シネマ一刀両断

面白い映画は手放しに褒めちぎり、くだらない映画はメタメタにけなす! 歯に衣着せぬハートフル本音映画評!

テキーラ・サンライズ

ヒラメなんか食ってる場合か!

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1988年。ロバート・タウン監督。メル・ギブソン、カート・ラッセル、ミシェル・ファイファー。

 

麻薬捜査官ニックと大物麻薬ディーラーのマックは高校時代からの親友として今も変わらぬ友情で結ばれている。だからこそ立場の違いに悩んでいたのだが、果たして同じ女性を愛してしまうことに。2人の男と1人の女の葛藤は、いつしか犯罪の香りに包まれていく…。(Amazonより)

 

おはようございます。

ニラって美味しいですよね。昨日豚キムチを制作した際にニラを使ったんですけどね、もうなんかニラが主役みたいなことになってしまって、ニラfeat.豚キムチといった不思議なコラボレーションが実現してしまいました。

まだ少しニラが余ってるので欲しい人がいたらあげますよ。先着一名様です。氏名、住所、ニラへの想いを綴った文章(20万字程度で結構です)を送ってもらえれば、こちらの方で厳正な抽選をさせて頂きます。奮ってご応募くださいませ。

てなこって本日は『テキーラ・サンライズ』を語っていくといったスケジュールになっております。最近パッとしない映画ばかりでごめんなさいね。

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◆映画が音楽に甘えるな◆

久しぶりに愚かな映画を観た。

愚かな映画というのがどういう映画なのか知りたい人は、今すぐビデオ屋に行って「テキーラ・サンライズをください!」って言うといい。ただし行き先を間違えてバーでそれを言ってしまうとカクテルが出てくるがな。

ちょっとした冗談が言えるほどには辛うじて理性をキープしているが、それにしても不愉快な映画である。


本作の美点を先に挙げておきます。

ハートのアン・ウィルソンチープ・トリックのロビン・ザンダーによる主題歌「Surrender to Me」

以上!!!

いやいや、ほんとほんと。レビューサイトを覗いても主題歌の話で持ちきりなんだから!

早い話が映画が主題歌に負けている時点でその映画は語る価値もないということだ。

「あの俳優が格好よかった」と言われる映画は俳優に映画が負けているので映画としては語る価値がないし、「どんでん返しが凄かったよね!」と言われる映画はプロットに映画が負けているのでやはり映画としては語る価値がない。

それと同じように、映画が主題歌に負けている時点でそれはもはや映画というより音楽なのだ。

『テキーラ・サンライズ』は映像付きの音楽!

つまりミュージックビデオである。「この映画は誰それのPV」という常套句があるが、その表現に正しく当てはまるのが本作である。

『テキーラ・サンライズ』「Surrender to Me」のPV!

www.youtube.com


この世には主題歌が全部かっさらう系映画というのが存在するね。

『ボディガード』(92年)の「エンダー嫌ぁー」とか、『秒速5センチメートル』(07年)のいつでも捜している山崎まさよしとか、『アナと雪の女王』(13年)の「レリゴーレリゴーありのままの姿見せきるのよー」とか。

主題歌が映画を抜き去って独り歩きするという従属関係の逆転。この時点でそれはもう映画ではなく音楽。音楽の完全勝利であり、映画の完全敗北なのである。『ボヘミアン・ラプソディ』(18年)は未見だが、どうかそうでないことを願います。

音楽もスゴいがそれ以上に映画としてスゴかった!と言えるのは『サタデー・ナイト・フィーバー』(77年)だが、いずれにせよサントラ映画の台頭によって映画は音楽に甘える術を身につけてしまい、その挙げ句に『テキーラ・サンライズ』などという負債を抱えてしまったのだから、やはり80年代はろくでもないディケードだと思う。

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◆ヒラメ映画◆

この映画は友情とロマンスを犯罪で味付けしたハードボイルドな作品なんだぜ。

麻薬捜査官のカート・ラッセルと元麻薬ディーラーのメル・ギブソンは正反対の立場でありながらも数十年来の親友で、二人は行きつけのレストランの経営者ミシェル・ファイファーに恋心を寄せる。

裏家業から足を洗ったメルギブが何やら不審な動きを見せたため、カートとしては友を疑いたくはないのだが目を付けないわけにはいかない…という複雑な関係性のなかで、共通の友人ミシェルを巻き込んでの犯罪劇が展開するという寸法だ。

これだけ聞くとなかなか良さそうでしょ? じつに渋くて大人向けのプロットであるよなー。

しかもメガホンを取ったのが脚本家のロバート・タウンときた!

『俺たちに明日はない』(67年)に特別コンサルタント(何じゃそりゃ)として携わり、『ゴッドファーザー』(72年)でもノンクレジットで脚本に参加している。そのほか、私が愛してやまない『さらば冬のかもめ』(73年)『パララックス・ビュー』(74年)『オルカ』(77年)といった彷徨える傑作群の脚本を手掛けるなど、まさに70年代米映画の陰の立役者

『ミッション:インポッシブル』の最初の2作品を書いたのもこの男。


だがペンを執る人間がメガホンを取るとロクなことにならないのだ。

本作最大の失敗はメルギブとカートが対比されず、むしろ馴れ合いともいえる同化に甘んじたことザッツオールである。ミシェルをモノにしようと恋の鞘当てを演じることもなければ、元麻薬ディーラーと麻薬捜査官という敵対関係によって二人の友情に亀裂が生じるといった劇的かつ宿命的な瞬間を迎えることもない。

それどころか、この精悍な顔つきの二人はミシェルのレストランで仲よくヒラメを食っては「美味いなこれ!」「もっと食うといい。俺のヒラメを分けてあげる」などと言いながらイチャイチャしてやがるのである。

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ヒラメをシェアーする二人。

 

そこにミシェルオーナーがやってきて「別の魚はいかが?」と言い、彼女に見惚れた二人はすっかりホの字で「食べる食べる」などと追加注文をする。

そのあと二人はそれぞれにミシェルと交流を重ねるのだが、これが吃驚するぐらい盛り上がらない。最初はカートがミシェルを押しまくってキスまで漕ぎつけたが、メルギブがとっておきの「母性本能くすぐり作戦」でカートからミシェルを奪って地滑り的勝利をおさめる。恋の勝者となったメルギブに対して、カートは嫉妬心や対抗心を燃やすことなく「敵わねぇ」と言ってフッと笑うのだった…。

なんだこの腑抜けみたいな映画は。

私は男二人がヒラメを食い出したときから「やばいでしょコレ」と思っていたのだ。だいたい魚ばっかり食うようなオカマ野郎にハードボイルドなど務まるわけがない。ましてやそれを食ってるのがメル・ギブソンとカート・ラッセルなのだ。

マッドマックスとスネーク・プリスキンなら肉を食え、肉を!

超肉食系の二人がバカ面浮かべてヒラメなんか食いやがって!!

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何がなんでも肉食わなきゃダメでしょ、この二人は。


恋も仕事も敵同士でありながら男二人が異常なほど仲がいいのでドラマやサスペンスが生起する余地がなく、前半1時間は「ヒラメの遊戯」とも言える間延びした友情ごっこがひたすら打ち続く。

また、物語の焦点がどこにも定まっていないので登場人物たちの言動がチグハグで、ベタな言い方をさせてもらうなら何がしたいのかまったくわからない。

真っ当に生きると誓ったメルギブが再び裏家業に手を染めた理由は最後までわからず、カートはそんな彼を捕まえる気があるのかないのかよくわからないような煮え切らない面持ちでまごまごするばかり。カートからメルギブに乗り換えたミシェルの女心の機微がほんのわずかすら掬われていないのは言うまでもない。

たぶんこの映画は私なんかよりもストーリーの流れを正確に理解できる頭のいい観客ほど混乱するだろう。どう考えてもわけのわからん話だからだ。

カートは、ミシェルがメルギブを守ろうとしていることを知りながら彼を逮捕するための捜査に協力させるのだ(協力するわけがない)。行動原理がバグり過ぎててもはや不条理劇の域に突入しておられる。


◆ブランコ映画◆

また、細かいところを突くようだが『テキーラ・サンライズ』だっつってんのにサンセットじゃねえか問題というのがグッタリと横たわっている。

『テキーラ・サンライズ』という題の通り、同名カクテルが何度も画面に現れ、映画自体もそのシンボルといえるオレンジを基調とした色彩設計になっているのだが、劇中に降り注ぐ陽光はサンライズ(朝焼け)ではなくサンセット(夕暮れ)である。なんでや。

この映画の唯一の見所は、男二人がブランコに揺られながら語らうシルエットだけの長回し(ホモ感満載)。これによって撮影のコンラッド・L・ホールが第61回アカデミー撮影賞にノミネートされたが、ブランコというのが実にマヌケである。

ヒラメといいブランコといい、まるでメル・ギブソンとカート・ラッセルのイメージをわざと壊そうとしているかのような滑稽なモチーフが噴飯モノで…徹頭徹尾ダサい。

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ヒラメ食いの二人が仲良くブランコ。金曜ロードショーのOPかよ!


そもそもこの二人をキャスティングしておきながらアクションでもサスペンスでもない脚本を書いている時点でロバート・タウンはめくらだと思う。ハードボイルドをやったつもりでいるのだろうが、本作は紛うことなきヒラメ映画、それでなくともブランコ映画である。おまけにサンライズだっつってんのにサンセットばかり撮りやがって!

ついでに言わせてもらうと、この映画の舞台であるロサンゼルス出身のイーグルス初期の名バラード「テキーラ・サンライズ」を使わないあたりも気が利かないなぁ。

ミシェル・ファイファーがセクシーに髪を掻きあげる所作が辛うじて観る者の怒りを鎮めるが、本作を観終えたあとに残るものは脚本家が監督業に手を出すことの傲慢な身振りに対する呆れすら通り越した虚脱である。

この映画の失敗によって身の程知らずのロバート・タウンは可及的速やかに業界から干され、84歳を過ぎた現在でも思う存分に白髪を伸ばしてのうのうと暮らしている。

元気で何よりだよ!!

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ミシェル・ファイファーを時代別ファイファーにしました。