シネマ一刀両断

面白い映画は手放しに褒めちぎり、くだらない映画はメタメタにけなす! 歯に衣着せぬハートフル本音映画評!

ハッピーシェフ! 恋するライバル

『ハッピーシェフ!』つってるのにシェフになる夢を諦めちゃう話。

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2018年。ドナルド・ペトリ監督。エマ・ロバーツ、ヘイデン・クリステンセン。

 

トロントのイタリア街で生まれ育った幼なじみのニッキーとレオ。一流シェフを目指してロンドンで修行中のニッキーが久しぶりに帰郷し、再会した2人に淡い恋心がよみがえる。しかし、2人の父親はかつては同じ店で働いたピザ職人だったが、大ゲンカの末に仲違いし、隣同士でピッツェリアを営む商売敵。当然、若い2人の交際を許してはくれず…。(映画.comより)

 

どうもおはよう。

最近のバラエティ番組には「噛んだことを茶化す笑い」というのがあるじゃん。ここ10年ぐらいの間に定着した笑いのパターンよね。たぶんダウンタウン松本発祥だと思うんだけど。あれ、あまり好きじゃないんですよね。

べつに噛んでもよくない?

たとえばお芝居、朗読、スピーチみたいに予め決められたセリフを一言一句違えず台本通りに喋っているのなら噛んだことを指摘するのは蓋し当然なことだが、基本的にバラエティ番組というのはフリートークという“体”でやってますから、噛んだことをいちいち指摘するのはフリーの弾圧ではないかと愚考するのでございます。

奇しくも、これまたダウンタウン松本発祥とされる「スベる」という概念も同様で、べつに「ウケる」ことを前提としていない話者に対してさえ一方的に「スベった」とみなし、フリーな言論空間が抑圧されているような印象を受ける。

私は松本人志の笑いに対するシビアな姿勢が大好きなのだけど、ともすれば恐怖政治として他のタレントを委縮させている要因にもなっているのではないかと勘案して候。

また、これらのテレビ的弊害は一般人の芸人ごっこにも照り返されていて、居酒屋で騒ぐ大学生が「なに噛んでんねん!」とか「はい、スベってるゥー!」などと言っているのを耳にすると水割り焼酎のグラスでそいつの後頭部と乾杯させに行きたくもなるのだが、理性、理性、「私は平和の使者…」と心に唱えて水割り焼酎をおかわり、「俺はクール」って感じで静かにそれを飲み、怒りを鎮静化させるのである。

まぁ、要するに「噛んだぐらいでガタガタ言うな」という結論に着地したところで、本日は『ハッピーシェフ! 恋するライバル』です!

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◆ピザが撮ったピザ映画◆

隣同士のピザ屋の娘と息子がチーズみたいにくっ付いたり離れたりするといったロマンティック・コメディである。

主演はエマ・ロバーツヘイデン・クリステンセン

幼馴染みの二人は昔からさまざまなことで競い合ってきたライバル同士だが内心では好き合っている。素直になれないだけだ。

ロンドンで料理人になるべく修行を積んでいたエマが就労ビザを取得するために故郷カナダのリトル・イタリーに帰ってきたところから映画は始まる。二人のパパンはかつてピザ屋を共同経営していたが、ある出来事が原因で袂を分かってしまい、それぞれに独立したものの店は隣り同士、互いに憎しみ合いながらピザを作っていた。

エマのパパンは秘伝のソースが自慢で、ヘイデンのパパンはメチャウマの生地が売りらしい。共同経営していたころはこの二つが合わさった最強のピザで町一番の人気を誇っていたが、今や二人が作っているのは憎しみの味がするピザ。そんなものが売れるわけがない。

そのうえ、短気なエマパパンは「ウチの味に文句あるなら隣りに行け!」と怒鳴って客を追い返すので店内はいつもガラガラ。一方のヘイデンパパンはマリファナ入りのピザを出して営業停止処分を受けてしまう。

バカなのか?

パパン同士がこの有様なのでエマとヘイデンが結ばれても交際を猛反対されてしまうかもしれず、たとえ交際が許されたとしてもエマはビザを取った後にロンドンに帰らねばならない…という愛の三重苦が待ち受けているのですゥー。

ま、そんな映画です。

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ご両家。右側がヘイデン家。左側がエマ家。

 

私はエマ・ロバーツのごくささやかな応援者である。知ってた?

何といっても三白眼がいい。最近のギャルどもは黒目を大きく見せるコンタクトレンズを着用して街を練り歩いてやがるが、はっきり言って黒目が大きくても『テラフォーマーズ』のゴキブリにしか見えないわけだ。

ジュリア・ロバーツの姪として売り出されたエマは叔母の七光りで無理くり主演作を射止めまくってきたラッキーガールである。だが、もうじき花の二十代を終えようとしているエマにはこれといった代表作がない。あかんではないか。私は彼女を応援している身として『愛しのアクアマリン』(06年)だの『ワイルド・ガール』(08年)だの『4.3.2.1』(10年)だのといった死ぬほどどうでもいい映画をずいぶん観てきたが、現時点で彼女の出演作のなかで比較的まともな出来栄えにおさまっていたのが『なんちゃって家族』(13年)『パロアルト・ストーリー』(14年)しかない…というのは由々しき問題だと思う。

そんなエマの最新作『ハッピーシェフ! 恋するライバル』が発表されたので「今度こそは頼むでえ!」と絶叫しながら飛びついてみたのだが…

あかんかった。

詳しくは後述するが…だめだ、この映画。

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エマ・ロバーツ(叔母はジュリア・ロバーツ)。小松菜奈にも負けない三白眼!

 

あかんのはエマだけではなかった。

共演者のヘイデン・クリステンセンは『スター・ウォーズ エピソード2/クローンの攻撃』(02年)で若き頃のダース・ベイダーを演じて一躍セレブになった二枚目俳優である。

スター・ウォーズ効果で『ニュースの天才』(03年)『ジャンパー』(08年)といった主演作を射止めたものの、2010年代に入った途端に季節外れのホウレン草みたいに低迷。一時だけ調子のよかったライアン・フィリップやエリック・バナと同じくイケメン飼い殺しバビロンの捕囚に!

とかく見た目がいい俳優は前途多難である。当ブログでは口を酸っぱくして言ってるが美貌などハンデでしかない。見た目がいい人間など幾らでもいるので、つまるところサイクルが早いのだ。日本の若手俳優なんてベルトコンベアみたいに右から左でしょう。福士蒼汰がカッコイイ。吉岡里帆がかわいい。だが5年後にはみんな飽きて別の若手に飛びつく。誰も育てない。だから10年後にはもういない。これの繰り返し。

まったくヒドい話だよな。こんな話はナイデン・いい加減にテンセン。

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『スター・ウォーズ』で一躍スターダムに上り詰めたナイデン・いい加減にテンセン

 

なんと、あかんのはエマとヘイデンだけではなかった。

本作を手掛けたドナルド・ペトリ『デンジャラス・ビューティー』(00年)で知られるロマコメ監督だが、もともと下手くそなのよね、この人…。

エマの叔母ジュリア・ロバーツの初期作『ミスティック・ピザ』(88年)も撮っていることから相当なピザ好きと見た。何かあるとすぐピザの映画を撮ろうとする、油断も隙もない奴である。

ちなみに本人もピザ。

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映画監督ドナルド・ペトリ。通称ピザ先輩。

 

◆困難セルフ消滅◆

参った。すこぶる退屈な映画だった。

この物語の一番大きな問題点は乗り越えるべき障害がなぜか勝手になくなっていくというミステリアスな仕様である。

エマとヘイデンの間に横たわる「愛の三重苦」は先ほど紹介した通りだが、二人が困難を乗り越えようとする前にセルフで自然消滅していくのだ。

商売敵の幼馴染みが惚れ合ってしまう…という気まずさは軽いノリで行われたセックスによって瞬く間に解消され、パパン同士も互いに憎しみ合ってはいるがエマとヘイデンの関係には特に干渉しない(そもそも映画終盤まで二人が惚れ合ってることにすら気付いていない)。

そしてロンドン⇔カナダの遠距離恋愛問題だが、この解決方法には驚かされる。

ファーストシーンで、エマは見習いとして働くロンドンのレストランのオーナーに「採用されたくば2週間以内に新メニューを考えてこい」と言われたが…結局考えないのね。故郷に帰ってからはヘイデンとのデートやピザを食うことに忙しくてメニュー考案ミッションなど忘却の彼方。

しかもクライマックスでヘイデンと結ばれたエマはロンドンで料理人になる夢をあっさり諦めてリトル・イタリーに根を下ろすことを選ぶ。夢より恋を選んだのだ。それに伴ってメニュー考案ミッションもしなくていいことになったわけ。

これによって三重苦は勝手に解消されました。

 

この映画、エマとヘイデンが何かに向かって努力するとか困難に立ち向かう…といった主体性が皆無なのである。何しろ立ちはだかった困難が勝手に道を開けてくれたのでね。

そもそも二人は最初から両想いだし、それを邪魔する人間もいない。ロンドンに帰らねばならないという問題も「夢を諦める」というトンデモ解決法で無事クリア。これには笑ったなぁ。

『ハッピーシェフ!』つってるのにシェフを諦める話になってんだから。

ならねーのかよ、シェフ!

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夢諦めちゃったよ!(この思い切りのよさ)


あとグルメ映画なのにピザが不味そう。

キャラクターたちは「めちゃウマー!」なんてふざけたことを言ってムシャムシャ食べていたが、ウソつけよ、全体的に乾いてて冷たそうだったし、チーズもぜんぜん伸びておらず彩りも悪い。とても貧相な見た目である。これじゃピザというより老婆の皮膚だ。

『食べる女』(18年)でも指摘したが、料理映画なのに料理が不味そうって論外だと思うんだよ。

百歩譲って料理が不味そうでもそれを美味しそうに食べてくれればいいわけで。エマはせっかく三白眼の持主なんだから白眼になるぐらい目を見開くとかさ。もしくは完全に白目を剥くのもいいよね。あと指先についたソースを舐めとる仕草とかさ。わかんねぇけど色々あるじゃん。

それなのに全員リアクションもせず仏頂面で食べてんの。

やっぱ不味いんじゃねぇか!

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嘘でもいいから美味しそうに食ってくれよ。

 

◆辟易必至の剛腕ハッピーエンド◆

良かったところもあるので、そこはちゃんと褒めるね。

映像面の美点はリトル・イタリーの色彩感溢れる街並み。以上。

脚本面では、本当はママンや祖父母同士はとても仲がいいのにパパン同士のケンカに付き合わされて不仲のフリをしなければならない…というあたりがユニークだった。

なによりエマの祖母(アンドレア・マーティン)とヘイデンの祖父(ダニー・アイエロ)の極秘恋愛は主演二人のロマンスより遥かにすてきだった。この二人の超熟年結婚がそれぞれの家族を和解へと導くことになるので、唯一この映画のなかで明確な説話機能を持ち、それを果たした脇役といえる。

アンドレア・マーティンの美ババアぶりが素晴らしく、また『ゴッドファーザー PART II』(74年)『レオン』(94年)で知られるダニー・アイエロも元気いっぱいであった。

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この二人を主役にしてほしかった。

 

他方、お互いの母親は「父子家庭設定でもよかったんじゃない?」ってほど完全なる添え物で、特にエマの母親役がアリッサ・ミラノだけに勿体ない。アリッサ・ミラノの居ても居なくてもいい扱いは僕が許さないぞ!

ていうかアリッサも45歳なんだなぁ。『コマンドー』(85年)でシュワルツェネッガーに腕一本で抱えられていたあの娘が…。

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13歳のアリッサを買い物袋みたいに軽々と抱えるシュワ(しかも肩と脇を負傷しているのに!)。

 

うーむ。やはりこの映画には不満しかないです。特に剛腕ハッピーエンド。これはマジで勘弁してもらいたい。

エマとヘイデンが結ばれ、それぞれの祖父と祖母が超熟年結婚を迎えるところまでは分かる。全キャラが集合して「ハッピーすぎるー!」とバカ丸出しの歓声をあげて大騒ぎするのも無礼講である。

だが祖母が「実はアタイ…妊娠してるの!」と言った瞬間、私は「来た来た来た来た剛腕剛腕!」と大いなる不安を覚えた。

案の定、一同は狂乱して「ハッピーの二乗ー!」と雄たけびをあげ、幸福のビッグバンが連鎖する。それぞれのピザ屋で働いているインド系の男女は祝福ムードに乗じてカップル成立、ヘイデンとルームシェアをしている中国系のゲイもその場で恋人を見つける。ほかにも何組かカップルが出来ていた。結べる紐はぜんぶ結んでいくスタイルか…。

そしてエマが辞めたレストランのオーナーもロンドンから遥々訪れ、エマとヘイデンが作った「愛のピザ」をぺろっと一口…。

「めちゃウマー! 店を出さない? 出資するわよ!?」

オーバーハッピーもここまでされると流石にうざい。嬉しがりか?

まるで「みんなが幸せになれる世界っていいよね」、「全員平等にハッピーを手にしてほしいよね」とでも言うかのように、どうでもいい脇役まで無理くりハッピーにさせて「どや! 大団円でしょ?」みたいな顔をするドナルド・ペトリ御大。

おまえを窯で焼いてやろうか。このピザ!

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 映画監督ドナルド・ペトリ。通称ピザ先輩。