シネマ一刀両断

面白い映画は手放しに褒めちぎり、くだらない映画はメタメタにけなす! 歯に衣着せぬハートフル本音映画評!

グリース

『サタデーナイト・フィーバー』を成仏させ、80年代の夜明けを告げた重要作。

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1978年。ランダル・クレイザー監督。ジョン・トラボルタ、オリビア・ニュートン=ジョン。

サマーバケーションで知り合ったダニーとサンディ。ひと夏の恋で終わったはずが父の転勤でダニーと同じ高校に転校してきたサンディは突然の再会に喜ぶ。しかしダニーはテカテカのリーゼントに皮ジャンという出で立ちで“T・バーズ”と言う不良グループのリーダーだった…。(Yahoo!映画より)


おはよ、おまえたち。
TSUTAYA発掘良品で『まぼろしの市街戦』(66年)『シェラマドレの決斗』(66年)『クリープショー』(82年)などが復刻されたぞ! やった、やった!
さて、この世には「観たい映画」と「観ておきたい映画」というのがある。普通の人民は「観たい映画」を観るだけだが、映画好きには「観ておきたい映画」という謎のサブ願望が存在するのだ。
「観ておきたい映画」というのは、必ずしも自分の趣味ではないが「映画史的な価値」や「世間の評判の良さ」などから“観ておいた方がよい”と思われる作品群のことである。

たとえば私がある映画監督にハマったとして、その監督に影響を受けたり与えたりした他の関連作への興味がぐんぐん湧いて来たとする。その場合、私にとってはその関連作が「観ておきたい映画」になるわけね。べつに作品自体にさしたる興味はないが、「私がハマった監督に影響を受けた/与えた作品ってどんな作品?」という点では大いに興味がある。
あるいはもっと単純に、「周囲の奴らがあまりに褒めるもんだから一応観ておくか」だとか「『トイ・ストーリー4』(19年)が公開されるから過去作を復習しておくか」といったものも「観ておきたい映画」の範疇といえよう。
絶対に「観たい」ではなく、一応観て「おきたい」という…このおきたいイズムに漂う微弱な欲望は、なかなかどうして我々をディープな世界に導くものですよ。
俗にいう「マニア」と呼ばれる人たちはおきたいイズムに忠実な人種のことだと思う。「ファン」は興味のあるものだけに突進するが、「マニア」は興味はないが一応チェックしておくか…というものにまで手を出す。ファンとマニアを隔てるものは、こうした「範囲」なのかもしれんな。

そんなわけで本日は『グリース』です。ごく控えめに言ってかなり思い入れのある作品なので、ちょっと頑張って書いちゃうよ。

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◆ジョントラ&オリビア、ときめきの共演!◆

 「たまに観返したくなる映画ランキング」で堂々の244位にチャートインした『グリース』を観ちゃいました。10年前に書いたレビューが雑文もいいとこだったので、これを機に再評価してみたいと思ったんだ。ららら。
本作は同名ブロードウェイ・ミュージカルの映画化である。当時青春アイドルスターとして絶大な人気を誇っていたジョン・トラボルタと、当時「ガールフレンドにしたい有名人No1」だった歌姫オリビア・ニュートン=ジョンが共演した学園ミュージカルの決定版なのであるよ。
この映画については色々語りたいので汗びっしょりめでいくで。

 何はさておきジョン・トラボルタである。
『サタデー・ナイト・フィーバー』(77年)で全世界にディスコブームを巻き起こし、デビューから僅か2年でトップスターに。この映画のキメポーズはポップカルチャーのアイコンとなり、今なお至るところでパロディにされている。
だが、無理やり作った続編『ステイン・アライブ』(83年)はズタズタに酷評されてしまった。監督は前作でジョントラが部屋にポスターを貼っていたシルベスター・スタローンご本人。この映画の大失敗で約10年間も低迷したジョントラだったが、その後ガラッとイメチェンして『パルプ・フィクション』(94年)で完全復活を遂げる(イメチェンとはデブ化のことだった)
爾来、『フェイス/オフ』(97年)では悪党になり『ヘアスプレー』(07年)ではババアになり『パリより愛をこめて』(10年)ではハゲになるなど、二枚目俳優の座をかなぐり捨ててまでハリウッドにしがみつく男。ジョン・トラボルタです。
また、ジョントラといえばサイエントロジーの信者…ではなく飛行機マニアで有名だが、まさに墜落寸前の機体を立て直すようにキャリアの危機を何度も回避してきた俳優である。

この男は「ジョン・トラボルタ」という名の大型旅客機のパイロットなわけ!

今となっては『パルプ・フィクション』以降のデブ・トラボルタのイメージが強いが、70年代は超スリムでセックスシンボルだったよね。何よりダンスがうまい。「おまえはタコの息子か?」ってぐらい無脊椎動物のようなクネクネした踊りをするんだ。

f:id:hukadume7272:20190918072231j:plain無脊椎俳優、ジョン・トラボルタ。

 そして遂にオリビア・ニュートン=ジョンを語る機会を私に与えてくれるとキミはいうのかっ。
アイドル女優顔負けのルックスで70年代のポップシーンを席巻した麗しの歌姫。「そよ風の誘惑」「愛の告白」「ジョリーン」「カントリー・ロード」(カヴァー)などなど名曲いっぱい。とりわけ私が好きなのは本作でジョントラとデュエットした「愛のデュエット」なのだが、これについては後でたっぷり語ります。

だが彼女の全盛期は80年代に訪れる。1980年の同名主演映画で主題歌を務めた「ザナドゥ」。クリフ・リチャードとデュエットした「恋の予感」

そしてお待ちかね…「フィジカル」

当時清純派で売っていたオリビアが半裸のデブに囲まれ汗だくでエアロビクスをしながらLet me hear your body talk♬を連呼する性的メタファーに満ちたディスコナンバーで、この曲は大ヒットと同時に「スケベだ」と問題視もされた。

サビの「フィジカル、フィジカル」のところは是非とも「フィジ子、フィジ子」で歌ってやってほしい。そう聴こえるから。


オリビア・ニュートン=ジョン「フィジカル」

 

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オリビア・ニュートン=ジョン。

◆愛のデュエット(ときめき)◆

 さて、ようやく物語に言及します。
夏休みに避暑地で知り合って恋に落ちたジョントラとオリビアは夏の終わりに離れ離れになってしまうが、なんと新学期が始まると校内で鉢合わせ。同じ高校の生徒同士だったのだ!(なんたる馬鹿げた脚本)
再会を喜ぶ二人だったが、ジョントラはT・バーズ(ネーミングセンス!)という不良グループのリーダーで、イメージや世間体を気にするあまりオリビアに冷たく当たってしまう。一方のオリビアもピンク・レディーズ(ネーミングセンス!)というスケバングループに加入させられて不良女生徒の仲間入り。
本当は両想いなのに周囲から冷やかされることを恐れて無関心を装ってしまう…という見栄っ張りなティーン特有のこころをガチャガチャした歌とダンスに乗せてじれったく描いたミュージカルなんだ。

オリビアと二人きりのときはデレデレしていたジョントラがT・バーズの仲間が現れた途端に態度を変えるさまがとても愛らしい。
T・バーズは女にうつつを抜かすほど軟派なグループではないので、彼はリーダーとしての威厳を保つためにオリビアに冷たく当たってしまう。このボーイズハーツが分かるか。例えるならそう、ママンと商店街を歩いてるところを同級生に見られてしまい咄嗟にママンから離れて他人のフリをするみたいなことである。ボーイズの沽券に関わるんだぜ。
そんなジョントラの態度に気を悪くしたオリビアは、彼をヤキモキさせるために脳筋ジョックスと仲良くする。嫉妬したジョントラが「俺だってやるんだぜ!」と息巻いてさまざまな運動部を体験入部するシーンが実にキュートだ。ツッパリにとってスポーツマンは天敵なのに、オリビアを振り向かせたい一心でバスケやレスリングに挑戦する純情トラボルタ、その心意気やよし!
もっとも、どの運動部でも試合中にすぐ相手を殴って即刻退部させられるのだが体験入部を退部させられるという奇跡の部活者ジョン)。

対してオリビアはお嬢様育ちの優等生。ジョントラがツッパリ&ミエッパリだと知って少しがっかりするが、陸上部に体験入部した部活者ジョンが派手にすっ転ぶさまを愛おしそうに眺めています。
まじめ一徹な彼女は、ドライブインシアターでジョントラからプレゼントされた指輪を婚約指輪と勘違いして上機嫌、かと思えば胸をまさぐってきた彼の横っ面を引っぱたいて「結局カラダが目当てだったのね、このドチクショー!」と叫んで風神みたいに逃げていってしまう。少しくマンガ的に過ぎるキャラクターではあったけれども、とてもウブで可愛らしいのである。

f:id:hukadume7272:20190918073023j:plainドライブインシアターでの一幕やで。

 はっきり言って内容などあってないようなもの。くそみたいにつまらない話なのだが、この映画は面白さや巧さではなく楽しさに第一義を置いた感情訴求型ミュージカル。その基調をなすのはジョントラとオリビアのミュージカルシーンだが、個性豊かな脇役たちがその副旋律を奏でる。

ジョントラは、幼馴染みのジェフ・コナウェイスコーピオンズ(ネーミングセンス!)のリーダーとカーレースで決着をつけると知ってジェフのボロ車を改造してやる。そしてレース当日になぜか脳震盪を起こしたジェフに代わってハンドルを握るという大役を務めた。熱い展開だ。
二人がレース前日に「頑張ろうぜ!」とハグした直後にハッと我に返り、恥ずかしそうに身体を引き離してクシで髪を整える所作がいい。彼らT・バーズは体育会系の集まりではなくツッパリ集団なのでメロドラマなど御免蒙る、というわけだ。男同士の渇いた友情が実に微笑ましい。

f:id:hukadume7272:20190918073155j:plainT・バーズのミュージカルシーンもあるで。ないと思ってたやろ。あるねんで。

 そんなジェフの恋人はオリビアが所属しているピンク・レディーズの女番長ストッカード・チャニング。お嬢様育ちのオリビアをいびり倒し、ジェフと喧嘩したことからスコーピオンズのリーダーと肉体関係を持ち…なんと妊娠疑惑が!
カースト上位のストッカードは他の女生徒たちに恐れられていた女王様だったが、妊娠の噂が校内に広まった途端、嘲笑の対象に…。そこで初めてカースト下位のオリビアと心を通わせるわけだ。
また、「ピアスの一つも開けなくちゃ!」と言ってオリビアの耳たぶに安全ピンで穴を開けて血だらけにしてしまうディディ・コーンもいい味を出している。元気印のちゃきちゃき娘だが美容学校を辞めて学園に舞い戻ったことを周囲に隠しており、将来への不安感が人一倍強いセンシティブなキャラクターだ。

本作は主演二人だけでなく、このような脇役たちにもソロのミュージカルシーンが用意されていて、各キャラクターのさまざまな思いや悩みがミュージカルを通して打ち明けられます。
もちろんミュージカルパートは心象風景や心情吐露として描かれているので、いわば脇役たちがそれぞれに抱いた本音は観客だけに耳打ちされている状態。それだけに愛着が沸くのです。一途なジェフや本当のストッカードを知っているのは我々観客だけ。

f:id:hukadume7272:20190918074854j:plain左からジェフ、ジョントラ、ディディ、ストッカード。

 さらに映画を彩るのは映画後半に畳み掛けられる三大イベントである。ダンスコンテスト、カーレース、卒業カーニバル。事ここに至っては物語の流れなどとうに寸断され、ストーリーテリングは大渋滞を起こしている。
テレビ中継の入った校内ダンスコンテストではトラボルタが元カノとペアを組んでしまったせいでオリビア憤慨。クライマックスのカーレースではT・バーズとスコーピオンズの因縁の対決が。そしてラストシーンの卒業カーニバルでは多幸感全方位発射のミュージカルが吹雪く!
卒業カーニバルでのオリビアは全身黒タイツの女豹ルックを披露。ジョントラと一緒に「愛のデュエット」を披露して卒業カーニバルをエンジョイなされます。
この曲はゴキゲンなカントリーポップで、ジョントラの歌唱力がオリビアを凌駕してしまうという歌手形無しのデュエットソング。初めて聴いたとき「えっ、これジョントラの声? 女性R&Bシンガーでは?」と勘繰ったぐらいジョントラの高音域がすげえの。歌唱力もプロ並なの。はっきり言って『グリース』の功績はこの曲を世に送った事と言っても過言ではない。楽しい曲だわ~。

オリビア・ニュートン=ジョン&ジョン・トラボルタ「愛のデュエット」

◆「混沌の70年代」から「陽性の80年代」へと導いた歴史的作品◆

 ミュージカルとは「心情を視覚化する」という意味において「ファンタジー」だが、この映画はキャストの実年齢が学生役に耐えうるものではないという意味でもファンタジーだ。
リーゼントに革ジャンのジョン・トラボルタは当時24歳。まぁ…これはまだ分かる。ゆるす。だがオリビア・ニュートン=ジョンは当時30歳、ストッカード・チャニングに至っては34歳だ。

実年齢が役年齢の約2倍という裏ぎり。

小栗旬超えとるぞ。
事程左様にしっちゃかめっちゃかな作品で、カーレース・シーンではスコーピオンズの車体から回転カッターが出てきてT・バーズの車を切り刻むという『デスレース2000年』(75年)状態、卒業カーニバルでは教師の顔にパイを投げるというムチャなイベントが開かれる。そして「妊娠したかも…」と落ち込んでいたストッカードはラストシーンで「やっぱりしてなかった」って…
なんだそりゃ。

ここで発表。本作のしっちゃかめっちゃか大賞は…妊娠疑惑を「やっぱりしてなかった」の一言で済ませたストッカードさんに贈られます。伏線を取り消すという見事な裏ぎりでした。

f:id:hukadume7272:20190918080320j:plainダンスコンテストのシーンはジョントラの独壇場!(オリビアは激烈にヘタ)

 今やこの途方もない楽天性は現代のミュージカル映画にも息づいているが、『グリース』は当時のやや鬱々としたミュージカル群の中では異彩を放っていた。
ジョントラが本作の前年に出た『サタデー・ナイト・フィーバー』を「ノリのいいディスコ映画でしょ?」と思っている未見者は多かろうが、この世界的ヒットを記録した作品は70年代の若者たちの行き詰まりを荒涼たるタッチで描きだした大変ブルーな映画である。
ジョントラが日々の憂鬱を発散させるディスコという場は一時的に現実逃避できるドラッグのようなもので、土曜日はフィーバーできても日曜日が来るとまた憂鬱。それに信仰深い娘を妊娠させてしまった友人は将来を見失い自殺してしまう。土曜の夜だけ王になれるジョントラはフィーバーという名の虚勢を張っていたに過ぎないのだ。

もう一度言うが、世界中でディスコブームを巻き起こした『サタデー・ナイト・フィーバー』は楽しく踊ってるような能天気なミュージカルではない。見ようによっては鬱映画とも言える、“時代の深刻さ”と向き合った暗澹たる作品なのである。

 そんな『サタデーナイト・フィーバー』を田舎町に舞台を変えてやり直したのが『フットルース』(84年)。ケニー・ロギンスの主題歌と合わせて社会現象を巻き起こした80年代ミュージカルの金字塔だが、よく見るとやはりこれも鬱屈した作品である。転校生のケビン・ベーコンは日々の退屈さや大人たちへの息苦しさに爆発寸前。映画は彼らの行き場のない青春を空虚に綴っていく。
そんな『フットルース』の最重要キャラクターは主人公のベーコンではなく、彼に恋した同級生ロリ・シンガー。彼女のキャラクターは主人公に想いを寄せる紋切型のヒロインではなく、厳格な父から愛情を受けてこなかった反動として、たとえば猛スピードで走行する自動車から身を突き出したり、線路の上に茫然と立ちすくんで危うく列車に轢かれそうになるなど潜在的な破滅願望を持ったクレイジー女として描かれているのだ。彼女の影に『サタデーナイト・フィーバー』の自殺した少年を見るのは私だけだろうか。

この2作品はフィルムの表層にそこはかとなく死の匂いを運んでくるニューシネマの亡霊。

そしてそれを成仏させたのが『グリース』ではないか、というのが私の試論です。来るべき80年代に向けて…。

本作が作られたのは1978年。ニューシネマを見殺しにしたアメリカ映画が歴史の山脈を見失って『サタデーナイト・フィーバー』のような混沌とした作品を乱発していた時代に『グリース』が作られた。底抜けに明るい映画だった。これによって80年代ハリウッドの地盤は固められたのだ。

そう考えると、ジョン・トラボルタは世間が思っている以上に大変な役者というか、スタローンと同じく70's映画史における重要人物なのである。アメリカ映画史の結節点にいた男、その運命のレールを切り変えた男なのだ。まるで『サタデーナイト・フィーバー』で撒いた種をジョントラ自らが刈り取ったような壮大なマッチポンプ、それが『グリース』なのである『ランボー』に対する『ロッキー』のように)
もっとも本作が打ち出した楽天性は、後に「80年代ハリウッド映画」という怪物を生み落とすことにもなるわけだが。

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