シネマ一刀両断

面白い映画は手放しに褒めちぎり、くだらない映画はメタメタにけなす! 歯に衣着せぬハートフル本音映画評!

クレアのカメラ

また失業したキム・ミニがカンヌをほっつき歩く映画。

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2017年。ホン・サンス監督。キム・ミニ、イザベル・ユペール、チョン・ジニョン、チャン・ミヒ。

 

映画会社で働くマニは、カンヌ国際映画祭への出張中に突然、社長から解雇を言い渡されてしまう。帰国日の変更もできずカンヌに残ることになった彼女は、ポラロイドカメラを手に観光中のクレアと知り合う。クレアは、自分がシャッターを切った相手は別人になるという自説を持つ不思議な女性だった。2人はマニが解雇を告げられたカフェを訪れ、当時と同じ構図で写真を撮るが…。(映画.comより)

 

どうもおはよう。

昨日は久しぶりにマクドナルドを食べました。店員さんが中国系の方で、バーガーを作ってくれてるのが黒人さんで、僕の後ろに並んでる客が白人さんでした。マクドナルドは世界を繋ぐのだなぁ、とつくづく思いましたね。

でもエビフィレオを頼んだらものすごく待たされたので嫌な気持ちがしました。あとポテトがグニャグニャでした。なめやがって。

でも許すよ。オレはマクドナルドを許していく。どうせマクドナルドと勝負しても勝てないし。巨大な力で握りつぶされてしまうんだ。平民は平民らしくグニャグニャのポテトをかじっていればいいんだ。

ていうか、この話の着地点が一向に見えてこない。オレは何が言いたいのだろう。特に言いたいことなんてなかったのかもしれない。

それはそうと、 「ダラッとホン・サンス週間」もいよいよ最後です。名残惜しいですか? せいせいしますか? きっと10:0でせいせいしてる人民が多いとオレは読むね。

そんなわけで本日は『クレアのカメラ』です。いよいよキム・ミニともお別れですね。

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◆たった2つのショットで物語を紡ぐ鬼才◆

「ダラッとホン・サンス週間」のフィナーレを飾るのはカンヌを舞台にした奇妙な不倫劇である。また不倫かよ!

本作がわずか69分の小品になったのは、主演のキム・ミニイザベル・ユペールがそれぞれの出演作の上映でカンヌを訪れたわずかな期間を利用して撮影がおこなわれたからだ。

もっともミニはホン・サンスの恋人なのだし、ユペールも『三人のアンヌ』(12年)でともに仕事をした間柄なので撮影日数を延ばすこともできたはずだが、おそらくサンスの側に長編化する意思がなかったのだろう。

この監督の撮影に対する態度からは、どこかウディ・アレンにも通じるズボラさを感じる。思い描いたショットが撮れるまで何度もテイクを重ねるといったタイプではなく「映ってしまったものはしょうがない」といってミスショットでもそのまま使ってしまうような恣意的な映画の妥協者なのである。

「妥協」なんて言うと聞こえは悪いが、その自然主義や即興性こそがサンス作品がヌーヴェルヴァーグと同列に評価されている所以。現に本作には、映画撮影だとは知らないカンヌの一般市民がチラチラとカメラを覗いているショットが紛れ込んでいるのだ。まさにゴダール。


さて物語は、カンヌ映画祭の出張中にキム・ミニ演じる映画会社の社員が「正直さに欠けるから」という曖昧な理由で女社長(チャン・ミヒ)からクビを言い渡されるシーンに始まる。

次のショットでは、海辺に佇む映画監督(チョン・ジニョン)が酒の失敗を女社長に詫びたあとに仲睦まじく肩を寄せ合っていた。

この2つのショットから見えてくるものは、監督と女社長は恋愛関係にあったが酒の勢いで監督がミニと浮気したことで女社長はミニを解雇した…というバックストーリー。

たった2つのショットで三者の関係性を想像させ、不可視のストーリーを紡ぎあげるホン・サンス。ひょっとするとこのオッサンはマジモンの天才なのかもしれない。

そのあと、ポラロイドカメラを手にカンヌを観光しているイザベル・ユペールが監督&女社長と出会い、そのあと失業したばかりのミニとも出会って異文化交流を深めていく…といった牧歌的な物語がダラダラと続く。

鑑賞中に「この時点でユペールがミニのことを知っているのはおかしくない?」とか「浮気関係を解消したはずのミニと監督が付き合いたてみたいな会話をしてるんですけど」といった違和感が生じるが、本作もまた『それから』(17年)と同じく時系列をちょこっと入れ替えた作品である。たまったもんじゃねえ。

でもそれが大きな混乱を招かず、「まぁいいか。後で考えよ!」と気軽にスルーできる(スルーしても物語がさほど矛盾しない)あたりがとても心地よい。そして有難い。

なんだって言うんだ、ホン・サンス。

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仲よくなるミニとユペール。


◆遂にゴダールをやった◆

ユペールはアカの他人にも関わらず全てのキャラクターと顔を合わせ、ミニ、監督、女社長を繋ぐ糸のような存在である。

もっともミニはすでに解雇されているし、そのあとに監督&女社長も関係を解消してしまうので「繋ぐ」必要がないのだが。だからユペールは全員と面識を持ちはするが三者の恋愛関係については何も知らない。いわば本人の意思とは関係なく人々を繋げてしまう存在なのだ。

おもしろいのは、ユペールがポラロイドカメラで撮った人物は別人になってしまうという不思議な設定。その話を聞いた監督と女社長は「おもしろい人だ」といって笑い飛ばすが、現にユペールがシャッターを切った人物はファーストシーンとラストシーンとで別人のように性格が変わってしまうのである。彼女は気さくでユニークな女性だが、どこか人間を超越したような雰囲気がある。64歳のイザベル・ユペールが飄々と演じていた。


せっかくカンヌで撮影しているというのに、たとえばラ・クロワゼット通りに一切カメラを向けないあたりにホン・サンスの天邪鬼な性格がよく出ています。地中海の風を取り込むこともなければ海の香りが漂ってくることもない。彼が撮るのはパッとしない路地裏やカフェのオープンテラス、あるいは元気のない犬とか鈍臭い形をしたヤシの木である。「なぜこれを撮ろうと…? 他にもっとあるだろうに」と思うようなモノにこそカメラを向けるのだ。なに考えてんだ、ホン・サンス!

通行人がほとんど映り込まないのもサンス的。そうした過疎的なショットが極私的な物語とささやかな世界観を築いてらっしゃる。


言うまでもないが、チョン・ジニョン扮する映画監督はホン・サンスの分身である。

ミニとの浮気がバレても、女社長(サンスの妻のことだろう)に悪びれもせず、それどころか大酒をくらって自ら別れ話を切り出すような身勝手な男だ。そんなジニョン監督がユペールをナンパするのだから、ホン・サンスはどこまでも自虐的な作家である。

ユペールに「フランス語の発音を教えてほしい」と言って図書館の外で二人で詩集を朗読するショットに注目してみたい。黄色のトレンチコートを着たユペールと壁を背にして立つ二人の構図があからさまにゴダールを模している。

私はこのショットを眺めているうちに、わけもなく涙が出そうになった。

いや、わけはある。

2017年にもなって(それも韓国の作家が)ここまであからさまにゴダールをやってみせたことの「覚悟」と「バカさ」にひどく心を揺さぶられたのだ。しかも女優としての原点をゴダールに持つイザベル・ユペールがゴダールファッションに身を包んでフランス語を呟いている。

感無量!

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ゴダール丸出しのショット。


◆ホン・サンスという生き方◆

さすがに「ダラッとホン・サンス週間」の最終章ともなるとホン・サンスあるあるを見出すのは容易い。

たとえばサンス的男性は文学を持ち出して女に接近する。『夜の浜辺でひとり』(17年)では映画監督が詩を引用してミニにナンパまがいのことをしていたし、『それから』の出版社社長も夏目漱石の小説でミニの気を引こうとしていた。そして本作の映画監督も本を口実にユペールを口説く。

まさに本サンス。

女にモテる奴というのは文学に限らず何らかの造詣(自分の得意分野)をコミュニケーションツールに使う…という少々スノッブな身振りで他者に近づくのだろうな。

その点、私なんかはからきしダメで、三大趣味の映画・読書・音楽の話をよく知りもしない相手に開陳するなど到底できない。むしろホン・サンスの映画みたいに、連れの女にべらべらと知識をひけらかすような男を見るとぶち殺してやりたくなる。居酒屋とかによくいるがよォォ~~。

この世はホン・サンスだらけ!

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「ぼく、映画監督なんですよ」と言ってユペールをナンパする監督。油断も隙もない。


4作連続でサンス作品を観てもうひとつ発見した「ホン・サンスあるある」は失業しがちということである。

4作を通してキム・ミニは仕事を失い続ける。

『正しい日 間違えた日』(15年)ではモデル業を辞めて絵描きに転身し、『夜の浜辺でひとり』でも不倫スキャンダルによって女優業を続けられなくなりハンブルクへ逃亡、『それから』では社長の浮気騒動に巻き込まれて出勤初日で会社を辞めさせられる。そして本作でも女社長から突然クビを言い渡されてカンヌの街をさまようはめになる。

いかにも散々。

まさにサンザンス。

だけどミニは仕事を失ったにも関わらず、なぜかケロッとしている。女社長に「あなたは有能だからもっと一緒に仕事がしたいけど、そういうわけにはいかないの」と言われても「うまくいかないものですね…」とまるで他人事のよう。

おまけに「クビになった記念に写真を撮らせてください」と言って笑顔でツーショット写真を撮ったりもする。

クビになった記念…?

妙に聞き分けがいいというか諦めが早いというか、突然の解雇通知にいっさい抗うことなく事態を受け入れてしまうのだ。まるで「起こってしまったことは仕方がない」とでも言うかのように。

ミニの超然たる態度は、奇しくも「映ってしまったものはしょうがない」というホン・サンスの恣意性にぴたりと符号する。サンス作品は何物にも執着せず、ただ成り行きに身を任せる。気の向くままに酒を飲み、人と話し、善悪の彼岸を越えて不倫をする。

ホン・サンスという生き方。

ろくでもない生き方だがずいぶん楽しそうだな。アッパレ。

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カンヌで女社長にクビを言い渡されるミニ。特に気にしていない様子。

 

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