シネマ一刀両断

面白い映画は手放しに褒めちぎり、くだらない映画はメタメタにけなす! 歯に衣着せぬハートフル本音映画評!

ナインイレヴン 運命を分けた日

9・11に対する独自の視点が全然ないン・イレヴン。

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2017年。マルティン・ギギ監督。チャーリー・シーン、ジーナ・ガーション、ウーピー・ゴールドバーグ、ルイス・ガスマン。

 

01年9月11日、ワールド・トレード・センタービルのエレベーターの中にいた実業家のジェフリーと離婚調停中の妻イブは、ビルに飛行機が衝突したことにより北棟の38階辺りに閉じ込められてしまう。エレベーター内に偶然居合わせたバイクメッセンジャーのマイケル、恋人に別れを告げに来たティナ、ビルの保全技術者のエディたちは、極限状態の中で外への逃げ道を模索する。しかし、外部との唯一の通信手段はインターコム越しに5人を励まし続けるオペレーターのメッツィーだけだった。(映画.comより)

 

民たち、おはよー。

隠れ読者No1のkurukurucureさんからずいぶん前に問い合わせフォームからメールしていることにお気づきでしょうか。早く確認しろと言われて「あひゃ」と狼狽、すぐさま確認したところ6月25日にメールを頂いておりました。

なんてこった。まったく気づかずに2ヶ月以上も無視してしまって本当にごめんなさい。これからは週一で確認するようにします。

それではkurukuruさんから頂いたメールの一部抜粋とそれに対する回答をさせて頂きたいと思います。勝手に一部抜粋とかしちゃっていいのかしらね。

 

何度かお邪魔してコメントしておりますkurukurucureです! いつも面白い映画評アリスです! 改行できないのでヤンデレの長文みたいになりますが、質問する場がなかったのでこちらでお聞きしようと思います。ふかづめさんは『バード・ボックス』(18年)『ベルベット・バズソー』(19年) を視聴しているようですのでNetflixを契約していると思いますが、『ブラックミラー バンダースナッチ』(18年)をご覧になりましたでしょうか。「あの映画はふかづめさん的には映画と言えるのか」がずっと気になっていました。よろしければ映画評して頂ければと思います。長々と失礼しました。

 

嬉しいメールを頂いておりますこういうメールが元気の源になるはっきり言おう『ブラックパンサー アンダースイッチ』は観ていねえ!!

はっきり言おうタイトルが覚えられねえ。

ごめんなさい、観ていません。

kurukuruさんの説明によると、どうやらこの映画、物語の途中でさまざまな選択肢が表示されて視聴者の選択によってその後の展開が分岐していく作品のようですね。俗にいうマルチエンディングというやつなのかしら。

だとしたら何これ。まるでゲーム、もはやゲーム、すでにゲームじゃん。とても斬新な映画じゃん。Netflix制作ですか。さすがNetflix、ロクなことをしない

わたくし、こういうハイテクな映画にはてんで疎いのが悔やまれるのだけど、映画好きとしてはチェックしておきたいと思った。現在はNetflixと契約を結んでいないので観る機会がなかなか…っていう状況なんですけど、kurukuruさんに教えてもらわなければ知ることすらなかった作品だな。誰か手近なNetflixユーザーのコンピューターを乗っ取って鑑賞したいと思います。

そんなわけで本日は『ナインイレヴン 運命を分けた日』

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◆9・11が題材だけど9・11には触れません? 甘えるな◆

本作はアメリカ同時多発テロ事件によってワールドトレードセンタービルのエレベーターに閉じ込められた男女5人の脱出サバイバルである。

あくまで9・11テロは状況設定として使われているだけで、この映画なりの事件に対する考察や示唆はまったくありませんでした。完全に「個のドラマ」である。

えー。それってがっかりじゃん…。

エレベーター脱出劇には『死刑台のエレベーター』(58年)『不意打ち』(64年)といった映画史的な重要作が多いけれど、それらをメチャクソ下手に作った感じである。

まぁ、どれだけヘタでも「9・11」という題材へのビューポイントさえあれば値打ちもん、現に『華氏911』(04年)『ユナイテッド93』(06年)にはその作品ならではの9・11論みたいな独自の主張や思想があったわけだが、本作にはこれが全然ない。全然ないン・イレヴン。言ってしまえば単なるソリッド・シチュエーション・スリラーといった浅薄極まりない代物なのである。がっかりなのであーる。

私はべつに「9・11を扱う以上は社会性を込めろ!」と言っているのではない。

9・11を扱う以上は自ずと出てくる社会性すら出てこないことを問題にしているだけだ。

この映画には、16年経った今だからこそ事件を討究するアカデミックな知性もなければ、失われたものへの哀惜や奪われたことへの怒りもない。もちろんテロの悲惨さを観る者の皮膚感覚に訴えるようなキレた映像表現もない。だから作り手はわれわれが何度も見たあのニュース映像をやたらに挿入してしまう。ホンモノを見せちゃうのは自信がない証拠よね。

また、この映画が訴えているのは「命の尊さ!」とか「他者への慈しみ!」とか、そんなのである。

べつに9・11が題材である必要なくない。

ちなみに私、命の尊さや他者への慈しみは『デス・レース2000年』(75年)と『コマンドー』(85年)で学んだけどね(※真面目に言ってます)

ナインイレヴンだかセブンイレブンだか知らんが、この映画にヒューマニズムを説かれる筋合いはねえよ。消えな。

 

というわけで、ちょっとばかり怒ってます、私。

誠実なようでいて不実な映画だと思った。そう、まるでオリバー・ストーンが撮り急いだ『ワールド・トレード・センター』(06年)のように。

9・11もそうだしイラク戦争を扱った作品にも言えることだが…この手の映画って「映画化すること」が目的化しちゃってて。企画が決まった時点ですでに自己完結してるのよね。そう考えると、昨今の人種差別とか性的マイノリティを扱った作品群の方がよっぽど丁寧に作られてると思うわ。

まぁ、テロや戦争というのは撮り方次第で社会派映画にも娯楽映画にもなるからな。だからこんな「9・11が題材だけど9・11には触れません」みたいなわけのわからない映画がコツコツと作られていくんだね!

甘えるな。頭をクリアにして物事に取り組め。

スプライトでもグッと飲んで頭をクリアにしろ。話はそれからだ。

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9・11である必要がない。

 

◆チャーリー・シーンという究極のエンターテイナー◆

前章で言いたいことは全部言ったので、あとはテキトーにお茶を濁すことにする。

この映画は全体的にショボい。内容がショボいというか、そもそもがプロジェクトとしてショボい。

監督はマルティン・ギギという少しばかり魅力的な名前を持った人物だがまったくの無名、新人、明日なき男。制作費も小規模と中規模のあいだぐらい。まぁ、ワンシチュエーションものなので小品とみなしていいだろう。

唯一キャスティングには力が入っていて、チャーリー・シーンウーピー・ゴールドバーグジーナ・ガーションなど懐かしい面子が揃っているので60~70年代生まれの映画好きの心をほくほくさせる確率は高い。ウーピーは『天使にラブ・ソングを…』(92年)のゴスペルばばあとしてお馴染みだよね。ジーナ・ガーションは未だにファン人気が根強いし。

 

どうしても紙幅を割かねばならないのがチャーリー・シーンである。こういう機会でもない限り紹介することもないからな。

まぁ、紹介もなにも超有名人である。父は『地獄の黙示録』(79年)で知られる70年代スターのマーティン・シーン。

『プラトーン』(86年)『ウォール街』(87年)で一躍トップスターに上り詰めたチャーリーはハリウッドきっての問題児で、大勢のポルノ女優と乱交パーティー、コカインの過剰摂取で心停止、恋人に銃を発砲して怪我を負わせるなどして何度も逮捕されたトラブルメーカー1等賞である。かつて5000人の女性と関係を持ったことを明かしており、2015年にはHIV感染していることを公表したが発症はしておらず、53歳になった現在でも20代のガールフレンドと幸せな日々を送っている。まったく幸せな男だ。

やはりチャーリー・シーンといえば数々のメディアで発言してきた「チャーリー語録」が有名。われわれ凡人には到底理解がおよばない滋味深い名言を残してらっしゃるのでザッと列挙してみるね。

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全盛期のチャーリー様。めっちゃ格好いいやん。ストリートファイターのリュウやん。

 

~伝説のチャーリー語録~

 

「臨時ニュースです。オレには虎の血が流れている。タイガーブラァァァァァァッド!!!」

 

「オレは生まれついての勝者。毎秒ごとに勝ち続けている」

 

「オレの頭の回転はすごいぞ。お前ら凡人がオレの頭に入ったら5秒で根を上げるぜ!

 

「確かにオレはヤクをキメている。チャーリー・シーンというヤクをな。このヤクはなぁ、素人がマネすると死ぬぜ!」

 

「俺には食わせないといけない家族がいる。マイ・ポルノ・ファミリー

(複数のポルノ女優と同棲していた頃の発言)

 

オレはもう、自分が火星から来たロックスターではないフリを続けることには飽き飽きしてるんだ

 

「オレは結婚を三回してるが全部ダメだった。オレが思うに、一婦制の結婚というのは凡人のやることだな」

 

「オレのコカインの吸い方とセックスの仕方は映画に例えるなら超大作だよ。スペクタクルなんだぜ。お前らに魔法を見せてやるよ!

 

「オレのバカ騒ぎに比べれば、フランク・シナトラも、ミック・ジャガーも、キース・リチャーズもガキみてぇなもんだ」

 

お前ね。死ぬってのは素人のやることなんだよ

 

「世間の凡人どもはブッサイクな女房とブッサイクなガキと負け犬みたいな人生を送りながらオレの生活を見てこう思うだろう。『これは真似できないなぁ…』と。凡人どもは大人しく引っ込んでオレ様のすさまじいショーを見物してな」

 

「睡眠なんてガキのためのものさ。オレは眠らない。眠いのにムリして起きてるって意味じゃない。つまり崇高な神の声が聞こえるって言ってんだよ

 

「オレはヴァチカンの大司祭暗殺者魔術師様さ。わかんねぇけど。全部くっつけたらイケてる感じに聞こえるだろ?

 

で、まだ生きてるのかよ!

 

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煙草をお召しになるチャーリー様。

 

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正気を失われるチャーリー様。


いかがだっただろうか。人生の役に立つ金言のオンパレードだっただろ? 「オレには虎の血が流れてる」には参ったね。

私はこの男にエンターテイナーという職業の到達点を見る。ここまで首尾一貫して突き抜けていると…もはや究極のエンターテイナーだ。なんだこのチャーリー語録って。楽し過ぎるだろ。

そんなチャーリー・シーンが本作では離婚調停中のダメ夫を演じている。妻はジーナ姐さん。チャーリーはウォール街の億万長者という役で、チャラくてサムくて不誠実なクズ夫。つまり芝居でも何でもねえのさ。

チャーリー・シーンというヤクをキメたチャーリー・シーンが私生活そのまんまのチャーリー・シーンをフィルムに刻みつけたチャーリー・シーン映画なのだ。

混じりっ気なしだぜ!

だが、そんな彼が運悪くエレベーターに閉じ込められ、たまたま乗り合わせた人種も職業も異なる人たちと連携して脱出を試みるうちに、妻への愛や他人への慈悲に目覚めていく!

そう、じつは本作は9・11映画でもなければソリッド・シチュエーション・スリラーでもなく…チャーリー・シーンの人格更生映画だったのだ。

なんだそりゃ! そんなものに付き合わされるこっちの身にもなれ!

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ハイになられたチャーリー様。


◆ウーピー帰っちゃったよ◆

エレベーターに閉じ込められたのは、裕福な白人、ヒスパニック、アフリカ系と多種多様なドリームメンバーだ。

映画は彼らの会話劇を通して人種問題や経済格差を浮かび上がらせ、最終的にゃあ差別主義者のウッド・ハリスは反省し、移民貧困層のルイス・ガスマンはチャーリーから金を譲ってもらうことになり、離婚調停中のチャーリー&ジーナも元の鞘に収まる。なんという茶番。あまりに取ってつけたようなヒューマニズムだ。涙が出る。

なんというか、たまたま乗り合わせた5人や彼らのやり取りがあまりに作為的なのだ。

ルイス・ガスマンは経済格差担当、ウッド・ハリスは人種問題担当…という具合に、キャスティングひとつ取っても作り手の都合が丸見えなのである。

唯一、本作のテーマを何ひとつ担っていないのはオルガ・フォンダ。だがこの女優は元モデルで、シベリア生まれシベリア育ち、寒そうな奴はだいたい友達…といったロシア美女である。つまりビジュアル担当。

「担当」があからさまなんだよ。

たしかにキャラクターというのは「映画を成立させる上での役割」を持っているが、あまりハッキリ持たせてしまうと逆効果。キャラは死んでしまい、作り手の都合が露出するだけだ。「人種問題を掘り下げるためにこのキャラ入れました!」とか「このキャラは目の保養にして下さい!」という具合に、キャラ越しに制作側の心の声が聞こえてしまうのである。もうダダ漏れよ。

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エレベーターに閉じ込められた5人。

 

さぁ、ウーピー・ゴールドバーグはどこで出てくるかと言うと、このおばはんはインターホン越しに5人とやり取りする中央管理室のオペレーターとして登場する。

オペレーター役にウーピー・ゴールドバーグか~…と思った。勝手な印象論だけど、この人って機械とか苦手そうなイメージのある女優なんだよね。果たして的確な指示を送れるのだろうか?

送れなかった。

以下はウーピーが5人にかけた主なアドバイスである。

「とにかく頑張るのよ」

クソの役にも立たない精神論をどうもありがとう、ウーピー。

「今すぐエレベーターを出て避難して!」

それが出来ないから困っているよ、ウーピー。

「いま手元に操作マニュアルがあるわ。でもどこを読んでいいか分からない」

もう帰れよ、ウーピー。

実際、中央管理室にも火の手が上がったことで「悪いけど私も避難しなきゃ」とか言ってホントに帰っちゃった。

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この映画でウーピーがしたこと→ ①抽象論を言った。②帰った。

 

事程左様に、中央管理室とエレベーター内の遠隔通信には何のスリルもなく、消防隊が階段で38階まで上らねばならないという作劇にも身体性や緊張感が欠けているので手に汗握らない。わたしの掌は終始カサカサだった。

カサカサといえば、ジーナの母親を演じたジャクリーン・ビセット(72歳)が随分カサカサした老婆になっていたが相変わらず綺麗な瞳をしていた。

 

第一章ではクソミソに貶したし、実際ナインイレヴンいい気分とはいかない出来だが、ラストシーンの一番最後のショットに不意打ちされたことを正直に告白しておく。ネタバレになるので語れないしネタバレにならずとも語る気はないが、本作の言わんとする事がすべて集約されたショットになっています。

あとチャーリー・シーンがことのほか好い芝居をしていた。さすが火星から来たロックスター。または大司祭暗殺者魔術師様。これは真似できないなぁ…。

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チャーリー様の運命やいかに。


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