シネマ一刀両断

面白い映画は手放しに褒めちぎり、くだらない映画はメタメタにけなす! 歯に衣着せぬハートフル本音映画評!

ヨーロッパ横断特急

第四の壁を犯しにかかった珍奇冒険譚。

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1966年。アラン・ロブ=グリエ監督。ジャン=ルイ・トランティニャン、マリー=フランス・ピジェ、クリスチャン・バルビエール。

 

パリからアントワープへ麻薬を運ぶ男が繰り広げる波乱万丈な道中を、幾重にも重なったメタフィクションで構築。スリラーの枠組みを借りてシリアスとコミカル、嘘と真実、合理と非合理の境界を軽やかに行き来する。(映画.comより)

 

はい、おはよう。

はっきり言って、私にはさまざまな特殊能力があるが、そのうちのひとつが季節の訪れをいち早く感じることができるという驚きの異能である。と言っても気温に敏感というわけではない。風の匂いのなかに新しい季節を嗅ぎとる「四季嗅覚」が発達しているのだ。春一番どころか春ゼロ番を鼻で感じていくスタイル。それが私の能力なのである。

だが、この能力は孤独の宿命を抱えてもいる。私だけが他の人民に先んじて次の季節に進むため「世間にとっての今の季節」と「私にとっての今の季節」が齟齬をきたしてしまうのだ。季節をみんなと共有できないのは結構さみしい。

たとえば、人が春にむけて衣替えをする頃に、私は夏にむけて衣替えをする。世間が海開きに賑わうなか、私は自分のなかで海閉じをおこなって秋を迎える…といった具合である。常に未来を生きていくスタイル。それが特殊能力と引き換えに私が背負った孤独なのである。もしかして自分は未来人なのだろうか。

というわけで本日は『ヨーロッパ横断特急』です。

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◆アラン・ロブ=グリエに関する漸進的長考②◆

『不滅の女』(63年)同様に映画文法を解体したアラン・ロブ=グリエの第二実験である。

例によって本作もおかしな映画で、麻薬の運び屋がさまざまな危機に巻き込まれる…という映画をロブ=グリエが撮っている…という映画だ。

列車内でロブ=グリエと映画プロデューサーが出会い「今度『ヨーロッパ横断特急』という映画を撮るんだ」、「主演は誰がいい?」、「ジャン=ルイ・トランティニャンに頼もう」などと話し込み、ロブ=グリエの妻カトリーヌ・ロブ=グリエも交えて三人でプロットを練り始める。そのプロットがトランティニャン主演の劇中劇として描かれていくわけだが、ことあるごとに妻やプロデューサーが「その設定おかしくない?」とプロットの矛盾点を指摘し、ロブ=グリエが「じゃあAをやめてBにしよう」と変更するたびに劇中劇がやり直されてゆく。

絶えず修正される物語。

 

運び屋のトランティニャンが数々の任務を遂行するなかで売春婦のマリー=フランス・ピジェと出会うところまでは大した破綻もなく話は進行するが、徐々にロブ=グリエのSM趣味が物語を侵しはじめる。裏切者のマリーを縄で絞殺したトランティニャンはキャバレーでエロい姉ちゃんを鑑賞したあと麻薬組織に射殺される。

ラストシーンでは列車を降りたロブ=グリエたちが劇中劇で起きたマリー殺しのニュースを新聞で知り「実話は退屈だ」なんて毒づきながら駅を去る。てことは、トランティニャンの冒険はプロットの心象ではなく実際の出来事だったのか?

…なんて思ってると、彼らが駅を去った後にトランティニャンとマリーがひょっこり現れて「撮影お疲れちゃーん」とばかりに笑顔で抱き合い、カメラの存在に気付いて「バレたか」という顔をする。てことは、やっぱりロブ=グリエたちのプロットは心象だったのか?

もうやめてよおおおおおおおおおおおおう!

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事程左様にメタの多重構造によって支えられた本作は、処女作の『不滅の女』で演出、空間、説話を犯したロブ=グリエがついに第四の壁を犯しにかかった珍奇冒険譚である。

トランティニャンが鞄屋に入った次の瞬間「チーン!」というレジスターの音がして2秒後には店から出てくる、このデタラメすれすれの簡潔さがいい。店内をうろついたり会計するシーンなど撮らなくてもレジの音を一発響かせば事足りるというわけだ。

犯罪映画としてはあまりにお粗末な筋書きへの自虐的≒嗜虐的な冷やかしも効いている。これは『不滅の女』と同じく物語の不完全さを露悪的に提出した観客への嫌がらせである。ロブ=グリエを観ることは嫌がらせを受け続けることにほかならないので、それを承知でロブ=グリエを観る者は劇中で縛られた女ともども際限なきマゾヒズムに甘んじねばならない。

「そこまでして観ねばならない作家なのー?」

もちろん違う。ロブ=グリエなど観なくていい。ただ、そうした者はマリー=フランス・ピジェのヒップな毒気に触れることなく生涯を閉じてゆく。そっちも立派な人生だが、こっちの人生も捨てたものではない。マリー=フランス・ピジェのヒップな毒気に触れた我が人生を惜しみなく祝福!

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