シネマ一刀両断

面白い映画は手放しに褒めちぎり、くだらない映画はメタメタにけなす! 歯に衣着せぬハートフル本音映画評!

鑑定士と顔のない依頼人

絵画の価値は見抜けても女心は見抜けない。

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2013年。ジュゼッペ・トルナトーレ監督。ジェフリー・ラッシュジム・スタージェスシルヴィア・フークス

 

天才的な審美眼を誇る鑑定士バージル・オドマンは、資産家の両親が残した絵画や家具を査定してほしいという依頼を受け、ある屋敷にやってくる。しかし、依頼人の女性クレアは屋敷内のどこかにある隠し部屋にこもったまま姿を現さない。その場所を突き止めたバージルは我慢できずに部屋をのぞき見し、クレアの美しさに心を奪われる。さらにバージルは、美術品の中に歴史的発見ともいえる美術品を見つけるが…。(映画.comより)

 

おはようございます。年末が近づいておりますよ、奥さん。

普段はヒマ人の私ですが、今年はくそみたいに忙しくてイライラしてますねん。

ただでさえ現実生活を送らねばならぬというのに、なまじ『シネ刀』なんか始めたばっかりにレビューを書かなあかんのは勿論のこと、リクエストされた映画は観やんならんわ、友人からの持ち込み企画には応えんならんわ、それに加えて『ひとりアカデミー賞の準備もあるわ…と、キリキリもしくはテンテコの舞いをあほみたいに踊り狂っている状態で、現実生活に支障が出るくらい睡眠不足が続いております。

寝させ!

でもこないだの休みに10時間眠ったよ。泥のように眠った。眠れる森の美女よりも深く眠ったと思うな。なかなかクールでしょ。

そんなクールな私がjijicattanさんからのリクエストにお応えしちゃう。鑑定士と顔のない依頼人の鑑定を依頼されたのだ。顔のない読者から。

ふわっと読めちゃう文章なので、ふわっとお読みよ。

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◆踏んだり蹴ったりな鑑定士◆

本作は非常に格調高いミステリとして人気を集めている作品で、色ボケ童貞ジジイが破滅するという申し分のない中身である。


ジェフリー・ラッシュ演じる鑑定士は美術品をチラと見やっては「これ贋物だよね。そんな気がする」ということをばんばん査定する傍ら、オークション会場では裁判長が持っているハンマーみたいなやつをばんばん叩いて「10円からスタート。はい、奥の人15円。左のマダム30円。おっと50円が出ました。駄菓子が買えます」などと言って競りを盛り上げるオークショニアとしての顔も持つ。

私生活では60歳を過ぎた今でも女性経験がなく、その代償行動として膨大な数の美女の肖像画をコレクションするという筋金入りのヘンタイ。

そのうえ友人のドナルド・サザーランドと共謀して格安で肖像画を落札するというオークショニアの風上にも置けないクズでございました。

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美女の肖像画に囲まれてご満悦であります。

 

そんなジェフリーがある女性から美術品の査定依頼を受けて屋敷に赴くが、その依頼人は人前に出ると激烈にテンパってしまう対人恐怖症&広場恐怖症ゆえにアナと雪の女王(13年)のエルサばりに部屋に閉じこもっているような真性ヒッキーであった。

よってドア越しに仕事の話や身の上話をするのだが、次第に二人は惹かれ合っていく。ジェフリーは友人の若き機械職人ジム・スタージェスに恋のアドバイスを沢山もらい、エルサに花やドレスを貢ぐなどしてポイント稼ぎに傾注。すでに色ボケジジイと化しております。

ようやくジェフリーに心を許したエルサは「ありのままの姿見せきるのよー」と歌いながら初めて彼のまえに姿を現した。

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小娘でした。

 

そして小鳥のようなキスを交わす。ジェフリー(62歳)とエルサ(30歳)の売春にしか見えないラブシーンが観る者の心をざわつかせたりもする。

美女もゲットできて人生最後のオークションも大盛況のうちに終わり、まさに幸せ絶頂、胸いっぱいのジェフリー。

しかし家に帰ると肖像画のコレクションがごっそりイかれておりました。

エルサは姿を消し、友人のジム坊やドナルドランドとも連絡が取れない。そうです、そうなんです、全員がグルになって彼を騙したんです。

すべてを失って茫然自失したジェフリーは、エルサが好きだと言っていたプラハのカフェに赴き、逢いたいから恋しくてあなたを想うほどウーウーします。

FIN。

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ごっそりイかれております。


◆ミステリとしては面白いよ◆

それではこの映画を鑑定して参りましょうね。

まず、ジェフリーがエルサの館とジム坊の工房を行ったり来たりするさまが無反省に繰り返されるので画面としてはこの上なく退屈なわけです。

エルサが壁穴からジェフリーを覗き、ジェフリーの方も帰ったふりをして部屋から出てきたエルサを物陰から覗く…といったように「窃視」という行為が主題化されているけれども、視線劇がまったくサスペンスに結びついていないのでやはり退屈。

劇中でサスペンスと呼びうる瞬間は一ヶ所だけあって、それは帰ったふりをしたジェフリーが部屋から出てきたエルサを覗き見する二回目のシーン。しかしそれは何らかの演出が生成したサスペンスではなく、「そろそろバレるんじゃない?」という回数によるサスペンスに過ぎません。

つまり我々が勝手にサスペンスを感じ取っているだけ。

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若い女を熱心に覗くジェフリー・ラッシュ(62歳)であります。

 

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依然覗いております。

 

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エルサが「覗くな」っつってんのに覗くことをやめません。


したがってスクリーンはジェフリー・ラッシュの独壇場と化す。

彼が演じた主人公は、いきなり怒りだしたと思えば優しくなったり、その場その場で精神年齢が乱高下するという不思議なキャラクターで、時に理知的な紳士として、また時に変態性癖の色ボケジジイとして、この単調きわまりない映画に豊かな色彩を加えている。

観る者をしてジェフリー・ラッシュを見ているだけで飽きない。ジェフリー・ラッシュをもっと見せろ」と思わしめ、ある種のトランス状態に導くほどジェフリーがラッシュしておるのです。

一方で、ジェフリーが身につけている手袋とかハンカチは特に活用されることなく、背景を彩る豪華な美術品と一体化してしまっているのが実に惜しい。


ほかに話したいことがあるので早めにこの映画の急所を突かせて頂くと、エルサ役のシルヴィア・フークスはジェフリーを誘惑するファム・ファタールの器に収まっておりません。

『白い闇の女』(16年)イヴォンヌ・ストラホフスキーと同じく蠱惑的な風采とは言い難いので「やめとけジェフリー。この女に近づくのは危険だ」という感覚に乏しい。たしかに綺麗な女ではあるけれども、理知的なジェフリーを狂わせて映画の全域を支配するにはあまりに線が細くて没個性。いわば小娘である。

そんな彼女に熱をあげるジェフリーが、だから余計に滑稽に映ってしまうのだね。

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エルサにキスされてうっとりしています。


とはいえ本作は筋のおもしろさで勝負した脚本優位の典型例であるよな。

我々はこの映画が向かおうとしている先をあれやこれやと想像しながら物語に運ばれていれば、ひとまずそれだけで心地よいわけです。

オートマタの部品集めにしても館の向かいのカフェにしても、すべてが脚本と共犯関係を結んでミステリの頒布と回収に徹している。おまけに考察しがいのある余白も残されているので、観終わったあとも「あのシーンは何だったんだろ?」とぐるぐる考えるのがまた楽しく、いい暇つぶしになります。ミステリとしては出色の出来栄えではないでしょうか。少なくとも131分を長いとは感じなかった。

最後の一文だけは本心です。


◆本質的にはコメディ◆

非常に落ち着き払ったテンションであれこれ語ってますけれども、この文章は本作のトーンに合わせて綴ったものです。私は映画によって文調を変えるので、鑑定士と顔のない依頼人はまさにこんな文調の映画だと思って頂ければ幸いに存じます。

 

 jijicattanさんから観ろと言われるまでは全く概要を掴んでおらず、監督がジュゼッペ・トルナトーレと知ったときは「ゲッ」と思ったのね。私が折に触れてキライな映画の筆頭に挙げているニュー・シネマ・パラダイス(89年)をお作りなさった破廉恥なイタリア人であります。

本作にも既にあれこれケチをつけたように「相変わらずの人だな」というのが率直な感想で。

たとえばエルサが風呂に浸かりながら恋人を失った過去をジェフリーに語るシーンでは、急にエルサが湯船に潜って『オフィーリア』をやるわけです。絵画を扱った映画だから『オフィーリア』を引用しているのでしょうけど、どうも調子外れというか間が抜けているというか…。ちょっと半笑いになってしまいました。

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『オフィーリア』(1851年-) …ミレーという絵描きが描いたハムレットの中で散々な目に遭う女性。ラファエル前派の最高傑作とされる絵画です。エルサはその真似っこをしていますよ。


その「半笑いな感じ」は全編に漂う妙なユーモアによるもので、この映画って本質的にはコメディだと思うんだよね。

色ボケ爺さんが若い男に恋のアドバイスをもらいながら遥か年下の女に猛アタックをかけるという年甲斐のなさ。結局みんなに騙されてすべてを失う哀れ。

なんでも見抜ける鑑定士が女心だけは見抜けませんでしたっていう皮肉なユーモアに貫かれた、とても意地の悪い作品で。

窃視の最中にジェフリーがケータイを床に落とした音でエルサが大パニックになるシーンなんて最たるもの。エルサに見つからないように大慌てて館を出たジェフリーのケータイに、さきほど自分を窃視していた人間がジェフリーだったことを知らないエルサから電話がかかってきて「家のなかに誰かいるの! 今すぐ来て!」と言われ、言い訳を探しながら再びヨロヨロと館に戻っていくジェフリーの不格好なことといったら!


また、ジェフリーが夜道で追剥ぎにあって完膚なきまでにど突き回されるシーンにも笑ってしまう。ヤング3人から滅多打ちにされて息も絶え絶えなの。

この映画、ジェフリーに厳しすぎない?

最終的にはエルサに裏切られて名画のコレクションをすべてパクられるわけですけど、虚脱しすぎて廃人同然になり病院送りにもされてしまうのね。

窃視の代償 大きすぎない?

なんでこんなことになるの。

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虫の息やん。

これもある種の『オフィーリア』?

 

べつに悪い人間じゃないのに どうしてこんな酷い仕打ちを受けるんだろう。

でもジュゼッペは残酷趣味の持ち主だからサディスティックなまでに主人公を痛めつけるのね。色ボケの代償だと言わんばかりに。ジェフリーの身に降りかかる不幸があまりに酷すぎて、これはもう笑うしかないわけです。鑑定士オーバーキルの老人追撃映画。

威厳と品格を湛えていた老鑑定士が女と出会い調子こいて落ちぶれていく半笑いイズムがなんとも言えないペーソスを漂わせていた。悲惨な映画ですけれど、妙な可笑しさがチャームポイントにもなっています。

嘆きの天使(30年)に着想を得た作品かもわかりませんよ。