シネマ一刀両断

面白い映画は手放しに褒めちぎり、くだらない映画はメタメタにけなす! 歯に衣着せぬハートフル本音映画評!

女の勲章

男子禁制のサンクチュアリにスケベの魔の手が! ~その時マチ子が動いた~

f:id:hukadume7272:20200825033733j:plain

1961年。吉村公三郎監督。京マチ子、若尾文子、叶順子、中村玉緒、田宮二郎。

 

山崎豊子の原作を吉村公三郎監督ほか、名スタッフが結集して映画化したドラマ。華やかなファッション業界を舞台に、服飾界の頂点にのし上がっていく女性学院長と、その下で働く3人の女性デザイナー、彼女たちに接近する青年実業家の欲望と愛欲を描く。(キネマ旬報社データベースより)

 

どうもおはよう、文明の恩恵に浴する者たち。

文明の恩恵に浴するのもいいけど、たまには自然と触れ合いなよ。まあ、コンピューターなんていうKING OF BUNMEIに日夜かじりついてる僕なんかに言われたくないだろうけど。

にしても文明っていいよねー。いい。いい。

さて、6月に「続・昭和キネマ特集」を終えたばかりにも関わらず、近ごろ新作映画が引くほどつまらなくて評をしたためる気も起きないので「帰ってきた昭和キネマ特集」を一方的に始めようと思う。これは民主主義に背を向けた、かなり一方的な政策です。つまり、あなた達がどれだけ高度な文明人でも、「帰ってきた昭和キネマ特集」の開催を止めることはできないというわけなのですよ。まいった?

そんなわけで本日は『女の勲章』です。文明の話はまた今度聞かせてあげますから、安心して下さいね。

f:id:hukadume7272:20200825033820j:plain

 

◆スケコマシにご用心。愛と欲望の離間計が女たちの友情を引き剥がす。最後に泣きを見るのは誰だSP ~裁ちばさみが闇を裂く~◆

Amazonプライムチャンネルの「シネマコレクション by KADOKAWA」に新たな映画が続々とエントリされていたので、かかるラインナップの中から本日は『女の勲章』を堂々ピックアップ。

華やかなファッション業界を舞台に、切れ者の青年実業家に振り回された服飾デザイナーの女たちが愛や欲をめぐって熾烈な戦闘を繰り広げる…といったドロドロの愛憎劇である。

小説『白い巨塔』(65年)『華麗なる一族』(73年)で知られる山崎豊子の同名原作小説は何度もドラマ化されており、2017年にも松嶋菜々子と玉木宏で前後編のスペシャルドラマが作られた(前編8.1%、後編6.2%の視聴率を叩き出すことに成功)。

そして原作小説が発表された1961年に吉村公三郎が初めて映像化したものが本作。当時は小説発表と同時に映画版が封切られることがよくあり、今でいうメディアミックスが実に盛んだったようである。

 

さて、物語は大阪船場のいとはん育ち・京マチ子が服飾学院を開校するシーンに始まる。一切を取りまとめたのは若き実業家・田宮二郎。一見すると事業欲に燃える好青年だが、どうも面従腹背の胡乱な匂いあり。

学院長の地位を欲しいままにしたマチ子は、田宮の助言を受けて瞬く間に分校を拡大していく。関西デザイナー協会のファッションショーでは田宮が新聞記者の友人・船越英二にステマさせたことでマチ子のデザインが脚光を浴びた。学校経営は順風満帆、ファッション業界でも気鋭の事業家デザイナーとしてのし上がったマチ子は、ある夏の夜、満を持して夜這いをかけにきた田宮に身体を許す!

なんとこの田宮。イカした容姿とキレる頭脳を持つ田宮! この男は金稼ぎと女遊びのためにマチ子に近づき、ゆくゆくは学校の経営権を奪い、マチ子の内弟子たちを全員コマそうと企む飽くなき欲望の求道者だったのであるゥゥゥゥ! へええええええええ。

そこに絡んでくるのがマチ子を私淑する三人の内弟子娘たち。初めこそ女子一丸となって学校経営に精を出していたが、田宮がマチ子の右腕として事業に介入してきた途端に彼女たちの関係性が一変してしまう。三人は「マチ子先生をイケメンに取られた!」と嫉妬し、次第にめいめいが小狡く立ち回る。そして大好きなマチ子先生から地位や金銭を奪おうとするのである。その裏で糸を引いてるのは当然田宮。

よく「女の輪の中に男が入ってくると友情が壊れる」なんて言うけれども、まさにそれを描いたドロドロサスペンスちゅうわけだ。サークルクラッシャー田宮の離間計により女たちの花園はてんやわんやであります。

f:id:hukadume7272:20200831081845j:plainサークルクラッシャーとしての田宮がそこにはいるわけです。

 

おそらく読者諸兄におかれては「三人の内弟子役を誰が演じているのか知りたいよう!」と思っているだろうから教えるけど、まず第一の内弟子は若尾文子である。

出たね、キャワオ!

キャワオは繊維会社の宣伝部員・糸屑星夫(いとくず ほしお。仮名)と関係を持ち、彼の便宜で高級生地を学院に提供させることで地位を高めんと企む女狐だ。マチ子との商談では一芝居打ち、星夫がわざと交渉に渋るフリをしたあとキャワオが説得(のフリ)をして商談を取りまとめる…という手筈だったが、かかる出来レース商談芝居を田宮に看破され、逆に手籠めにされてしまう。キャワオといえば男をたぶらかすヴァンプ女優として有名だが、本作では田宮が一枚上手。小悪魔の策、破れたり!

二人目の内弟子はミス資生堂の異名を誇る大映女優、叶順子

以前までの順子は裏表のない溌剌娘だったが、京都分校の学院長のポストと引き換えに田宮と肉体関係を結んでしまう。なお、休日は友と遊ぶことを好む。たしかスキーかゴルフをしていたと思うが、この情報の重要度はきわめて低いので忘れてもらって一向にかまわない。

そして三人目の内弟子が中村玉緒

玉緒は誰よりも欲のない庶民派ガールだが、例によって田宮の見境なき下半身にロックオンされてしまう。だが田宮の手の内を知り尽くしていた玉緒は、むしろ積極的に身体を売って縫製工場長の役職をせがむ。そして大金を手に入れ「CR玉緒でドッカン!」をプロデュースするのだ。

CR玉緒でドッカン!パチカス パチンコ好きの中村玉緒を全面フィーチャーした需要不明のスロットマシン。立体視メガネやヘッドセットなしでも液晶が3Dに見える「ボルマトリクス」 の技術を搭載しているが依然として需要は不明。

f:id:hukadume7272:20200825034534j:plain大映ちゃきちゃきっ娘そろい踏み! てかメチャかっこいいな、このスチール。

 

f:id:hukadume7272:20200918012131j:plain
玉緒さま(お元気なすがた)。

 

また、このドロドロ愛憎劇はマチ子の純心によって一層エグみを増す。三人の若き内弟子たちは出世のためと割り切って田宮と関係を持ったが、最年長(35歳)にして男を知らぬマチ子だけは純愛から田宮に身を捧げたのである。

そんなわけで、物語前半は学院内での権謀術数が渦巻くが、後半では手塩にかけて育てあげた内弟子たちが田宮とズブズブの関係にあることを知ったマチ子が裏切りと失恋のダブルパンチに見舞われ、挙句これまで築き上げてきた地位と名声まで根こそぎ田宮に奪われるという流転地獄に突き落とされる。

有名な原作なので結末を明かしてしまうが、絶望から救ってくれた老教授(森雅之)との縁談まで田宮に潰されたマチ子は遂に気が狂い、夜の学院内で自分の作品を着せたマネキンを破壊したのち、裁ちばさみで喉を掻き切って自殺してしまうのだ。押し掛けたマスコミに自殺理由を訊かれた田宮は「ふむ…。彼女は芸術と真っ向勝負したのです! いかにも芸術家らしい、見事な最期でした。うっくく…(悔しむフリ)」と尤もらしい口上を垂れて責任逃れを果たし、そのまま画面がぐずぐずに暗転して映画が終わる。

胸っ…糞わるゥ――――。

 

◆愛欲の沼に足を取られたら最期! 泥沼ペンタゴンから送る完全密着ドキュメント ~その時ヒルが動いた~◆

この映画はパッケージ自体がある種のトリックになっている。『女の勲章』というコメディっぽい題名とポスター、それに助演の叶順子、中村玉緒、船越英二という陽気な配役が能天気な作風を思わせるが、どっこい、すべてはミスリード。

いざ映画が始まれば、愛憎相半ばするぐちょぐちょの五角関係が観る者の瞳を侵す、韓流マクチャンドラマも真っ青の泥沼ペンタゴン!

匂い立つような色気を放つ京マチ子と若尾文子はシリアスな役がよく似合うが、ここに笑顔一等賞の叶順子とパチスロ一等賞の中村玉緒を配するあたりが吉村公三郎の妙手。とりわけマロニーのように柔らかい表情ですっとぼけた雰囲気のある中村玉緒が一番の策士だった…というツイストがよく利いていて。さすがパチンコ狂い。勝負師であるよなー。

「私しゃあねー、仕事の合間が2時間でもあればパチンコ屋を事前に探して打ちに行くんですよ。打つだけでストレスがパァーッとなくなるんですわ。ひゃひゃひゃ」とは本人の談。

f:id:hukadume7272:20200831075141j:plain勝新太郎を振り向かせた女。

 

キャワオこと若尾文子もまた面白く。

悪女は悪女でも他作品で見せるカリスマ悪女とは異なり、学院内では華美な洋服に身を包んでこそいるが、仕事が終われば餓鬼の隠れ家のようなボロアパートに帰る虚飾の女だったのである!

それゆえに業界内格差には人一倍敏感で、ビッグマネィへの執着が強く、が為に田宮の協力によって優雅な生活を手にした恩師・マチ子にジェラスィを募らせるのだ。

さらに面白いのは、マチ子を出し抜くためならばと蛇蝎のごとく嫌っていた田宮とあっさり性交渉を持ち、それまで恋人関係にあった星夫を糸クズのように捨てる打算の身振り。もともとキャワオにとって憎悪の最たる対象はマチ子ではなく、むしろマチ子をそそのかした田宮のはずだったが、いつしか彼女の闘いは同性間競争、すなわち性淘汰へと土俵を映し、女として凱歌を揚げるには田宮でなくマチ子をこそ潰さねばならぬとして矛先を変えたのである!

ああ、面白い…。面白いよぉー。

f:id:hukadume7272:20200831075124j:plainこの擦れた感じがたまらないのサ。

 

そんなわけでマチ子だけが裏切られ、傷ついていくのだが、映画はおいそれと彼女を同情の対象にはしない。しないのサ!

学校事業を拡大するうちにファッションへの情熱が薄れゆくマチ子は、次第に“スケコマシに騙されてる憐れな成金おばさん”としてのイタさを露呈させていくのだ。映画冒頭では内弟子たちに「女四人、力を合わせて頑張りまひょ!」と微笑みかけていたのに、田宮にコマされた後半では欠勤が目立つようになり、四人での週例ミーティングにも顔を出さなくなる。

ホテルで逢引きしとるのだァーッ!

とはいえ彼女には男性経験が乏しく、そのために貞操を捧げた田宮の甘い言葉を“真実の愛”と誤解し、その結果すべてを奪われた。マチ子の遺体のそばで泣き崩れた内弟子たちが「先生がいちばん損をした…」と呟いた言葉に顕著なように、およそ金とセックスが絡んだパワーゲームにおいては純粋なヤツがいちばん割を食うのである。

内弟子たちは田宮の人間性を見抜いた上で、あえて利害の一致から“ゲーム”に乗ったが、マチ子だけはそれがゲームということにも気付かなかったのである。

f:id:hukadume7272:20200831082439j:plain狼・田宮を部屋に招き入れたノーガード京さま。めちゃくちゃ押しに弱い。

 

そして真の主人公とも言えるのが田宮二郎、その人だ。

この俳優は数々の大映映画でキャワオの相手役を務めたり、今なお語り継がれる『白い巨塔』の映画版(68年)とドラマ版(78年)での主演ほか、お茶の間でも『クイズタイムショック』の司会者として人気を搔き集めたマルチタレントだったが、大映退社後の過労から躁鬱病になり、自身が主演を務める『白い巨塔』放送中の1978年に猟銃自殺。当時大物タレントだった田宮の死は世間に強い衝撃を与え『白い巨塔』の視聴率は回を増すごとに上昇、最終話は31.4%を記録した。

一般に田宮二郎といえば晩年の40代の写真が広く出回っているので『白い巨塔』の頃の姿で認識されているが、本作で見られる25歳の田宮二郎はちょっとビックリするぐらいのハンサムであった。甘いマスクと筋肉質のバデー。女を惑わす蜜蜂男!

ていうか『ONE PIECE』のクロだよ、『ONE PIECE』のクロ。

財産目的で富豪の娘・カヤの執事として仕える腹黒さはまさに本作の田宮そのもの。さては尾田栄一郎…『女の勲章』を観てますね(クイッ)

f:id:hukadume7272:20200831081230j:plain

 

◆ぶっ倒れた冷蔵庫アスペクトがコテコテの関西弁とプレプレのアプレを暗闇に溶かしていく。どういう意味なんだ! わけもわからぬまま涙のフィナーレ拡大SP! ~田宮があなたをベッドに誘う~◆

なんといっても映画の見どころは女優陣のハイカラなコスチューム。皇室デザイナーとして皇后陛下の衣装も手掛けたファッションの鬼・中村乃武夫の仕事らしい。

他方、ダントツで台詞量の多い田宮はコテコテの関西弁をまくし立てるが、垢抜けたファッション業界と野暮ったい関西弁のミスマッチが何ともいえない気持ち悪さを生んでいた。

田宮「まぁ、任しといておくれやす!」

任せる気になんねー。

コテコテの関西弁を使う奴にファッションのことを任せる気にはあんまりなんねー。

逆に京言葉のアクセントがとても綺麗な京マチ子と大阪弁をかわいく発するキャワオは標準語を話しているが、田宮の一気呵成の関西弁に押されてか、どうも耳障りが悪い。サラブレッド大阪人たる田宮二郎と並ぶと京マチ子の標準語が作られたものであるかのような違和をまとい、我がサラブレッド関西イヤーに響くのであるるるるるる。

畢竟、「ふつうに東京が舞台でよかったんちゃうんけ」の感は否めず。

f:id:hukadume7272:20200831081441j:plain
おしゃれな京さま。

 

撮影/演出に関しても少々不満がある。

吉村公三郎は薄暗い空間に幽玄の趣を作り出すプロだと考えているけれども、本作でも夜間撮影や精神世界としての薄気味悪い暗闇がふんだんにショットの全域に流し込まれてはいるが、そうした奥ゆかしいムードが展開性の激しい本筋と遊離していて妙に調子っ外れなのである。

ドロドロ愛憎劇は“意味深な暗闇”ではなく“白日の下”でおこなわれねばならない。

暗闇に主題=愛憎劇を語らせることは、たとえば悲しみを表現する際に雨を降らせるのと同じで二流と呼ぶほかなく、やはり一流であれば白昼堂々のさなかにこそ心の闇を描き出してもらわねば困ります。

加えて残念なのはアスペクト比2.35:1のシネマスコープ。この映画のシネスコは空間造形にも舞台演出にも寄与しないのでショットが全体的に間延びしており、その“ただ横っちょに長いだけの画面”は地下室でぶっ倒れたままになってるダメな冷蔵庫を思わせた(もっとも、私の心を冷やすだけの機能は有しているようだが)。

あと、ファッションだかアプレだか知らんが、京マチ子が風呂上がりみたいな格好してた。今にもコーヒー牛乳を飲まんばかりの朗らかな面持ちで。

f:id:hukadume7272:20200825034818j:plain
四捨五入したらバスローブ。

 

まあ、ほどほどにおもしろい映画ではあるけれども、そのほとんどは山崎豊子の原作に依存したところが大きく、本よし、田宮よし、その他ウーン…な出来栄えにスポッとおさまっていたわー。

もしこれがTBSとずぶずぶのクズドラマ脚本家が同じ題材を扱っていたら、きっと女四人が田宮に惚れちゃってすったもんだの争奪戦…みたいな手垢まみれのド低俗ペンダゴン・ラブゲームin沼に傾斜しただろうが、山崎女史は恋愛要素の他にも上昇志向という名のエゴを駆け引きのカードとして作劇に取り入れ、現代女性の自意識や出世欲をスマートに穿つことで凡百のハーレムものと厳しく一線を画した戦略的文芸大作を世に放ったといえるんじゃないかな?

まあ、原作未読の私が当てずっぽうでモノが言えるのもここまでだ。

とにかく「恋に仕事に頑張るあなたへ贈るとっておきのガールズムービー♡」みたいな売り文句のくだらない映画を観るぐらいなら『女の勲章』を読め! 俺は読まないけど。

映画版? 映画版は観なくていい!

でも筋肉質メガネ男子が好きなら観とけ。

田宮二郎が妙にエロいからっ。

f:id:hukadume7272:20200831081634j:plain田宮があなたを待っている。

 

©『ONE PIECE』尾田栄一郎/集英社