シネマ一刀両断

面白い映画は手放しに褒めちぎり、くだらない映画はメタメタにけなす! 歯に衣着せぬハートフル本音映画評!

殺さない彼と死なない彼女

なんじゃこの無重力の祝祭空間は!

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2019年。小林啓一監督。間宮祥太朗、桜井日奈子。

 

何にも興味が持てず退屈な日々を送る男子高校生・小坂れいは、教室で殺されたハチの死骸を埋めているクラスメイト・鹿野ななに遭遇する。ネガティブでリストカット常習犯だが虫の命は大切に扱う彼女に興味を抱く小坂。それまで周囲から変人扱いされていた鹿野だったが、小坂と本音で話すうちに、2人で一緒に過ごすことが当たり前になっていく。(映画.comより)

 

おっぴよん。

「おはよう」を極限まで可愛くしていくと「おっぴよん」に到達するという事実をどうか世の中の人たちに分かってほしいと願う自分が7月17日をたゆまず闊達に生きているという事実も含めて世の中の人たちに分かってほしいと願う自分が7月18日に向かってたゆまず闊達に生きているという事実もコミコミで世の中の人たちに分かってほしいと願う自分が…以下無間地獄。

 というわけで2018年1月に始まった『シネマ一刀両断』は今年で3度目の夏を迎えています。「おめでとう」って言ってください。「3度目の夏を迎えられておめでとう」って。「本当によかったねー」って。皆で言ってください。言ってくれないと、ひどいですよ?

ハイ。皆から「おめでとう」のカツアゲをして機嫌もよくなったところで評を始めたいと思います。

 

そんなわけで本日は『殺さない彼と死なない彼女』です。結構なトリックが仕掛けられた映画なんだけど、種を割っちゃうとすべてが終わってしまうのでネタバレ無しの方向でいきます。

とはいえ、ネタバレに配慮しなきゃという思いからストーリーを守るために本来論じねばならないシーンの記述を差し控えるという本末転倒イズムほど阿呆らしいモノもねえや!

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◆ポスト『膵臓たべ』の爆誕◆

高校生の恋愛を扱っているであろうことが容易に予想できるショボいポスター写真とは裏腹に『殺さない彼と死なない彼女』なんて物々しくも意味深なタイトルを持つ本作は、昨今流行っている少女漫画を原作としたお子様ランチ映画とは一線を画したニュータイプ青春群像だったわ。

「殺す」が口癖の間宮祥太朗と「死にたい」が口癖の桜井日奈子は同じクラスの中で孤立している日陰者同士で、ある日桜井がゴミ箱に捨てられた蜂の死骸を庭に埋めようとしているのを見た間宮は死生観の一致から彼女に興味を持ち、そこから初々しくもぎこちない交流を重ねていく。

映画は照れ屋でぶっきらぼうな間宮とリストカット癖があり奇行が目立つ桜井のミョーな関係性を見つめながら、同じ学校に通う2組の高校生のエピソードを並行的に描く。

1組目はキャピ子(堀田真由)と地味子(恒松祐里)。超恋愛体質のキャピ子は男と別れるたびに親友の地味子に慰めてもらい、クレープを食っては失恋の痛手を回復している。サバサバした地味子もキャピ子のかわいさには一目置いているようだ。

2組目はゆうたろう箭内夢菜。文学好きの撫で肩少年ゆうたろう(以下:撫で肩くん)と、彼に一目惚れして毎日告白しては毎回フラれる箭内夢菜(以下:自爆ちゃん)の可愛らしき日常がスーッと描かれてゆきます。

f:id:hukadume7272:20200705231423j:plainいいな、いいな。青春だナー。

 

そんな6人の高校生が織り成す浮遊系群像劇。

浮遊系といったのには2つの要素があって、ひとつは画面がスーパー・ハイキーなのである。

ハイキー…露出過多によって画面の明度を高める手法。逆はローキーと言う。

これによって淡く眩しげな色調に仕上がっているが、さらにその上からバウンスライトの逆光やスフマートによるボカしといった照明効果を併用しているので全編白飛び寸前。ふわふわぽわぽわしたような白昼夢のごとき柔い映像がみんなのことを包み込むゥー。喩えとしてはどうかと思うが、まるで白内障になったときのような見え方がするので、私みたいに目が悪い人間は五里霧中の白光地獄に叩き落されること請け合いだ。目にキツい!

2つめの浮遊要素はフレッシュなキャスト陣。寡聞にして私は間宮祥太朗しか存じ上げないが、ほかの5名はちょっと突き飛ばしたら死んじゃいそうなほど線の細い役者ばかりで、その薄い佇まいが作品全体に浮遊感や透明感を与えている。

 

まぁ、ここまでならよくある青春映画だが、本作にはちょっとおもしろいギミックが2つ仕掛けられている。2つもだぞ!

ひとつは劇中で世間を騒がせている殺人事件。犯人は自分の彼女を殺害する前に“練習”と称して無関係の高校生を刺殺しており、6人が通う学校では犯人がネットに上げた動画の話題で持ち切りのようだ。ケッタイな話である。

そしてもうひとつのギミックは上記の3組が一切交わることなく同じ学校に通っていることだ。間宮×桜井は他2組よりも上級生のようだが、いくら学年が違うとはいっても校内ですれ違うことすらないので少し不思議なのだが、とにかくこの3組には何の接点もない(同一の画面に映らない)。

この2つのギミックが物語後半で急に駆動し「ただのほんわかした青春映画じゃねえかよ」と鼻をほじっていた観客を不意打ちするわけ。

やはり連想してしまうのは『君の膵臓をたべたい』(17年)だ。終始ハイキーな映像や、微笑ましい学園生活にやおら殺人が絡む急展開、そして主人公とヒロインのどっちつかずな関係性、何より爆裂号泣を強いる怒涛の畳み掛けなど共通点は多く、ポスト『膵臓たべ』ともいえる次代の青春映画の濫觴に間に合ったエポックメーキングであることは確かだろうよ。

f:id:hukadume7272:20200705225639j:plainスーパーハイキー(本編はもっと白いです)。

 

◆それぞれの日常◆

3組の日常風景をステディカムでフォローしながら素描する手つきはどことなくガス・ヴァン・サントの初期作を彷彿させる。あと日本映画が依存症状から抜け出せないアップショットを固く禁じているのも好感が持てる。

いつも俯いてて前髪で目が隠れてる桜井日奈子なんて、映画後半でようやく「あ、そういう顔だったの?」と思ったほどカメラが顔に寄らないので、彼女たちの感情はいっさい説明化されず、もっぱら反語・逆説的な態度から各キャラクターの本心を察さねばならないのだが、こいつらがまた風変わりな連中で少々手ごわいンである。

ヤンキーもどきの間宮とメンヘラぶってるだけの桜井は「死ね」、「おまえが死ね」、「黙れ殺すぞ」、「殺してみろ」と暴言を交わすばかりで一向に相手に抱いてる感情がわからないが、その暴言の応酬自体がじゃれ合い=愛情表現になっているだけまだ分かりやすい。互いに本心は見せないけど好き合っているのは明白…というあたりが実に可愛らしいし、なんといっても間宮祥太朗に萌える。全ショタニスト必見。

「これでも飲んでろ」と言ってコーヒーを押し付け、それを渡された桜井が「間接キスじゃん。エロ…」と呟くと、急に赤くなった間宮がひっくり返った声で「やめろ…」と言ってコーヒーを取り上げて恥ずかしそうに自分で飲むあたり。このあたり。

それはそうと、はじめて間宮祥太朗を見たときは「久しぶりに“役者”と呼べる役者が出てきたのかな」と思ったものです。そのスクリーンに映える相貌は、ちょっと小突いたら頭打って死んじゃいそうな若手ジャニーズ的な甘ったるさでもなければ、野性味と同時に無知を顔に晒したエグザイル系列のヤンチャな男らしさでもなく、まるでガラス細工のごとき巧緻を極めた美しさと人体標本のごとき骨張ったプロポーションの優美さを湛えたひとり自然史博物館!入場料無料!

対する桜井日奈子はフグみたいな顔をしていた。

なんでそんなにもフグみたいな顔をおまえはしているんだ。だがそれがいい。不機嫌そうなバリバリした低い声もよかった。

もしこのメンヘラ役が桜井フグ子ではなく、たとえばそうだな、ミスセブンティーンに選ばれたモデル崩れの量産型美少女とかだとイヤミになって成立しないが、桜井フグ子は「おまえ、ブッサイクだな」という間宮の語に過不足なくおさまり、可愛げもなく頬をぷくぷくとさせている!

頬をぷくぷくとばかりさせている!

なお「はぁー。今日も死ねなかったか…」と呟いた桜井に「お前は死ねないんじゃなくて“死なない”んだろ。死ぬ気が足りねえんだよ」と言った間宮氏のセリフは今年下半期のパワーワード・モンドセレクションに出品されました(間宮祥太朗くんには何かこうキラキラしたものが贈られます)。

f:id:hukadume7272:20200705225852j:plain間宮と桜井。

 

一方、囲碁好きの撫で肩くんにしつこく告白し続ける乙女・自爆ちゃんは「とにかくキミとは付き合えないよ」と言われても「ちょっと待って。私、付き合って下さいなんて言ってないわよね? あなたが私のことを好きじゃないと知ったうえで、私はただひたすらに好意を伝えただけだから、あなたはただ『ウン』とだけ返事してくれたらそれでいいのよ?」なんて言える領域にまで到達した片想いのエキスパート。

とはいえ、撫で肩くんも自爆ちゃんと過ごす時間に心地よさを感じているようで、二人が毎日交わす「撫で肩くん、好き!」、「僕はキミのこと好きじゃないよ」のやり取りは、いわば間宮×桜井の「死ねっ」、「おまえが死ねっ」と同質の交歓、じゃれ合い、コミュニケーション。いわば「好き」の隠語なのである。

いいなあ、これぞ青春だなー。だって大人になってから気になる相手に「死ね」とか言うと一巻の終わりだしねえ。

自爆ちゃんに誘われて映画を見に行くことになった撫で肩くんが「じゃあ連絡先を交換しよう」と提案すると、嘘みたいにとんとん拍子に事が運んだことに驚いた自爆ちゃんが「本当にいいの? 個人情報よ!?」とよくわからないことを言ったときの撫で肩くんの一言、「キミ、悪用するのかい?」も今年下半期のパワーワード・モンドセレクションに出品されました(撫で肩くんには白でも黒でもない碁石が贈られます)。 

f:id:hukadume7272:20200705231342j:plain撫で肩くんと自爆ちゃん。

 

そして地味子とキャピ子。

失恋するたびに地味子の部屋のベッドでくねくねしながら自己憐憫に浸るキャピ子に「人ん家で浸らないでくれる?」と言いながらも、彼女のよさを理解しているのは地球上で私だけという謎めいた矜持を地味子は持っています。

私の目には終始キャピ子が田中みな実に見えて仕方なかったが、まあ熟練の小悪魔である。付き合ってるバンドマンに本命の恋人がいると知りつつ、冗談まじりに「なにか私に隠してることなーい?」とカマトトぶったり(そのバンドマンの綾野剛を意識してますみたいな絶妙なパチモン感がいい)、野球部のキャプテンに「カラダ細いね。今までの人の中でいちばん細いよ」と言われて「今までの人の中でって…」と思いつつも「ありがとー」と作り笑いで気付かぬフリをしたり(そのキャプテンのかっこつけて壁ドンしてるけどむちゃくちゃ絶壁の後頭部がいい)。

要するに、見せかけの愛と知りながらそのウソに乗っかって虚像を演じるんだよな、小悪魔ってやつはなっ。

そんなキャピ子にとって、ある意味では地味子こそが本当の王子様で、この二人は性を超越した深いところで結ばれている。

ちなみに階段から落ちたキャピ子に地味子が上履きを履かせるシーンが『シンデレラ』を模しているように、他2組のエピソードでは『眠れる森の美女』の「キスで目覚める」という設定が引用されている。 

f:id:hukadume7272:20200705230030j:plain地味子とキャピ子。

 

◆無重力の祝祭空間◆

ネットの口コミで広まり絶賛を受けた本作。なにがおもしろいのだと言われても困ってしまうのだが、たぶん俺たちはこの映画が醸す心地いい雰囲気に呑まれているんだと思う。

登場人物たちはまるで演劇か何かみたいに「~だわ」「~かい?」といった明治・大正風のレトロな言葉遣いをするが、その不自然な言い回しが妙に心地よく、その違和感を見事に消し去り“そういうもの”としての映画内リアリティを成立させているのがハイキーによる幻想的な映像世界である。

たとえばキャピ子の妄想シーンや桜井の夢の中のシーンだって現実と地続きになっていて端境を曖昧にしているし、いくつかの時間軸までもが無方向的に混濁しているように、言わばすべての時間/空間が溶けて混ざり合ったような無重力の祝祭空間が観る者をやさしく包み込むんだろうな、きっとな。

※のちにこの3組のパートは異なる時間軸で起きた出来事だったと明かされる。撫で肩&自爆パートの時間軸は、間宮×桜井パートの時間軸の3年前の出来事だった…という具合に。

 

サイコパスが衝撃の事件を引き起こす第三幕の急展開まではよかったものの、そこから一気に画も話もダレてしまって凡庸なメロドラマの畳み掛けになったのが惜しいが、浮世の下馬評を見るにつけ終盤30分こそが“爆泣きポイント”らしいので泣きたい方は是非どうぞ。

それにしてもラストシーンにはやられた。高校を卒業した某キャラクターが大学に向かっていると、その通学路で今年高校生になった自爆ちゃんと出会い告白の後押しをするシーン。そこで初めて各エピソードの時系列を理解するわけだよ。自爆ちゃんと撫で肩くんのエピソードはここから始まるのか!って。

このへんの時間処理のカラクリも注意深く映画を観ていればちゃんと気付けるようになってる上に、某キャラクターの“ある想い”が後輩の自爆ちゃんに受け継がれていく…という作劇も技ありだった(一見すると無関係に思える3組だが、じつは細い糸で繋がっていたのだと人は知る!)。

そして3組のエピソードすべての中で発される「未来の話をしよう」という全編をブッ貫くパワーテーマね。ネタバレになるから細かい話はしないけどね。

『殺さない彼と死なない彼女』は、映画としての出来栄えがどうというより、今後フォロワー作品が無数に生まれそうな“新しい青春群像の形”を先取りした、という意味において10年代日本映画の重要作たりえた“名作”だろう(「傑作」とは別)

好き嫌いは分かれるかもしれないが、個々人の好き嫌いなんてどうでもよくて、とりあえず観ておくに越したことはないということが言えていくと思う!

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(C)2019 映画「殺さない彼と死なない彼女」製作委員会