シネマ一刀両断

面白い映画は手放しに褒めちぎり、くだらない映画はメタメタにけなす! 歯に衣着せぬハートフル本音映画評!

満員電車

シュルレアリスティック社畜風刺劇! ~鍋底不況の落とし子的怪作~

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1957年。市川崑監督。川口浩、川崎敬三、船越英二、笠智衆、杉村春子。

 

大学を卒業した民雄は駱駝麦酒に入社し、尼崎へ赴任。父から母の様子がヘンだと知らされ、医大生に治療を依頼するが…。(KADOKAWAより)

 

よいよーん。

ピンク・レディーの名曲って何だと思います? 僕は断然「サウスポー」なんだよね。非常にドラマチックな曲ですから、これは。

「男ならここで逃げの一手だけど、女にはそんなことはできはしない。弱気なサインに首をふり、得意の魔球を投げ込むだけよ。そうよ、勝負よっ」という阿久悠の歌詞が格好よすぎる。

だからこそサビ前の「胸の鼓動がどきどき、目先はくらくら。負けそう! 負けそう!」が微笑ましいのよ。さっきまで自信たっぷりだったのに…さっそく負けそうなのかよ! みたいな。コマ送りしたような投球フォームの振付も天才的。曲が演劇的だよね、ピンク・レディーって。

「サウスポー」YouTube

 

「透明人間」も可愛くて好きだな。

せんど「透明人間あらわる、あらわるー♪」と言っておきながら「ウソを言っては困ります。あらわれないのが透明人間ですー」なんつって一方的にリスナーを嘘つき呼ばわりしていくスタイル。この意味の分からないノリツッコミイズムが憎めない。ショック連呼もいいよね。

ショック!ショック!ショック!

ショック!ショック!ショック!

アー! ショ―ックゥ――! ショック!

そんなわけで本日は『満員電車』です。消えますよ!(消えますヨ)

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総じてクレイジー、端的にカルト

作った本人が「失敗作」と認めても、それは技術的瑕疵の客観的判断から発せられた言葉ではなく、本人の中だけの強いこだわりに敗れた場合や、スタジオに主導権を握られて関係が悪化した場合、あるいはもっと即物的に批評/興収が振るわなかった場合などに発されることが多く、たとえばヒッチコックの『ロープ』(48年)やキューブリックの『スパルタカス』(60年)のように、たとえ監督自身が「ありゃ失敗だった」といっても長年愛される映画は数多く存在する。

例に漏れず『満員電車』市川崑増村保造(助監督)が口を揃えて「失敗」と切り捨てた哀れな孤児だが、かなりパンチの強い猛毒映画だったので私は気に入ったねー。

それはそうと、かつての映画作家やロックミュージシャンたちは、平然と「ありゃ完全に失敗だった」と認めて腹を立てたり反省するなどしていたが、どうもそうした自己批評精神が現代の表現者には希薄に思えてならない。いいものを作っても「これは私の最高傑作です」と言わないし。ひょっとすると作品評価は作り手が判断するのではなくお客様に判断してもらうものとでも思っているのだろうか。だとすればそんなものは作品ではなく“商品”なので、せいぜい会議でも開いて品質向上に努めやがれクソ野郎。

 

さて、『満員電車』は自由主義経済の歯車に絡めとられて神経をすり減らしていくサラリーマンの滑稽味をシニカルに描いたブラック・コメディです。

ポスターからは軽妙洒脱なロマコメを想像しちゃうけど、そういう可愛らしさとは激烈に無縁の映画なのだわ。

映画が作られたのは高度成長期における鍋底不況まっただ中の1957年だが、物語の時代設定は2年後の1959年とされており、そこでは不況による就職難が前途ある新卒ヤングたちをギュウギュウに苦しめていた。ある意味SFだな。どうにか採用試験をパスしてビール会社に就職した青年の新生活が、時にゾッとするような風刺を交え、また時にスラップスティック調の騒々しさで活写されていくのだけど…総じてクレイジー、端的にカルトなタッチなんである。

ちなみに監督の市川崑、本作の前後には『処刑の部屋』(56年)『穴』(57年)といった気味の悪いアンダーグラウンド異色作で人を混乱させていたが、今度の『満員電車』も同じ系譜に位置づけるべき崑テンポラリー・アングラ映画だったのでまたしても人を混乱させることに成功していると言えると言える。

 

才気走った新卒ヤンガーを演じたのは「昭和キネマ特集」のレギュラーと化しつつある川口浩。フェイク・ドキュメンタリー番組『川口浩探検隊』において数々のヤラセ演出で番組を盛り上げた功績を讃えて当ブログでは探検隊と呼んでいる。本作では新入社員きっての頭脳を持ち、一瞬で生涯年収を算出しては絶望する…というギャグをたっぷりと放つ。

そんな息子に故郷からエールを贈る両親役が笠智衆杉村春子。小津映画でお馴染みの大ベテランだが、後にこの夫婦がとんでもないことになるんだ。

探検隊の同期を演じるのは崖追い詰め俳優にして松居劇場の生贄・船越英一郎のパッパーン・船越英二。また、気ちがい専門の医大生を川崎敬三ことKAWASAKIが演じる。

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ひとつの布団で眠る探検隊(左)とKAWASAKI(右)のサービスショットも充実。

 

◆徐々に狂いだす怪奇珍妙プロット…◆

名門大学の卒業式に始まるファーストシーンは生憎の豪雨。校庭にうごめく黒い傘の不気味がフランク・キャプラの『群衆』(41年)を思わせる。

疼く虫歯に耐えながら祝賀のビールを飲み干した探検隊は、街を駆けまわって三股中の恋人たちに別れを切り出すプレイボーイ。

「僕たち別れましょう。だけど悲しい別れじゃないんだからね。新生活を迎えるにあたって過去を清算したいんだ!」

みな快く受け入れてくれた。探検隊は誰からも愛されてなかったのである。

晴れてビール会社の一員になった探検隊は、爆発寸前の満員電車に詰め込まれて会社へ向かう。社内では工場音が響くたびに虫歯が痛んだ。嫌な気持ちがした。それでも驚異的なペースで仕事をこなし、始業から僅か10分で一日の仕事をすべて終わらせた。すると上司が怪訝な顔をして近づいてきた。

「困るなァ、きみ。一日の仕事量は決まっとるんだから、それを17時までに規則正しくやることが大事なんだ」

つまり、一人だけ能率を上げても却って会社全体の和を乱すことになるだけだから皆と同じペースで仕事をしたまえと言うのだ。あほらしもない!

そのため探検隊は書類一枚あたりに2分4秒かければいいと算出。本当は2秒でこなせるのに、故意に作業能率を落として「和」とやらを保つのであった。

会社の工場ではベルトコンベアに乗せられたビール瓶が淡々と製品化されてゆく。同じ向きで、同じラベルを貼られ、同じ箱に詰められて、同じトラックに乗せられてどこかへと運ばれていくのだ。そのさまは右へ倣えで足並みを揃えるサラリーマンそのものだった。

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サラリーマンのメタファー。

 

実にばかげた仕事だが、いかな定年退職までの人生が容易に想像できてしまえる現状に絶望しながらも、立ち止まっていれば置いて行かれる…と考えた探検隊は、だから、しゃかりきに発奮する。

「座席がないと分かっていても、うろうろしていたら電車には尚のこと乗れやしない」

これは名言! だがこれを名言とすることが既に皮肉っていう。止まらぬ風刺のビート。

それはそうと、借上社宅の探検隊の部屋がすごかったのでご報告。

彼の部屋には机も箪笥も布団もなく、窓にカーテンすら付いておらず、家電製品のひとつも置いてないのだ。テレビや掃除機がないのはともかく…冷蔵庫がないのはヤベーだろ。生命活動を希求するホモサピエンスの端くれとして。

その部屋は、部屋本来の構造が剥き出しになった殺風景の極北としか言いようがないもので、一体どうやって生活してんだ…と首を傾げてしまうほどの亜空間が広がっていた。

まさに引っ越し前の内見状態。これぞ資本主義という名の独房。

しかも隣室の同期・船越の話によると前の住居者が去年自殺したらしい。

探検「事故物件なんですか!?」

船越「ええ、まあ。仕事のしすぎで気が違ったんでしょうねぇ。でも自殺者はその人だけじゃないので安心して下さい。この社宅、屋上からよく人が飛び降りるんですよ」

とんでもないことを淡々と話す船越は「でも、その人が自殺したお陰で欠員が1人出たから職にありつけたんですよ、あなたは。むしろ喜ばしいことじゃないですか」と言ってニコニコしながら探検隊を祝福する。

探検「新入社員は僕以外に9人いますよ」

船越「へえ。そうすると一年間に10人死んだわけですか(笑)」

世間話のノリでとんでもないトークすんな。

社宅の闇を楽しそうに話す船越も不気味だが、自分の部屋がゴリゴリの事故物件と知ってもさほど気にしない探検隊もどこかおかしい。

この感覚がズレた者同士で逆に噛み合う会話(ゆえに観客だけが困惑する)というシュールな言論空間に市川崑の崑テンポラリーを見るなぁ~。

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亜空間。

 

また不思議なのは、工場音を聴くたびに疼いていた虫歯が次第におさまり、今度は膝に痛みが出始め、ようやく治ったかと思えば尻の神経痛、発熱、白髪化…という具合に、大学卒業と同時に生じた探検隊の身体的異変である。おそらくこの描写は、探検隊が入社時のストレスを馴致して徐々に資本主義に適応する過程のメタファーなのだろう。

完全なる健康を手にしたとき、はじめて彼は“完全なる社畜”となるのだ!

どこまで底意地が悪い脚本なんだ。

 

過日、父から手紙が届いた。そこには「元気に発奮してるなら父さんは嬉しい」というような意味のことと「母さんが気ちがいになった」ということが書かれていた。

母さんが気ちがいになったん?

慌てた探検隊は気ちがい専門の医大生・KAWASAKIを頼り、仕事を休めない自分の代わりに実家に行って母を診察してもらうことにした。

ところが「ホップ、ステップ、ジャンプ」を座右の銘とするKAWASAKIは、人生を三段跳びで駆け抜けようとする小狡い男。街の有権者たる探検隊の父を懐柔してホップステップ精神病院の設立を目論んでおり、かかる下心を見破った探検隊に「僕は人生を三段跳びで駆け抜けると言っただろう? 見ていたまえ、三段跳びだ!」といって脱兎の如く駆け出し、三段跳びで車道に飛び出したところ後方のバスに轢かれて死亡!

「ホップ! ステップ! ジャn―…」

キキ――ッ! ぐちゃ。

三段跳びであの世にジャンプする男。

f:id:hukadume7272:20200831051810j:plain三段跳びの実践中に事故死するKAWASAKI。

 

ママーッ! この映画狂ってるゥ―ッ!

 

一方、KAWASAKIに騙されて精神病院の設立費用を出した父は、なぜか自ら進んで入院し、見舞いに現れた探検隊にわけのわからぬことを言う。

「ここにいるのは、ワシ以外みんな気ちがいばかりなんだが、世間の馬鹿と付き合わなくて済む分、よっぽど居心地がいい。ここには秩序があり、万事正確なんだ。なにしろ毎日のおかずが皆同じなんだからね」

一律支給されるおかずにこの世の秩序を見出す父。

数日後、気ちがい扱いされていた母が遠路はるばる探検隊の社宅を訪れ、そこで衝撃の事実を告白した。

「気ちがいになったのはお父さんなのよ!」

 

マ…ママーッ!!

なんっ…さっきからどういう種類のドラマが繰り広げられてるのッ?

もうわけがわからない。なんだよこのトリップ感覚。やめろよ!

もともとは社畜風刺劇だったのが社宅自殺譚となり、痛み伝播絵巻三段飛び活劇、そして誰が狂ってるのかサスペンスへともつれ込む怪奇珍妙プロットに前後不覚からの卒倒嘔吐(泡も吹く)。

物語の結末はぜひご自身の目で確かめてみてね。エンディングを迎える頃には三半規管がボロボロになってること請け合いよ。

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ドラゴンボールレベルで白髪化する探検隊(かっこいい)。

 

◆ダリ的不協和音が観る者を苦しめる◆

さてこの映画だが、言葉で解説することは蓋し簡単である。私ともなれば140字以内&ワンセンテンスで出来てしまえるので、チョイとやってみましょうか。

「産業革命によりヒトが人間性を失い機械以上に機械化していくさまを風刺したチャップリンの『モダン・タイムズ』(36年)を当世風に翻案し、就職難ゆえになおさら会社に対して献身的になる不況下の人民の行きすぎた労働精神を満員電車に喩えた市川流ニューロティック・ブラック・コメディ!」

はい余裕ぅー。

だが、いかにもそれらしい言葉で説明したところで、それは“説明”でしかない。映画はスクリーンという“実体”を観てこそであり、そこに在る霊感を己の感覚でキャッチせぬことには、いかな大量の評を読もうが、説明を聞こうが、絵に描いた餅なのだ。

結句、何が言いたいかというと、“説明”と“実体”の間には今日も冷たい雨が降るので、本来的に批評の本分とは説明することではなくいかにフィルムの実体に肉薄しうるかということなのだが、ハイ、この映画、ムリですねこれは。肉薄むり。批評の切っ先が鈍るわー。

 

全体の印象としては(いっそ印象論で片づけてしまうが)うっすらと寒気を感じるような気味の悪い作品だった。「精神疾患者の描いた絵」ってあるじゃない? あれを映画で観てる気分よ。

それに、すごく不機嫌な映画なのよね。

探検隊が電柱に頭をぶつけたり、一夜で白髪になったりと、きわめて漫画的なナンセンスギャグのつるべ打ちだが、やってることは喜劇でも目が笑ってない映像なので愉悦を感じることを躊躇ってしまうというか。「これ笑っちゃっていいの? ていうか、それ以前にどういうつもりで撮ってるン…」みたいな、妙に薄暗くヒリヒリとした撮影がいたずらに画面の全域を緊張させ、観る者に無用の恐怖心や不快感をなすりつけるという…早い話がカルト映画の温度なのである。

それ以外にも、訳もなく画面が傾いている、画運びのリズムが不規則でむず痒い、人物の声のトーンがひとつ高かったり低かったり…と全編これ不協和音。

昼休みを告げるサイレン音も気が狂うほどやかましいし、父の家が壁一面時計だらけというのもダリみたいでザラッとしたヤな触感(カチャカチャカチャカチャ…という神経に障る音も困る)。

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自ら精神病院にブチ入った笠智衆。

 

社会風刺の文脈がすっ飛ぶほどのシュルレアリスムが僅か98分の中で発達・横行・死滅を遂げたなんじゃこら映画の秘湯的怪作。

電車内の中吊りを使って本作自体の宣伝をしたメタショットは芸術精神からか、はたまた商業精神からか?

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左でギューンってなってるのが探検隊、右でスンと澄ましてるのは船越英二。