シネマ一刀両断

面白い映画は手放しに褒めちぎり、くだらない映画はメタメタにけなす! 歯に衣着せぬハートフル本音映画評!

ペトラは静かに対峙する

あの男は父か悪魔か? カタルーニャの地で真実をカタルーニャ  ~予感のショットとタルコフスキー・シンドローム、そして俺は黒翼を手にするSP~

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2018年。ハイメ・ロサレス監督。バルバラ・レニー、ジョアン・ボテイ、マリサ・パレデス。

スペイン出身の気鋭監督ハイメ・ロサレスが、カタルーニャの乾いた大地で繰り広げられる悲劇の連鎖を描いた。画家のペトラは作品制作のため、著名な彫刻家ジャウメの邸宅にやって来る。彼女の本当の目的はジャウメが自分の父かどうか確かめることだったが、彼が権力を振りかざす冷酷な人物であることがわかってくる…。(映画.comより)


おはようごぜェます。
こないだ四条歩いててね、お店入って食器買お思たの。
ぼく食器見よ思たらね、ベテランと思しき店員さんが食器コーナーの前でペーペーに教育してたの。ベテランが「この商品は人気だから、たくさん仕入れるのが吉!」言うと、ペーペーが「さすが先輩す!」言うの。食器コーナーの前で。
ぼく食器見よ思たけどね、ずっとベテランが「茶碗、湯飲み、お箸。これがホンマの三神器や」言うて、そのたびにペーペーが「さすが先輩す!」言うの。食器コーナーの前で。
どけや。
さいぜんから2人してコーナーの前でベチャクソお喋りしやがってからによォ――ッ!
店員2人分の邪悪な体積によってわれわれ買う者が食器コーナーを往来することができず満足に商品を見たり手にしたりすることが叶わないという珍奇・店員ジャマ現象をなんで巻き起こすのぉおおおおおおおおおおお。
私だけでなく、ほかのお客さんも「やだ。店員さんがジャマで茶碗が見られない。困った私がここにいる」みたいな困窮フェイスを浮かべていたが、尚もベテランとペーペーは、われわれ買う者の困窮フェイスも一顧だにせず「プラッチックもよう売れる。ビールグラスはよう割れる」とか「はい! さすが先輩す!」などとベチャクソに喋り散らかしていた。
そりゃあ多少は苛立ちを覚えもしたけれど、基本的にわたくしは仏のような優しさと広い心の持ち主なので、なるべく角が立たず、且つラブ&ピースフルに丸くおさまって皆がハッピーになれるような言葉を選んで店員さんに注意を促しました。

「どけ」

「きゃ、怖い」みたいな顔したベテランとペーペー、蜘蛛の子散らしたように逃げてった。その後、さっきのお客さんが私に向かって「さすが先輩す!」言うて。…まあ、このオチは作り話です。

そんなわけで本日は『ペトラは静かに対峙する』です。店員どけ。

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◆カタルーニャの地で真実をカタルーニャ◆

 柄にもなくスペイン映画である。柄にもないだと? うるせえ。
『ペトラは静かに対峙する』。いいよね、この写真、この邦題。パッケージに惹かれて観たのだわ~。
 画家見習いの女がカタルーニャ州ジローナに大邸宅を構える著名な彫刻家を訪ね、制作指導を乞いにきたという名目でその男が自分の父親ではないかと探るが、知れば知るほどその彫刻家は傲慢な人間で…といった平凡な筋だが、あにはからんや!

ギリシャ悲劇よろしく、人間の業を容赦なく炙りだす急展開や鬱展開のつるべ打ち!

極めつけは全7章からなる物語の時系列が、2章から始まって→3章→1章→4章→6章てな具合にシャッフルされており、話が進むにつれて辻と褄が駅前で合流するんであるん。
ただの血縁関係の確認に過ぎなかった物語は、あれよあれよという間に因果の沼に嵌り込み、虚と実の乱痴気騒ぎ。あげく続々と死者が出る始末。ミヒャエル・ハネケやペドロ・アルモドバル系のエグ鬱ショッキングムービーが好きな人には耳打ちで密やかに勧めておきたい。そんな映画です。


 父親を捜し続ける画家見習いの主人公を『マジカル・ガール』(14年)バルバラ・レニーが演じている。私が発表する「好きなスペイン出身の女優ランキング」ではパス・ベガやペネロペ・クルスを下して堂々の2位にチャートインしたことはあまりに有名(おめでとうございました)。
傲慢な彫刻家の役にはジョアン・ボテイ。この人は長年カタルーニャ地方で農業学エンジニアをしていたズブのパンピーであり、本作では77歳にして俳優業に挑戦。まさに熟成されきった新人。鮮度0パーセントのニューカマーとはこのこと。
そんなジョアンの妻を演じるのはマリサ・パレデス『オール・アバウト・マイ・マザー』(99年)『トーク・トゥ・ハー』(02年)などで知られるアルモドバル作品の常連女優ね。そしてこの老夫婦の一人息子がアレックス・ブレンデミュール。たしか『ローマ法王になる日まで』(15年)に出とったわ。あとは知らん。
 メガホンを握ったのはスペインの新鋭監督だなんだと持て囃されているハイメ・ロサレス。こいつはイラン映画の巨人アッバス・キアロスタミに師事した男で、日本ではまったく作品が入ってこないが、監督デビューした2003年からは結構な頻度でカンヌ映画祭を荒らし回ってるんだと。

f:id:hukadume7272:20210210050412j:plain「好きなスペイン出身の女優ランキング」で1位に輝いたバルバラ・レニーさん。


 なかなかパンチの利いた、悲惨な映画である。
韓国映画にも通じるえげつな描写胃がイタ展開のスーパーラッシュなので、並みの観客であれば観終えたあとに胃液でも吐きながらドッと疲れてしまうだろう。視覚的にキツいというより、精神をガリガリ削られる感じね(まあ、私は精神蛮勇なので屁のカッパだがな)。

 たとえば、間借り人のバルバラに良くしてくれていた家政婦のカルメ・プラが第2章でいきなり自殺しちゃうんだけど、その理由というのがニートの息子に仕事を与えるかわりにセックスを求めてきた彫刻家ボテイと肉体関係を結んでしまい、そのことを息子にバラすと脅されたため。
ボテイは彫刻家としては一流だが、人間としても一流のクズで、弱者に厳しく、女を性欲の捌け口としか見ておらず、芸術を解さない人間に至っては生きる価値すらないと豪語して憚らない男。まさに芸術が生み出した悪魔だ(ときに芸術は悪魔を生み出す)。バルバラから「あなたは私の父親なんでしょう? 真実をカタルーニャ」と問われたボテイは、彼女の推測を一蹴したうえ、ついでに彼女の絵も口汚く罵った。父親捜しの旅は振り出しに戻ったが、こんな男が父でなくてよかったと安堵するバルバラ。

そんな傲慢な男を父に持つ息子アレックスは、のちにバルバラと結ばれて子宝にも恵まれたが、そのタイミングでボテイが現れ「実は以前ウソをついていた。おまえの父親は私だ!」とバルバラに告げる。
バルバラとアレックスは近親相姦の罠に嵌められたのだっ。
要するに、ボテイが最初にバルバラの推測を一蹴したのは、のちにアレックスと深い仲になることを見越したため。「愛した相手が兄妹だった」という絶望を味わわせたいが為だけの意味なき嘘!
芸術の才能を受け継がなかった愚かな子供たち(=失敗作)の人生を完膚なきまでに破壊したボテイは「おうふ」と言って悦びに打ち震えた。

あ、悪魔やぁ…!

兄妹関係だったと知ったバルバラとアレックスは正気を失い、ついに最悪の結末を迎えます。まだ物語は中盤だけど、このあとは映画を観てのお楽しみ。何にせよ、ひでえ話です。

f:id:hukadume7272:20210210050434j:plain悪魔的芸術家 ボテイ。


◆タルコフスキー・シンドローム◆

 本作の特徴は、章仕立て、鬱展開、時系列シャッフルと述べたが、ここにあと一つ加えるとすればカメラワークである。
監督のハイメいわく「業の深い登場人物たちを天使が観察しているような」浮遊的なステディカムの目線が、緩慢な動きで画面の隅々にやさしく触れていくの。まるで視線のフェザータッチ。
たとえばボテイ邸のキッチンでバルバラとアレックスが会話するシーンでは、廊下から回し始めたカメラがゆらゆらと宙を漂いながらキッチンに入り、寝起きのミツバチみたいな恣意的な動きで食事を楽しむ二人を捉え続け、シーン終わりが近づくと不意に興味を失ったようにキッチンを抜けて別室へと移動する…と、一事が万事この調子。
これは主人公の霊魂視点による俯瞰映像で全編が進行するギャスパー・ノエの『エンター・ザ・ボイド』(09年)のロングテイクに近いが、その源流というか、本質的には典型例なタルコフスキー・シンドロームなのよね。

構図をこじらせた青二才はキューブリック・シンドロームに陥り、長回しをこじらせた青二才はタルコフスキー・シンドロームを発症しがち。

今の発言は偏見だが、オレの皮膚感覚が「根拠はないけど限りなく事実です、ふかづめさん」と真っすぐな目で訴えかけている。


 本作では露骨に『鏡』(75年)をやってるわけが、その引用元たるタルコフスキーとの実力差は歴然で、「天使が観察している」わりにはカメラが意思的に過ぎるのよ。つまり“作り手が見せようとしてるもの”や“周到に計画された演出設計”が丸見えで。そんな職業的機動性のみに支配されたカメラが、何物の意思も感じさせないタルコフスキーのカメラに敵うはずもなく。
 とはいえタルコフスキーの真似事と断ずるには、この職業的機動性との蜜月にはごくささやかながらも確かな魅力があって、ただ野放図にカメラを振り回すことを自己表現だと勘違いしたギャスパー・ノエなんかよりよっぽど好感が持てるというものだが、どうやら浮世の下馬評は毀誉褒貶の玉入れ競争。我が国ジャポンやアメリカなどでは主にシナリオ面が絶賛されており、わけても本作を鑑賞した女優・萬田久子は、公式サイトにおいて「不思議なEND(エンド)になぜか安堵(アンド)した私」と、わけのわからないコメントを残している。
片や、映画批評の総本山たるフランスではすこぶる評判が悪く、「ギリシャ悲劇を目指したのだろうが、アートぶったソープオペラに過ぎない」、「役者とセットの間をゆっくり動くカメラワークなどの演出は退屈なだけでなく、著しく堪え難いほど高慢に見える」などと酷評悪評の百鬼夜行状態で。
 なるほど。一見カンヌ向きに思えもする本作だが、存外こういうモノほど嫌われるのかもね。あまつさえタルコフスキーやアンゲロプロスには一家言も二家言もあるシネフィル勢の厳しい目に晒されるうえ、たとえばボテイやカルメ・プラなんかは妙にスペイン人離れしてる風貌というか、フランス映画の顔なんだよね。こういう顔選び一つ取っても、それを「媚び」や「迎合」とまでは言わないにせよ、どこかいかがわしい空気があって、そういうのが無性にフランス人を苛立たせる湿気になってしまったのかもしれません。知らんけど。

f:id:hukadume7272:20210210050653j:plainボテイに翻弄されるバルバラとアレックス。

◆予感を4度逃した映画◆

 前章で述べた通り、ワンシーン・ワンショット風の撮影はそこそこお気に入りだし、それ以前にバルバラ・レニーが終始出ずっぱりなうえに衣装や髪型をクリクリ変え、さらには珍妙な猿ダンスまで披露してくれたことが私にとっては忘れがたいご褒美になったから明日もまた弛まぬファイトで生きていけるって感じなのだが、それはさておきプロット面には引っかかる。

後半いじり過ぎたね。

ネタを伏せるために抽象表現に留めておくが、A展開だと思ってたら実はB展開で、そこからビックリ仰天のCルートに突き進んで物凄いことが起きてDエンドみたいな…。
そして不思議なEND(エンド)になぜか安堵(アンド)する萬田マインドに着地。

 後半から終盤にかけてはプロットを捻りすぎたが為に場面転換も多くなり、それに伴って散漫なショットが爆増。これの何が問題かって、終わりどころを正確に4回見過ごしたことなの。
映画には「ここで終わるのが一番きれい」という理想のタイミング(ショット)があるし、映画を見慣れた皆さんも「あ、ここで終わるな」とエンドロールの一手前を予知した経験があるしょう? 私は“予感のショット”と呼んでいるのだが、作り手はこの“予感”にしたがって幕を引かねばならないし、引きそびれたのであれば、そこから先は作り手のエゴ。この幕引きのタイミングを1回見過ごすごとに物語はダレてしまい、フィルムは肥満し、観客の心は離れていくのです。
まあ、ツーアウトまでなら目も瞑れるが、私がカウントした限りだと本作は4回。「ここで終わるのが一番きれい」というポイントを4回見過ごしている。4回はさすがにねぇ…。
そんときの心中を書き起こしました(私の似顔絵つき)。

予感1「なるほど、このショットで終わるわけね。いいラストじゃん。
…ありゃ、終わらないの? もっと相応しいラストがこの先に用意されているとオマエは言うのかい? よろしい。ならば付き合いましょう。まだまだ映画はこれからです」

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予感1のわたし。

予感2「なるほど、このショットね! ここで終わるためにさっきの初球を見送ったわけだね!? 憎いことするじゃないのサ。
遂に幕引きを…って、あひゃーん。まだ終わらないの? いつまで続くのかい? フィルムのシルクロードなの? 覚めない夢を僕は見ていますか?」

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予感2のわたし。

予感3「さすがにしつけぇな…。早く終われよ。ここで終わればまだ傷は浅いぞ。
と言っても、どうせ終わらねぇんだろ? おいコラ、監督のハイメ。はげ。『ひとりアカデミー賞』の“首を絞めたい監督賞”にノミネートされたいのか?
ぼくを苛つかせた代償は、きっと大きいぞ。ブログでコテンパンに書かれるんだぞ。その酷評文はインターネットで皆の画面にすぐ届くんだぞ!! さっさと終われよ!!!」

f:id:hukadume7272:20210605013325j:plain予感3のわたし。

予感4「ごめんさっき言ったこと謝るから早く終わってこの映画ああああああああもう予感4じゃああああああん変身しそう

f:id:hukadume7272:20210605013312j:plain予感ファイナルのわたし。

 そんなわけで私は黒い翼を獲得しました。上映時間はたったの107分なのに、信じられないほど長く感じてグッタリしたなー。
スペインの新鋭監督だか何だか知らんが、ハイメ・ロサレス。てめえの名はブラックリストに記しておく。愛用のぺんてる・エナージェル(0.5㎜)でな。

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【総評】
途中までよかったのに最後ぐちゃぐちゃ。
この記事みたいだね!

f:id:hukadume7272:20210210050541j:plain(C)2018 FRESDEVALFILMS, WANDA VISION, OBERON CINEMATOGRÀFICA, LES PRODUCTIONS BALTHAZAR, SNOWGLOBE