シネマ一刀両断

面白い映画は手放しに褒めちぎり、くだらない映画はメタメタにけなす! 歯に衣着せぬハートフル本音映画評!

劇場版 SHIROBAKO

アニメづくりは地獄の…茨の…ウーンどっちにしようかな? 地獄の道!

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2020年。水島努監督。アニメーション作品。

いつか必ず一緒にアニメーション作品を作ろうと約束した、上山高校アニメーション同好会の5人。卒業後、アニメ制作会社「武蔵野アニメーション」の制作進行として働く宮森あおいをはじめ、アニメーター、声優、3Dクリエイター、脚本家など、5人はそれぞれの場所や役割でアニメーション制作に携わり、「第三飛行少女隊」で夢に一歩近づくことができた。アニメーションの世界に自分たちの居場所を見つけ、少しだけ成長した5人の前に、新たな苦悩や試練が立ちはだかる。(映画.comより)


おはようございます。先日は『ヴァンパイア/黒の十字架』の評を読んでくれて皆ありがとう。

まあ、皆が読んでくれたかどうかは分からないし、そもそもこの場合における「皆」の範囲とはどこからどこまでを指すのかという語義的な問題が横たわってもいるのだけど。ああ、考えるなぁ…。「皆ありがとう」の「皆」ってどこまでのソーメニーピープルたちをカバーしてるのかなぁ。どいつ以上こいつ以下?

ていうか「記事読んでくれてありがとう」と言うだけのことなのに何でこんな懊悩してるんだ俺は。前置きを書くことに対する精神的苦痛がこのような文章を作成させているというのか俺に!!!

そんなわけで本日は『劇場版 SHIROBAKO』です。当ブログの読む者層が目指している明日とは少しベクトルが違う作品かもしれませんが、まあ読めよ。

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◆アニメ制作会社が舞台のアニメ◆

『SHIROBAKO』は2014年から2015年にかけて放送されていた、原作を持たないオリジナルTVアニメである。アニメ制作会社を舞台に、そこで働く若い社員たちの勤務態度を厳しくも温かく描出したハートフル社畜アニメの金字塔というわけだ。わかった?

「上山高校アニメーション同好会」の女子5人組は、いつの日か5人でアニメを作ろうと誓い、卒業後それぞれの夢に向かって歩き始める。主人公の宮森あおいは弱小アニメ制作会社「武蔵野アニメーション(通称ムサニ)」に就職して制作進行を任され、アニメーター志望の安原絵麻は原画担当、声優プロダクションに所属した坂木しずかはプロ声優を目指し、メカニックが好きな藤堂美沙は3Dクリエイター、2年後輩の今井みどりはシナリオライターとして、日々ねばり強くアニメ制作の一翼を担ってるの!

ちなみにタイトルのSHIROBAKO(白箱)とは、アニメ制作会社が最終的に成果物として納品する白い箱に入った試写用テープのことらしいわ。

この作品はわりと気に入っていて、6年ほど前にmixiで書いたアニメ寸評記事『アニメひとり語り ~私の心きらきら編~』では大盤振る舞いの35点を与えている(1億点満点)

『アニメひとり語り ~私の心きらきら編~』…わたしがアニメ覆面調査員として暗躍していた頃のアニメ寸評記事。記事の中では終始激怒しており、ほとんどの作品は0点か、よくて2点という鬼のようにシビアな評価を下していた。不定期企画となっており、『私の心きらきら編』のほか『白蛇の噛みつき編』などが存在。

 

「内幕系アニメ」が近年大きなトレンドになっている。声優業界の裏側を描いた『それが声優!』や、ゲーム制作会社の作業現場を詳らかにした『NEW GAME!』、あるいは農業学校を舞台にした『のうりん』など、さまざまなジャンルの内幕アニメが存在するが、ほとんどの作品は業界あるあるを描いた上で「ステキなお仕事ですよ! 明日のスターはキミだ☆」とポップにPRするような礼讃体制が連綿と続いている。

だが『SHIROBAKO』はアニメ制作現場のシビアな現実を見つめていて、「アニメ制作って楽しいですよ~!」みたいなくだらねえ夢の押売りをしてない分、ウソは少ない作品だと思う。アニ豚がよろこぶ萌え描写もないので、一般視聴者でも十分楽しめると思うのだわ。

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アニメ制作会社が作ったアニメ制作会社が舞台のアニメ『SHIROBAKO』

そんな『SHIROBAKO』が劇場版になって帰ってきたわけ。

テレビシリーズ全24話では、入社1年目にして制作進行を押し付けられた主人公・あおいが各部署のトラブルにうまく対応しながら2本の元請けアニメを完パケ/納品し、自分たちが作ったアニメのTV放送を座して見ながら感無量で打ち上げを行うことに成功しています。

今回の劇場版が描くのはTVシリーズから4年後のあおい達だ。

ウソみたいに暗澹たる開幕であった。この4年の間で、あおいが所属するムサニが企画制作したオリジナルアニメが放送直前で制作中止になったことで会社は荒廃/堕落の一途を辿り、ムサニを引っ張ってきた丸山社長は責任を取ってケジメの辞職、かつての一流スタッフたちも離散した挙句、ムサニは業界内外から「弱小へぼ会社」の烙印を押され、ノーパッション&ノーソウルで下請けのB級エロアニメを細々と作っては口に糊する敗北の日々が続いていたのだぁぁああ!

そんな暗い雰囲気に呑まれるように、居酒屋で久方ぶりの再会を果たした元アニメ同好会の5人も人生の隘路に迷い込んでいた。生きていけるだけの仕事はあるが、かつて夢見た世界からは程遠い現実。そのショボみ。ヘボみ。私たちはこんな事をするためにアニメ業界に飛び込んだのだろうか…と煩悶しながら枝豆をつまむ。やけくそで煽ったビールはいつもより苦かった!

そんなあおいの元に『空中強襲揚陸艦 SIVA(シヴァ)』という劇場用SFアニメをムサビ主導で制作しないか、という話が舞い込んできたことから俄かに物語は動きだします。

SIVAは、とある悪徳制作会社が途中放棄したボツ案で、あおいの直属の上司にあたるラインプロデューサーの渡辺Pが二束三文でこの原案を拾ってきたのだが、劇場公開までの制作期間はたった10ヶ月しかない。これじゃ劇場公開どころか激情航海だ、とはよく言ったもの。

のるかそるかの大博打であったが、この千載一遇の無理難題に「やります!」とあおい。揚陸艦SIVAは動き出したのだ!

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たった10ヶ月でゼロから劇場版アニメを作るそうです(左下が主人公あおい)。

絵空事では済まさんぞ

前半部では仲間の呼び戻しが描かれる。

見切り発車でSIVA制作を引き受けたあおいは、外部のアシスタントプロデューサー・宮井楓を紹介されて「使いっ走りコンビ」を組み、とうに離散した元ムサビスタッフやアニメ同好会の4人を口説いてスタッフ集めに奔走。アニメ制作は分業制なので、何はさておき各部署のプロを集めないと話にならんのだが、いかんせん制作工程がすごく多いのでスタッフの数も林々総々をきわめるわけであります。

アニメ制作のごく大まかな流れとしては、企画会議のあとに膨大な量の設定資料を作成すると、まず脚本家がシナリオを上げ、監督or演出家が絵コンテを決め、演出家が作打ちをおこない、原画マンがレイアウトを描き、動画マンが絵の中割りを描き、動画検査が目を光らせ、色彩設定が色指定をおこない、美術が背景を入れ、仕上げが彩色を乗せ、撮影が映像加工をおこない、編集がカッティングを調整し、声優が声を吹き込み、音楽が劇伴を作り、音効が効果音をダビングする…てな感じね。原作モノの作品であれば制作中に原作者がケチをつけてくる場合もあり、そうなると随時対応/変更を強いられもする(全スケジュールが狂う)。

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「原画マン」が描いた絵は「制作」を通して「動画マン」へと運ばれる。

そして、これら各部署のスタッフを集め! すべての制作工程と進捗状況を管理/確認し! フリーランスのアニメーターや外注プロダクションの間を忙しなく行き来しながら作画素材の入ったカット袋を運び! 納品日までの残り日数と必要な作業量を計算しもって! 怠け者のケツを蹴り上げたりする仕事が制作進行のあおい…ちゅわけだ!

ちなみに彼女の役職は、制作進行→制作デスク→ラインプロデューサーと昇進するにしたがって権限が拡大するためアニメ業界では人気職のひとつだが、ともすると新人時代は闇夜の使いっ走り。24時間電話が鳴りやまず「アレどうなってる?」「1日遅れます」「すぐ取りに来て!」「人生は地獄だ」といった悲喜こもごもの要求に応えねばならない。心身がクラッシュするほどの過重労働ありきなので、近年でもアニメ業界の過酷な労働環境が取り沙汰されているように、鬱病・自殺・過労死などに事欠かない、たいへんスリリングな仕事といえる。

f:id:hukadume7272:20210114025955j:plain激務に追われながらもこの笑顔。宮森あおいにはファイトがあります。

この前半部では馴染みのある顔ぶれが続々登場するのでTVシリーズを視聴した者にとっては実に懐かしいのだが、空白の4年間で一部境遇が変わったキャラクターもいて、劇場版アニメに多い馴れ合い同窓会じみたスタティックな気配はない。

いわゆるオタク向けの深夜アニメにおいては“変わらない”という永遠性に安住することが快楽原則になっているが、現状認識に長けた『SHIROBAKO』は開幕からムサニの凋落を真正面から描いただけでなく、カーラジオのDJ越しにアニメ業界の衰退をも叫ばせている(結構なタブーだと思うんだけど)。

惜しむらくは相棒の宮井楓。この劇場版に向けて拵えられた新キャラなのだが、仕事風景がいっさい描かれず、といって物語上の役割もなく、完全に腐っておられた。「そうじゃないわ、ふかづめさん。いわば“新キャラであること”それ自体が私の役割なのよ」と言わんばかりの傲然フェイスで最初と最後の5分だけ現れやがってからにィーッ!

才色兼備のウットリ掻き上げという見た目に反して、あおいと居酒屋で酔えば「死ねボケカスがはぁ゛」と制作会社への怨嗟を吐くような毒っ気おねえさんぶりがよかっただけに、メインストーリーにまったく絡めてくれなかったのは少し残念だったな。その意味では『劇場版 SHIROBAKO』は私の心に遺恨を植えつけました。

そうやって禍根って残っていくんだよ!?

f:id:hukadume7272:20210114025415p:plain画像左が新キャラの宮井楓(才色兼備のウットリ掻き上げ)。

ほいで後半部ではSIVAの制作現場がみっちり描かれる。

このシーケンスは流石におもしろいです。なんといっても各部署の制作現場をリアルプロ達が描いてるので、なんというか「絵空事では済まさんぞ」という鬼気のごとき迫力がある。意見を交わし合うシビアな言論空間…という意味は映画製作での撮影現場以上かもね。

各デスクの点と点を繋いでSIVAという図像を炙り出す。そこには“分業制でモノを作ることの喜び”よりも“分業制でしか作れないモノの喜び”があった。

「テレビは色補正が入っちゃうけど、劇場は色で勝負ができるよね」

「どうも自分の中でこの道筋に折り合いがつかなくて。設定としてはアリだけど、ドラマに組み込むには無理があるっていうか…」

「知ってて忘れるのと知らないで適当にやるのとでは違うでしょ!?」

「いま『CGくさい』とか言われてるCGの“くさい”を手描きの味わいに近づけてみたいんです…!」

「敗戦処理みたいな仕事やってられるか、ボケッ! ボケカスがはぁ゛」

f:id:hukadume7272:20210114025500j:plainアニメ制作の流儀。

この作品は、各部署の群像劇…というか、多くの人達のごく短いクロスカッティングで描かれていくので、アニメ制作に関心がなくてTVシリーズも未見の観客にとっては「いま誰がどこで何をしててどこまでハナシが進んでどういう状況なのか」が終始掴めず、この上なくツラい視聴体験となるだろう(まあ、そんな奴が本作を観たこと自体が驚嘆と祝福に値するのだが)

もっとも、それを差し引いても後半部はやや淡味で、制作上のトラブルも個人間の摩擦もないため、良くも悪くもプロフェッショナルの仕事ぶりを然るべき厳かなムードの中で見続けねばならない。

あと根本的な瑕疵として、あおいがSIIVAの企画に引き入れたスタッフたちは揃いも揃って受け持った仕事は絶対完璧にこなすマンなので、メタ視点から見ると、このメンツを仲間にした時点で勝ち確なんだよね。必ず締切りは守るし、問題も起こさないし。

つまりドラマの不確定要素が最初から削がれてる状態なので、主力メンバーが揃った時点で「じゃあ、もう大丈夫じゃん」って安心しちゃうわけ。10ヶ月以内に完成させねばならない…というタイムリミット・サスペンスも当然活きてこないし。

まあ、シナリオライターの舞茸しめじだけはラストシーンの展開に詰まって締切り直前までリライトしており、結果的に弟子のみどりから助言を得てラストを書き上げたが、他のキャラクターも舞茸のように自分たちの仕事に迷い悩む描写がもっとあってもいい。

その意味では、もの作りに打ち込む人々を描いた本作において事実上の主役を飾っていたのは舞茸しめじとさえ言える。さすがキノコ類。

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物腰柔らかなベテラン脚本家、舞茸しめじ。

◆入れ子構造のおもしろさと、入れ子ならではのパラドックス◆

題材からして『SHIROBAKO』は動きの少ないアニメなのだけど、今回は満を持しての劇場版ということもあり、視覚的にはとても華やかで終始賑やかだったわぁ。会話の中で比喩として出てきた七福神がイメージとして本当に現れたり、急にミュージカル仕様になったりな。

極めつけは、あおいと楓がSIVA完成後に不当な権利を求めてきた悪徳会社に乗り込むシーン。着物に着替えた二人が『緋牡丹博徒』(68年)ばりに肩で風を切りながら江戸時代風の街を闊歩。越後屋みたいにデフォルメされた本社に殴り込みをかけてバッタバッタと剣客を斬り倒すわけであるが、もちろんこれは二人の妄想というか心象風景であって、実際には先方の受付嬢や社員たちを軽く睨みつけながら強気で社長室に向かう…といった振舞いに過ぎないわけであります。このあたりはアニメ特有の映像表現が狂奔していて、それはもう見事な晴れ舞台だったわ。

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一気に時代劇の世界へ。

クライマックス~ラストシーンの終盤20分はなかなか画期的だった。

ひとまずSIVAを完成させた一同は、オールラッシュでのラスト5分に物足りなさを覚え、公開3週間前というキワキワのタイミングでラストシーンの描き直しを決意。そのあとポンッと公開日を迎え、修正版SIVAラストシーンの約5分が描かれる…という劇中劇エンドである。

すなわち、われわれ観客は修正前と修正後を2パターン見比べることになるので、先ほどポンッとジャンプカットされてしまった“スタッフたちの最後の3週間”が修正版の映像を通して可視化されるわけよね。たとえラスト3週間の制作風景が描かれなくとも修正版SIVAを見れば彼らの仕事ぶりは一目瞭然というわけだ。そこにアニメーターの矜持がぶち込まれてた。

もうひとつ面白いのは二重エンドロール。SIVAの劇中劇エンドロールと本作自体のエンドロールである。SIVA公開日に劇場に駆けつけたあおい達がドーナツ片手にスクリーンの前に鎮座するシーンも含め、“映画を作る者”と“観る者”の入れ子構造がよく利いています。

ひとつだけケチをつけるとすれば…いちばん肝心なSIVAの劇中劇がさほど大した出来じゃない(むしろショボい)という点だろうか。

『劇場版 SHIROBAKO』のスタッフがMAXパワーで作ったものが『劇場版 SHIROBAKO』なので、その作品の劇中人物たるアニメスタッフ達がいかに優秀(という設定)だろうと『劇場版 SHIROBAKO』以上のクオリティにはならない…という入れ子ならではパラドックスに陥っていて…。若干トホホのホではあった。

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お世辞にも面白そうには見えない『空中強襲揚陸艦 SIVA』。

…と、まあ、長文でぷらぷらと綴ってしまった『劇場版 SHIROBAKO』

美点と欠点がコーヒーミルクのようにグルグルと変容する作品ではあったが、結果的には素敵な味になってたよ。なってた、なってた。

そも、深夜アニメの劇場版には、作り手の“愛”や“熱”こそ感じても“密度”を感じた経験はあまりなかったので、密度/弾力ともに申し分のない本作にはひとまずの賛辞を贈るだけの値打ちはあるかと思います。

もうすこし喋っていい?

言うまでもなく、愛とか熱というのは内向的な感情の組織的な昂ぶり(平たくいえば内輪ノリ)に過ぎないので、作り手が愛や熱をもって制作すればするほど作品は理性を失って失敗に終わっていくのが世の常だ(そしてヤツらは悲惨な興収成績を突きつけられても「でも俺たち、やれるだけの事はやったよな?」と肩を叩き合ってジャンヌ・ダルクみたいな気分に浸りがち)

それに反して『SHIROBAKO』制作陣はTVシリーズの頃からやけにドライで、萌え表現や愁嘆場、それにドラマティックな演出記号とは距離を置いたスタイルを貫徹していたし、それは今回の劇場版でも変わらなかった。ことによると、“アニメを作る人たちのアニメ”という多重構造がウェットな表現から彼らを遠ざけたのかもしれない。

最後に、ここまで熱弁しておいてなんだが…おすすめはしないものとする!

まずもってTVシリーズを見てないと人物相関図が1ミクロンたりとも分からない…という劇場版ならではの生意気さがあるし、それでなくともモノ作りの現場に興味がないとドッチラケは必定だからである。

改めて思うけど、実写/アニメ問わず劇場版作品って客を選ぶんだよね。

選民思想はやめろ!!!

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(C)2020劇場版「SHIROBAKO」製作委員