シネマ一刀両断

面白い映画は手放しに褒めちぎり、くだらない映画はメタメタにけなす! 歯に衣着せぬハートフル本音映画評!

ストックホルム・ケース

イーサン・ホークが人質だらけの雛壇を沸かす。踊る!イーサン御殿!!

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2018年。ロバート・バドロー監督。イーサン・ホーク、ノオミ・ラパス、マーク・ストロング。

悪党のラースはアメリカに逃れるためストックホルムの銀行に強盗に入る。ビアンカという女性を含む3人を人質に取り、刑務所に収監されていた仲間のグンナーを釈放させることに成功したラースは、続けて人質と交換に金と逃走車を要求。しかし、警察が彼らを銀行の中に封じ込める作戦に出たことで事態は長期化。次第に犯人と人質の関係だったラースとビアンカたちの間に、不思議な共感が芽生え始めていく。(映画.comより)


あ~い、やるでー。
本日はやなぎやさんが未だに誤解してる概念ランキング」を発表します。
1位から順に、はいドン。

1位 マクガフィン
2位 ブルース
3位 ふかづめの偏った音楽趣味

「マクガフィン」に関しては当ブログで何度か説明してるし、一度やなぎやさんにも面と向かって説明しました。なのにまだ間違う。
自身のブログ『Yayga!』『少年と自転車』(11年) に言及されたとき「自転車は父性と母性のマクガフィン」とおっしゃってたのよね。
何を言うとんねん。
それを言うならメタファーじゃないの?
また、『ファウンド』(12年) 評でも「生首はマクガフィン」と言っておられたけど…生首がマクガフィンなのは『ガルシアの首』(74年) や。
さいぜんから何を言うとんねん。わっけのわからん…。このお姉さんは「メタファーのことを無理くりマクガフィンって言い張る対決」をしてるの?


2位の「ブルース」に関しては、以前やなぎやさんとTwitterで宮本浩次の音楽について語ってた(というより彼女が一人で喋ってた)とき、だしぬけに「『解き放て、我らが新時代』はブルース&ヒップホップかな!」ってイキり出したんです。
どこがブルースやねん。
B.B.キングが怒ってくるぞ。
知らない人も多いだろうけど、この曲は宮本流のヒップホップなんですよ(ブルース要素は皆無です)。
なのに「ブルース&ヒップホップかな!」。
どこがブルースやねん。
ムチャクチャ言うとる。
特に「ブルース&ヒップホップかな」の「かな」が憎たらしいとおもった。断定はしないけど確信はありますみたいな羽衣を身に纏いやがって。休日の午後はスタバで人間観察みたいな顔して「ブルース&ヒップホップかな♪」やあるかぁ。
どこがブルースやねん、あんなもん。ヒップくんとホップちゃんの単独公演や。わけのわからん!


3位「ふかづめの偏った音楽趣味」に関しても誤解されてるようなので、ここで訂正を。
先日、Twitterのリプライ(?)で藪から棒にこんなことを訊かれました。
「ふかぴょん、クリーピーナッツって聴く?」
聴かねえよ。
辛うじてミックスナッツを業務スーパーで買う程度だよ。
大体クリーピーナッツって…どちらさんですのん。「白目」歌ってる人? 「グッバイ! つらいけど否めな~い」の人?  それともあの…薄力粉みたいな顔した人?
ハードロックと昭和歌謡以外の話をなんで僕にするのおおおおおおお。
最近の人の話をなんでするのッ!
しかも「よふかしのうた」とかいう曲まで勧めてきやがって。
とっとと寝ろ!!!


ただですねぇ、やなぎやさんよりも圧倒的に誤解が多いのはGさんなんだよね。
以前までは、僕のレビューを読んで「すばらしい批評でした。わかるわ~。すごい刺さったわ~。つまり〇〇って事よね!?」みたいなコメントをよく書き込んでくれてました。
勝手に納得して咀嚼結果を報告してくれるっていうね。
ただ…ごめんな。
ぜんぶ違うねん。
Gさんの「つまり〇〇って事よね!?」………ぜんぶ違うねん。
刺さるどころか、かすってもいねぇ。
かと言って「いや、そうじゃなくて…」と言うのも気が引けるので今まで黙ってたけど…。実はごめんぜんぶ違う。逆にGさんの咀嚼報告を読んで「こんな解釈あったんだ」って目が開かれたことも多々あるぐらいだよ。
一応、私なりに一生懸命「刺され、刺され」って思いながら批評という名の竹槍をピュンピュンピュンピュンしてるけど…全発かわしてるぞ、あんた。
モハメド・アリかよ。

そんなわけで、Gさんとやなぎやさんの悪口を書いてみました。本日は『ストックホルム・ケース』です。

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◆踊る!イーサン御殿◆

 ボブ・ディランが流れるラジオをバッグの中に詰め込んだ男が、ストックホルムの波止場でカツラを被り、ノルマルム広場を突っ切ってクレジット銀行に到着した。入り口から出てきた老婆のためにドアを開けてやった男は、銀行に入るや否や「全員動くな!」と絶叫してマシンガンを撃ちまくる。その際「ヤァー!」とも言った。
BGMはディランの「新しい夜明け」

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「ヤァー!」

 さあさあ。イーサン・ホークが銀行強盗犯を演じた『ストックホルム・ケース』は、1973年にスウェーデン・ストックホルムのクレジット銀行で起きた「ノルマルム広場強盗事件」を基にした作品である。人質事件の被害者が犯人に対して連帯感や好意感情を抱く「ストックホルム症候群」の語源になった、スウェーデン史上最も有名な5日間にわたる銀行強盗事件だ。
いい事件だよね~。すごくお気に入りの事件だよ。


 とはいえ、ストックホルム症候群と聞いてパッと思いつく事件は幾つかあるが、私の中のベスト・オブ・ストックホルムといえば「パトリシア・ハースト誘拐事件」なんだよねえ!
この事件は、1974年に新聞王ウィリアム・ランドルフ・ハーストの孫娘パトリシア・ハーストが左翼過激派組織SLAに拉致されたが、その2ヶ月後、SLAが襲撃した銀行の防犯カメラに人質だったはずのパトリシアが武装して強盗に参加している様子が映っていた…というもの!
後日、パトリシアは「タニア」と名乗り、「私はSLAの同志になった。組織の為にむちゃむちゃ頑張る」と声明発表したテープをロサンゼルスの放送局に送りつけた。ついでに、親に対して「ファシストの豚」、婚約者に対しては「セックスアニマル」と罵り文句をも発表。全米を騒然とさせた。
パトリシア改めタニアは翌75年に逮捕。FBIに銃を突きつけられた際におしっこを漏らし、「うそうそ。私は洗脳されただけなの」と無罪を主張。ついでに名前をパトリシアに戻した。
その後、著名人らの懇願書とジミー・カーター大統領による特別恩赦を与えられたことでパトリシア改めタニア改めパトリシアは1年半で釈放された。なんやこいつ。
そんなパトリシア。事件以降は真性変態監督ジョン・ウォーターズの『シリアル・ママ』(94年) 『ア・ダーティ・シェイム』(04年) などに出演し「これからは映画女優としてむちゃむちゃ頑張る」と声明を発表。全米から「おまえの半生がすでに映画だよ」との総ツッコミを引き出すことに成功している。

f:id:hukadume7272:20211022033826j:plainパトリシア改めタニア改めパトリシア戻りのパトリシア・ハースト(画像右はSLA加入時期)。

 ストックホルム症候群については皆もよくご存じであろう。
拉致・立てこもり事件の人質は、生存戦略の一環として、監禁者に対して友好的または同調的なコミュニケーションを取るうちに連帯意識が芽生え、犯人を庇うだけでなく警察に非協力的な言動を取ることがある。
一方の監禁者側も「リマ症候群」といって、同じ空間で長時間過ごすうちに人質に対して同情的な態度を取ったり、自らの悪行を反省する事例も報告されているという!(在ペルー日本大使公邸占拠事件など)
こうした人間心理の奇妙を垣間見れるということもあって、私は立てこもり映画が大好きです。『狼たちの午後』(75年)『マッド・シティ』(97年)『ジョンQ -最後の決断-』(02年)…。最高や。

 本題に戻ろう。クレジット銀行を襲撃して金庫室に拠点を構えたイーサン・ホークは行員3名を人質に取り、第一の要求として獄中の相棒マーク・ストロングを釈放させた。
イーサンは直情的な性格だが、割に人間味あふれる奴で、女性行員のノオミ・ラパスビー・サントスが「トイレに行きたいです」と言えば「よっしゃ、よっしゃ。ほな1人ずつ行ってこい」とラフに許可する精神の持ち主であった。
また、盛り上げ上手でもあるイーサン!
ノオミとはボブ・ディラン談義に花を咲かせて、ビーちゃんにはスティーブ・マックイーンの『ブリット』(68年) の筋を聞かせてやるなど、やたらサブカルチャーに精通したおもしろトークで人質だらけの雛壇を湧かせまくったり、童貞とおぼしき男性行員を下ネタでイジるなどして名司会者ぶりを遺憾なく発揮する。
さながら金庫室は「踊る!イーサン御殿」の様相を呈していたわけ。
片や、人質を和ませるイーサンとは対照的に、相棒のマークはいかにも強盗でございという顔つきで警察の動きを警戒している。
人質和ませのイーサンと、強盗でござい担当のマークは息ぴったりの強盗コンビ。
イーサン「まるでブッチとサンダンスだろ?」
うるせえよ。

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イーサン・ホーク(右)とマーク・ストロング(左)。

その頃、警察署長のクリストファー・ハイアーダールは銀行2階に対策本部を設置。2階というのが凄いよね。犯人たちのすぐ真上だぜ?
銀行の外はマスコミや野次馬でごった返し、みな固唾を呑んで見守っていたが、それにつけてもストックホルムの淡くカラフルな街並みがとても可愛らしい。
む~~ちゃむちゃ可愛い。
ストックホルムストックホルムしてるなぁ。お菓子みたいな建物~!って。
緊張感、まるっきりゼロ。
銀行内は笑いの渦で、外はすこぶる可愛いときた。
終始ニコニコしながらの鑑賞と相成ったわ~。

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なんなら犯人と人質が結ばれもする。


◆犯人と人質はワンチーム! 息の合ったトリックで警察をだませ◆

 ほぼワンシチュエーションの低予算映画だが、見せ方がうまいので非常に引き込まれます。
まずは本作の売りである「ストックホルム症候群」が、ごく自然に、かつ説得力をもって描かれている点を評価したい。憎めない悪童感を醸すイーサン・ホークや、数々の踏んだり蹴ったり映画で培ったノオミ・ラパスの被害者演技など、キャスト陣の芝居も見応えはあるが、やはり演出だよ。
ハイアーダール署長がマスコミの取材に「人質は負傷しており、性的暴行も受けています」とテキトーな嘘をついたことで、人質3名は一気に警察への不信感を募らせるんだ。
また、急に生理が始まったビーちゃんのためにイーサンがタンポンを要求するシーンにしても、やはり当人には恥じらいというものがあるので、結果、ビーちゃんからすれば「私を気遣ってくれた犯人さん」「はいタンポンです!とばかりに生理用品を渡してきた無神経な警察」とで印象が分かれるのよね(実際は無神経どころか迅速に対応してくれたのだけど)。
こうした細かい描写の堆積によって徐々に警察が悪者に見えてくる(悪くないのに)という人質心理が炙り出されてゆく。
ストックホルムしてるだろ!?

f:id:hukadume7272:20211022032122j:plain人質3名。左から順に、ビーちゃん、ノオミ、童貞。

ワンシチュエーションの見せ方もいい。
事実か脚色かは知らんが、対策本部が事件現場に設置されているというのがおもしろいと思った。
つまり同じ建物の2階にいる警察が1階にいる犯人に電話交渉をおこなっており、この手の映画にとって絶対法則であるはずの“建物の中と外”という対立構図の線引きが存在しないどころか、事件を一任されたハイアーダール署長は直接交渉を図ろうと事あるごとに1階ロビーに降りてきては直にイーサンと接触する。
早い話が「お前たちは包囲されている。武器を捨てて出てきなさい!」がナイのよね。
どちらも同じ建物にいるうえ、警察側は1階の様子を監視カメラで見放題なので、いわば犯人側の動きがぜんぶ可視化されてるわけ。


そんな“同一空間による可視化構造”を逆手に取ったトリックが火をふきます。
現金と逃走車(『ブリット』に出てきたマスタングGT390)を要求したイーサンは「こちらが人質を殺すまで警察は要求を呑んでくれねぇ」と踏み、もはや協力者同然のノオミを誘って一芝居打つ。あらかじめ防弾チョッキを着させたノオミを署長の目の前で撃つという殺したフリ作戦だ。
ノオミ「いい案ね。やろうよ!」

「やろうよ」じゃないんだよ。
おまえ人質だろ。

結果、当たりどころが悪くて本当に死にかけるというギャグを披露しつつも、うまく死んだフリをこなしたノオミは、しかし監視カメラの目が光っている以上「死体を演じ続ける」というジグソウごっこの継続を余儀なくされるわけです。

ジグソウ…『ソウ』シリーズに出てくるバカのこと。シリーズ1作目ではご苦労なことに劇中ずっと死んだフリをし続けていた(爆笑)。


 映画終盤では、この“死んだフリ”をフックとしたノオミの生死をめぐる駆け引きがおこなわれるわけだ。
監視カメラの映像を睨みながら「この女は本当に死んでるのか…?」と怪しむ署長と、人質殺害をも辞さない極悪強盗犯を演じ続けるイーサン(本当は小心者)。
結局のところ、この籠城事件の攻防が5日間にも及んだのは、主犯のイーサンが人質を殺せるタマではなかったからだ。署長はイーサンを“情に弱い甘ちゃん”と踏んでいたからこそ大胆な挑発をしかけて犯人側の感情を揺さぶり、また実際、イーサン自身も“情に弱い甘ちゃん”だったからこそ、この「ノルマルム広場強盗事件」は死者0人に終わったのだ。

f:id:hukadume7272:20211022032507j:plain犯人と人質。実は仲よし。

◆バカ心地いいオールド・アメリカン・シネマ◆

 『ストックホルム・ケース』では、終始ある小道具が八面六臂の活躍を見せる。
ラジオだ。
物語の第一幕では、もっぱらボブ・ディランを聴くためのラジオとして愛用していたイーサンは「何故そんなものを持ってきた?」と呆れ返ったマークに対して無理矢理こじつけるように「何かの役に立つかもしれない…」と答えたが、はたしてその言葉通り、第二幕では警察の進捗状況を確認するためのラジオとなり犯行計画の指針を示しうる貴重な情報源として活用される。
だがイーサンはひとつミスを犯した。
映画終盤。“親しき人質”をとって銀行から脱出する際に、ひとり金庫室に残り続ける死体役のノオミを気遣って付けっ放しにしたラジオを彼女の傍に置いたまま金庫室を去ったのだ。図らずもその様子を監視カメラ越しに見ていた署長に“ノオミが生きている”ことを傍証してしまったのである。
まあ、事件の結末についてはぜひ本編をご覧になられよ。

f:id:hukadume7272:20211022034557j:plain緊張の瞬間ですよ。


やー、満足感を得たわ~。
70年代の匂いを残したマイルドな映像や、決してうまくはないが邪魔にもならないユーモア感覚にヒザまで浸れる半身浴的92分。ほどよく汗もかいて。
また、あの頃の映画にあった“弛緩した空気”“しょうもないミスばっかりの穴ボコ脚本”といったB級むきだしのポンコツ要素がちゃんと愛嬌となってリビルドされてるあたりに作り手の志の高さを感じた。
舞台はスウェーデンだが、やってることは完全に70'sアメリカ映画(現に製作国もアメリカ・カナダ)。
タランティーノ映画に出てくる犯罪グループのグダグダぶりにも近いバカ心地いい映画だし、『キングスマン』(14年) 『ベイビー・ドライバー』(17年) みたいに共感性羞恥炸裂のセンスを出さずにオンビートな堅実性を保っているので尚のこと好感が持てるわ。
イーサン・ホークとノオミ・ラパスの芝居は相変わらずおもしろいし、今回のマーク・ストロングはモッサリ髪の毛あるし。
傑作とまでは言えないまでも確実に良作ではある。そういう作品だけど、あれやこれやと観てきた今の私にはこのくらいの映画が丁度いいわ。このくらいが一番気持ちええ。

今週の踊るヒット賞は、殺したフリ作戦でエラい目に遭ったノオミ・ラパスさんに贈られます。
楽しそうに「いい案ね。やろうよ!」って言ってたのに、間違ってモロに被弾して。
ピクピクして…。

f:id:hukadume7272:20211022032749j:plainバカだからすぐ仲間割れする。

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