夏だ、夏海だ、沖縄だ!
2018年。川面真也監督。アニメーション作品。
小学生の宮内れんげをはじめとした全校生徒わずか5人の旭丘分校に通う面々は、いつも一緒に四季折々の田舎生活を楽しんでいた。ある日、デパートの福引で特賞の沖縄への旅行券が当たったことから、夏休みを利用してみんなで沖縄に行くことになるのだが…。(映画.comより)
にゃんぱすー。
本日は『劇場版 のんのんびより ばけーしょん』を猛プッシュ。5日ぶりの映画評なのにアニメ…という裏ぎり。
今回の評はよっぽど見送ろうかと思いました。まぁ今回だけでなく、当ブログにそぐわない、つまり読者層のニーズに合致しないという理由から評を見送った作品は数知れず。数? かず姉ええええええええ (本作に出てくるキャラクターです)
ほらね。こういうことになるから見送ろうと思ったんやで。
でも結局見送らなかった。しっかりバット振った。ニーズなんか知るか。逆に俺のニーズに世界が合わせろ。
◆のんのん、のんびりするアニメ◆
2013年から2018年までの私はアニメ覆面調査員を自称して、映画評をする傍らアニメ鑑賞も嗜んでおりまして…その間に120作品ほどのテレビアニメを視聴。
アニメといっても『アルプスの少女ハイジ』とか『名探偵コナン』といった健全なアニメではなく、いわゆるオタクの人たちが「萌えー」と言ったり「ブヒー」と鳴くような深夜アニメというやつだ。まぁ、大抵はアホ毛をぴょんぴょんさせて目がトンボみたいに大きく超音波みたいな金切り声をだすパンツ丸見え女が必死こいて可愛い子ぶる…といった意味内容のさくひんである。
べつに好きこのんで観ていたわけではないのだが、ではなぜ5年も観続けていたのかというと、早い話が「映画研究の一環」と「クールジャパン探究」と「オタクの生態調査」を目的としたカルチュラル・スタディーズ(文化学)の一部としてアニメに触れておきたかったわけです。
もう秋葉原に行ってパニックを起こさないためにも。
なので基本的には死んだような目で見続けていたのだが、中には驚くほど質の高い作品も幾つかあって。とりわけ私の浅いアニメ体験のなかで五指に入るほど素晴らしかったのが『のんのんびより』。サクというくそがきから教えてもらったアニメです。
このアニメといい、このブログといい…サクは総ての起源を司るよなー。
『のんのんびより』とは、2013年に第一期が放送されるや否やたちまち人気を博し、2015年に第二期『のんのんびより りぴーと』が始まったことでさらに人気が加熱した大人気アニメ(一期、二期…というのはテレビドラマにおける「シーズン」に当たる単位です)。全話見終えた人民がこぞって「死んできます」と声明を発表するのが通例になるほど最終話が名残惜しい作品として有名。それほど没入感のある魅力的な世界観が紡がれているのです。
全校生徒が5人しかいない「旭丘分校」に通うキッズの田舎暮らしをのんびり描くという、えらく悠長な中身なんだ。
小学1年の宮内れんげ、中学1年の越谷夏海、中学2年の越谷小鞠(夏海の姉)、そして東京からこのクソ田舎に引っ越してきた一条蛍(小学5年)が物語のメインキャラクターを担い、川遊び、田植え、山菜採り、駄菓子屋めぐり、コオロギ釣り、タケノコ狩りなど…およそ文化的とは言いがたいプリミティブな戯れが毎回素朴に描かれておるのです。
それではここで『のんのんびより』の魅力をご紹介しちゃう、っていうコーナーをしちゃう。
よしよし…誰も付いてきてないね。
メインキャラクターのキッズ4名。
①ノスタルジア
このアニメ最大の特徴はたっぷりと間を使った時間表現にあり。
1話20分しかないテレビアニメなのに従来のアニメ理論に逆らって「時間を引き延ばす」ことで超絶ゆったりした空間が築かれている。ゆえに毎日暇潰しに取り組むキッズ4人の田舎暮らし、その永遠とも思える穏やかな日常が皮膚感覚として伝わり、妙な懐かしさを覚えるのであります。そして真の主役はキッズ4人ではなく自然風景という点も本作が凡百の萌えアニメと一線を画す所以。
なぜか自分の小さい頃を思い出してしまうアニメなのである。視聴者はセンチメンタルやわらかハートの奥底に眠った遠い過去を思い出し、自分の小学校時代に彼女たちを重ね合わせて泣く。
なお、生まれも育ちも都会…というナメた視聴者でも、やはりノスタルジアの餌食となるだろう。
たとえば集合場所の電話ボックスの脇にぼーっと佇んで友達を待っていたあの時、次のテストが始まるまで予習もせずにダベっていた休み時間、初日の出を迎えるまで寝まい寝まいとしていた大晦日の楽しみとねむみ。
そうした「何気ない思い出の時間」がボヤーンと蘇ってくるアニメなのだ。ノスタルジアなのだっ。
他方、随所にまぶされたギャグは鋭利かつ不可解。そのギャップもいい。
②揃わなイズム
メインキャラクターはれんげ、夏海、小鞠、蛍のなかよし4人組だが…いつも4人一緒とは限らない。
通常、メインキャラクターというのはいつ何時でも一緒にいて行動を共にするものだが『のんのんびより』にはそんな常識は通用しないねっ。みんなの予定がなかなか合わないので3人で会ったり2人きりで遊んだり…という回がザラにあるのだ。
我が身を振り返ってみても、これは誰しも頷く部分だろう。火曜日は〇〇君が塾だから一緒に遊べないとか、〇〇ちゃんは他の子より門限が早くていつも先に帰っちゃうとか。
仲よしグループというのはいつも全員揃ってるから仲よしグループなのだが…『のんのんびより』は揃わない。
おいそれとは揃わない!
みんな暇じゃねえんだ!
揃ってたまるか!
この「揃わなイズム」がすばらしいのは人間関係の生々しさを惹起せしめるからです。たとえば…そうね。
普段みんなと一緒のときは自然に話せるのに、いざ2人きりになると何を話していいかわからなくなっちゃう友達っていない?
決して仲が悪いわけではないのだけれど、なぜか2人きりになると気まずくなったり気恥ずかしくなったり…。そういう「気まずさ」とか「気恥ずかしさ」みたいなヘンな空気を真正面から描いた作品であるのだなー。
③愉快な仲間たち
このアニメが持つ独特の笑いのセンスとそのポテンシャルを最大限まで高める間の取り方。それらを体現しているのは何といっても素敵なキャラクターたちなのです。
ムードメーカーにしてトラブルメーカーの夏海、低身長ゆえに大人の女性に憧れているが気取った振舞いがことごとく空回りする小鞠、誰よりも大人っぽくて礼儀正しいが秘かに小鞠にトキめいている蛍。
そして私のお気に入りは「れんちょん」こと宮内れんげ。小学1年生。
なぜか語尾に「のん」、「なん」、「ん」を付け、基本的にいつも無表情。小1とは思えないほどキテレツな感性と豊富な語彙を持っており、「にゃんぱすー」という意味不明な挨拶を好む。
また、野生のタヌキに「具」、蛍の飼い犬ペチに「ひざかっくん」、越谷家の鯉に「ヒカリモノ親方」と名付けるなどネーミングセンスがぶっ壊れており、時々わけのわからないオリジナルソングを歌う。
ちなみに私が選ぶベストれんげシーンは、ウサギ小屋から脱走したウサギを捕まえるべくニンジンを等間隔に置いてウサギ小屋まで誘導しようとした蛍とれんげが狡賢いウサギによって小屋に閉じ込められてしまったときの一言。
「こっち来るのーん」
ガチャ。
「……………………」
「ウサギにニンジン食わせるどころか…ウサギに一杯喰わされてしまいました」
④時系列
通常のアニメの場合、一期、二期…と続くにしたがって作中の時間も進んでいくものだが、本作二期の『のんのんびより りぴーと』は「リピート」とあるように一期では描かれなかったエピソードが同じ時系列の中でキャラクターの視点を変えながら繰り返されてます。
たとえば一期6話では夏休みの肝試しが描かれ、二期6話では同じ年の夏休みに花火をしたエピソードが描かれる…という具合だ。
白眉なのは各期の4話で、弱冠7歳のれんげが別れを経験するという似たようなエピソードが反復されるのである。一期4話では夏休みに帰省してきた同い年のほのかちゃんと出会って不意な別れに涙するという内容で、二期4話ではれんげが飼育していたカブトエビの「ひらたいらさん」が死んでしまうというもの。このエピソードを「神回」たらしめた理由についてはいちいち語らないが、とにかく巧みな時制操作によって各キャラクターやエピソードが遡及的かつ多角的に掘り下げられているんだ。
「人と人の繋がり」や「命の尊さ」についてもさり気なく描かれているので、ぜひ小さなお子さまにも見せて頂きたいアニメとなっております。いわゆる「萌えアニメ」みたいな気持ち悪さはないので保護者の皆さまにも安心して頂くことが可能です。むしろ大人の方がハマっちゃうかもねぇ。
そんなこんなの『のんのんびより』。
HuluとAmazonプライムに全話あがってるので加入してる人民は今すぐ見るのーん。
見ないと殺すのーん。
疲れきった大人たちの穢れきった魂を慰撫する作品。
◆沖縄、71分の旅◆
がっ…やべえ。
劇場版の評論をするつもりが、その劇場版の元となるアニメの話をしておりました。慌てて映画評に映らねばなるまい。
さてさてさてさて。去年公開された『劇場版 のんのんびより ばけーしょん』はわずか71分の小品である。テレビアニメの劇場版にしてはずいぶん短く、そのため各キャラクターを丁寧に描き込む余裕もないのだが…この71分が英断だった。
もとより『のんのんびより』は各キャラクターを丁寧に描き込むような作品ではなく、田舎での牧歌的な生活を通じて自ずと各キャラクターの個性や魅力が浮き上がってくるという作風。つまりキャラクターを描き込む必要などない。生活を描くことがキャラクターを描くことにほかならないからだ。なめんな!
今回の劇場版は夏休みに沖縄に行くという内容で、いわばこの沖縄旅行が「生活」に当たる。前章でも述べたように『のんのんびより』は時間を引き延ばすので、なるほど71分で十分なわけだ。むしろこれ以上長くしてしまうとあの魅力的な「のんのん空間」がただ間延びしただけのダルダル空間になってしまう。それってチョベリバじゃん。
物語は、夏海&小鞠の兄がデパートの福引きで沖縄旅行を当てる冒頭に始まる(夏休みの出来事なのでテレビシリーズの4話~6話までのどこかで起きたエピソードかと思われます)。
生まれ故郷のクソ田舎から出たことのなかったメインキャラクターたちが初めて旅行を体験するという「当人たちのワクワク感」が伝わってくる、まさに劇場版にふさわしいスペシャルな回になっている。作画にも隙がない。
そして今回の主役は…公式人気投票においてメインキャラの中で最下位に甘んじてしまった夏海!
だけど私はれんげの次に好きだから、どうか夏海におかれましては安心されたい。ていうか「夏」と「海」が舞台だから夏海が主役ってか。よう考えられたあるでぇー。
主旋律となるストーリーラインは3泊4日の沖縄旅行。特にこれといった事件は起きず(日常系アニメですから)、タイトル通り、のんのん のんびりとした「ばけーしょん」が描かれていく。
だがサブストーリーとして通奏低音を担っているのが夏海なのだ。
一同が泊まる民宿の一人娘・新里あおいが新キャラクターとして登場するのだが、中1の彼女は夏海と同じ年。バカでお調子者の夏海は、異郷の地で出会った品行方正なあおいに対して同い年ならではの気後れと気恥ずかしさを覚えて慣れない敬語で接していたが、少しずつ打ち解けて無二の親友になっていく。
沖縄娘・あおいの手を引く田舎娘の夏海(中央の赤毛)。れんげを抱きかかえてもいる。
そしてこのアニメの隠れテーマは同い年なのです。
メインキャラクターたちは小1、小5、中1、中2年と年齢がバラバラ。すでに成人を迎えた読者諸兄(もちろん私も)が思う以上に児童期の1年差はきわめて大きく、「同い年の友達」は貴重な存在。ましてや人口過疎地域の田舎なら特に。やはり思い出されるのは一期4話で視聴者の涙をむしり取ったれんげとほのかちゃんの小1コンビなのですね。
だから夏海とあおいの中1コンビは見ているだけで多幸感満載。しかも3泊4日というタイムリミット付きだから必然的に「別れ」が控えているわけだ。
二人が仲良くなり始めたのは旅行2日目。つまりせっかく仲良くなったのに一緒にいられる時間が1日しかないというセツナ味!
このセツナ味は分かる人には分かって頂けるでしょう。かく言う私がまさにそうで、幼少期は父親のキャンプ趣味に付き合わされて津々浦々を巡ったのだけど、そのキャンプ地で仲よくなった同年代の男の子と翌日には別れなければならない…という悲しい思いを死ぬほど繰り返してきたのです。
あのとき一緒に焚火を囲って「アニキ! アニキ!」とヤクザみたいに慕ってくれていたあの男の子、いま何してるのかなぁー。まさか刑務所にはいないよな…。
そういう旅愁を思い出させてくれる劇場版なんなー。
◆夏海とれんげの視線劇。そして一枚の絵…◆
そして別れの日…、背を向けて鼻をすする夏海が帰り支度を済ませた一同を困らせる。
なっつんが泣いているゥー!
メロドラマなど到底似合わない夏海が…あおいちゃんとの別れを惜しむあまり「帰りたくない!」と駄々をこねて泣きじゃくっているゥー。
このシーンにグッとくるのは決して泣き顔を映さないからだ。
ダメな日本映画なら泣き顔のアップショットを連発して観客を無理やり共感させるのだろうが、さすが『のんのんびより』、泣き顔はいっさい描かず、震える肩と声だけで惜別の念を表現する手つき。ナイスなのん!
さらにダメ押し。駄々をこねてすっかり不貞腐れた夏海がわざわざ見送りに来てくれたあおいに別れも告げずに車に乗ろうとしたとき、れんげが「それでいいのん、なっつん!?」とばかりに無言の視線を送る。
一期4話において、れんげは初めてできた同い年の友達ほのかちゃんとロクにお別れもできないまま離れ離れになってしまった…という辛い過去がある。いわば、れんげは最年少にして唯一「別れ」を知ったキャラクター。夏海の悲しみを誰よりも分かっているからこそ訴えかけるような眼差しを向けるのだ。「ちゃんとお別れするのん!」と。
また、れんげは「沖縄のイルカをスケッチする」という目的を最後まで果たせなかったが、その代わりに「夏海とあおいが笑い合っている絵」をスケッチブックに描く。
田舎に帰ってきたれんげは、少し寂しそうにしている夏海を慰めるようにその絵をプレゼントするのだが、なんとその絵は一期4話で離れ離れになったほのかちゃんから後日送られてきたれんげとのツーショット写真の構図とまったく同じなのでした。
ほのかちゃんとのひと夏の思い出(テレビシリーズ一期4話より)。
つまりれんげは、ぶきっちょな夏海に「別れの機会」だけでなく「思い出」まで作ってあげたのでした。傷心の自分を癒したほのかちゃんからの写真、それと同じような絵を描けば少しでも夏海を慰められるのではないか…と、れんげなりに考えた思い出の複製。
なんとハートフルな小1なんでしょう。どこまで気の利く小1なんでしょう。この、胸がじんわりと温かくなるヒューマニズムこそが『のんのんびより』なんでしょう!!!
もちろんこの物語最終盤で、人は本作の主役が夏海かられんげへとバトンタッチされていることに気づく。れんげのエピソードなど無きに等しいのにいつの間にか主役に躍り出ている…という説話的透過性、まさに脚本の妙と言えましょう!!!
れんげの残念な姉二人も相変わらずの醜態を見せます。
体力がないのに大はしゃぎしたかず姉は矢吹丈ぐらい燃え尽きて一歩も歩けなくなるし、土下座してまで沖縄に連れていってもらったひか姉は行きの飛行機で三半規管をやられて旅行中ずっと体調不良。しかもベッドが足りないという事情から一人だけ雑魚寝させられていました。
そんなこんなの『劇場版 のんのんびより ばけーしょん』。
本作を観たあとに「またあいつらに会いてえなー」と思って改めてテレビシリーズを周回したほどこの世界観にどっぷりと浸っておりました。最近更新をサボりがちだったのはこのため。のんのんし過ぎた。
そして最近知ったんだけど…。
なんと三期が制作決定したんな!
私のこゝろは乱れ舞っております。また更新をサボるはめになるね! 茶目っ気。
(C)2018 あっと・KADOKAWA刊/旭丘分校管理組合劇場