シネマ一刀両断

面白い映画は手放しに褒めちぎり、くだらない映画はメタメタにけなす! 歯に衣着せぬハートフル本音映画評!

町田くんの世界

究極のお人好しが織り成す温かい世界。

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2019年。石井裕也監督。細田佳央太、関水渚。

 

町田くんは運動や勉強が不得意で見た目も目立たないが、困っている人を見過ごすことのできない優しい性格で、接する人たちの世界を変える不思議な力の持ち主だった。ある日、町田くんの世界が一変してしまう出来事が起こる。(Yahoo!映画より)

 

おはよう、ピープルたち。

何度も言ってるけど…前置きを書かなくていいならもっと更新頻度上げられるからね?

どうしても前置きを書かせたい一部ピープルの邪悪な魂が当ブログの更新頻度を下げているんですよ! 「前置きいらないから更新頻度上げて」という意見が多ければ喜び勇んでそうするですよ。明日からでも。

それはそうと、ぼちぼち『ひとりアカデミー賞』の準備に着手せにゃならぬ。映画も観にゃならぬし、評も書かにゃならぬ。

前置きも書かにゃならぬ!!!

ああああああああああああ。チクショー、邪悪な魂を持つ一部ピープルめ~。家行ったろか! おまえの家に行ってリモコンというリモコンから電池抜いたろか! 日頃電気のパワーに感謝もしないでリモコンばっかり弄り倒しやがって。

で、おれは何に対してキレているんだ! 心にやさしみが必要です。そんなわけで本日はやさしみに溢れた『町田くんの世界』をやっていきますね(後半キレてます)。

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◆石井裕也、小康状態を保つ◆

成功をおさめた途端につまらなくなるインディーズ作家は多い。映画会社が企画して、人材を用意し、作品を商業ベースに乗せるべくアクの強い作家性を封じ込める。

その割を食ったのが石井裕也だと思う。唯一無二の言語感覚とぶっとんだ人生哲学を打ち出した『君と歩こう』(09年)『川の底からこんにちは』(09年)『あぜ道のダンディ』(11年)などで悪魔的におもしろい低予算映画を連発していた奇才だったが、メインストリームに接近した『舟を編む』13年)が日本アカデミー賞最優秀作品賞に輝いたことで「普通の映画」を撮るようになってしまった。

母の余命宣告に動揺する家族を描いた『ぼくたちの家族』(14年)は是枝裕和が二日酔いで撮ったような出来だったし、サブカル臭にまみれた『映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ』17年)では映像詩に傾斜して夜の東京にカメラを向けちゃったりなんかして。東京なんか撮ってる場合か!

石井裕也の武器は映像感覚ではなく「言語感覚」、またはそこから醸される独特の雰囲気なので、映画を撮ろうとすればするほど映画から遠ざかってしまう。『カイジ』の福本伸行がよりおもしろいギャンブル漫画を描くためにデッサンの勉強をするようなものだ。

 

そんな石井裕也が同名少女漫画を実写化した『町田くんの世界』は、完全復活とはいかないまでも小康状態を保つまでには作家性を取り戻していたのでひとまず安心しました。

困っている人を見ると助けずにはいられないド天然の善人・町田くんが度を越した博愛精神でクラスメートたちの心を変えていく…といったハートフル善行コメディである。

町田くんを演じた細田佳央太(16歳)とヒロインに抜擢された関水渚(20歳)は毎日ニキビをぶっ潰してるようなフレッシュ100%のニューカマーだ。今後の活躍に注目が集まるかもしれない(集まらないかもしれない)。

脇を支えるのは岩田剛典高畑充希前田敦子太賀池松壮亮など人気のたかい若手勢。さらには松嶋菜々子佐藤浩市戸田恵梨香北村有起哉が申し訳程度の出番ながら出演している。ド新人2人では集客が見込めないので、主演クラスの有名俳優を一人暮らしの女子大生が入れる柔軟剤みたいな勢いで投入したわけだ。

今や池松壮亮は石井作品の常連だし、どうやら「ガンちゃん」の渾名で親しまれてるらしい岩田剛典(ガンダ ゴウテンと読むのか?)も新鮮なパワーを発揮しております。なにより実力派の高畑充希と前田敦子である。顔面センターが2人もいるのは心強い。

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なんやぎょうさん出てるぞ。

 

◆細田くんの世界◆

主演・細田佳央太を中心とした「細田くんの世界」がやさしく広がっています。

信じられないほど足が遅くて勉強もできない細田くんだが「人好き」という理由から困っている人がいると命に代えても助けようとする。そんな彼と知り合ったのが不登校の同級生・関水渚で、彼女は「人嫌い」ゆえに細田くんを冷たく突き放すが、借りたハンカチを返そうとした彼に地の果てまで追いかけられてようやく観念、なんのかんので交流を深めるうちに細田くんのやさしさにホの字になっちまいました。

いやぁ、いいわ~~。

二人のぎこちない交流が石井裕也ならではのオフビートな笑いに乗せられて本作のカラーを決定づける豊かな雰囲気を醸成しているわぁ~~~~。

何がいいって、そりゃ細田くんよ。彼の寡黙で慎ましやかな佇まいがとても上品で、かと思えば人助けモードに入った途端にモーレツにダサいフォームで走るさまが素晴らしくいいわ。静と動のギャップがシュールな人物造形としてギリギリのところで成立しているわぁ~~~~。

もっとも、細田くんの無償の善意が「偽善」とか「嘘くさい」と受け取られた時点で一発アウトなので実はけっこうハイリスクな人物造形なのだが、そんなことを露程も感じさせない細田佳央太はその瞳の奥に「誠実さ」とそれを上回る「バカ」を同時表現する。綺麗な顔立ちをしてるけど挙動がどこかバカっぽいんだよね。

実際、劇中では色んなキャラクターから「バカなの?」と言われちゃうように「究極のお人好し」とは言葉を換えれば「ただのバカ」なのである。だからこそ、この善人にはまったく嫌味がないのだ。

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モーレツにダサいフォームで走る細田佳央太(ちっとも前に進んでない)。

 

また、細田くんのバカっぷりを男口調で指摘する友人役・前田敦子が実にええ仕事をしてるわ。鋭いワードをボソッと呟いて一撃で笑いを取るスナイパー型のツッコミキャラね。彼女がストーリーテラーでもよかったぐらい輝き散らしてたわ。さすが顔面センターやで。

それはそうと、寡聞にして私はAKB在籍時の前田敦子しか知らず。当時は街中の至るところから「ポニーテールのJUJU」とか「ベビーローション」といった流行歌が聴こえてきたけど、どうやら私の知らないうちに卒業、泥酔、結婚を経て一端の女優になっていたようで。どうもおめでとうございます。

6年前に描いた前田さんと大島さんのかわいいイラストを載せておきます。

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自信作です。

 

さて。ヒロインの渚はナチュラル・ボーン・ツンデレで、細田くんを煙たがるポーズを取りながらも彼の謎めいた生態に興味津々、やがて好奇心が恋心に変わった途端、だれにでも優しく接する細田くんに怒りと嫉妬を募らせていく。

細田くんはもともと感情が少しバグっていて、恋という概念を知らず、LOVEとLIKEの違いも分からないため、人助けをするうちに多くの女子をその気にさせてしまう天然モテ男子。察するに余りある渚の心中たるや!

細田くんキミには好きな人とかいるの?

渚ちゃんはあ? 普通そんなこと聞く? えっ、バカなの?

細田くんえっ…!

渚ちゃんいや…逆に、えっ?

あと日本映画史に刻まれるであろう貧乏揺すりの激しさね(見てのお楽しみ)。

このあたりのロマコメ要素は「鈍感主人公」という今日的なサブカル記号を踏襲しているのだけれど、じつは鈍感属性って受け手にストレスを抱かせるだけで誰も得しない説話記号だと思っていて。今やロマコメでは重宝されているが、その実ロマンスにもコメディにも結実せず、ただ受け手を苛立たせ、話を引き延ばすためだけの都合のいい設定に終わっている場合がヒジョーに多いのだ(この10年間でどれだけのマンガ・アニメがこのお手軽設定に凭れ掛かってきたことか!)。

だがそこは石井裕也、腐っても石井裕也。「渚の気持ちに気づかない細田くん」という図式の中にあらん限りのロマンスとコメディをぶち込んでいるので、細田くんが鈍感属性を発揮すればするほど物語のおもしろさが加速していく…というステキな仕組みになっちょるのだ。

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ちゃきちゃきのニューカマー、関水渚。


◆自己発見すんな◆

渚を追い回すワンシーン・ワンショット、細田くんと池松壮亮のハイスピード狂気漫才、次々デブが走ってくるスローモーションなど石井作品の面白いところがギュッと詰まった台詞と映像の畳み掛けに楽しくなっちゃって。

細田くんと渚ちゃんの可愛さにニヤついちゃって!

本調子に戻りつつある石井裕也を祝福しちゃって!!

 

でも後半ぶりんっぶりんに失速します。

原作ファンから叩かれた「風船シーン」のように、まぁ、しぼむしぼむ。

細田くんに関わったことで変化のきっかけを得たキャラクターたちが本格的に変化していく中盤以降はどうでもいいところに物語の重心が掛かっていて。「そこ何も埋まってないけど掘るん?」みたいなシーンを延々掘っていく。喧嘩別れした岩田剛典と高畑充希がヨリを戻す戻さないとか、不倫スキャンダルを記事にする貧乏ライター・池松壮亮が上司のゲスいやり方に異を唱えるとかさ。割合どうでもよー。

そんな脇役たちが細田くんから人生観が変わるような影響を受けたことでそれぞれの悩みを解決していくんだけど、いかんせん見せ方が弱いので「べつに細田くんと出会わなくても自力で変われたよね?」って風に見えちゃうの。ワンチャン細田いらん。

 

挙句、そんな細田くんがLOVEとLIKEの違いを知るために自分自身と深く向き合う期間に入るので必然的に話はダレまくる。

主人公が内的葛藤する映画ってだいたい退屈でしょう? スーパーマンが一生悩んでる『マン・オブ・スティール』(13年)とか。

前半のシーケンスでは「人類みな家族!」と思っている細田くんが異常なまでの真剣さで他者と向き合うからこそ面白かったのに…ついに自己発見に手ぇ出しちゃって。

「なぜ僕には恋心がわからないのだろう…」とか苦悩しちゃって!

「幼少期に井戸に落ちて死にかけたのが原因でこんな人格になってしまったのかもしれない!」とか自己分析しちゃって!!

井戸とか知らねーし!!!

オマエの人格が何によって形成されたかなんてマジ知らねええええええ。呑気こいて自分自身を丁寧に見つめ直されても困るうううううううううううううううう。

もちろんその間、われわれは細田くんの自己発見待ちである。渚のことが好きかどうか分からない細田くんが汗だくでクルクルしながら「この気持ちはなんだろー」と懊悩している間は物語が完全に止まっちゃってんの。さっさと自己発見しんしゃい。

そして! ようやく自己発見タイムを終えた細田くんは、ロンドンに旅立ってしまう渚を追いかけるうち、紛れもなく自分が彼女に恋をしていることに気付きます。

 

最初から好きだった!

最初から好きだったのかよ!

 

初めて会った時から好きだったんだ!

初めて会った時から好きだったのかよ!!

 

愛なんだ!

愛なのかよ!!!

 

「探しものはいつも目の前にあったのです…」ってか。ふざけ倒せコノヤロー。「愛なんだ」とかV6みたいなこと言いやがって。そのシンプルな結論に辿り着くまでにどれだけ観客を待たせたと思ってるんだ。どうでもいい自己発見に付き合わせやがって。この偽善野郎がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ。

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モーレツにダサいフォームで走る細田佳央太。

 

劇映画としては「変化」や「成長」も描かねばならんので自ずとこのような作劇になったのだろうが、その代償としてぶりんぶりんに失速してしまったのでは本末転倒。

そしてファンの間で悪名を轟かせた風船飛翔のクライマックス。渚を追う細田くんが風船を掴んだまま大空を飛翔して上空から彼女を捜すというトンデモ活劇で、ここは原作漫画にはないシーンらしい。

ファーストシーンでガキが木に引っかけた風船を取ってあげたように、風船とは「フワフワした善意」のメタファーで、クライマックスでは鴨のカップルが風船を割ったことで二人は抱き合ったままプールに落下して結ばれます。モチーフとしては悪くない。だが活劇としては大変トホホな出来で、合成技術も大変トホホ。それにこのシーンがまた長ったらしいので、その間われわれはバルーン細田くんの着地待ちである。

基本待たせるよね、この映画。

たくさん待たされてトホホ。プールに落ちてそのまま告白するラストもハイキー過ぎて画面が白飛びしちゃっててトホホ。いちばん大事なシーンがあんまよく見えないっていう随分な仕打ちにトホホ!

 

そんなわけで、映画前半のロマコメ要素だけはよかったです。あと前田敦子の飛び道具的な運用ね。「こんな風にも使えるんだ、この子」みたいな。

主演の細田佳央太くんもすばらしいキャラクターを作り上げていたので、ぜひ皆で応援しようじゃないか。

石井裕也に関しては、本作を撮ったことが良いリハビリになったと思うので、ぜひこの路線を突き進んでほしい。次作がまた『ぼくたちの家族』みたいな煮ても焼いても食えない代物だったなら、そのときは最高密度の夜空に向かって「トホホ!」って言います。