1970年。イエジー・スコリモフスキ監督。ジェーン・アッシャー、ジョン・モルダー=ブラウン。
学校を中退し、ロンドンの公衆浴場で働き始めた15歳のマイクは、そこで働く年上の女性スーザンに恋心を抱く。だが、婚約者がいながら別の年上男性ともつきあう彼女の奔放な性生活を知るうち、マイクの態度が変化していく。そして雪が積もった日、マイクはスーザンの車のタイヤをパンクさせる。スーザンは、雪の中に婚約指輪を落としてしまい、二人は空っぽのプールで雪を融かし、指輪を探し出そうとするが…。(Amazonより)
ようやっと『デミ映画特集』が終わり、途方もない解放感を味わっています!
正直言って、第1弾をアップした時点ですでに飽きてましたから。この特集に。
「だいたい誰やねん、デミ・ムーアて。興味ねえわ」と思いながら、映画観て、レビュー書いて、それをアップしていたのです。4日連続で。 逆にすごいでしょう? 無関心なのにここまでやるって。
デミ・ムーアが何ムーアだろうが俺には関係のないことだ。すでに終わったことだ。もう俺を苦しめるな。
というわけで本日からは特集という名の鎖に縛られず、自由気ままに好きな映画をレビューしていきます!
今の俺はカゴから出た鳥だぁ。ポイからこぼれ落ちた金魚だぁ。というわけで解放記念1発目は『早春』です。
あ、そうか。解放記念1発目とか言ってしまうことで、それが「そういう特集」としてまたぞろ自身を縛る鎖になってしまうことに今気づきました。こういうことを言うから俺はいつも何かに縛られているのか。
もう何も言うまい。黙って『早春』。
◆名前が覚えにくいのでずっと無視してた監督◆
伝説の青春映画がデジタルリマスターで大復活し、2018年初めには再上映もされて映画好きを「ひゃー」と言わしめた。それが『早春』。
監督はポーランドの巨匠として知られるイエジー・スコリモフスキだが、私はあまり詳しくない。スコリモフスキという嫌がらせのように覚えにくい名前に腹を立てて「もう無理じゃ!」と言って無視を決め込んでいたのである。
尤も、無視しようがしまいが、彼の作品はおいそれとは入手できないものばかりだから、いずれにせよ今回のタイミングで初めて『早春』を観たという若い映画好きは私以外にも大勢いるだろう。
さて、『早春』なんてチャーミングな邦題がつけられた本作だが、原題は『Deep End』といって、すさまじく格好いいのである。
『Deep End』。まるで何らかのバンドが、何らかの意図があってつけた、何らかの曲みたいである。格好いいぜ。
だが映画の内容はチャーミングでもなければ格好よくもないという裏切り。
年上の女性に恋焦がれる少年の悶々とした日々が痛々しく描かれた思春期悶々映画なのである。へー。
◆恋を抱きしめよう◆
チャリを立ち漕ぎする少年が職場のプール付き公衆浴場へと向かうファーストシーンで、キャット・スティーブンスの「But I Might Die Tonight(今夜、僕は死ぬかもしれない)」というひどくネガティブなロックが流れる。出勤時に聴くような曲ではないだろう。
立ち漕ぎ少年はジョン・モルダー=ブラウン(以下、モル坊)。
当時、日本でもヤングガールを虜にしたアイドル俳優だが、なるほど美しい、確かに美しい。
といっても『ベニスに死す』(71年)のビョルン・アンドレセンのような幽玄な翳りをまとった美少年というタイプではなく、ちょっとイジめたくなる可愛さというか、でもその後で「かわええの~。モル坊かわええの~」と言いながら髪の毛をくしゃくしゃにしたくなるような、そんな不思議な愛嬌がある。
公衆浴場に到着したモル坊は、年上の女性職員からあれこれと仕事を教わるうちに彼女のことが気になり始める。
とびきりキュートだがどこか擦れてもいるその女性はジェーン・アッシャー。
ポール・マッカートニーのミューズとして有名な女優ですね。ビートルズの「All My Loving」や「We Can Work It Out」など、1965年ごろにポールが手掛けた楽曲のほとんどはジェーンについて歌ったラブソングである。
ちょっと寄り道。
ディープ・パープルやスティーヴィー・ワンダーもカバーした「We Can Work It Out」(「恋を抱きしめよう」というだいぶ人をナメた邦題がつけられた)の動画を載せておくので、随意に視聴orスルーするといいさ。
無邪気なラブソングを歌っていたころの中期ビートルズの楽曲です。ちなみに、このあとLSDや東洋思想に傾斜してサイケデリックな音楽性を獲得していくことになります。
◆恋の天国、愛の地獄◆
ジェーンは事あるごとにモル坊をからかうが、モル坊は「やめてくれよ、よしてくれよ」と抵抗しつつもまんざらでもないご様子。
実際、モル坊は可愛いので、ジェーンもついからかいたくなったのだろう。客のババアにも狙われるし。
ババアにホールドされて童貞を奪われそうになるモル坊。
モル坊「やめてくれええ!やめてくれええええ!」
ウブなモル坊は大人びたジェーンに憧れるが、もちろん彼女は相手になどせず「かわいい弟」としてモル坊に接する。第一、彼女には婚約者がいるのだ。その存在を知ってひどくショックを受けたモル坊は、ジェーンを恨めしそうに睨みながら二人のデートを尾行する。
二人がポルノ映画館に入って行ったので年齢を偽って館内に忍び込んだモル坊は、ジェーンの真後ろの座席に座り、こっそりと手を伸ばして彼女の胸をまさぐるという大胆なチカンを展開。その様子に気付いた婚約者は「エロガキめ、警察に突き出してやるからな!」と怒って係員を呼びに行くが、なんとその隙にジェーンがキスをしてくれたのだ!
これぞ天国。夢見心地のモル坊は、喜んで警察にしょっ引かれる。ついに憧れのジェーンとキスができたのだ! もはや婚約者に責められようが警察署で怒られようが、今のモル坊には些細な事に過ぎない。
キスしたあと、何事もなかったかのようにスクリーンに向き直るジェーン。一方、恋の余熱が冷めやらぬモル坊は一人ではしゃいでいる。
だが、さすがにモル坊ほどウブではない我々観客にはこのキスを素直に祝福することができない。それどころか、婚約者がいるのにほかの男(モル坊)にキスをしてしまえるジェーンという女に、思わず胸をざわつかせるだろう。
その不安は的中する。
ジェーンは誰とでも寝る女だった…。
モル坊、ダブルショック。これぞ地獄。
翌日以降、憎悪と軽蔑からジェーンに対して冷たい態度を取るようになったモル坊だが、それでも愛の炎は消えず、毎晩のように男を連れて夜の街に繰り出すジェーンのあとを追ってしまうのだった…。
こうしてストーカーは生まれていく。
◆ショック連発、張り裂けハート◆
恐ろしく残酷な映画である。
思春期のウブな恋心を徹底的に打ち砕く童貞殺し映画の急先鋒とは言えまいか。言えるんじゃないだろうか。
婚約者と高級クラブに入っていったジェーンを出待ちしている間に、手持ち無沙汰になったモル坊が出店のホットドッグを買って食べる…というシーンが何度も繰り返される。天丼ギャグのようで滑稽なのだが、このホットドッグはいわば恋の出費であり、ジェーンを思うあまり身も心も、そして金までも搾り取られていくという「恋の滑稽さ」を表している。
と同時に、本作は純粋なモル坊がジェーンを通して「大人の裏の顔」を知っていくイニシエーションの物語でもある。
ジェーンを追って夜の歓楽街に迷い込むモル坊は、そこで卑しい欲望を抱えた大人たちの姿を目の当たりにする。ポルノ映画館、ナイトクラブ、売春宿…。
「大人ってこんなにどうしようもない生き物なのか!」
モル坊、トリプルショック。
似たようなショックを感じたのはモル坊だけではあるまい。私もそうだ。子供のころは「大人は立派なものだ」という勝手な幻想を抱いていたものですからね。だけど自分が大人になるにつれて、その幻想はボロボロと瓦解していく。
たとえば、店でわめき散らす頭の悪いクレーマー、キラキラネームをつけるバカ親、酒を飲んで騒ぐサラリーマン…。
ガキばっかりじゃないか、世の中。
豚どものファンファーレじゃないか!
そしてモル坊は、ジェーンもまた「さもしい豚」であることに気付いてしまったのだ。
「別の仕事があるから受付頼んだわよ」と言って仕事を任されたモル坊が、ジェーンが入って行ったトイレを覗くと、そこには男と乳繰り合っている彼女の姿が…!
モル坊「4つめのショックを表したいけど、トリプルの次がわからない(正解:クアドラプル)」
挙句にストリップクラブの入り口で乳を放り出して扇情的なポーズをきめるジェーンの立て看板を見つけてしまったモル坊は、思わずその看板をパクり、「クインティプル(5度目の)ショック!」とわめきながら逃走。5つめは分かんのかい。
看板パクってダッシュしたはいいものの、行き場をなくして閉店後の公衆浴場にやってきた彼は、飛び込み台からジェーンの看板を投げて自身もプールに飛び込む。水中で抱き合う二人。だが相手はジェーンではなくただの看板だ…。
なんと哀れで切ない…。なんと美しく残酷!
たぶん水中で「セクスタプル(6度目の)ショック!」って叫んでいたと思う。
まぁ、水中だから「ガババガババ、バッバ!」になっていただろうけど。
◆まさに早春、これぞ悲惨◆
結末には触れないが、およそ考えうる限り最悪といっていいラストを迎える。まさに『Deep End』。
しかも、ラスト手前でようやくジェーンと裸になって結ばれるのかと思いきや、緊張しすぎてセックスする前に果ててしまうモル坊。まさに『早春』。
そんなわけで、片想いの悲惨さが親の仇みたいに詰め込まれた、童貞殺しの思春期悶々映画である。
フライングしてしまうモル坊。これぞ悲惨。
不思議な酩酊感があるサイケデリックな映像とポップな色彩感覚に溢れたレトロモダンな作品なので「あたし、風変りな映画が好きやねん」という方には「じゃあ『早春』どうよ」つってお勧めするけどね。TSUTAYA発掘良品でもりもり展開中!
それにしても、黄色のコートに身を包んだジェーン・アッシャーと、横から突風喰らって10:0分けみたいな髪型のジョン・モルダー=ブラウンが実にキュート。被写体としてもシャープだし、見事に70年代の空気をまとっている。劇中に出てくる色とりどりのババアも味があってよろしい。
決して煌めくことのない、青春の恐ろしさと痛ましさを活写したイギリス・西ドイツの合作映画。
イエジー・スコリモフスキの名前を覚えようと思いました。
ジェーン・アッシャーは髪質がいい。まさに70年代的キューティクルと呼ぶほかない、適度にパサつきながらも動きのあるスタイル!