どうもこんばんは。みんなゴロゴロしながら読んでるん?
12月後半は、このくそ忌々しい『ひとりアカデミー賞』の執筆に追われてほとんど映画が観れてないのでイライラが極限に達してます。これをやる為だけに、映画鑑賞および批評活動のいっさいを約3週間ほど全面ストップせざるを得ないんだ。ホントに手のかかるコンテンツだよ、毎年毎年よォーッ!
これまでは私自身がすき好んでやってきたが、今年でキリよく10回目を迎えられたので来年からはもういいかなって。悪しき習慣を断ち切る勇気を持とうって。
ちなみに正月は心ゆくまで映画を観るので、しばらくお休みを頂きますからね!
…さて。ほかに話題もないので、第二部に行く前に「ひとりグラミー賞」でも発表するかぁ。ノミネート作品は今年最も聴いたこちらの9枚。
誰も興味ないだろうからタイトル等の表記はしねーでおく。
ドゥルドゥル…ダン!
「最優秀アルバム賞」に輝いたのはサンダーさんが1995年に発表した『Behind Closed Doors』です。こちらの耳が試される、裸形化されたブリティッシュ・ロックサウンドの鷹揚さ。おめでとうございました。
ドゥルドゥル…ダン!
「最優秀楽曲賞」は宮本浩次さんが2019年に発表した「昇る太陽」です。ソロ活動にはほとんど興味ないけど、この曲はすごく気に入った。どこにも媚びていない。おめでとうございました。
ドゥルドゥル…ダン。
「最優秀新人賞」はエピカさん。2003年から活動してるので新人でも何でもないが、今年初めてハマったバンドという意味では新人なのかも。どうもおめでとう。
はい、ダン。
「特別功労賞」は今年10月に亡くなったエドワード・ヴァン・ヘイレンさん。革新的なギターワークでロック界の発展に貢献。アルバム曲だけど「Outta Love Again」があまりに格好よすぎてありがとうございます。
ダン。
「大して良くないっていうか正直駄作とすら思ってるけど惰性でずるずる聴いてしまったアルバム大賞」はディオさんの『Strange Highways』(94年)。モダン・ヘヴィネスの肥満体的作品。未だに聴き方がわからない。
よしゃ。字数もそこそこ稼げたので『ひとりアカデミー賞 第二部』…やるとすっか!
【ベスト魂ぷるぷる賞】
出来不出来とは別に、魂を震わせる映画というのがある。
それでいえば、今年最も魂がぷるぷるとしたのは『蜜蜂と遠雷』で決まり。もっとも魂などという曖昧な概念なんて信じてないけどね。すぐに魂とか言う人間は信用してはいけないと思うし。
『蜜蜂と遠雷』の魂ぷるるポイントは、格式高いピアノコンクールを少年漫画によくあるトーナメント形式のフォーマットに落とし込んで描走した点に尽きる。
評の中でも触れたが、構成的には『燃えよドラゴン』(73年)なんだよね。武術トーナメント映画という点ではジミー・ウォングの『片腕カンフー対空とぶギロチン』(75年)とかヴァンダムの『クエスト』(96年)とか腐るほどあるけど、こと音楽に関してトーナメント形式に特化した映画というのもなかなか珍しい。“弾いて争う”という芸術の獣性がよく出た、魂ぷるりん映画ですね。
山火事映画の『オンリー・ザ・ブレイブ』や全身火事映画の『ヘヴィ・トリップ』も忘れがたいソウルムービーだ。単純な好き嫌いだけでいえばこの3作品が私的2020年ベストかも。
【掘り出し物賞】
「掘り出し物賞」は今年2月におこなったアラン・ロブ=グリエ4連発の中から 『快楽の漸進的横滑り』が受賞なさいました。
今年はAmazonプライムがロブ=グリエの作品をまとめて上げるという「これ、誰が嬉しいの? ぼくは嬉しいけど、一般論としてよ。一般論として、これ誰が嬉しいの?」と思うような無意味なことをしていて好感が持てた。最近も梶芽衣子の『野良猫ロック』シリーズや60年代C級映画を大量に上げるなど相変わらず無意味なことをしているし。
『殺さない彼と死なない彼女』に関しては、既に多くの人間の手によって掘り出されていたので残念ながらノミネート止まり。『アマンダと僕』もよかったけどね。
正直なところ、映画歴を重ねるごとに嗅覚は鈍くなっていくので、この手の映画をリトマス試験紙にして“生きてる感覚”をチェックしてる自分もいる。だからロブ=グリエを観るのは楽しかった。とうに死んだと思ってた感覚が「ご無沙汰してます、ふかづめさん」なんて急に甦ったりして。生きとったんかいワレ!って。
掘り出し物映画を観ることは、取りも直さず自分のなかに眠っていた感性を掘り出すことでもあるっていう…ねぇ。
【色んな意味でヤバい賞】
とにかくロブ=グリエはヤバいという帰納的論証のきらめき。
ここへきてロブ=グリエ作品が連続受賞だ。なにこの追い上げ。
アニエス・ヴァルダの『幸福(しあわせ)』と市川崑の『満員電車』(57年)も相当アブない映画だったが、ロブ=グリエのそれは、初めてゴダールやベルトルッチを見たときの常識という名の固定観念が揺らぐ危機感へと再び晒される快感に満ちていたわ~。まったく別の言語からなる映画文法への戸惑いと、さぁどうやって解釈しようかなという期待が桜の木の下で再会したようなドラマティックな快感や。
第一、映画ごとや作家ごとにコードというものがあって、そのコードを読むことで初めて映画理解の入り口に立てる…と、私なんかはそのように愚考する。いわば、映画とはこうだ、という定義付けはわれわれ観客がすることではなく、むしろ自らを定義する各映画/各作家のコードに合わせてこちらがバーコードリーダー(見方)を変えていくことが肝要なのじゃよ。
…ちょっと分かるようでまったく分からない例えでしょ?
「映画の見方は自由。人それぞれ。楽しければいい」なんて言うけど、実際、人はゴダールを観るとわちゃわちゃに混乱して「わからない」とか言うわけで。それってなまじ自由に観たから分からないのよね。「楽しく自由に」もいいけど、自由のツケほど不自由なもんはないぜぇ~。
【ベスト動物賞】
ビーグルに転生したベイリー『僕のワンダフル・ジャーニー』(19年)
今年の「ベスト動物賞」は犬二匹とハリネズミによる熾烈な賞レースが火を噴いたな~。火は噴かないと思ったけど…………噴いたなあ~。
見事「ベスト動物賞」に輝いたのは謎のディズニー映画 『三匹荒野を行く』で終始足手まといだった老犬・ボジャーさんであります。評の中ではボジャーに厳しいことも言ったけれども、それもひとえに愛情の裏返し。子熊に絡まれて悔しい思いをしたボジャーに、この賞を捧げます!
ベイリーとソニックも素晴らしかったが、ボジャーの哀愁、くたびれ感、見すぼらしさに比べればまだまだ修行が足りないと言えるでしょう。可愛いばかりが能ではないのです。それにベイリーとソニックは続編での活躍が見込めますが、『三匹荒野を行く』の三匹は既にリアルで黄泉に行ってしまってるわけですから、ここはひとつボジャーに捧げる鎮魂歌という意味でも、オスカー像を墓石がわりに土に突き立てていきたいわけであります。
【ベストポップコーン賞】
去年の「ハードアクション賞」を打ち壊して今年新設された「ベストポップコーン賞」。
意味合い的には「ハードアクション賞」とほぼ同じで、厳かな賞レースとは無縁のド低俗なポップコーンムービーにもスポットを当てようという趣旨の、ステキすぎる部門である。
そんな中、ポップコーンのように楽しくハジけていたのがこの3作。いずれも筋肉映画の醍醐味を堪能できる、すばらしくド低俗なポップコーンムービーだが、ひときわ四方八方にハジけていたのが『バッドボーイズ フォー・ライフ』。
ポップコーン・スミスとポップコーン・ローレンスが銃をたくさん撃って、銃口からポップコーンがぽんぽん出て、車や建物がぱんぱんハジけるという意味内容。マイケル・ベイが降板しただけで随分いい映画になった。
ノミネートからは外れたが『ゾンビランド:ダブルタップ』(19年)や『ジョン・ウィック:パラベラム』(19年)もナイスポップコーンでした。
やはりポップコーンを食べもってケタケタ笑いながら見る映画というのはいいものだ。ポップコーンにはビタミンEが豊富に含まれているので、たくさん食べれば体が強くなるしな。だからポップコーンムービーの主人公たちは大体マッチョなのだ。
【ベストヘアメイク賞】
2018年の第1回「ベストヘアメイク賞」は 『ノクターナル・アニマルズ』(16年)のエイミー・アダムスさんが受賞されましたが、去年は「殺しすぎで賞」を新設するためにどこかの枠を潰さねばならず、最も存在意義のなさそうな「ベストヘアメイク賞」はわずか1年で惜しまれながらも消滅。これを受けて、第1回受賞者のエイミー・アダムスさんは自身のInstagramの中で「すぐ終わるなよ。せっかく受賞したのに、あんま意味ないみたいになってる」と部門消滅を惜しむ声明を発表した。
しかし今宵! 誰もが完全消滅を疑わなかった伝説の美の祭典が再び開かれる!!!
そんなわけで受賞は『上海特急』のマレーネ・ディートリヒですー。おめっとさんしたぁ。
【ベスト期待外れ賞】
この部門は「期待を裏切る作品が悪いのではない。勝手に期待する方がバカなのだ」という前提のもとに存在する部門だということは、この部門が存在し続ける限り言っていかねばならない。
それにしても『5時から7時までのクレオ』には大層がっかりした。
昔の純粋な私だったら「ほえー。こんな映画もあるのね~」なんつって感嘆詞のひとつも漏らしただろうが、それはまだ映画歴が5年から7年までのオレオ。それが今となっては、変にいろんな映画を観過ぎたせいか「もっとすごいもの見せてクレオ」なんつって、ちょっとやそっとの事では感動しないカラダになっちまった。ざんないことだ。
映画と自分のベスト・タイミングというものがある…ってオレ思っててさ。
例えば、それなりに大きくなった後に『スタンド・バイ・ミー』を観ても、とかく「なにが…?」ってなりがちじゃん。「何がそんなにいいの?」と思いながら、例のボンボン、ボボ、ボンボン、ボボ、ボンボン、ボン、ボンボン、ボボボン、ボンボンボンボンボン、ボンボン、ボボ、ボンボン、ウェンザンナイッ! のラストシーンを迎えることになるわけじゃん。
『スタンド・バイ・ミー』は大きくなる前に観なきゃウソ!
かくいう私も、数年前に『グーニーズ』(85年)を観返して「何がやねん」って毒づいてしまったからな。テレビに向かって。「むちゃむちゃおもんないやんけ」って。
でもそのあと気付いたよ。大きくなりすぎた~って。
その後、友人に電話して「えらいもんで『グーニーズ』楽しむには大きくなりすぎたわ!!」って嘆いたら「…よくわかんないけど切っていい?」と言われたけどね。サバサバした声で。「あ、切っていいよ」って、おれ。サバサバした声で。
【ベスト監督賞】
今年の「ベスト監督賞」に輝いたのは小津安二郎さんだ。
小津は今年だけで8本観返して6本取り上げたので、私の生活のごく一部は小津まみれである。
そういえば『ひとりアカデミー賞 第一部』に出てきた若ェのを覚えてる? ダガーナイフで歯向かってきた奴。
この子ったら、私が『麦秋』(51年)をすすめるまでは『父ありき』(42年)しか観たことなかったらしいのだが、なんと一丁前に蓮實重彦の『監督 小津安二郎』は読んでやんの! 予習ありきかよ。
ちなみにこの本は、たとえ小津を全作観ていたとしても容易には解けない難文が綴られているハード書物で、かく言う私も途中で読むのを断念したという忌まわしい過去がある。しかし若ェのはとても熱心で、「読破したん?」、「読破しました」、「読破したん!?」なんつって思わず祝福。『父ありき』の命綱だけでよくその橋渡ったな…というか、小津を知ろうとする好奇心がすごいよ。意欲ありきだよ。
そしてしっかりノミネートしているアラン・ロブ=グリエ。しぶといな。フランスの新鋭ミカエル・アースもおもしろい作家なので今後追っていきたいでーす。
【首を絞めたい監督賞】
この年の瀬に首を絞められることになったのはトム・フーパーである。この野郎…。T路地みたいな顔しやがって。
過去にmixiで『レ・ミゼラブル』(12年)を酷評した身としては、今回『キャッツ』で馬脚を現したトム・フーパーを見て、内心胸のすく思いで「な?」の感を禁じえません。今さら『キャッツ』でトム・フーパーの資質を問う全米メディアに「だから8年前から言ってんじゃん。読めよ、俺のmixi!」って。
その意味ではトム・フーパーよりも全米メディアの首を絞めていきたい。ちなみに同監督の『英国王のスピーチ』(10年)は割と好き(僕もむかし吃音症だったので)。
残念ながら受賞こそ逃したものの、ダニー・ボイルとエリザベス・バンクスも一度チョークスリーパーで落としておく必要がある。本当は誰の首も絞めたくないが、誰かが絞めない限り、この戦いは終わらんのだ…。
【A級戦犯死刑確定ベスト!】
3位 『キャッツ』(19年)
まとめて電気椅子です。
【2020年シネマライフの総括】
今年のシネマライフねぇ…。
私の知る限り、新作映画に関しては控えめにいっても最悪だったな。
特にアメリカ映画ですけど、ここ1~2年は未曾有の不作で、熱弁を振るう気にもなれなければ時評の意味も見出せず、評を見送った新作映画も20本近くあり。溜息による二酸化炭素排出量は過去ブッチギリだよ。
右を見ても左を見ても、やれトランプだMeTooだ差別撤廃だと、映画が権利主張のスピーカーとして道具化。そこにフィルムの興奮はなかったなー。劇構造化されただけの政治的メッセージの氾濫は、あたかも人権学習の時間に見る教材ビデオのようで。悪い意味でお行儀がよくなっただけ(それゆえに純エンタメ作品の株が相対的に上がった年でもあるのかな? 知らね)。
ゆえに昔の映画を顧みる良い機会にはなったのだけど、過去を顧みれば顧みるほど現在の映画文化―その空洞ぶりを憂いてしまうという喜怒哀哀哀哀哀哀…のバグに嵌っちゃって。こんなことを言う私に「あいあいウルセェ。それただの回顧主義だろ!」と思う人もあるかもわからんが、私自身もこれが回顧主義から来たセンチメンタルな世迷い言であることを願っているんだよ。
とはいえ『シネマ一刀両断』としては、劇的変化こそなかったものの例年通りにバッチリ面白かったのとちがう? 煮ても焼いても食えない映画をおいしく料理していたよ。周兄弟の三男かな?って思うくらい批評という名の旨味調味料をほりこんでたよねぇ~。
ちなみに、今年の当ブログを代表するトピックがこちら。
・読む者に無作為鑑賞法の極意を授ける。
・読む者に零式・直感爆選法の極意を授ける。
・「続・昭和キネマ特集」の開催。
・その3ヶ月後に「帰ってきた昭和キネマ特集」の開催。
・困ったときの随筆回が猛威を振るう。
・前年よりアクセス数こそ上がったもののコメント&ブックマーク数が激減する。
・『シネマ一刀両断』と打つのが面倒になったのか、いよいよやなぎやさんが「シネトゥ」という略称を勝手に提唱(採用に至る)。
・かつてヘヴィ読者だったGさんとKONMA08さんの存在感がほぼ消える。
・元気100パーセント坊ちゃん、キャサリン・キャサリン・ランデブー、インタビュアー純が進化を遂げる。
くだらんトピックばっかりやな。
どんどん下らなくなっていくよ、このブログ。
ラスト・クダラナーだけは死守したいけど、こんな下らないこと言ってる時点で既に討たれてるよね、ラスト・クダラナーは。
来年も変わらず映画は観ていくけど、ブログ開設当初のような観た映画は片っ端から批評するガトリングスタイルは年々弱まっており、あまり語り甲斐のない映画は評を見送るようになってしまった(ゆえに更新頻度が落ちた)ので、来年はそこら辺を改善したいかも。
そんなわけで、以上『ひとりアカデミー賞』でした。
あ、そうだ。読者のおまえ達のために年賀状を書いたから見て。