シネマ一刀両断

面白い映画は手放しに褒めちぎり、くだらない映画はメタメタにけなす! 歯に衣着せぬハートフル本音映画評!

日本春歌考

 ずっと「ヨサホイ節」歌ってるホイホイ映画の金字塔。

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1967年。大島渚監督。荒木一郎、岩淵孝次、田島和子、小山明子、伊丹一三。

 

豊秋は大学受験のために上京してきた高校生四人組の一人だ。彼は試験場で出会った女生徒の名前を知ろうとするが失敗。その帰り道、高校の恩師である大竹が女と歩いているのを見かける。豊秋たちはクラスメートの女生徒たちとともに大竹を訪ね、そのまま居酒屋へ。そこで大竹は唐突に春歌を歌い始めた。(Yahoo!映画より)

 

昨日の朝、Twitterでフォローしている渋谷あきこ様という方からダイレクトメッセージを頂きました。「ふかずめさん、はじめまして。」なんて来るから「はじめまして!!! ふかめです!」といって挨拶がてら訂正させて頂いたあと、「いつも読んでます」、「実にアリス」みたいなやり取りをしました。有難いことです。朝っぱらからダイレクトメッセージを頂いて。何らかの冥利に尽きます。

あきこ様とやり取りさせて頂いたことで、改めて思ったことが2つほどあります。

 

ひとつは「ふかづめ」という名前。覚えにくいというか、表記しづらいよな

はじめてKONMA08さんとやり取りさせて頂いたときも、KONMAさんは毎回「ふかずめさん、ふかずめさん」と仰ってて、内心わたしは「『す』に点々やのうて『つ』に点々や」と思ってて、ついに痺れを切らせて「ふかめです!」 と半ギレで訂正したところ、KONMAさん、「お~ん。ほっほ~」などとわけのわからぬ反応。ほんまに分かっとんのかい、このおっさん。

でも、確かにややこしいよね…。もう「ふかずめ」でも「ふかづめ」でもどっちでもいいよ。なんだったら「ぬかづけ」と呼んでくださいよ。僕自身、人の名前をよく間違えるし。未だにヒダマルさんのことを火だるまさんと思い込んでるし。

 

で、ふたつ目は…

えー

ふたつ目、忘れてもうた。

もういいっす。思い出したら次回言います。

それではレビューに参るとしませう。本日は『日本春歌考』で御座いますよ。

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◆渚にまつわるエトセトラ◆

大島渚といえば札付きの学生運動家あがりの怒れる監督だ。

京都府学連委員長として政治の季節をワーッと駆け抜けた大島は、京都大学卒業後に松竹にワーッと入社し、怒れる若者の姿をヌーヴェルヴァーグのようなタッチでワーッと映画にした。『日本の夜と霧』(60年)で安保闘争を描き、『東京戦争戦後秘話』(70年)では行き詰まりを見せた全共闘運動の寒々しさを実験的な手法で表現したのだ。

 

カタい話はよそう。

一般的に大島渚といえば「パーティー会場で野坂昭如に右フックを喰らってマイクで殴り返した人」であり、『戦場のメリークリスマス』(83年)の撮影中になかなか思うような動きをしてくれないトカゲに業を煮やして「おまえ、事務所はどこだ!」と怒鳴った人である。

あるいは『新世紀エヴァンゲリオン』に登場する渚カヲルの名前の由来としても知られている。

ちなみに、劇場版『新世紀エヴァンゲリオン劇場版 Air/まごころを、君に』(97年)のラストシーンは、本作『日本春歌考』のラストシーンをなぞったもの。どちらも男が女の首を絞め、女が謎めいた言葉を発して唐突に映画が終わるのだ。

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大島渚といえばランキングTOP3。


◆「ヨサホイ節」とは政治に対するカウンターである

本作は、春歌「ヨサホイ節」が全編で歌われる民謡ミュージカルという、かなり奇妙な前衛映画である。

大学受験のために上京してきた4人のノンポリ男子高校生が、試験場で見かけた受験番号469の女学生を性的空想の対象にするところから物語は始まる。男4人組は同じ学校の女子3人とともに教師の伊丹十三*1に連れられて居酒屋に赴くが、そこで教師は急に「ヨサホイ節」を歌い始めるのだ。

 

一つ出たホイのヨサホイのホイ ひとり娘とやる時にゃホイ 親の許しを得にゃならぬ ホイホイ♪

二つ出たホイのヨサホイのホイ ふたり娘とやる時にゃホイ 姉の方からせにゃならぬ ホイホイ♪

三つ出たホイのヨサホイのホイ みにくい娘とやる時にゃホイ バケツかぶせてせにゃならぬ ホイホイ♪

 

このような破廉恥でどうしようもない歌がひたすら続く。

この教師は生徒の前で春歌を歌ったりビールを飲ませるという実にデタラメな男なのだが女生徒たちからは大層モテており、悶々とした性的フラストレーションを抱える男4人組はこの教師を憎みながらも「ヨサホイ節」に取り憑かれていく。

「あの教師は嫌いやけど『ヨサホイ節』はええ曲やないか」

教師に教えてもらった「ヨサホイ節」が瞬く間に彼らのマイ・フェイバリット・ソングになったのだ。

居酒屋を出た一行は旅館に泊まるが、泥酔した教師がストーブをつけたまま眠ってしまい、男子学生のひとり荒木一郎がそれに気づきながらも見殺しにしたせいで、教師は一酸化炭素中毒で死んでしまう。

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ファーストシーンから思っていたが、このタイミングで言おう…。

なんの映画やねん、これ。

男子学生4人組が「ヨサホイ節」にどハマりして教師を間接的に殺す(←今ここ)。

狂ったように「ヨサホイ節」を歌いまくる4人は、自分たちでアレンジを加えたり歌詞を変えるなどして徐々に曲の精度を高めていく。まるでCD音源ではそれほどでもないがライブで繰り返し演奏する中で少しずつ磨かれて味わいが増す曲のように。エアロスミス「Dream On」とか。

どんな映画やねん。

 

この映画をミュージカルと称したのは、劇中でさまざまな人間たちがさまざまな曲を歌うからだ。右翼の歌う軍歌、左翼の歌う労働歌、新左翼の歌う革命歌、ヒッピーかぶれが歌うフォークソングやアメリカンポップス…。

そうした政治的文脈の中で歌われる曲に対抗するように、4人は「ヨサホイ節」というナンセンスな春歌によって政治的言論空間を茶化すのである。

実際、教師が居酒屋で「ヨサホイ節」を歌っている後ろでは右翼たちが軍歌を合唱していたし、荒木少年が死んだ教師の通夜で左翼が熱唱する労働歌を邪魔するように「ヨサホイ節」を大声で歌ったことで取っ組み合いの喧嘩に発展する。

本作で扱われる「ヨサホイ節」とは政治的無関心の象徴であり、空虚なノンポリ学生たちのテーマソングなのである。

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駅の階段で煙草を吹かすノンポリ学生4人組。どうしようもないやっちゃ。


◆アングラ節全開◆

4人は試験場で見かけた受験番号469の女学生を空想の中で輪姦する。

このシーケンスがとても不思議な撮り方をされていて、4人全員が空想のイメージを共有しているのだ。1人が教壇の上で469を犯している最中、残りの3人がその様子を眺めながらブツブツと雑談に耽り、行為を終えて戻ってきた男が次の男と交代して、また3人で雑談に耽る…という空想。

まるで複数の人間が同じ夢を見ているような状態で、個人作業であるはずの「妄想」が奇妙なネットワークを形成してシェアされる…というクローネンバーグのごときシュルレアリスティックな映像世界が展開されるのである。もうわけわかんねぇ。

 

そしてクライマックスでは、憧れの469と初めて顔を合わせた4人が「僕たちは空想の中でキミを犯した」なんて言わなくていいことを言うと、あろうことか469は「現実世界でも同じことができるかな?」と言って、4人を大学の試験場に連れていき教壇の上で裸になる。

思いがけず空想が実現してしまったことにたじろいだ4人は、しかし「ヨサホイ節」で己を鼓舞しながら順番に469を犯そうとした。だが、荒木少年が興奮しすぎて469の首をグイグイ絞めはじめ、仲間たちが「いや…趣旨違う、趣旨違う」なんて止めに入る間もなく、469はまったく聞き取れないほどの小声で謎の言葉を言い残して死んだ…。

もう一度言っておこう。

なんの映画やねん、だからこれ。

とりあえずこのラストシーンが『新世紀エヴァンゲリオン劇場版 Air/まごころを、君に』に影響を与えた…ということはよく分かったが、このラストシーン自体の意味はさっぱり分からない。

ラストシーンだけでなく政治と性欲の二段構えという構成にも違和感を覚える。

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受験番号469を演じた田島和子がめっぽう美しい。

 

まぁ、それもそのはず。本作では心理の解釈を拒否するかのような無表情、あるいは無芝居が貫かれており、キャラクターの思考とか映画のテーマがまったく読み取れないように被覆されているのだ。

そもそも主演の荒木一郎の本職がミュージシャンであるように、大島渚の作品では演技経験のない素人や他業種の人間ばかりが起用される『戦メリ』ビートたけし、坂本龍一、デヴィッド・ボウイなど)

映像面も観念的なイメージのつるべ打ちで、観る者を煙に巻くアングラ演劇のような世界が広がっている。ソリッドな政治思想を持つ大島渚にしてはえらく夢遊病的な液状の作品なのである。

10年前に観ていたら確実にトラウマになっていたであろう青春アングラミュージカル。

とりあえず、耳に残った「ヨサホイ節」を忘れるためにハードロックを聴いてきます。

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*1:伊丹十三…俳優業もこなす映画監督。公使に渡るパートナーの宮本信子が暴力団と戦う『マルサの女』(87年)『ミンボーの女』(92年)は大ヒットしたが、逆恨みした暴力団から報復を受けた。それでも映画を撮り続け、1997年に謎の死を遂げている。暴力団や宗教団体を敵に回すようなタブー上等のエンターテイメント作品を数多く手掛けた時代の告発者。