当てて我々をそこに導いてくれる。
ちなみにドキュメンタリー映画にとって最も必要ないものは「客観性」だ。そこを履き違えた人間がドキュメンタリーを撮ると、まるで田舎のデパートのように退屈な映画になってしまう。客観性など犬にでも喰わせてしまえ。
◆創作の源流は垣間見えない◆
リンチ先生がめっちゃこっち見てるパッケージ。
なんたる厳めしい顔つき。まるで誰にともなく「明日は晴れるのか?」と訊いているようだ。
さて。偉そうなことを言わせてもらうなら、私はデヴィッド・リンチのドキュメンタリーなど観る必要がないぐらいデヴィッド・リンチのことはだいたい知っているつもりだ。
もちろん、幼少期の父とのエピソードや、母親の人柄、青年期につるんでいた友人との出来事といった仔細な生い立ちについてはこの映画で初めて知ったところも多い。
だが、リンチの口から語られる生い立ちがいかに彼の作品と結びついているか…といった創作の源流をわれわれが垣間見ることはない。
より深くリンチ・ワールドを味わうための考察の手掛かりになるような発言はここにはありません。
むしろ、リンチの生い立ちをわずか650字でまとめたウィキペディアの方がよほど正確だし、端的にまとまっている。 集合知サイコー。
だからリンチが自らの過去をたどたどしく語れば語るほど、そこには「創作の源流」ではなく「個人的なノスタルジー」が立ち上がるのみ。
リンチフリークの私でも死ぬほど退屈だったのに、ましてやリンチを知らない人が本作を観たらどう思うのだろう。きっとこう思うだろう。「誰このアタマ竜巻のおっさん」ってね。
要は、新規獲得という合目的性もなければ、リンチフリークだけが秘かに楽しむようなファンアイテムにもなっていない。これはやばい。ピンチだ。
カメラを無視して煙草を吸いまくるリンチ先生。
◆リンチは語らない◆
しかもリンチは言葉で説明することを拒否する人なので、「自由に喋ってね」というスタイルの本作にはハナから乗り気じゃなかったのだろう。
たとえば「私が21歳のときに恋人のペギーが妊娠したんだ」と言ったあとに「このときの私の不安感を表現したのが『イレイザーヘッド』(76年)だよ」とは決して言わない。
同じように、「工業地帯のフィラデルフィアに越したんだけど、その街には頭のイカれた人々しかいなかったんだ」とは言っても「だから工業地帯にはトラウマがある。機械が人をおかしくさせるという私の恐怖心は『イレイザーヘッド』や『ブルーベルベット』(86年)の中でも表現しているよ」とまでは言ってくれない。
いちばん大事なことを言わない。
それがリンチだ。
だって、以前インタビュアーに「かなり難解な映画として知られる『マルホランド・ドライブ』(01年)ですが、この作品にはどういう意味があるのか教えてくれますか?」と訊かれて「断る」って即答しちゃうような人だからね。
リンチに語らせたところで何も引き出せないのは明々白々。
リンチ・ドキュメンタリーの作り方をそもそも間違えてるよ、これ。
リンチが愚にもつかないことを喋り続けてる間は、彼が手掛けた美術作品、昔の写真、自宅のアトリエで奇妙な立体造形を制作していて思うように捗らず「ファック」などと毒づいている様子が次々と映し出される。まぁ、ドキュメンタリーとしては安牌の手法だ。
ところが、学生時代に作ったショートフィルム『アルファベット』(68年)がワンシーンしか流れないことには呆れ返ってしまう。たった4分弱の作品だぞ?
過去作の映像も一切使われないし、カイル・マクラクランやローラ・ダーンといったリンチ組の俳優へのインタビューも一切なし。
「自由に喋ってください」と言われてリンチ自身が気ままに独白していくという形式なので、リンチの奇人ぶりを表したおもしろエピソードが他者の口から紹介されることもない。
ただただリンチが言葉につっかえたり噛みまくったりしながら昔を振り返る…っていう、ジジイが酒飲みながらやりがちな懐古談が88分延々続くのだ。
悪夢だよ。まさに悪夢!
そういう意味では、一周回ってこれこそがリンチ・ワールドなんだけどね。
リンチが手掛けた悪夢的作品群。
おもしろかったのは、途中まで意気揚々と喋ってたリンチが、急に言葉に詰まってしばし無言になり、「うまく話せない…」といって話を投げ出しちゃうところ。
リンチが話すことで成立する作品なのに「うまく話せない…」って。
一番言っちゃいけない言葉だよ!
あと、フィラデルフィアには頭がどうかしてる人間が多いらしく、雑草が生い茂った空き地を四つん這いで歩き回ってる女が鳥のような奇声で「私はチキン!」と連呼していた…とリンチは語る。
そんな所で暮らしてたら、そりゃあ『イレイザーヘッド』みたいな映画だって撮るわいな…と得心。
25年ぶりに続編が作られた伝説のテレビシリーズ『ツイン・ピークス THE RETURN』がようやくDVDになりました!
目下の楽しみはこれだけ。一気見するタイミングを見計らってます。楽しそうだけど疲れそうだなぁ。