シネマ一刀両断

面白い映画は手放しに褒めちぎり、くだらない映画はメタメタにけなす! 歯に衣着せぬハートフル本音映画評!

さよなら、僕のマンハッタン

青春の蹉跌。恋の全滅劇。だけど最後は目頭熱夫

f:id:hukadume7272:20190222024717j:plain

2017年。マーク・ウェブ監督。カラム・ターナー、ジェフ・ブリッジス、ケイト・ベッキンセイル、ピアース・ブロスナン。

 

大学を卒業して親元を離れたトーマスは、アパートの隣室に越してきた、W・F・ジェラルドと名乗る不思議な中年男性と親しくなり、人生のアドバイスを受けるようになる。そんなある日、父のイーサンが愛人と密会している場面を目撃してしまったトーマスは、W・Fの言葉に後押しされ、父の愛人ジョハンナに近づく。(映画.comより)

 

おはようございますねぇ、という挨拶がえらく気に入った人から挨拶のリクエストを受けるという迷惑を被っております。挨拶のリクエスト?

 

「押忍! ふかづめさんの『おはようございますねぇ』が好きなので、次は入れてね」

 

リクエストにお応えして昨日の『しあわせへのまわり道』評では「おはようございますねぇ」と言ったんだけど、それをリクエストした人の一言目が「押忍!」て。

そこは「おはようございますねぇ」ちゃうんかい。

まぁどうでもいいんですけど、ひとまず『しあわせへのまわり道』評で過去最低級にテキトーな見出しをつけてしまったことを謝っておかねばなりません。

「車を運転するといった映画ですね。」

コレです。なんの説明にもなっていない。ネット広しと言えど、恐らくこれほど最低な見出しをつけたのはこの記事ぐらいかと思います。評をアップしたあとに「これはちょっと酷いな…」と思ったのだけど、代案を出すのも面倒臭かったのでそのまま放置してしまいました。見出しというのはアクセス数にも影響するほど大事な「記事の顔」なのに…。今後は見出しで手を抜かないように努めて参ります。

そんなこって本日は『さよなら、僕のマンハッタン』

「青春の蹉跌。恋の全滅劇。だけど最後は目頭熱夫!」という相当クールな見出しを考えましたよ。一度『シネ刀』見出しグランプリという大規模な大会を開催してみたい。ひとりで。きっと盛り上がりますよ。私が。

f:id:hukadume7272:20190222025137j:plain


◆ウェブまるだしの草食系ロマンス◆

マーク・ウェブといえばここ10年間で鬼のように活躍した若手作家の一人だろう。

恋愛の甘酸っぱさをムゴいほど描き倒した『(500)日のサマー』(09年)はオタク男子の柔らかいハートをえぐり出し、世界中の女子を大いにトキめかせた。

続く『アメイジング・スパイダーマン』(12年)シリーズはサム・ライミ版から大きく見劣りするものの、「オタク男子の恋」と「ポップな色彩」という点においては早くも作家性を確立した記念碑的失敗作だ。

そしてマッケナ・グレイスちゃんというエンジェルを発掘した『gifted/ギフテッド』(17年)。ここでも色鮮やかな美術とナイーブな映像で独自の作風を追求している。

そんなマーク・ウェブが構想10年を経てようやく作り上げたのが『さよなら、僕のマンハッタン』。マーク・ウェブの魂が大匙一杯ぶち込まれたこの本命作品は、しかし驚くほどの小品で上映時間も88分とずいぶん短い。

マンハッタンへの郷愁をベースとしたほろ苦い青春映画なのだが、恋愛、家族、出自、将来とさまざまな要素をミックスした充実の内容で、プロットの密度もかなり高い。つまり出来は上々ということだ。

時間警察の私としては、これほどの密度と充実度を湛えた内容を88分にまとめあげた手腕を買いたい。キャッシュで買いたい。

f:id:hukadume7272:20190222031544j:plain

マーク・ウェブのフィルモグラフィ。お好きな映画はありますか?


カラム・ターナー扮する青年は同じ大学を卒業したカーシー・クレモンズに片想いしており、謎多きアパートの隣人ジェフ・ブリッジスから恋のアドバイスを受けているのだが、彼女にはバンドマンの恋人がいるのでロマンスの花は咲く気配なし。

そんな折、出版社を経営する父親ピアース・ブロスナンに愛人がいることを知ったカラム坊は「うそー」と言って絶望する。精神を病んでいる母親(シンシア・ニクソン)がこのことを知れば瞬く間に家庭崩壊することを恐れたのである。

パパース・ブロスナンに不倫の事実確認をしようとするカラム坊だが、パパースの威厳オーラに気圧されて結局話しかけることすら出来なかった(なんてったって007)。父を問い質すことを諦めたカラム坊は、かわりに愛人に接近して「僕のパパースと別れてくれ」と懇願しに行くのだが、いざ会ってみると父の浮気相手がどえらい美人だった。

ていうかケイト・ベッキンセイルだった。

f:id:hukadume7272:20190222025929j:plain

ケイト・ベッキンセイル。どの映画を観てもどえらい美人であることに着想を得た私は「ケイトべっぴんセイル」というギャグを独自開発したが、特に使い道がないため今のところ何の役にも立っていない。

 

彼女があまりにイイ女だったので、一瞬にしてカラム坊の思考回路は脳から下半身へと切り替わり、ケイト…すなわち父の愛人と一夜を共にしてしまう。カラム坊の中では「やったー! こんな美人と!」という思いと「こんなはずでは…」という思いが複雑に絡み合う。

理性と本能がカラム・ターナー。

そんなわけで、はじめこそ父とケイトの不倫をやめさせようとしたカラム坊がケイトを真剣に愛してしまったことでのっぴきならない事態に陥っていく…といった恋の滑稽味が描かれた作品なのである。

もうウェブまるだし。勉強はできるが恋には奥手の青年がミステリアスな年上美女に翻弄されたり幻想を重ねたりして悶え苦しむ…といった、見るからにマーク・ウェブだなぁ~って感じの草食系ロマンスである。


◆思いもかけず目頭熱夫◆

マンハッタン、奇妙な偶然、恋の味を知ったオタク男子、おまけに隣人の人生教訓…というあたりからしてモロにウディ・アレンである。

そのものズバリの『マンハッタン』(79年)ほか、何度も何度も何度も何度も繰り返されたアレン的物語類型の敬虔なフォロワー作品なのだが、その中にもマーク・ウェブの作家性がしっかり出ているので単なる亜流には終わらない。

なんといっても「繊細な人間描写」と「巧妙なプロット」の二刀流、その切れ味が抜群なんである。


カラム坊は何度もケイトに会いにいって「パパースと別れてくれ」と頼み込むのだが、ケイトからは「私と寝たいの?」とあしらわれ、隣人のジェフ・ブリッジスからも「おまえさん、彼女と寝たいのか?」と追及される。「そんなわけないだろう。父と別れてほしいだけだ!」と頑なに否定していたカラム坊は、しかしジェフから執拗に追及されるうちに、とうとう「寝たい!」と本音を漏らしてしまった。

無意識に何かを欲望したり、興味ないと思っていた相手に気があったり…といった深層心理を活写した良いダイアローグだ。

あるいは、親子ともども骨抜きにしたケイトはさらに複雑なキャラクターである。彼女は誰に対しても無関心だと言いきってみせるサバサバ女だが、その反面パパースのことを心から愛してもいる。この矛盾にも似た女性心理の複雑さは『(500)日のサマー』におけるズーイー・デシャネルの変奏であろう。

カラム坊が当初片想いしていたカーシーは後々になって「バンドマンと別れたの。今はあなたを愛してる!」と告げるが、カラム坊はすでにケイトにゾッコンなのでけんもほろろにカーシーを振ってしまう。このシーンが苦いのは、カラム坊が手に入れたと思っていたケイトは彼よりもパパースのことを愛していたこと。

結局のところ本当に気持ちが通じ合っているのは不倫関係にあるケイトとパパースだけ…という皮肉がなんとも苦い。しかもカラム坊が三角関係を激白してしまったことで二人の不倫関係も終わってしまう。

恋の全滅劇である。苦げぇ。


事程左様にウディ・アレンまるだしのめんどくさ型シニカルロマンスが主となるのだが、映画後半では恋のアドバイザーとしてしか活躍しなかったジェフの正体が明かされていくぅー。

含蓄のある知的な言葉でカラム坊を全面サポートするジェフは、ある時ふと「かつて本気で愛した女を親友に盗られちまった」と告白した。カラム坊の口添えによってパパースが主催する祝賀会に呼ばれたジェフは、そこでパパースの妻であるシンシアを見るや否や会場から逃げ出してしまう。そしてバルコニーでシャンパンを飲んでいたケイトに「カラム坊を傷つけたらワシが許さんぞ」と宣戦布告するのだ。

のちにジェフは著名な作家であることが判明する。そしてパパースは作家の道を諦めて出版社を立ち上げ、その息子であるカラム坊も作家としての将来を模索している。

なるべくネタバレしないように書いたつもりだが、クライマックスで明かされるジェフの正体に目頭熱夫!

目頭熱夫(めがしら あつお)とは?~

メロドラマで心を動かされるほど人情に通じていない私は感動的な映画を観てもゴビ砂漠のごとく目を渇かせているのだが、そんな自称「鉄の涙腺」を誇る私が思わず泣きそうになったときに現れる別人格。

ちなみに、かつて彼が現れたのはイーストウッドの『マディソン郡の橋』(95年)とマイケル・ムーアの『ボウリング・フォー・コロンバイン』(02年)。私が人生で最も号泣した映画です。

f:id:hukadume7272:20190222030437p:plain

カラム坊とカーシー。恋のニアミスに終わってしまった切ない二人。タイミングって大事よね。


◆伏線蔑視の私ですら感心した伏線◆

前章では「巧妙なプロット」に触れられなかったのでここで少し。

伏線の使い方に舌を巻く。パパースの本当の想いがオフィスに飾ってあるカラム坊の写真一枚で表現されていて、しかもその写真にジェフまで写り込んでいることが彼の正体を暗に示してもいる。また、カラム坊に対するケイトの不可解な言動とかシンシア(母親)のよく分からないキャラクター性もこの写真がすべての絵解きになっていて。

この写真を見ただけで幾つものピースがパチパチパチッ!と一気にハマってだいぶスッキリするというギミックには流石にたまげた。三重、四重に張り巡らされた伏線がたった一枚の写真に収斂していくという吃驚仰天のクライマックスに胸を打たれる。早くも目頭熱夫の再登場である。

尤も、いま挙げたのは氷山の一角に過ぎず、この映画は「全シーンほぼ伏線」と言えるほどすべてのセリフや何気ない挙措の一つひとつに至るまで意味がある。よう作られたあるわ。


私は「キレイな伏線回収」に感心するほどパズルとして映画を観ているわけではないので、一般的に伏線がすごいとされる映画には「脚本はよく出来てるのね(映画としてよく出来てるかどうかは別!)」と思う程度だし、さらにいえばキレイに畳むために話を広げたような伏線のための伏線は心底くだらないと思う。

つまり伏線というものに対してまったく価値や美徳を感じておらず、なんなら「伏線回収がすごい? それがどうしたの?」と冒涜すらしている不届き者なのだが、この映画のプロットには心底感心してしまったねぇ。

移り変わる人間模様と明かされていく真相が当為性に裏打ちされていてまったく無理がない。そしてファーストシーンからラストシーンまでの「物語の飛距離」がすごいというか、鑑賞前は思いもしなかった話に着地するのだ。わずか88分で。

ラストシーンから逆算しながら構成したという伏線劇特有のあざとさも一切なく、すべてのキャラクターが物語に引っ張られるのではなく物語を引っ張っている。

f:id:hukadume7272:20190302052522j:plain

70年代からガシガシ活躍しているジェフ・ブリッジス。本作ではアパートの善き隣人だが、その真の正体は…?


映像面でも『(500)日のサマー』『アメイジング・スパイダーマン』の(良くも悪くも)作り込んだ感満載のアーティファクトなポップ性とは打って変わり、なるべく手を加えずにありのままのマンハッタンを描出するあたりも好感を持っちゃう。劇中で流れるサイモン&ガーファンクルやボブ・ディランもニューヨークの情景描写に花を添える。

そして、カラム坊がアッパーウェストサイド(高級住宅街)にある実家を出てロウアーイーストサイド(移民と労働者の地域)で一人暮らしをはじめた…という文脈こそが最大のポイント。

父の出版社へのコネ入社を断ったカラム坊は、多くの芸術家、知識人、ボヘミアンが暮らすロウアーイーストサイドで地べた的な生活を送りながら物書きとしての道を模索するのだ。アッパーウェストサイドからロウアーイーストサイドに引っ越した…ということ自体が主人公の生き方や人生観を雄弁に物語っていて、「街」を使って物語の内奥にさまざまな思想や人々の営為を共示するという上品さには感服するばかりだ。マンハッタンでなければ成立しない映画ですね。


なにより深く心に残らないのがいい。

小品ならではのサラっとした味わいと爽やかな見応えは草食動物のようなマーク・ウェブだからこそ生み出せたものだろう。

たまに「あの映画を観てから一ヶ月以上経つけど未だに思い出して泣いてしまいますぅ~」なんて言う人がいるが、そんな映画ははっきり言って迷惑だし、一ヶ月以上経ってまだ泣いてるような奴は人生で超ショックなことが起きたときに立ち直りが遅い奴でもあるので気持ちにメリハリをつけるための特殊訓練をおこなった方がよい。

かのエレファントカシマシの総合司会・宮本浩二が曲のなかで口を酸っぱくして言ってるように「一瞬がすべて」なのであって、心に残ろうが残るまいがすぐれた映画はすぐれた映画なのだから、心をブッ貫かれる瞬間さえあれば後には何も残らなくてよろしい。

でも、一ヶ月前のことを思い出して泣ける、その豊かな感性だけは後生大事に取っておけ。やがてそれが幸運を呼ぶだろうからな。

そんなわけで、マーク・ウェブは私が勝手に決めた「チェックしておきたい40代の監督リスト」にその名を連ねることに成功されました。何となしに観た本作だけど…一ヶ月後に思い出して泣いてしまうかもしれない。

気持ちにメリハリをつけねばなるまい。特殊訓練の申込手続きをしておこう。

f:id:hukadume7272:20190222030718j:plain

5代目ジェームズ・ボンドだったピアース・ブロスナン(左)も今や65歳。トゥモロー・ネバー・ダイ。

 

Image:2017 AMAZON CONTENT SERVICES LLC