シネマ一刀両断

面白い映画は手放しに褒めちぎり、くだらない映画はメタメタにけなす! 歯に衣着せぬハートフル本音映画評!

たちあがる女

おばはんがアルミニウム工場にダメージ与え続ける映画。

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2018年。ベネディクト・エルリングソン監督。ハルドラ・ゲイルハルズデッティル、ヨハン・シグルズアルソン、ヨルンドゥル・ラグナルソン。

 

アイスランドの田舎町。セミプロ合唱団の講師ハットラには、謎の環境活動家「山女」というもう1つの顔があり、地元のアルミニウム工場に対して孤独な闘いを繰り広げていた。そんな彼女のもとに、長年の願いであった養子を迎える申請がついに受け入れられたとの知らせが届く。ハットラは母親になる夢を実現させるため、アルミニウム工場との決着をつけようと最終決戦の準備に取り掛かるが…。(映画.comより)

 

皆さま、おはようございます。ふかづめ人生相談室のお時間です。

記念すべき第一回目のゲスト……ゲストっていうかお悩み相談者は東京都在住の中学生「兵は神速を尊ぶ」くんです。

 

Q. ふかづめさん、こんにちは。いつも楽しくブログ読んでます。

僕の悩みは学校に行きたくないことです。

特にいじめに遭ってるとか学校生活にストレスを感じてるわけではないのですが、なんとなく行きたくありません。勉強をしたり友達と遊ぶことが無意味に思えるんです。

こんなことを思うようになって、もう1年ぐらい経ちますが、一向に変わりません。登校拒否すると親が悲しむので毎朝頑張って学校に行ってますが、すごくモヤモヤした気持ちです。ふかづめさんにはこういう時期がありましたか? もしあれば、どのように解決したのか知りたいです!!!

 

A. ていうか、コロナで休校してないんですか?

 

はい。というわけで本日は『たちあがる女』です。誰かの悩みを解決したあとのレビューは実に気持ちがいいものです。今回はかなりサッパリした記事よー。

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◆ジョディ・フォスターが絶賛しとるらしい◆

北大西洋に浮かぶアイスランドは、白夜とオーロラで知られ、音楽好きの間ではビョークやシガー・ロスを輩出したことでも知られる小さな島国だ(面積は北海道の1.3倍ほど)。

さらに知られているのは“男女平等”だろう。世界経済フォーラムの男女格差ランキングでは10年連続1位なんだと。北欧諸国で多く採られているクォータ制度を導入し、企業の役員や国会議員の4割以上が女性で、男性も当たり前のように育児休暇を取ることができる。大学進学率や専門職・技術職の就業率に至っては男性より女性の方が多いくらいだ。2010年には同性婚が爆裂認定、気候の影響から平均読書量も多く、たしか長寿国ランキングにおける男の平均寿命は日本より高かったと思う。住まぬ手はなし。

しかし映画では『LIFE!』(13年)『インターステラー』(14年)のロケ地に選ばれるのがせいぜいで、いわゆる映画史を持たない、悲しい小国である。

そんなアイスランドからとびきりの映画が届いております。題は『たちあがる女』。監督は『馬々と人間たち』(13年)ベネディクト・エルリングソン(寡聞にして『馬々~』は未見)

 

50歳の独身女性、ハルドラ・ゲイルハルズデッティルは合唱団の講師を務める一方で、大量の電気を使うアルミニウム製錬工場をぶっ潰すエコテロリストとして孤立奮闘しており、政府から「山女」と呼ばれぎゅんぎゅんに追われていた。

そんなハルドラのもとに養子縁組届の申請が受理され、ウクライナの孤児を迎えることに。だが政府の追撃は彼女をウクライナ行きの飛行機に乗せず、逮捕に向けて着実に詰めろを掛けていたが、ハルドラは仲のいい牧場主ヨハン・シグルズアルソンや双子の姉の協力を受けながらウクライナ行きを目指す…。

じつに不思議な感覚に包まれた101分だった。

牧歌的なヒューマンドラマが展開するのかと思いきや社会派的な要素も濃く、かと思えばトボけたユーモア感覚にも満ちている。おそらく読者も「で、どんな映画なの?」と未だ輪郭を掴めずにいると思う。普段いかに我々がジャンルという言葉で映画をカテゴライズしているか…ということだわさ。

ちなみに、この映画に惚れ込んだジョディ・フォスターがハリウッド・リメイクに乗り気とのこと。ジョディ自身が主演を担ってアルミニウム工場をぶっ潰すのだろうか? だとしたら観てみたいが。

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ドローンを攻撃するおばはん。

 

◆二人のおばはん◆

山女ことハルドラは、汚染物質を撒き散らす巨大企業や、自然と市民社会を脅かすグローバルビジネスにダメージを与えるべく日夜地元のアルミニウム工場を攻撃していた。

このおばはん、どうやら中肉中背の穏やかな見た目からは想像できないほどの戦闘民族らしく、鉄塔はショートさせるわ、送電線はぶち切るわとアグレッシブがすごい。そして工場サイドの被ダメージがすごい。

気の済むまでダメージを与えたハルドラは、ふぅふぅ言いながら走って逃走、あの手この手で警察の追跡をかわし、無事平和な日常に帰っていった(にっこりしながらチャリすら漕いだ)。

協力者の官僚はそろそろやめろと忠告したが、ハルドラの環境テロ活動はまだまだ止まらない。牧場の肥料で作ったウンコ爆弾を仕掛けて鉄塔を爆砕し、政府のドローンを弓矢で撃ち落としたりもした。ヘリが追いかけてくると羊の死骸をかぶってカモフラージュする。おまえはランボーか?

人工衛生、遠赤外線カメラ、盗聴器などを駆使して山女逮捕に全力を挙げる政府を嘲笑うかのように、学校の屋上から声明文をばらまき、検問を上手くかわし、マンデラのお面で素顔を隠すハルドラの孤独な戦いがユーモラスに描かれております。

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逃走を図るおばはん。

 

そんなテロパートと並行する日常パートではいろんな奴らとの交流が描かれていく(物語の舞台も山と市内で対比されていた)。

逃走用の車を貸してくれた牧場主ヨハン、吠えるのが上手な汚い牧羊犬、合唱団の気のいい面々、ハルドラに協力する官僚。そして双子の姉(ハルドラの一人二役です)。

姉はヨガ教室を開いており、近々インドのアシュラムに行ってグルの導きを得ようとしている仏教徒だ。ハルドラが一人二役で演じていることに「なぜわざわざ?」と疑問を抱いていたが、やはり説話的必然性はあった。ハルドラがウクライナ人の少女を養子に迎えると知った姉は、長年の夢だったアシュラム行きを諦め、自らハルドラのスケープゴートとなって警察に捕まるのである。

それを知ってウクライナ行きの飛行機に乗らなかったことでハルドラも捕まり、政府は真犯人逮捕を喜んだが、釈放された姉がハルドラの面会に訪れ「私はウクライナに行く。あなたはこのアシュラムに残るのよ」と言った途端に刑務所が停電し、その隙に服を交換してハルドラと入れ替わり、ウクライナに向かわせたのである。なるほどな。よう考えられたあるわ。

刑務所をアシュラムとした姉が、躊躇するハルドラに「あなたの旅は私の旅になる」と言って送り出したその言葉に目頭熱夫。 ちなみに停電させたのはヨハンだ。

送電線の切断といい、刑務所の停電といい、何かにつけて電力供給を止めていくスタイル。

その後、ウクライナに発ったハルドラは写真でしか知らなかった養子と初めて会うが、この雨後のラストシーンは温かな感動に満ちながらも、地球温暖化による浸水被害の深刻さの中にこの親子を置いていた。水気たっぷりのメロドラマと、文字通り「水浸し」のアイロニー。上手いことできたあるわ。

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ウクライナの遺児とおばはん。

 

◆可視化されたBGM◆

早くも評の最終章だが、現時点で読者を納得させるような映画論めいた話は一切していない。つまりそれが結論だ。『たちあがる女』に息を呑むようなショットや目を見張るべき演出はない。数々の絶景はなるほど綺麗だがただ綺麗なだけだし、何度も出てくる弓や電動ノコギリやテレビのリモコンといった道具はもっぱらハルドラが使うばかりで映画には使われない

それでもこの映画が人を魅了するのは、まずもってアイスランドという国の人懐っこさ。ちょっぴり気だるげな気候。それに似合わぬハルドラご乱心の巻。自称髪型評論家としては彼女の外ハネスタイルも併せて列挙したい。

そしてなにより音楽である!

 

この映画はかなり変わったことをしていて、本作のBGMを奏でる三人組のブラスバンドが「ハルドラにしか見えない存在」として絶えず画面に映り込んでいるのだ。

ホルン奏者、ドラマー、ピアニスト。いずれも男性。

彼らは時も場所も関係なく彼女の傍に現れる。闘志を燃やすハルドラを鼓舞するようにドチャドチャと演奏することもあれば、ただ何もせず、あほの子みたいに事態を傍観している時もある。なんだか村上春樹の『TVピープル』という短編小説に似てると思った。

テレビ繋がりで言えば、ハルドラが自分を批判するニュース番組に苛立ってテレビを消すと、奏者の一人がすかさずテレビを点けるというシーンがある。ハルドラは忌々しそうに奏者を一瞥したが、結局おとなしくテレビを見続けた。

このブラスバンドは実体を伴ったキャラクターでもなければ何らかのメタファーでもない。認識はできるが干渉はしない(できない)という規則のもとに存在を許された「被写体」でしかないのである。

これと同じく、ウクライナの民族衣装に身を包んだ三人組の女性合唱団も頻出する。小雨にけぶるラストシーンでは合唱団の女たちが濡れないようにブラスバンドの3人組が傘を与えて、なんだかいい感じだった。

わけはわからんが幸せそうで何よりだ。

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しれっと画面に映り込むブラスバンド3人組(画像上)。女性合唱団と仲良くなった(画像下)。

 

そんなわけで本作は、町を楽器にした音楽テロリスト集団が医療機器や重機を用いて演奏する珍妙怪奇なスウェーデン映画『サウンド・オブ・ノイズ』(10年)と、環境汚染や健康被害をもたらす大企業に制裁を下す環境テロリスト集団の暗躍を描いた『ザ・イースト』(13年)を足して『ランボー』(82年)で割ったような戦闘的実験作である。

オフビートな空気を楽しみながらも環境テロについて一考する好機となるが、プールを楽しんだハルドラが更衣室で水着を脱いでケツを丸出しにするといった全く有難くないサービスシーンの方がよっぽどテロとも言える。

 

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