シネマ一刀両断

面白い映画は手放しに褒めちぎり、くだらない映画はメタメタにけなす! 歯に衣着せぬハートフル本音映画評!

ヴェノム

これが「悪」ですって、奥さん!

f:id:hukadume7272:20190312062539j:plain

2018年。ルーベン・フライシャー監督。トム・ハーディ、ミシェル・ウィリアムズ、リズ・アーメッド。

 

「誰もが望む、歴史的偉業」を発見したというライフ財団が、ひそかに人体実験を行い、死者を出しているという噂をかぎつけたジャーナリストのエディ・ブロック。正義感に突き動かされ取材を進めるエディだったが、その過程で人体実験の被験者と接触し、そこで意思をもった地球外生命体「シンビオート」に寄生されてしまう。エディはシンビオートが語りかける声が聞こえるようになり、次第に体にも恐るべき変化が現れはじめる。(映画.comより)

 

おはようござってゆくわけです。

昨日はけっこう良い1日でしたよ。こういう日が365日続くと良い1年になるわけです。簡単な計算ですね。

でも僕は足し算と掛け算しかできないんです。引き算と割り算はマスターしていないので算数はいつも赤点でした。

でもそんな自分を恥じてはおりません。

引き算をするぐらいなら死んだ方がましです。引いてばかりの人生なんて何が楽しいというのか。

割り算もくだらない。ただでさえこの世は割り切れないことばかりだというのに。割って楽しいのは数字じゃなくてお酒だよ!

そんなわけで算数すらも人生論に変えてしまう私めがお送りする『ヴェノム』評。100回生まれ変わっても数学教師になれる気がしない。

f:id:hukadume7272:20190312062619j:plain


ど根性ガエル+寄生獣=ヴェノム

アメコミウォッチャーのおともだち、ワキリントさんから「アレが映画としてどうなのか、ふかづめさんの評をゆるりと待つことにします」と言われたので、待たれたからにゃあ論ぜにゃなるめえ、つって筆を執る次第。

世の大多数の人民は「ヴェノムってインペリテリの10thアルバム?」とお思いだろうが、さにあらず。『スパイダーマン』に出てくる悪役の名前である。

ヴェノムが初めて映画に登場したのは『スパイダーマン3』(07年)だが、今回満を持してソニー・レーベルからソロデビュー。正直「ヴェノムの単独作品なんて誰が興味あるんだ?」と思っていたが、蓋を開けてみれば世界興収8億ドルの大ヒット。みんなインペリテリの音楽ドキュメンタリーと間違えて観に行ったんだろうな。そうとしか考えられないよ。

 

さて。主演は『マッドマックス 怒りのデス・ロード』(15年)『レヴェナント: 蘇えりし者』(15年)で知られる遅咲き若手俳優のトム・ハーディだ。『ダークナイト ライジング』(12年)ではバットマンの背骨をへし折った筋肉怪人を好演して私の失笑を買うことに成功している。

個人的には「顔がつまらん。掃いて捨てるほどいるメソッドアクターの一人」ぐらいにしか思っていないが、Twitter界隈には狂信的なハーディストがウヨウヨいるので今みたいなことを言うと嫌われてしまうから注意した方がよい。

そしてヒロインはミシェル・ウィリアムズ。これには驚いた。『ダークナイト』(07年)でジョーカー役を突き詰めすぎて死んだヒース・レジャーは元恋人なのでアメコミ映画には出ないものと思っていたが…ついに出ちゃったか。

監督はルーベン・フライシャーというクソガキなのだが、彼については後ほどたっぷり後述する。

f:id:hukadume7272:20190312062703j:plain

笑顔と筋肉に定評のあるトム・ハーディ(けっこう可愛いな…)と、髪質のよさに定評のあるミシェル・ウィリアムズ(大ファン)。


さてこの映画、内容を一言で要約する。

人間や動物に寄生する地球外生命体・ヴェノムに体を乗っ取られたトムハが次第にヴェノムと仲良くなり二人三脚で悪のマッドサイエンティストを退治する。おわり。

『スパイダーマン3』でも描かれているようにヴェノムというのは人間を食い散らかす残虐非道なキャラクターなのだが、トムハに取りついた個体はたまたま更生の余地ありって感じのまあまあ物分かりいいヤツで、ともに過ごす時間が多くなるにつれてどんどんイイ奴になっちゃう。

要するに『ど根性ガエル』+『寄生獣』=『ヴェノム』

簡単な計算ですね。


◆驚くばかりのヌルさ◆

私の批評スタイルをかっちょよく剣術に喩えるなら「居合斬り」だと思う。いつもなら第二章で間合いを詰めて第三章で斬りかかる…というのがシネ刀殺法なのだが、本作に関してはもうのっけから刀を振り回していきますよ。デッドプールみたいにさぁ。

先に結論めいたことを申せば全然ダメです、この映画。

ワキリントさんほどブチ切れてるわけではないのだけれど、まぁ、彼の気持ちは察するに余りあるほどヒドい。否。ヒドいというよりヌルい。


やはり最大の瑕疵は、あらゆる生物に「寄生」できる「ヴィラン(悪役)」というヴェノムの固有性をまったく活かせてないところ。

「寄生」と「ヴィラン」というのが最大のポイントであり、引いてはこのコンテンツのオリジナリティでもあるのだが、この2つを面白く見せてくれないので「やはり『ヴェノム』は観るものではなく聴くものだ。つまりインペリテリ最高」と結論せざるをえない。

本来のヴェノムはグニャグニャしたスライム状の生命体で、人間に取りついて宿主を入れ替えながら人類を食い尽くすという不届き者だ。まさに『寄生獣』そのもの。

これはモロにボディスナッチャーものの系譜である。

その語源となった『ボディ・スナッチャー/恐怖の街』(56年)『遊星からの物体X』(82年)のように、生物の身体を乗っ取る地球外生命体が人間に化けて人類を滅ぼす…という一連の作品が山ほどあって、これを称して「ボディスナッチャーもの」と呼ぶわけだが、そんなボディスナッチャーもののキモは誰が乗っ取られているか分からないというサスペンスである(50年代に生まれたボディスナッチャー映画の背景には反マッカーシズムがあって、誰が共産主義かも分からないのに片っ端から弾圧するアカ狩りへの社会不安をSFという形で寓話化しているわけだが、まぁ『ヴェノム』ごときでここまで話を掘り下げる必要はないので一旦無視してもらって結構)。

つまり人間に取りつくヴェノムは、その特性からしてサスペンス装置になっていて映画とはすこぶる相性のいい魅力的なキャラクターな・ん・だ・け・ど!

この「誰が乗っ取られてんだサスペンス」がまったく活用されておりません。

おもんな。

f:id:hukadume7272:20190312064048j:plain

ヴェノムに乗っ取られたトムハ。ていうかビジュアルださ。コーティングチョコじゃん。ウイスキーボンボンじゃん。


次はヴィラン問題だが、キャッチコピーでも散々言われているようにヴェノムというキャラクターは紛うことなき悪役。それも情け容赦なく人間を食う残虐非道の悪だ(まぁ、彼らはお腹が空いたから人間を食ってるだけであって、われわれクソ人類が動物をブッ殺して食ってることと大差ないので、ヴェノム諸君を悪というのは人間サイドの手前勝手な価値観でしかないのだが。とはいえ市民を守るスパイダーマンから見ればひとまず悪ということになるよね)。

本作ではそんなヴェノムが「残虐さ」を見せつけるシーン…なんと皆無!

もはやヴェノムである必要がない。まぁ、悪人の頭を食いちぎるシーンはあるがゴア描写はいっさい見せない。『デッドプール』(16年)はそこ攻めてましたけどねぇ。

警察隊を大勢殺すシーンもあるが、壁に打ちつけたり投げ飛ばしたりするばかりでゴア描写はいっさい見せない。『LOGAN/ローガン』(17年)はそこ攻めてましたけどねぇ。

人体損壊、流血フィーバー、一切なし。

ちょいグロ、すら一切なし。

「言うてアメコミ映画だし全年齢対象にしたいからドギツイ表現はちょっとねぇ…」というのは分かるのだが、だったら残虐非道なヴィランをわざわざ映画化する意味ってNANI?

その辺の擦り合わせをもっとせえよ。

とどのつまり史上最悪の悪役を扱った本作は、ヒーローを描いた『デッドプール』よりも無害で『LOGAN/ローガン』よりも健全だということだ。ずいぶんお行儀がよろしいようで。ついでに言うとホラー演出も0点。

総じてえらくヌルいものを見せられちゃったな…という印象。

見所は、気の触れたトムハがレストランの水槽に浸かって生きたロブスターをぼりぼり食うシーンのみ。

f:id:hukadume7272:20190312062754j:plain

総じてヌルい『ヴェノム』。実際ヌルヌルしてるし。


◆ソニーの人選ミス◆

「トムハがヴェノムに取りつかれるまでの第一幕が死ぬほどかったるい」とか「ヴィランがヒーローになっちゃう退屈さ」はすでに皆さんが指摘されているのでスキップするが、それを差し引いてもまだまだ言いたいことがある。


クライマックスのヴェノム同士のフルCG殴りっこは『ブラックパンサー』(18年)でも感じた不満だが…質感や重力を無視するのはやめてもらえませんかと。

恐ろしく画面が軽い。チャラチャラした中学生みたいな映像である。おまけにカメラぶれすぎ、画面チカチカでマイケル・ベイ現象を起こしてらっしゃる。DCEUじゃないんだから。車内にトムハを乗せた女性研究員のジェニー・スレイトがライフ財団に忍び込んだり、ヴェノムに取りつかれた黒幕リズ・アーメッドの背後でロケットの打ち上げ中止操作をする職員のショットでも見事にサスペンスを撮り逃す。

自称・髪型評論家としてはミシェル・ウィリアムズのヘアメイクに不満炸裂。見てられないわ。

なにあのウィッグ丸出しの真ん中分け。

化粧も濃いしブスに撮ってるし。ミシェル・ウィリアムズなめとったらどついたるぞ!

f:id:hukadume7272:20190312063134p:plain

本作のミシェル。これじゃない感がすごい。


反面、美点として真っ先に挙げたいのはサンフランシスコのロケーションである。

ニューヨークとアトランタの景色もちょいちょい顔を覗かせるのだが、なんといってもシスコ特有の急勾配を活かしたチェイスシーンが見所になっていて。おっちゃん、『ブリット』(68年)『ダーティハリー』(71年)なんかを思い出しちゃったわぁ。誰がおっちゃんやねん。

また、全身真っ黒のヴェノムが主役なので必然的に夜間シーンが多いのだが、乱反射するレンズフレアが真夜中のニューヨークや中華街をぎらぎら輝かせていて、しかもシネスコでしょ。まぁ気持ちよく。お話としてはゲボ出るほど退屈な第一幕だけど、映像に目を向ければ第一幕こそ見所なのかなって。

あと、誰も褒めてなくて可哀そうになってきたから私が褒めるけど…反復技法ね。枕で耳を覆うトムハ、騒音を立てるヘビメタ隣人、売店で中国人オーナーを襲う強盗犯など、そこかしこにフリになってるイメージが映画前半に散りばめられていて、後半でそのイメージを反復することで主人公の変化や成長(笑)を表現しておられる。


監督のルーベン・フライシャーはジャンル映画をスマートに要約するガキで、若手監督の中ではそこそこお気に入りです。『ゾンビランド』(09年)ではゾンビ映画のパターンを、『L.A.ギャングストーリー』(13年)ではマフィア映画のパターンを律儀になぞっている。「目新しさ」よりも「懐かしさ」を志向した、いい意味での亜流作品の量産者なのだ。

ところが『ヴェノム』の製作・配給を手掛けたソニー・ピクチャーズのお偉方に抜擢されたルーベン・フライシャーは本作を撮るうえでの「サンプル」を持たなかった。

ジャンル映画というサンプルをもとにそれを要約するのがフライシャーの作家性だが、ヴィラン主体のアメコミ映画などほぼ存在しないのだから要約のしようがないってわけ。圧倒的データ不足。だからトムハとヴェノムが信頼関係を築いていくプロセスもいっさい描かれないし、「悪」という基本設定も丸ごと棚上げしている。

情報戦型のフライシャーに「何のデータもサンプルもないけど『ヴェノム』撮ってね。はい頑張って」と言ったところで撮れるわけがないのだ。

完全にソニーの人選ミス。

見る目のないお偉方がテキトーに監督を指名するとこういうことになりますよ、という好例でございました。悪はヴェノムじゃなくソニー。

なお、フライシャー自身はいい監督なので、未見の方は『ゾンビランド』と『L.A.ギャングストーリー』をよろしくね。つって。

 

エミネムが手掛けた主題歌「Venom」はエンドロールでお楽しみ頂けます。

「ヴェノンヴェノン、ペロンペロン~♪」とラップしておられて「へぇ」と思いました。

f:id:hukadume7272:20190312064452j:plain

女子高生ルックのミシェル・ウィリアムズ(38歳)。これだけは収穫だった。

 

(C)&TM 2018 MARVEL