70年代トピックに彩られた、火星に行かない火星映画。
1977年。ピーター・ハイアムズ監督。エリオット・グールド、ジェームズ・ブローリン、ブレンダ・バッカロ。
打ち上げ寸前だった有人火星宇宙船カプリコン1の乗組員3人が船外に連れ出される。宇宙船の故障が発覚したものの、それを公表できず、やむなく関係当局は大掛かりなセットを組んで、その成功をでっち上げることに。中継映像から不審なものを感じた新聞記者コールフィールドは調査を開始。一方、3人の乗組員たちは闇に葬られようとしていた! 全世界をあざむこうとする陰謀に立ち向かう者たちの戦いを描くサスペンス巨編。(映画.com より)
最近、ワサビの美味しさに気づき始めた僕がいるんだ。大人でしょう?
何かにかこつけてワサビが食べたくて、お刺身とか寿司を食べてはいるんだけど、そんな王者の振舞いばかりしていたらアッという間に銭がなくなって死ぬる。
もっとワサビを身近なものにできないか? と沈思黙考した結果、ワサビ味の柿の種を購入しました。
しかもドラッグストアで。
柿の種を買い求めたいけどスーパーまで行くのは億劫だ、といって家の近所を徘徊していたら、ドラッグストアが「俺がいるじゃん」みたいな顔で建っていたので吸い寄せられるように入店したのだ。
「あれ。あれ。柿の種、置いてあれ。なんだったらいっそ祀られてあれ」と願いながらお菓子コーナーにちょらちょら駆け寄った私、一発で発見!
「あった! これが伝説のワサビ味だと言うのか!」
伝説の柿の種を抱きしめて、伝説のレジスターに直行、こうもとんとん拍子に柿の種が買えたことが嬉しくて、思わずレジを打ってくれた伝説のお兄さんに「この店、何時までですか?」と喜びの表現が変なベクトルみたいなどうでもいいことを訊いてしまった。
鬱々たるバリトンボイスで「24時までです」とお兄さん。
「へぇー」つって家帰って柿ピー食べました。終わり。
『カプリコン・1』です。どうぞ。
◆火星に行かない話◆
キャリアを重ねるごとに駄作・凡作を連発して「ポンコツ監督」の名を欲しいままにしたことでお馴染みのピーター・ハイアムズがポンコツ化する前の最後の良心、それが『カプリコン・1』である。
火星探査宇宙船「カプリコン・1」の打ち上げ直前に生命維持システムに不具合があるとして基地に連れていかれた乗組員3人に恐るべき命令が下る。
打ち上げ計画を中止した場合にNASAの予算が大幅削減されてしまうことを危惧した責任者は、全世界に向けて偽装工作をおこなうと言い出したのだ。
「カプリコン・1は無人のまま火星に向かわせるが、あくまで飛行士が乗船していたと思わせるんだ。諸君にはスタジオで火星着陸の偽装映像の制作に協力してもらう。歯向かったら家族を死なせます」
かくして、宇宙に行ったことにされた宇宙飛行士3人は、スタジオに組み立てられた宇宙船や火星地表のセットで撮影した映像を全世界に放送して火星探査計画をでっち上げる…。
スタジオ内で火星着陸のニセ映像を作らせるNASA。
パッケージからSF映画と早合点してはならないよ。某ビデオ屋では「火星特集」のコーナーに置かれていたが、これは火星に行かない話なのだ。
私利私欲のために全世界を欺こうとするNASA上層部。脅されてやったこととは言え、良心の呵責と職業倫理に苛まれる宇宙飛行士たちの葛藤。そして偽装映像に違和感を覚えて独自調査に乗り出すはみ出し者ジャーナリストの孤立奮闘…。
さまざまな要素が絡み合った、骨太で複合的な作品である。なかなか楽しめます。
とは言え、根幹にあるのは「ジャーナリズム精神」。特に映画前半では『クイズ・ショウ』(94年)なんかを連想した。
ところが、基地から脱出した宇宙飛行士とそれを追うNASA職員の追跡劇が延々60分展開される後半では、まるで別の映画になってしまう。
別の映画っていうか、まんま『ハンター』(80年)やないか。
ハイアムズが脚本を手掛けたことで知られるスティーブ・マックイーン主演の『ハンター』やないか。
「『ハンター』やないか」というツッコミがどこまで伝わってるか分からないけど。
事程左様に『カプリコン・1』はきわめてジャンル分けの難しい作品として知られている。
だが、そもそも映画をジャンルで規定すること自体が愚の骨頂なのだ。『カプリコン・1』だからといってカプリコを食べ続ける物語を想像してはならないし、『オデッセイ』(15年)とポスターが似ているからといって火星でジャガイモを栽培する光景をイメージしてもならない。
きっと本作を鑑賞した人々は、セスナ機とヘリがドッグファイトするクライマックスに至って「火星に行く話だと思ってたのに、高度2000メートルの上空で戦っとるがな…」といって唖然とするだろう。「なんやこれは」と。カプリコンイズムの欠片もない。
出てくる乗り物が宇宙船からヘリとセスナに変わったとき、もはや我々は火星のことなど忘れている。
◆ニクソン元大統領に感謝◆
駆け出しの頃はキャスターとしてベトナム戦争を報道していたハイアムズは、戦争を正当化して鼓舞するような映像だけを報道させる政府のプロパガンダを目の当たりにして「むちゃむちゃ腹立つ」と憤った。
1972年、ハイアムズが自身で脚本を手掛けた『カプリコン・1』の企画をさまざまな映画会社に持ち込んだが、政府の陰謀を摘発した内容と知った映画会社は「NO!」を連発。企画はお蔵入りに。ハイアムズは八つ当たりするように「むちゃむちゃ腹立つ」と言って映画会社の受付嬢を睨んだ。受付嬢は「こわ」と思った。
だが、長期化するベトナム戦争やウォーターゲート事件などで政府への不信感が増していった70年代中期、『大統領の陰謀』(76年)の大ヒットもあって、一度ボツにされた『カプリコン・1』の企画にようやくGOサインが出たのだ。ハイアムズは生まれて初めてめちゃゴキゲンになった。
要するにニクソンに感謝というわけだ。
ニクソンがウォーターゲート事件を起こさなければ『大統領の陰謀』は作られなかったし、『大統領の陰謀』のヒットがなければ政治不信ブームも加速しておらず、政治不信ブームが加速してなければ本作が作られる土壌も存在し得なかったのだから。
実際、ニクソン政権の失脚によって、その後さまざまなニクソン映画が数珠つなぎ的に世に送られることになりました。
『ニクソン』(15年)、『リチャード・ニクソン暗殺を企てた男』(04年)、『キャプテン・アメリカ/ウィンター・ソルジャー』(14年)とかね。
「ニクソン映画といえばランキング」の上位3作品。
◆70年代の気風◆
ところが、問題はNASAだ。
当初、NASAは『カプリコン・1』の製作に「ウチをフィーチャーしてくれるん? それやったらなんぼでもカネ出すで。宇宙船の設計図だって、ホラ、見せちゃう。こんなにも」と調子のいいことを言って全面協力してくれたが、「NASAが火星着陸のヤラセ映像を作る」という内容を知った途端、一方的に援助が打ち切られたのだ。
烈火のごとく怒ったハイアムズ、「むちゃむちゃ腹立つ」と言いながらNASAの受付嬢を睨んだ。受付嬢は「こわ」と思った。
月面着陸の写真や映像が捏造されたものではないか、という陰謀論は70年代から現在に至るまで囁かれている。映画好きなら「スタンリー・キューブリックが月面着陸の偽装撮影に関わっていた」という都市伝説を耳にしたことぐらいはあるだろう。
いずれにせよ、アポロ計画陰謀論や政治不信といった70年代トピックの追い風があってこそ、この映画は実現したのである。良くも悪くも。
さらに70年代トピックを付け加えるなら、ジャーナリスト役にエリオット・グールドとカレン・ブラックが出演しているという、いかにも70年代でしかあり得ないキャスティング!
ロバート・アルトマンの『ロング・グッドバイ』(73年)やハイアムズの代表作『破壊!』(74年)などで知られるエリオット・グールドと、アメリカン・ニューシネマの秘境的傑作『ファイブ・イージー・ピーセス』(70年)やヒッチコックの遺作『ファミリー・プロット』(76年)などで持ち前のブス面を活かしたカレン・ブラックの共演に、70年代マニアとしては興奮を禁じ得ず。
エリオット・グールド(左)、カレン・ブラック(右)。
また、3人の宇宙飛行士のうちの1人を演じているのがO・J・シンプソン!
スポーツ全否定論者の私でも知っているぐらい著名なフットボール選手であり、元妻を殺害したO・J・シンプソン事件の被疑者としてさらに有名になった、疑惑だらけの男である。
そんなシンプソン、しれっと俳優業にも手を出していて、本作を始め『タワーリング・インフェルノ』(74年)や『カサンドラ・クロス』(76年)といった70年代の大作群に出演している。一丁前に。
ちなみに、社会現象にもなったO・J・シンプソン事件をモチーフした映画がデヴィッド・リンチの『ロスト・ハイウェイ』(97年)。
というわけで、ウォーターゲート事件、アポロ計画陰謀論、O・J・シンプソン事件といった実際の事件がいくつも絡んだ、完全にフィクションとは言い切れない作品が『カプリコン・1』である。
とにかく全国のビデオ屋は今すぐこの作品をSFの棚から移動すべきだ。70年代の気風をまとった社会派映画なのだから。
左から順に、月面、ニクソン、シンプソン。