シネマ一刀両断

面白い映画は手放しに褒めちぎり、くだらない映画はメタメタにけなす! 歯に衣着せぬハートフル本音映画評!

ヘレディタリー 継承

祝トニ・コレット主演作。だが内容は…なんだコレット?

f:id:hukadume7272:20190422043810j:plain

2018年。アリ・アスター監督。 トニ・コレット、アレックス・ウルフ、ミリー・シャピロ、ガブリエル・バーン。

 

祖母エレンが亡くなったグラハム家。過去のある出来事により、母に対して愛憎交じりの感情を持ってた娘のアニーも、夫、2人の子どもたちとともに淡々と葬儀を執り行った。祖母が亡くなった喪失感を乗り越えようとするグラハム家に奇妙な出来事が頻発。最悪な事態に陥った一家は修復不能なまでに崩壊してしまうが、亡くなったエレンの遺品が収められた箱に「私を憎まないで」と書かれたメモが挟まれていた。(映画.comより)

 

 おはようございます。

たった今とてつもなくガッカリする映画を観たばかりなので気分が塞がっております。

なんの映画を観たのか、それはレビューを読んでのお楽しみなのでここでは言わないけれど、まぁヒントだけ言っておくと『ポリス・ストーリー REBORN』(17年)です。あ、言うてもうた。

それだけじゃないよ。映画を観る前にほうれん草の胡麻和えを製作したんだけど味付けをミスってしまったの。しかもほうれん草が6回も歯に挟まるというハプニング付き。6回はさすがにしつこい。そりゃ美味しく作れたなら多少歯に挟まっても文句ありませんよ。

変な味付けのほうれん草が6回も歯に挟まった経験ある?

これはむかつくでー。変な味のくせに隙あらば歯に挟まろうとするほうれん草。水切りもなかなか出来ないし。絞っても絞ってもダラダラダラダラ水出てくるし。だめな生き物みたいに緑色の水をボタボタ滴らせやがって。ほうれん草むかつく。この破廉恥な葉っぱ! まぁ、味付けをミスったのは僕なんだけどね。それはごめん。

イライラしたのでサンダーの「Distant Thunder」を4回も聴いたよ。これはジワジワと格好よさが分かってくる曲なんだ。1回聴いただけで「イイ!」と思えるような曲はヒットチャートを上り詰めこそすれど数週間で飽きるよね。聴けば聴くほど「イイ!」と思える曲、あるいは何度聴いても「イイ!」が色あせない曲だけが生き残っていくんだ。歴史の摩擦力なめんな。

てなこって本日は『ヘレディタリー 継承』すでに観た人向けに書いているので未見の方には何ひとつ伝わらない文章かもしれない。知ったことか!

※ネタバレしてます。

f:id:hukadume7272:20190422050037j:plain


◆信頼度ゼロの映画◆

本作の傑作性は風の便りに聞いていたので「単なるホラー映画ではないのだろう」という漠然とした高揚感だけを持っていた。単なるホラー映画でこれだけ騒がれはしまいだろうし、なんなら2018年のベスト映画に挙げる人民までいたのだから、よほど何かがスゴいのだろう。


さて。精巧に作られたミニチュアハウスにカメラが寄っていくと、ベッドで寝ていた子供のフィギュアが突然起きあがって四人家族が祖母の葬儀に向かうシーンに繋げられる。

つい数秒前までミニチュアの世界を映していたはずなのに、いつの間にか現実の世界と入れ替わっていて…という錯視的なファーストショットに早くも不意打ちされる。早くも「おっ!?」つって。1ラウンドのゴングと同時にいきなり顔面にフックを喰らったような感覚だ。

母親のトニ・コレットはミニチュアアーティストであり、作業部屋にはさまざまな建物の模型が並んでいるが、このあと起こる悲劇を機に「自分の家」のミニチュア作りに没頭する。それに伴って、カメラもまるでミニチュアハウスを捉えるかのような俯瞰のロングショットを好むようになり、やがて観る者は実際の家とミニチュアハウスの区別がつかなくなっていく…というトリックが仕掛けられているのである。

この入れ子構造はのちに押し寄せる降霊術悪魔崇拝惨殺死体といった少々いかがわしくて俄には信じがたい現象が現実なのか虚構なのか…という観る者の判断を宙吊りにするための装置である。

それを後押しするのが主人公のトニ・コレットが患っていたという夢遊病。いくつか出てくる夢のシーンが現実と虚構をかき混ぜるだけでなく夢を見ている夢まで出てくるので、これはもう「何も信用するな」という映画の側からのサインだ(なんぼほど入れ子構造が好きなのか)。

このようにして観る者から早々に信頼を失った映画は加速度的に「恐怖」と「異常性」と「わけのわからなさ」を増していく。

f:id:hukadume7272:20190422044445j:plain

 
◆ぱいもん◆

奇妙なミニチュアのアバンタイトルのあとに本編が始まってゆくのだが、第一幕ではババアが死んだことでやや気落ちする家族の日常が怪しい手つきで素描される。

母を失ったトニ・コレットは自助グループに参加して心の傷を癒し、夫のガブリエル・バーンはそんな妻のブレイキングハートにやさしく寄り添う。ハイスクールに通う息子のアレックス・ウルフは授業中にクラスメイトのケツを凝視、休み時間には学友とマリファナを吸うような健全なアメリカンボーイである。

しかし妹のミリー・シャピロがなかなかのカブキモノで、見た目の異様さもさることながら、鳥の首をハサミで切り落としたり亡き祖母の霊を幻視するような一筋縄ではいかないビザールガール。

映画は明らかにミリー嬢に注意を引くような描き方で四人家族を定点観測していくのだが、予期せぬタイミングでミリー嬢が事故死してしまう。

しかも首がぶっちぎれて死ぬ。

我々観客にとって関心の的だったミリー嬢が、およそ考えうる限り最悪の死に方で途中退場してしまうのだ。道路に転がった生首に群がる大量の蟻は『アンダルシアの犬』(28年)のオマージュだろうか。


祖母に続いて最愛の娘まで失ったトニ・コレットは、精神錯乱を起こして「なんだコレット!」と言って大騒ぎする。「ほんトニ、なんだコレット!」つって。まぁ、確かに「なんだこれ」と思うような状況ではあるのだが。

家族関係もギスギスし始めたころ、自助グループで知り合ったほっこりデブババアから降霊術のススメを受けたことでミリー嬢の霊と交信することに成功した家族三人だったが、ここら辺でようやく本作の輪郭が像を結び始める。

※ネタバレです。

この映画、簡単にまとめると亡きババアは悪魔崇拝者で、地獄の大王パイモンを召喚するという一大プロジェクトを掲げていたっていうお話なのね。

 

…………。

 

…………?

 

地獄の大王パイモン?

 

その憑代としてミリー嬢が選ばれたのだが、パイモンは男の肉体じゃなくとしっくりこない悪魔らしく、ミリー嬢を殺して兄アレックスの肉体にお引越ししようとする。それに気づいたトニ・コレットはパイモンの引っ越しを妨害して家族を守ろうとするが、アレックスが謎の自傷行為で再起不能になったり夫の体が急に燃え出したり…といった不幸が打ち続き、ついにパイモンの前に敗北を喫してしまう。

ようやくアレックスの肉体を支配したパイモンは、地獄の後輩たちからダンボールで作った王冠を頭に乗せられて「おめでとー」とか「やったじゃんかいさー」などと祝福を受けて大いに照れる。

終わり。

 

終わるの?

 

終わっていくの?

 

…………。

 

なんだコレット?

ほんトニ、なんだコレット…。

 

f:id:hukadume7272:20190508100738p:plain

魔王パイモンに身体を乗っ取られる長男坊アレックス。


◆あらゆるホラー映画を横断した複合的ホラー◆

ここまで読んで頂いて申し訳ないが、おそらく未見の方には何ひとつ伝わってないだろう。なんだったら伝える気もないからね。

まぁ、事程左様に物語が明後日の方向や明々後日の方向にビュンビュン飛んでいき、ラストシーンでは謎の祝祭空間というか…ある種の打ち上げ感すら湛えて終わってしまう『ヘレディタリー 継承』。好きな人は本当に好きそうだなぁ、という映画である。

パイモンという悪魔は旧約聖書に出てくるソロモン王が使役した72人の悪魔(ソロモン72柱)の一人。ファーストシーンからパイモンの紋章やキーワードがチラチラ出てくるので、悪魔学に精通している人なら「あ、そっち系の映画ね」と早い段階で分かるようになっているのだが…これはきっと分からない方がおもしろい映画だと思う。

鳩が豆鉄砲を喰らったような顔で「ほんトニ…なんだコレット?」と困惑するのが吉でしょう。その為にトニ・コレットが起用されてるわけですから。

なんとなれば、ミリー嬢が命を落とす衝撃的なスプラッターに始まり、祖母の霊を幻視するシーンではありがちな心霊モノを横断し、かと思えばほっこりデブババアに降霊術のイロハを教わるシーケンスでは胡散臭いオカルト路線に舵を切り、最終的には亡きババアが悪魔崇拝者だったことが明かされて「悪魔は実在した!」というトンデモ結論に着地してしまうのだから。

そして映画全編がボディスナッチャー(身体乗っ取り系ホラー)の系譜を象っているように、『ヘレディタリー 継承』あらゆるホラー映画のサブジャンルを横断した複合的ホラーなのである。

f:id:hukadume7272:20190422050303j:plain

トニ・コレット。


この映画が一部界隈から絶賛されている理由はB級映画魂を忘れなかったからだろうか。

ホラー映画の本質は「恐怖」ではなく、その両隣りにいる「エロ」と「笑い」。

エロに関してはやや薄めなのがネックではあるものの、アレックスが授業中にケツを凝視していた優等生風の女の子(なぜかエロい)がじつは影で男友達とマリファナをやっていて…という「うわぁ、マジか~。でもちょっと興奮する…」という感覚。これは思春期の小僧だけが感じ取れるエロスだ!

何より特筆しておきたいのはトニ・コレットが妙に艶めかしく撮られていること。直接的な性描写がないとろくにエロスも感じ取れないような映画不感症にはまったくピンとこないだろうが、本作のトニ・コレットは異様にエロい。三白眼気味のヘビ顔や、この女優が持っている肉体の生々しさが胸や尻の形がぎりぎり浮き出るような衣装によって強調されている(よ~~~~~~~~く見るとフツーに美人だしね)。


そして笑いの要素。

観た人にとっては言わずもがなだし、私自身も映画を観る前にやなぎやさんの評論ですでに笑ってしまっているのだが、トニ・コレットの顔芸と忍者芸である。

まるで渋滞してる名神高速みたいな物凄い顔で恐怖におののくトニ・コレット。

天井の一角にぴたりと張りついて奇襲の機会を窺うトニ・コレット。

全力疾走でアレックスを追って曲がり角で足を滑らせて転倒するトニ・コレット。

ピアノ線で自らの首を切断するリズムを徐々に上げていくトニ・コレット。

『シックス・センス』(99年)のお母ちゃんにして『リトル・ミス・サンシャイン』(06年)のお母ちゃんでもあるトニ・コレット。いつしか「お母ちゃん女優」のポストに就き名脇役として認知されているトニ・コレットが、ついに本作で主演に輝き、製作総指揮にも名を連ね……

天井に張りつく!

息子を追い回す!

自分の首を切断する!

 

オーライ、それじゃあいってみよう。

トニ・コレットの顔芸6連発。

f:id:hukadume7272:20190422043954j:plain

トニ・コレット百面相(うちわにしてくれたら6種類全部買うよ)。

 

伸縮自在の表情筋。プライドもヘッタクレもない顔面花火。世界中から「おまえの顔が一番怖いよ!」と総ツッコミを喰らった『シャイニング』(80年)のシェリー・デュヴァルを超えんばかりの顔面核弾頭。

トニ・コレッターとしては万感の思いで大笑いするほかはないのである。

また、地味にウケを取っているのが夫役のガブリエル・バーン。パイモンの呪いで体が自然発火して焼け死んでしまう…といった悲しい末路が観る者の驚きと悲しみを誘うが…私はヘラヘラ笑ってました。

ガブリエル・バーンがBURNするんだから。

この駄洒落みたいなシーンのほかにも、地味にバーニストの心をくすぐるポイントがあって。この俳優、本作では悪魔の存在を信じない役だが、シュワちゃんの『エンド・オブ・デイズ』(99年)では悪魔役を嬉々として演じているのだ(しかもカブリエルっつってるのに悪魔役)。

以上、ガブリエル・バーンを知らない人にはいまいち伝わらないであろうバーンギャグでした。

f:id:hukadume7272:20190422044059j:plain

バーンが晩にBURNするバーニングシーン。限りない喜びは遥か遠く、前に進むだけで精一杯。


「あらゆるホラー映画を横断した複合的ホラーである」と言ったように、さまざまな古典ホラーからの影響が見られる本作。古いものから挙げていくと…『アッシャー家の末裔』(28年)『狩人の夜』(55年)『回転』(61年)『ローズマリーの赤ちゃん』(68年)、『赤い影』(73年)『エクソシスト』(73年)『シャイニング』(80年)

まぁ、多くの映画好きが指摘している通りである。

それに加えて、個人的には『普通の人々』(80年)を『ツイン・ピークス/ローラ・パーマー最期の7日間』(92年)でやった…という印象を持っているのだが、いずれにせよ家族が崩壊していく様々な映画にインスピレーションを得たのは確かだろう。

そして、その根底にあるのはどんなホラー映画でもなく後期ベルイマンの諸作品。『ある結婚の風景』(73年)『ファニーとアレクサンデル』(82年)あたりの影響下にあるからこそ本作は120分を超えてしまった…というのが私の試論。


ミリー嬢の葬儀で泣き崩れる母親からカメラがティルトダウンしたことで露わになった墓地の地層がミニチュアのように作り物然としていたり、ほっこりデブババアが降霊術をしてみせるシーンの妙なリアリティに妙なスピリチュアルを感じたりと、全編にわたって「いかがわしさ」と「もっともらしさ」に満ちた信用度不明の作劇が観る者の瞳を不断に撹乱し続ける127分。

どこまで真に受けるべきなのか? 魔王パイモンは笑い飛ばすべきなのか? 一切は夢遊病の主人公が見ていた悪夢だったという可能性は?

そんなことを考えながらこの映画のドツボにハマっている我々もまたミニチュアドールの一員なのだろう。

こりゃ一本取られたな。

 

(C)2018 Hereditary Film Productions, LLC