シネマ一刀両断

面白い映画は手放しに褒めちぎり、くだらない映画はメタメタにけなす! 歯に衣着せぬハートフル本音映画評!

スリープレス・ナイト

主人公が仕掛けし脇腹の罠!そして顔の傷は未来を予期する。

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2017年。バラン・ボー・オダー監督。ジェイミー・フォックス、ミシェル・モナハン、スクート・マクネイリー。

 

ラスベガス警察のヴィンセントは相棒と共謀し、マフィアでカジノ王のルビーノから25キロものコカイン強奪。しかし内部調査官のブライアント、さらにルビーノとの取引を予定していた麻薬組織の冷酷なボス、ノヴァクからもヴィンセントはマークされてしまう。ノヴァクから麻薬の行方を問い詰められたルビーノによって息子を誘拐されてしまったヴィンセントは、マフィア、麻薬組織、警察内部調査官たちに包囲される中、息子を取り返すために単身カジノへ乗り込んでいく。(映画.comより)

 

おはようございます。

一日一日をもっと大事に生きていきたいと思ってるが、なかなかどうして……なぁ?

「人生でいちばん嬉しかった瞬間はいつですか」という質問に「あれでしょ、これでしょ…」って幾つも答えられるような実り豊かな人生を送りたいわ。

いかんせん私の人生、過ごせど過ごせど代わり映えのしない金太郎飴みたいなものでござります。まるで昨日をコピーして今日にペーストしてるみたいだ。我が生涯=Ctrl+V。むなしい。ショートカットキーでどうとでもなる人生、むなしい。

かと言って日々の生活を変化に晒すのは好きじゃないので、結局ブツクサ言いながらも「繰り返される日常こそプライスレス」という所に帰結するのである。Ctrl+V+P

だからこそ映画を観続けるのかもわからない。映画を観ることは「他人の人生を生きること」であり「他人の目を通して世界を見ること」でもあるよね。ここで大事になってくるのが「他人越しの世界」にどこまで馴染めるかという感性だと思うんだけど、この話は中断します。朝7時を過ぎたので、そろそろ「記事を公開する」のボタンを押さなきゃならないんだ。だいぶ前からネタ切れを起こしてるここでの前書きもそろそろ限界を迎えようとしてる。久しぶりにおばあちゃんに会いたい。

そんなわけで本日は『スリープレス・ナイト』です。おばあちゃん!

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◆主人公が最初からケガしてるという斬新な設定◆

ジェイミー・フォックスは意外と器用な奴である。

もともとはコメディアンで、そこから俳優業にシフトしつつ、歌手としてもアルバムを4枚リリースしている。『ザ・ジェイミー・フォックス・ショー』という冠番組を持つテレビタレントでもあった。まさに職業ジェイミー・フォックス。私は敬意を込めてジェミフォと呼んでいる。

ジェミフォといえばレイ・チャールズを演じた『Ray/レイ』(04年)でアカデミー主演男優賞をゲットして大喜びした男。その他『コラテラル』(04年)『マイアミ・バイス』(06年)『ホワイトハウス・ダウン』(13年)など物騒な映画にばかり出て銃撃戦俳優になった。彼の地位を決定的なものにした『ジャンゴ 繋がれざる者』(12年)でもやはり銃撃戦をしていた。

『アメイジング・スパイダーマン2』(14年)ではブルーマンさながらの冗談みたいな格好した怪人・エレクトロを演じたが、はっきり言わせてもらうなら怪人になる前の姿の方がよっぽど怪人に見える。敬意を込めて傾きメガネのすきっ歯ハゲ散らかしと私は呼んでるが。

f:id:hukadume7272:20200501051312j:plainジェミフォが演じた怪人エレクトロ(傾きメガネのすきっ歯ハゲ散らかし)。

 

さて、本作はそんなジェミフォがひとりバッドボーイズをするという充実の中身を誇る。

相棒と共にカジノ王からコカイン25キロを強奪したラスベガス市警のジェミフォと、彼の汚職を疑っている内務調査官の女性、それに息子を誘拐してコカインを取り返そうとする犯罪組織の三すくみの攻防を描いたえらく物騒な映画だ。

内務調査官を演じるのはべつに居なくてもいいっちゃいいけど居たら居たらで嬉しい女優としてお馴染みのミシェル・モナハン

ミシェル・モナハンは『M:i:III』(06年)でトム・クルーズの妻役に抜擢され知名度を上げた。以降『イーグル・アイ』(08年)『ミッション: 8ミニッツ』(11年)などに出てがんばってる。

彼女の顔は、ナタリー・ウッド、サンドラ・ブロック、リヴ・タイラー、エマ・ストーンなど色んな人にちょっとずつ似てるが、私としてはマイケル・ジャクソンとマーシャ・ゲイ・ハーデンを足したみたいな表現が妥当だと思う。親しみを込めてミシェモと呼んでます。

f:id:hukadume7272:20200508055407j:plain愛嬌モンスター、ミシェル・モナハン。

 

さて。物語が始まると夜明け前のラスベガスの空撮に始まり、ジェミフォが相棒とマフィアの車を襲ってコカインを強奪。そのあと元妻から預かった息子を家に送り届ける途中でマフィアの襲撃に遭い脇腹を刺されたうえ息子を拉致されてしまう。奪ったコカインを持って元締めが待つカジノに赴いたはいいが、内務調査官のミシェモがこっそりコカインを押収してしまったからサァ大変。

焦るジェミフォ。怒るマフィア。汚職刑事と犯罪組織の一斉検挙を目論むミシェモ。最後に笑うのは誰だ!?

それぞれの思惑が交錯するトライアングル・クライム・サスペンス!

ベタな言い回しでクソみたいな能書きを垂れてしまったが、実際わたしも開幕20分は「よくある感じだなぁ。ここから面白くなるのかなー」なんて思っていたのだが……なるんである、面白く。

まず第一のオモシロポインツに挙げられるのは『スリープレス・ナイト(原題:Sleepless)』とあるように、本作が一夜の出来事を不眠不休で駆け抜けるとある1日系ムービーという点。

第二のオモシロポインツは、ほとんどカジノ内だけで物語が進行するグランドホテル方式であること。

そして第三のオモシロポインツ…これがなかなかオモシロなのだが、主人公が劇中ずっと腹を痛がってること。ジェミフォは冒頭15分で脇腹をナイフで刺され負傷するのだ。

初手、大怪我。

いわばこの映画は主人公が弱りきった状態からスタートする物語なのね。この手の筋肉映画に多い「シーンが変わると自然治癒してる」みたいな編集魔法もないので、ジェミフォは劇中ずっと腹部から血をボタボタ滴らせながらカジノ内を駆けずり回るはめになるのだ。もう単なる怪我人だよ。

穿った見方をするなら、この腹部負傷は敵側に与えられたハンデでもあるのだろう。出血多量でまともに戦えない主人公がどのように立ち回って敵を倒していくのか…というあたりが見もの、呼びもの! 

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脇腹刺された主人公がカジノ内を彷徨する映画。

 

◆狙え、脇腹!◆

監督は『ピエロがお前を嘲笑う』(14年)バラン・ボー・オダー。がんばったら覚えられそうな名前である。

オダーはLED照明やレーザーライトをふんだんに使った艶のある映像を得意とするスイス出身の42歳の若手で、まさにジェミフォ出演作の『マイアミ・バイス』『コラテラル』を手掛けたマイケル・マンの薫陶を受けたデジタル派。妖しい光に包まれたナイトクラブ同然のカジノがなかなか色っぽく、ジェミフォはテカテカの画面に乗せるとセクスィに映えるということもよく分かってらっしゃる。

 

物語は多少荒々しくも気持ちよく進行してゆくぞ。

なくなったコカインを砂糖で間に合わせたジェミフォは、マフィアの幹部スクート・マクネイリーとカジノ経営者ダーモット・マローニーの待つオフィスに通される前に「ボスがオフィスにシャンパンを届けろと言ってる。すぐ持ってこい」とバーテンダーに命じ、そのあと通されたオフィスで「外に麻薬局の連中がいる」と嘘をつく。かくしてバーテンダーのノックが慌てふためいたスクートたちを隠し通路から逃がすことになるわけだ。

こうした思いつきとハッタリから生まれた急場凌ぎのアイデアは、適度にバカバカしくも怪我人ならでのトリックプレーとして楽しめる。

ノックと砂糖にだまされたスクートたちが息子を解放したことで早くもジェミフォ親子は再会を果たすが、映画はまだ40分。ジェニフォから受け取ったコカイン(中身砂糖)を確認したスクートが「甘ぁ――い!」とスピードワゴンみたいなことを叫んで怒り狂い、屈強な殺し屋に親子を追いかけさせたことでカジノ内鬼ごっこが開始する。

厨房で殺し屋に行く手を遮られたジェミフォは「フォー」と不可解な言葉を呟き、脇腹を庇いながらこれを迎え撃つ。とはいえ形勢は圧倒的不利。ジェミフォの腹はもう限界なのだ。

さぁ、この状況でどうやって敵をやっつけるというのか!?

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普通にど突き合ってる…。

 

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わりと動けてる…?

 

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ウン、大丈夫っぽいな。

 

敵はここぞとばかりに脇腹を狙ってくるが、どれだけ傷口を殴られても「ちょっと沁みる!」ぐらいの軽いリアクションしかしない無痛男ジェミフォ。効いてないのか? それとも気合いで耐えてるのか?

いずれにせよ、早くも怪我人設定がないことにされてしまいました。

凡百の筋肉映画に堕さないようにハンデを背負わせてるのにそれすら筋肉でねじ伏せていくという剛腕プレー。正真正銘の筋肉映画だったのかコレ!

どうにか厨房での死闘に勝利したジェミフォは「フォー」と雄叫びをあげた。今度は意味がわかるぞ。ジェミフォはハイになっているのだ。

そこへ、彼を汚職警官だと疑っているミシェモが間髪入れずに襲いかかる。決闘の舞台はカジノホテルの一室。

当然ミシェモが狙うのも脇腹だ。血の滲んだ腹部に思いきりキックを入れられたジェミフォ、これには堪らず「蹴るな!」と叫んだ。そこは「フォー」や。

これまでのミシェル・モナハンはアクション映画に花を添えるヒロインという立ち位置の女優だったが、本作の彼女はすごいぞ。飛び付き腕十字とかするからな。

その後、親の仇みたいに脇腹を攻めてくるミシェモをやっとの思いで押さえつけたジェミフォは自分が潜入捜査中の内務調査官なのだと明かす。汚職刑事の相棒から麻薬の元締めを見つけ出そうとしていたのだ。だがミシェモはその話を信じず「脇腹殴らせー、脇腹殴らせー」と取り憑かれたように叫ぶばかりだ。さながら脇腹エクソシストのように。

f:id:hukadume7272:20200501053333j:plain脇腹を蹴られるジェミフォ(ちょっと沁みる)。

 

埒が明かないのでミシェモを手錠で縛りつけたジェミフォは、彼女から押収したコカインの隠し場所を聞き出してスパのコインロッカーに向かったが、そこにはミシェモの相棒デヴィッド・ハーバーが待ち構えていた。今度の決闘はスパの中!

「どうせ脇腹だろ?」とジェミフォが思っていると、案の定ハーバーの目は脇腹に釘付けだ。しかし観る者は内心ほくそ笑む。「そこ狙ってもあんま意味ないのに」と。

まんまと脇腹の罠に掛かったハーバーは作戦負けし、スパの藻屑と化した。さすがのジェミフォも3試合連続で決闘したので脇腹とか関係なくフツーに疲れた様子。よく頑張りましたね。

それにしても、次から次へと敵が現れては決闘していく…という格ゲー構図が『ジョン・ウィック』(14年)とそっくりだ。まぁ、大元を辿れば『死亡遊戯』(72年)なのだが。

f:id:hukadume7272:20200501053343j:plainプールに飛び込むジェミフォ(ちょっと沁みる)。

 

このあと物語は、トチ狂ったスクートがスモークグレネードをぼこぼこ撃ち始めたことで急転直下のクライマックスを迎える。

荒れ狂うスクートとジェミフォ親子の対決。そこにジェミフォの相棒が駆けつけるが、その瞳には邪悪な光がギラリ! 一方、戦線復帰したミシェモとハーバーはカジノ王・ダーモットを追うが、ハーバーの瞳に邪悪な光がギラリ!

挙句の果てにはジェミフォの元妻までやってくる。

「何か力になれるかと思ってー」

どんちゃん騒ぎである。

 

◆傷は予期する◆

前章で紹介した脇腹死亡遊戯から『スリープレス・ナイト』が脇の甘い筋肉映画だと思ってる方も多かろうが、実際は極めてシャープな逸品である。

第一幕の終わりはパイプオルガンが重低音を響かせる中、車にコカインを積んだジェミフォがカジノに向かう様子をしっかり捉え続ける。地下駐車場に入って駐車券を受け取るところも逃さず撮るし、ゲートバーが開く瞬間までカメラにおさめている。地獄の門を開けた男は“不幸のチケット”を取ってしまったのだ。ここでオルガンの不吉な調べがエンジン音と同期することで、彼の背負った“不幸”は図らずもカジノに持ち込まれることになるわけだ。

…と、このような演出はいちいち因数分解せずとも、観る者は「すべてカタがつくまでこの男はカジノから出られない」と予期する。またこのシーンは、来るべきクライマックスの舞台が地獄の脱出地点=駐車場になるであろうことも既に予期させるが、正しくはこれは予期ではなく“映画の論理”だ。

「麻薬を積んだ車」と「駐車券」と「オルガン」が“不幸”を生み出したのなら、やがて麻薬は車から降ろされ、駐車券は精算機に突っ込まれ、オルガンの調べはパトカーだか救急車のサイレンに変わるはずなのだ。その予期=論理を早いとこ示してくれたので、こちらとしては「よし」なのである。この映画は信用できる。先が楽しみだ。脇腹死亡遊戯にも付き合える。

 

予期といえば、主要キャラクターがそれぞれに予期装置を搭載していた点も印象的だった。

ミシェモの頬には傷跡があるが、これは汚職警官を逮捕し損ねたときに付けられたもの。一方のジェミフォもコカイン強奪時にできた顔の傷跡が彼女と同じ位置にあり、初めて顔を合わせた二人は「顔をどうした?」「あなたこそ、その顔」と言葉を交わす。

後に二人はカジノホテルの一室で脇腹をめぐる攻防を演じるわけだが、その際にジェミフォがミシェモと同じ内務調査官だったことが明らかになることを顔の傷跡は予期していたのである。

ジェミフォとミシェモは“同じ目的”のために“同じ箇所”に“同じ傷”を負った同志なのだ。

顔の相似性が二人の関係性の発展をハナから予期していやがった…。

f:id:hukadume7272:20200501052237j:plain顔に傷跡を持つ二人。

 

かと言って、この二人がチームを組むようなマンガ展開に舵を切らないのがクールだ。

ミシェモは汚職刑事だと決めつけていたジェミフォが内務調査官だと素性を明かしても一切信用せずに相棒ハーバーとダーモットを追うが、何を隠そうハーバーこそが麻薬組織と内通していた汚職刑事だったことが発覚する(一目で悪役だと分かるデヴィッド・ハーバーの邪悪な相貌がすばらしいが、無防備なエレベーター内でミシェモにジョークを飛ばしたりと「あれ、逆にイイやつ?」と思わせるミスリードが憎い)。

そうそう。エレベーターを使った秀逸なサスペンスも2度あるが、まぁそのへんは目で楽しんでくれ。

技術論めいた話が続くが、レビュアーとしてどうしても書かなきゃいけないのは顔の相似性がその後どうなったかである。

ジェミフォは地下駐車場でスクートに胸を撃たれながら、ミシェモもダーモットの連行中にハーバーに腹を撃たれながらも辛勝を収め、瀕死状態で病院に担ぎ込まれる。そのシーンは真上から見下ろした衰弱顔のマッチカット。

やはり顔の相似性が意味するのは、友情や連携を築かずともこの二人はバディであるということにほかならないのだ。

f:id:hukadume7272:20200501050632j:plain二人の関係性を示すのは言葉でも態度でもなく「傷」。

 

その後、一命を取り留めたミシェモはジェミフォの病室を見舞い、手短に言葉を交わす。

「その顔どうしたの?」

「そっちこそどうした?」

「蜂の巣を蹴飛ばしたみたいね」

「キミと一緒にな」

えっ、すてきじゃん…。

すてきじゃああああん!

どうやらスリープレス・ナイトはプライスレス・ナイトになったようだな。よく眠るといい。

 

追記

ダーモット・マローニーが『ゴッドファーザー』(72年)のマーロン・ブランドに見えたことを告白しておく。

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ヴィトー・コルレオーネもどき。

 

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