シネマ一刀両断

面白い映画は手放しに褒めちぎり、くだらない映画はメタメタにけなす! 歯に衣着せぬハートフル本音映画評!

モンスターズ 悪魔の復讐

リジー・ボーデンが全裸で斧を振り回した世界線の話。

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2018年。クレイグ・ウィリアム・マクニール監督。クロエ・セヴィニー、クリステン・スチュワート。

 

1892年8月4日、マサチューセッツ州。アンドリュー・ボーデンと妻アビーが斧で惨殺され、末娘リジーが容疑者として勾留された。法廷に立つリジーを、ボーデン家の若き女中ブリジットが複雑な表情で見つめていたが、2人の関係に気づく者は誰もいない。横暴な父アンドリューによって精神的・肉体的に苦しめられていた2人は絆で結ばれ、愛し合うようになったのだが…。(映画.comより)

 

うわぁ、皆おはよう。

いつもタダ読みして頂いてありがとうございます。ともすればタダ読みされた挙句にケチまで付けられるからな! ブログ運営は最高。

私の本棚には映画に関する書籍が並んでいるのだけど、その中で映画監督のインタビュー本は一冊もない。読んでも意味がないので置いていないのです。なぜなら、そうしたインタビュー本で語られていることはだいたい本心ではないからです。監督は巧みに話をはぐらかして核心から遠ざかり、インタビュアーは話をはぐらかされていることに気付かず、心底関心したように「ほっほーん、なるほど。ということはつまり―…」などと返している。なんだこのアホみたいな茶番劇。時間の無駄だ。

そも、言葉で語れてしまうなら映画など撮る意味がないので、基本的に表現者というのは本当に大事なことは語りません(たまに全部喋っちゃう人もいるけど)。

DVDの特典映像なんかでも監督が自作についてぺらぺら喋ってるけど、あんなものはほとんど上澄みですからね。批評家のデタラメな言葉はアテにならないけど、作者自身の言葉はもっとアテにならない。

そもそも論として『言葉に頼らないと芸術を理解できない』ということ自体が反芸術的な態度なのかもしれませんなあ。はっはは!

ヘンな笑い方もしたことだし、本日は『モンスターズ 悪魔の復讐』です。ヘンな笑い方をしたことを若干後悔している。

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◆リジー映画がまた作られたぞ◆

 

Lizzie Borden took an axe(リジー・ボーデンは斧を取り)

And gave her mother forty whacks.(母さんを40回殴った)

And when she saw what she had done (彼女は自分がしたことに気づき)

She gave her father forty-one.(今度は父さんを41回殴った)

「なわとび唄」

 

19世紀アメリカで起きた実在の未解決猟奇事件「リジー・ボーデン事件」を題材にした作品である。

1892年8月4日、マサチューセッツ州フォールリバー。地元の名士として知られるボーデン夫婦が斧で頭をかち割られて殺された。容疑者は娘のリジー・ボーデン。状況証拠は出揃っていたが「名士の娘が殺人などするわきゃあねえ」という陪審員の評決によりリジーは無罪放免。ボーデン家の息のかかった新聞社や宗教団体が裏でさまざまな働きかけを行ったという説もある。その後、彼女はアメリカの民間伝承となり、上記の「なわとび唄」はマザーグースの仲間入りを果たして今なお歌い継がれている。

この事件はアメリカの大衆文化や犯罪学に大きな影響を与え、毎年ハロウィンでは血まみれの斧を持ったリジー人形がおもちゃ屋に並んだ。アガサ・クリスティやヒッチコックは自作の中でこの事件を扱い、数多のヘヴィメタルバンドがリジーに関する曲を作った。映画では『リジー・ボーデン 奥様は殺人鬼』(75年)が有名だが、近年でもクリスティーナ・リッチ主演の『MONSTER モンスター』(14年)が制作されている(未見です)。

そしてこの度、リジー・ボーデンの新たな伝記映画『Lizzie(原題)』クロエ・セヴィニー×クリステン・スチュワートで実現したが、我が国では『モンスターズ 悪魔の復讐』なんてB級バイオレンススリラーのようなナメた邦題が付けられたうえ、日本版ポスターがあまりに酷くて閉口しちゃったわ、僕。

先にアメリカ版と韓国版のポスターをご覧頂こう。

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画像左はアメリカ版、右が韓国版のポスターである。ちょいとした文芸性すら漂う洒落たビジュアルセンスではないか。どちらもすごく大胆な構成だが、特に韓国版は出色の出来栄え。葉を手前にもってきましたかぁ、という感じである。そしてピンク色の筆記体を慎ましく配置したタイポグラフィ。

アメリカ版も格好よろしなぁ。『女王陛下のお気に入り』(18年) のポスターと若干被ってるけど。リジー役のクロエ・セヴィニーから斜めに伸びた影が斧の形になってるんだよね。粋なはからいだなぁ。想像力のコスモだなぁ。

 

それではお待ちかね、次は日本版ポスターです。

ハイ、こちらドン!

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だっせ。

うそだろ。これじゃまるで低俗スプラッターやないの。本当に低俗なのは配給会社なのに。もう会社名を晒しますけどAMGエンタテインメントさん、てめえ達ですよ。こら。

ポスターではクリステン・スチュワートが大写しになっているね。でも主演はリジー役のクロエだね。騙しだね?

あと、クリステンが斧を握っているね。でも実行犯はクロエだね。騙しだね?

パッケージ詐欺はやめてよね。騙しはやめて。私が斧を振り回さないうちに心を入れ替えてシャキっとしてください。水菜のように。

 

◆すぐスッポンポンになる二人◆

リジー・ボーデン事件に話を戻そう。

事件当時に家にいたのはリジーとメイドのブリジット・サリバンだけだったが、ブリジットには犯行の動機がなく、またアリバイもあったことから潔白とみなされた。

本作ではクロエ・セヴィニーがリジーを、クリステン・スチュワートがブリジットを演じており、物語はボーデン家に雇われたブリジットの視点から描かれていく。

また、本作には事実無根の映画オリジナル展開がめったやたらに加えられており、リジー・ボーデン事件を知らずに見ると「へえ、そんなアンビリバボなことがねぇ…」と勘違いする恐れがあるので注意されたいよ。

大きな改変点は二人が同性愛者だという点。

ブリジットは家長のアンドリュー・ボーデン(演ジェイミー・シェリダン)から毎晩夜這いを掛けられており、その苦しみをリジーと分かち合ううちにガールズラブに発展。クロエ・セヴィニーとクリステン・スチュワートの百合コラボがお楽しみ頂けますが、実際にはそのような史実はございません。

 

もうひとつの改変点は夫婦惨殺事件がリジーとブリジットの共犯だという点。

父親は莫大な遺産をすべて継母アビー・ボーデン(演フィオナ・ショウ)に譲ると遺言書にしたため、それを知って激怒したリジーは毎晩父に犯されているブリジットと結託して「斧でいったろ」と殺害計画を立てる。

ここ1~2年さまざまな映画に対して感じるのだが、どうやら近ごろは過去の事件や作品を扱う際に「今日的なテーマ」を組み込んでリビルドするといった風潮があるようだ。同性愛や性的暴行といった本作の改変点は、まさに現在の映画業界を取り巻く一大トピック。そんな加熱するムードに辟易している身としては「ついにリジー・ボーデン事件にまでLGBTやMeToo運動をねじ込むん?」と食傷してしまったのが。

パパン役のジェイミー・シェリダンもワインスタインに見えて仕方なかったし(似てる)。

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愛し合うクロエとクリステン。

 

ちなみにリジー・ボーデンが無罪になった決め手は返り血を浴びた衣服が見つからなかったからだが(焼いて証拠隠滅した)、これにヒントを得た75年のテレビ映画『リジー・ボーデン 奥様は殺人鬼』ではリジー役のエリザベス・モンゴメリーが裸になって殺人を実行した。ナイスアイデアといえる。

そして本作もこの映画の流れを汲んでヌーディズムを貫いております。

全裸で斧を振り回すというキラービジュアル。

リジーはスッポンポンになって継母アビーを斧でいった。次にブリジットがスッポンポンになって家長アンドリューに襲い掛かろうとしたが思わず躊躇してしまい、結局リジーが斧でいった。

夫婦は「え、なんでスッポンポン?」と困惑しているうちに斧でバッコリいかれてしまった。人を油断させるにはスッポンポンになるのが効果的なのだろうか。

このヌードシーン、もともとクロエ・セヴィニーとクリステン・スチュワートは隙あらば脱ごうとする女優なので特に有難味はないのだが、真昼間の家のなかで全裸+斧という装いがなんともシュールで…実に愉快なシーンに仕上がっておりました。

それにしてもクロエ・セヴィニーはこういう映画が本当によく似合うな。『スノーマン 雪闇の殺人鬼』(17年)では被害者役だったが、本作ではその憂さを晴らすように大暴れしている。スッポンポンで。

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モデルを経たのちNYインディーズ界で活躍したクロエ・セヴィニー。

 

◆クロエ・セヴィニーのオレ様映画◆

映画は終始ローキーで動態にも乏しいため恐ろしく眠い。『The Beguiled/ビガイルド 欲望のめざめ』(17年)か?ってぐらい画面が薄暗いのよね。

また、主演のクロエが製作のイニシアチブを取っているためかクローズアップで見せられるドヤ感芝居が激烈にうざい。

今からすっげぇ芝居するからクローズアップで撮りなさいよ! 分かったか、この豚汁!

スタッフもさぞ大変だったろう。豚汁じゃないのに豚汁なんて言われたりして。

一生懸命ピントをボカしてみたり、照明位置を変えてみたり、ヘアーアレンジを施してみたり、スタッフたちはよくぞ頑張りました(反対にクリステンは「これでOK出したの?」というような汚いショットが幾つもあったなぁ)。

映画終盤の裁判シーケンスで事件当日の出来事を何度もフラッシュバック(過去の出来事を挿入)する構成も悪手としか思えない。まず犯行現場のフラッシュフォワード(未来の出来事の挿入)から始めて、そこから時系列通りに描いた方がテリングとして自然だし終盤の裁判シーケンスも活きてくるのでは。

名は体を表すとはよく言ったもので、脚本のブライス・カスはまさにカスみたいな脚本をお書きになられた。その名に恥じぬ働きぶり。

 

リジーの無罪判決により事件が迷宮入りして127年が経つが、やはり数々の状況証拠が彼女の犯行を裏付けている。リジーは無罪を勝ち取った数年後に万引きをやらかして再度とっ捕まり、その後は遁世して静かに余生を過ごした。それにしても一体なにを万引きしたのだろうか。斧だろうか。きっと斧だろう。

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