垢抜けサンディ劇場 ~髪型評論家、かく語りき~
1992年。デイル・ローナー監督。テイト・ドノヴァン、サンドラ・ブロック、アン・バンクロフト。
もしどんな恋でも叶えてしまう媚薬があったなら―。話しかけられただけで相手の虜になってしまう恋の媚薬を手に入れた男。しかし、思いもよらないうっかりが重なり物語は予期せぬ展開に!(Amazonより)
はよす。
寸劇が入るミュージックビデオがイヤだ。
曲が始まるまで1分近くかかったり、途中で曲が止まって茶番が始まったりするやつね。最近は違法ダウンロード防止のためにあえて音源をそのまま流さないMVも多いけど、こうした寸劇モノは昔からあったんだよ。MVの草分けでもある「スリラー」がそうだからね(曲は6分だけどMVは13分半。ちょっとしたショートフィルム)。
こういう寸劇って、楽曲の世界観をよりドラマティックにするために挿入されるんだろうけど、これって芸術のドーピングだと思うんだよ。その音楽がドラマティックかどうかなんて音を聴けば分かるし、そこから生起する情景とか感動は聴く者それぞれの心の中に沸き立つものであって、わざわざドラマ仕立ての映像で提示されてもなー…っていう。ひとつの作品である「音楽」を映像作品にしないでよって思っちゃう。
あと単純にダルいしね。大サビの直前でピタッと演奏が止まって寸劇始まっちゃうMVとか実にストレスフルさ!
それで言えばボン・ジョヴィの「It's My Life」は超ストレス。
アン・チョビ「It's My Life」(YouTubeより)
この頃のジョンは激烈イケメンだけど「It's My Life」のMVは最悪。だってだって…ボン・ジョヴィのMVなんて基本歌うじゃない? 歌メロありきの歌ものバンドだから当然ノリノリで口ずさむでしょ? なのにそれをさせてくれないの。
大サビで「イッツ…あれ?」ってなるんだよ。途中で曲止まるから(3分2秒~)。
「It's My Life」のMVは、ボン・ジョヴィが突如トンネル内でゲリラライブを始めたことをガールフレンドから教えてもらったファン・ジョヴィが慌てて家から出てトンネルに急行する…っていうストーリーなんだけど、途中ショートカットのために橋から飛び降りる瞬間が大サビに当たるんだよね。そこで急に曲が止まって「ファン・ジョヴィは無事に着地できたのでしょうか!?」みたいなクソどうでもいいサスペンスが描かれる。本当にどうでもいいよ。しかも「ドックン、ドックン…」みたいな鼓動音を乗せてくるんだけど、心底どうでもいいんだよ。こいつが上手く着地できたかどうかなんて誰も興味ないっつーの。
で結局、ファン・ジョヴィがトンネルに到着した頃には曲終わってやんの。
急いだ意味なかったな!!!
そんなわけで本日は皆大好き『ラブ・ポーションNo.9』ですねえ。ういうい~。
◆片想いの相手に媚薬与えてどないすんねん◆
『デモリションマン』(93年)で有名になる前のサンドラ・ブロックが人知れず出演していた幻の映画。日本ではDVDが存在せず観る術がなかったが、このたびAmazonプライムビデオ様がギャーンと配信してくれたのでようやく観ることができた。
私は『現代女優十選』で栄えある第4位にねじ込んだほどのサンドラー兼ブロッカーだが、これまで取り上げた『評決のとき』(96年)、『オーシャンズ8』(18年)、『バード・ボックス』(18年)ではサンドラ愛をあえてブロックしてきた。
サンドラー…サンドラ・ブロックを愛する者。
ブロッカー…サンドラ・ブロックへの愛を抑えつけようとするサンドラー。
知っての通り私は理性的な人間だ。これまで一度も怒ったり叫んだり取り乱すことなく、冷静かつ客観的に映画を論じてきた。公平かつ上品にな。だから今までの私はサンドラーであると同時にブロッカーでもあったのだ。
だがサンドラへの愛をブロックすることが本当に正しいと言えるのだろうか。言えないんじゃないだろうか。いつも自分の心に素直なサンドラのように、好きなものには好きと言っていくのが真のサンドラーに違いないのだ。
ついに私は決心した。サンドラ愛が詰まったパンドラの箱を開けていこうと! 誰にもブロックできないこの気持ちをマントラのように描いていこうと!!
うん、ありがとう!!!
『バード・ボックス』撮影中のサンドラ・ブロック。
※ここからはサンドラ・ブロックを「サンディ」と愛称で呼んでいきます。
それがサンドラーの掟だ。
はい。そんなわけで本作は、生物学者のテイト・ドノヴァンが怪しい占い師から媚薬を譲り受けたことで巻き起こる魅惑のロマンティック・コメディですー。ちなみに占い師を演じたのは『卒業』(67年)のミセス・ロビンソン役で知られるアン・バンクロフト。
占い師に「女性運がなさすぎる」と憐れまれて媚薬をもらった科学オタクのテイト。半信半疑のままチンパンジーを使って薬をテストしたところ、媚薬を口に含んだメスの声に反応したオスが半狂乱のごとく襲い掛かった。どうやら服用者が発した声が約4時間にわたって相手の恋愛感情を刺激するらしい。原液のままだと効果が強すぎるので水で薄めて使うのが吉!
さっそく同僚のサンディと薬を分け合い、自らを被験者とした研究が始まったが、テイトと同じく冴えない科学オタクのサンディは研究そっちのけでモテ街道を歩み出した。大企業の社長やイギリスの王子を自分に惚れさせてパーティー三昧の日々を送るわけ。これまで彼女はデイル・ミッドキフ演じるボーイフレンドの言いなりになっていたが、やっと自由な恋を楽しむことができたのである。
だが、テイトはこれにショックを受ける。なぜなら人知れずサンディに片想いしていたからだ。ただでさえ彼氏のデイルに嫉妬していたのに、なまじサンディに薬を分け与えてしまったことで意中の彼女がさらに遠い存在になってしまった!
かと言って真面目なテイトに媚薬でサンディを振り向かせるようなマネは出来なかった!(そうだ!) 出来てもしない!(してはならない!) 媚薬の力で両想いになっても意味ない!(ない!)
なんと皮肉な話か。手元に媚薬があるというのに、それを使わずにサンディをモノにしなくちゃいけないなんてなぁ! どうするんだテイト! (どうする気!)
サンディと媚薬をシェアーする前にこうなる事ぐらい予想しとけよ! 先々のことを考えるのが科学者だろうが!(後手後手やないか!)
この映画最後はどうなるんだ! 二人は結ばれるのか!? ああもう気になるなあ!(ジレッタイナー!)
媚薬の実験体にされたチンパン2体(熟年夫婦のような佇まいで観る者を圧倒した)。
◆垢抜けサンディ劇場(5連発)◆
もちろん最後は結ばれる。
二人の生活をカットバックするファーストシーンを見れば明らかだ。それぞれが家に帰宅すると、互いの部屋にはアインシュタインのポスターが飾ってあり、「メッセージは0件です」という留守電の冷たい音声を聞き、ソファに寝そべってサルトルを読む。このルーティンを完璧にシンクロさせることで赤い糸で結ばれた二人ということがバカでも分かるように説明されている。
それにしても二人の冴えない身なりがいい。
笑うたびに歯茎がコンニチハするテイトの絶妙なブス感、50年代的ピチピチの七三分け、ノーコメントを貫かざるを得ないファッション。
だが、それ以上に冴えないのがサンディだ。すきっ歯、ゲジ眉、瓶底眼鏡。さらには近所でパイ作ってるおばさんみたいな髪型。幽鬼のごとき不健康な肌。そんな彼女がモテ街道を走り始めてからは見る見るうちに垢抜けていき、しまいには見違えるように美しくなっていく。いや逆か。本来のサンドラ・ブロックに戻っていくのだ!
この垢抜けサンディ劇場は、のちに『デンジャラス・ビューティー』(01年)へとバトンされていく。
冴えない二人。
自称・髪型評論家にとってサンディの垢抜け劇場は目くるめく視覚のカーニバルと言えすぎた。ひとつずつ紹介しよう。
まず前髪を少しカールさせた「サンディヘアー」。
これは彼女の基本形であり伝統様式とも言えるヘアスタイルだが、近年ではこの伝統を破壊しようと企む映画が悪行の限りを尽くしている。『あなたは私の婿になる』(09年)ではギューンと引っ詰めたオールバック、『ウルトラ I LOVE YOU!』(09年)ではウルフカット半年放置したみたいな下品な金髪、『ものすごくうるさくて、ありえないほど近い』(11年)ではピアノ線のような謎めいた横分けなど…やりたい放題の悪辣ヘアーが横行しているのだ。ふざけるな。
なにも「常に伝統に忠実であれ」とは言わないが、似合わない髪型をさせるぐらいなら伝統=原点に立ち返った方がよかろうと言っておるのだァ! なめやがって。
私には理解できないのだが、ファッションとは前衛的であらんとするあまり誰が見てもヘンな格好を“時代の最先端”として逆に良しとする馬鹿げた価値観ゲームの無限周回だよな。明らかにヘンなものを「おしゃれ」だの「かっこいい」だのと思い込んで無理やり納得する美意識の踊り食いだ。それだけにフォーマルなデザインが最も安定するし、応用も利きやすい。
つまり基本形はいつの時代も強いということだ。
というわけで、こちらがサンドラ・ブロックの第一形態にして完成形とも言えるサンディヘアーです。
完成させないことで完成させる基本形の逆説。飾らぬ人間はすばらしい。
故郷(ふるさと)に帰ったような甘い錯覚に酔うばかりだ。
スタンダードのよさがグッと詰まった、限りなくいかしたスタイルといえる。
このサンディヘアーを基本形として様々なアレンジへと分岐していくわけだが、次に紹介したいのは「耳出しサンディ」。
これは髪を耳にかけただけの簡単アレンジなので万人に勧められるスタイルだ!
聞けよ、パールもどきの白いイヤリングが「今この瞬間だけは本物のパールより輝いてるやろ?」とばかりに喜んでサンディの耳にぶら下がっているではないか。彼女(イヤリングのこと)にその機会を与えた耳出しスタイルにはサンディの優しさが溢れている!
いま解き放たれた耳。イヤリングも喜んでぶら下がる。
次に特筆すべきは観る者の心をさり気なく射抜くポニーテールである。
ポニーテール、その殺傷力。もはや事件化して然るべき可憐さといえよう。ポニーテールは刑事事件だ。「どうせ男は皆ポニーテールが好きだもんねぇ」などと皮肉を飛ばすのはよせ。そんな…そんなことはない。はうあう。必ずしもそんなことは…。
テイトとの公園デートで惜しみなく披歴した「サンディポニー」は、彼女が纏っているダブダブの野暮ったいジャケットへの冷笑を無効化して余りあるチャームを誇っている!
また、流線形のモミアゲが「言っとくけど…どこまでも揉み上げていくよ?」という決意のもとに身をくねらせ、まるで幸運の蛇のごとくサンディの耳元で悶え狂う。負けじと観る者も身をくねらせ、これに共鳴する。
前髪だけは伝統の「サンディヘアー」。この組み合わせが予期せぬシナジーをうんだ。
テイトとの映画デートでは、はるか古より美人にしか許されないとされるソバージュパーマでスクリーンに向き合う「パーマネントサンディ」がそこには居た。
今でこそソバージュといえばバブル時代とセットで彷彿される、まさに「一平ちゃん」を始めとした焼きそばみたいな髪型…という不名誉なイメージが人にソースの幻嗅を強いもするが、似合ったときのソバージュは敵なしである。
サンディは悠然とスクリーンを見ているようで、実はそうではない。当時全米のパーマ女優にとって天敵だったジュリア・ロバーツ、メグ・ライアン、ニコール・キッドマンを見つめているのだ。パーマネント独占法に抵触する三者を牽制しているわけ。映画を観ながら。
まぁ、ソバージュってほどソバージュでもないけど。
ちょっとだんだん何を言ってるのか分からなくなってきたが、ここはひとつ読者に向かって「伝われ」と念ずることにする。反省も修正もしない。念ずることだけをする。
楽しい楽しい髪型トークもこれでおしまいだが、最後にひとつぐらい変わり種があってもいいだろう。
イギリス王子とパーティーに出かけたサンディは、アンモナイトを頭に乗せたみたいな衝撃のヘアスタイルで会場のセレブたちを黙らせた。
進化するだけがサンディヘアーではない。流行を追うだけがファッションではない。時には白亜紀まで遡る「アンモナイトサンディ」で絶滅生物たちの魂をもファッションの中に蘇らせていく。それがサンドラ・ブロックだ。アンモナイト達もさぞ嬉しかろう。
見よ、この立体造形美を。空気抵抗にもめっぽう強いぞ。
◆悲しい事件報告(2連発)◆
監督のデイル・ローナーは本作を手掛けたあとに突如表舞台から姿を消した謎多き男だが、そのへんの三流職業監督に比べれば遥かに腕はある。
全体の構想がハワード・ホークスの『モンキー・ビジネス』(52年)を下敷きにしているのは明らかだが、その上で「我流のホークス」を楽しんでやっているのが感じられた。いちいち事細かには語らないけれども、ズームやナメの構図が作劇にうまく絡んでいて、媚薬を過量服用した娼婦が町中の男から追われるというゾンビ映画のごときスローモーションもいい。また、媚薬をめぐる駆け引きが結構おもしろい上に、恋の噛ませ犬がいないという点でも好意的に観たのだが……
とても悲しいことに、鑑賞中に1回、そして鑑賞後に1回、計2回も机を叩くという事件が発生してしまいました。
事件報告① ミスリードに引っかかり逆上する男(おれ)。
ひとしきり媚薬で遊んだサンディは「こんなモノで結ばれても真実の愛とは言えない!」と気付き、薬を使わずとも自分を愛してくれるテイトの気持ちに応えて相思相愛になる。映画はまだ中盤。少し気が早いかもしれないが、私はテレビジョンの前で「エンダーイヤー」をオク下で口ずさみながら左右にユラユラ揺れていた。ペンライトがあったらペンライトも振っていた。
ところがであるっ。テイトがプロポーズを決意した日に、なんとサンディは以前交際していた束縛男のデイルと逢引きしていたのだ!
風呂上がりの2人と鉢合わせしたテイトに向かって、サンディは悪びれもせず髪を拭きながらこう言った。
「前みたいに友達でいましょう。私やっぱりカレを愛してるの」
ドンッ!!
(机を叩く音)
テイトは目の前が真っ暗になった。私は頭が真っ白になった。
そのあとテイトと私は風神&雷神みたいなコンビネーションで「どうしてなんだ、サンディ!」と怒り狂ったのだが、後にこれがデイルの仕業だったことが発覚する。サンディにフラれた腹いせに媚薬を盗んで無理やり惚れさせたのである!
こンンンンの家畜小屋の鬼畜がァァァァ~~!
したがって媚薬の術中にはまって洗脳されたサンディをテイトが救う…という流れがクライマックスの見所となる。
つまり、誰しもの頭に「ビッチ」の三文字がよぎったサンディの背徳行為は“媚薬をめぐる駆け引き”のためのミスリードだったのである。まんまと引っかかって逆上してしまった。サンディ及びぶっ叩いた机に謝罪申し上げます。
サンディと元カレがヨリを戻したと勘違いして絶望するテイト(サンディが媚薬の餌食にされただけ)。
事件報告② 現実を見てしまい逆上する男(おれ)。
この事件は鑑賞後に起きた。
テイト・ドノヴァンとサンドラ・ブロックがプライベートで9年間交際していたことが発覚。
お……おっおーん。なるほどね。サンディが誰かと9年間交際していたというのは知っていたけど、それほど有名な俳優じゃなかったから名前は失念していたわ。まさかテイトだったとはね。おっおーん。キャリア的にも微妙な中堅俳優だし、笑うと歯茎がコンニチハするんだけどね…。
せっかく映画の中ではオク下とはいえ「エンダーイヤー」を口ずさんで二人の恋路を応援してたのに、まさか映画の外でもちゃっかり結ばれていたとはねー。おーん、ほっほ~ん。「応援して損した」なんて言うと聞こえが悪いけど、なんだかちょっぴりテイトに裏切られた気分だなぁぁぁぁぁぁぁぁ。
まぁ全然いいけどさ。全然気にしてないよ。知っての通り私は理性的な人間だし。
それに事実は映画よりも奇なりっていうか、素敵なことじゃん。きっとこの大恋愛が役者としての二人を成長させてくれたんだよね。あの9年間があったからこそ今のサンディがいるのだろうね!!!
そういう意味では本当のエンダーイヤーなんだよ。サンドラーとして祝福します。祝福…。
バンッ!!
(机を叩く音)
イライラしながらテイト・ドノヴァンのことを調べていくと、どうやらサンディと婚約破棄した直後にジェニファー・アニストンと交際していたことが発覚。サンディの時と同じように、アニストンの代表作『フレンズ』(94-04年)で恋人を演じて役柄上の関係を事実に変えたようだ。
おーん、なんたる共演者キラー。ずいぶん御モテなさるようで。
まあいいんだけどさ。別に何とも思っちゃあいないよ。本当だよ?
ガンッ!!
(机を叩く音)