シネマ一刀両断

面白い映画は手放しに褒めちぎり、くだらない映画はメタメタにけなす! 歯に衣着せぬハートフル本音映画評!

サンダーロード

やらかし男の最悪人生が火をふく ~泣きながら踊った~

2018年。ジム・カミングス監督。ジム・カミングス、ニカン・ロビンソン、ジョセリン・デボアー。

母親の葬儀でブルース・スプリングスティーンの「涙のサンダーロード」を流そうとしたがラジカセの故障により急遽無音の中でダンスを披露したアホの話。


あんじょうやってるか。
よくタバコを買う100円ローソンの顔馴染みとなりつつある老店員さんが、私がタバコ注文する前に銘柄を推理してきたって話するわ。
こないだ入店したとき、私が「128番を余にくださーい」と口にする前に、気を利かせてくれたのか、向こうから話しかけてくれました。

「72番やったね?」

全然ちゃうわい。
すごい自信満々でめちゃめちゃ間違えてる。
「128番です」と余が告げると、「せやった? いつも72番でしたやろ?」と言うので「いつも128番です」と訂正。72番は誰ぞべつの常連さんやろ。混同しとる。
「そっかそっか」
なんや、そっかそっかて。すごい自信満々で「72番やったね?」ゆうて、思いっきりクイズまちごうて。
まあ、何気ないやり取りなんだけどさ。一瞬イラッとしたのは、私が「128番です」と言ったあとに「いつも72番でしたやろ?」と、なおも“ワシの推理”で立ち向かってきたこと。本人が「128番」つってんのに、なんで我がの記憶力を信じて72番で立ち向かってきたんや。一縷の望みに何かけたん。
ほんで72番の常連客ってだれ!
おれ、誰とゴッチャにされてんねん。
で、もっぺん訂正したら「そっかそっか」ゆうて。なんや、そっかそっかて。初手でそうなれ。なんで一回「いつも72番でしたやろ?」で食い下がってきてん。


で、お会計のとき、まるで「さっきのナシな」みたいな顔してむちゃむちゃフレンドリーに話しかけてきた。
老店員「10月からタバコまた値上げするでしょ? ほんま、かなんわ~」
クイズまちごうた上に誤答で突っ張った件ナシな、みたいな顔して話しかけてきたー。
72番事件、葬ろうとしてる…? 
まあいいかと思い、「ええ、ほんまに。たまりませんね」と私が返すと、
老店員「これだから政府はなぁ。くそ
わたし「え?」

くそ言うてる。
すごい。聞き逃すとこやったけど、世界一小さい声でくそって言うてるぅ…!
その後、とうにお会計は終わってるのに、なおも老店員は話しかけてきます。

老店員「兄ちゃんも困るやろ。ついこないだも値上げしたばっかりやん。ほいでまた増税増税ゆうて」
わたし「増税増税でどうせえ、ゆうてねえ」
老店員「ほんまやで。くそぉ」
わたし「え?」

また言うたっ。
語尾みたいになってる! 一応ぼく、腐っても客っていうか…。すごい。接客業における客との会話上に「くそ」って語彙あるんか。しかも2回目に至ってはゆっくりハッキリ言うた。勝手にクイズまちごうて、72番で立ち向かってきたうえ「くそ」まで言うて…。
どんな100円ローソンやねん。
まあでも、嫌いじゃないよ。ぜんぜん嫌いじゃない。むしろ関西のええとこ出とるわ。これが血の通った接客や。
ほんで2日前、またタバコ買いに立ち寄ったら、こんだ「169番やな?」言われたわ。
あの…いつか当たるって精神で思いついた数字言ってる?
そもそも、なんで客の銘柄を先に当てようとするの。我がでクイズ番組作って、勝手にぜんぶ間違えて。「くそ」とも言って。
どこが血の通った接客やねん。
わけのわからん…。
そんなわけで本日は『サンダーロード』です。



◆涙のサンダーダンス ~葬儀で追い込まれて~◆

 愛する母が死んだことで、警察官のジム・カミングスは葬儀の場で母の愛したブルース・スプリングスティーンの「涙のサンダーロード」を歌おうとした。
だがラジカセの故障で音楽が流れず、不本意ながら無音の中で泣きながらダンスを披露することに。
それはジムにとって、生前バレエ教室の先生だった母への最大の哀悼ダンスだったが、傍目には奇行にしか映らない。
参列者はガッツリ引いた。


泣きながら踊るジム。

それでもジムは踊り続けたが、参列者が生み出した静寂と、自らが生み出した命名不能の葬儀スタイルに耐えられず、奇妙なダンスを踊りながら曲の解説までし始めてしまう。なおも泣きながら。
「とても良い曲なので皆さんも聴いてみて。YouTubeに丸ごとアップされてます。気分が悪い」

大丈夫か こいつ。

愛する母の葬儀の場でクネクネ踊りながらB・スプリングスティーンを宣伝して気分が悪くなってしまうジム。
唖然とした参列者の中にはジム渾身の涙のサンダーダンスを動画撮影する者までいたが、その行為は単なる冷やかしではなく、いわば ワケは分からんがとりあえず撮っておこうとする現代人の本能なのだろう。
まあ、理解はできる。

泣きながらおススメするジム。

かかる奇行に始まる『サンダーロード』は、不器用と呼ぶにはいささか非常識で、変人と呼ぶにはあまりに人間臭い“やらかし男”の糞みたいな日常を物静かなトーンで描きあげていく。
主人公を演じたジム・カミングスは監督・脚本・編集・音楽・主演で5足の草鞋を履きこなしており、本作はサンダンス映画祭でグランプリをゲットした短編作『Thunder Road』(16年) を自ら長編化したものである。

◆上下はぎ取られた警官 ~離婚調停で追い込まれて~◆

 隙の多い映画ではあるが、俺は好きだ。
とにかくこの男、人生の二択は外し続けるわ、全言動が裏目に出るわ…と面白いほどの絶対的失敗体質で、まあ対岸から観察する分にはこの上なく興味深いタイプなのである。
ファーストシーンの涙のサンダーダンスにしたって、普通ラジカセが壊れてたら諦めるだろ。なんで無音でやっちゃおうって判断になるのよ。三浦大知かおまえは。
あまつさえ、ひとり娘の親権をめぐる調停で「涙のサンダーダンス事件」の衝撃映像が奇行の証拠として提出されてしまい、クレイジーザッツオール判断で即負けするのだ。形見のダンス教室を売却して工面した調停費用(全財産)だったのに。
ちなみに別居中の妻は麻薬食いのふしだらな女。そんな母に憧れる娘は隠語連発の厚化粧おませ。結婚したのがそもそも間違いだったか。だがジムにも問題がある。保護者面談で娘の素行不良を初めて知り、そのショックから「うおー」とかなんとか叫んで学習机を振り回したのだ。
「こうなったら机を振り回してやる!」

どうなっても机を振り回すなよ。


学習机を振り回すジム。

まあ、同情はするけどさ。大事な娘がビッチ街道を走ってる。それ以前に離婚調停で普通に負けた。葬式でバカなダンスを踊ったせい。で親権とられて家族を失う。これ以上最悪なことがあるか?
ある。
 気持ちがくさくさしたジムは、長年家族ぐるみの付き合いをしてきた相棒警官に八つ当たりしてしまい、警察署の前で掴み合いの喧嘩をしていたところ、無意識裡に拳銃を握ってしまっていた。仲間に銃を突きつけられて我に返ったジムは、その場でクビを言い渡されてしまう。制服とバッヂを置いていけと怒鳴られたジムは泣きながら逆上し、我が身の悲境を吐露したり、仲間に罵詈雑言を浴びせたり、資本主義社会を憂いながら制服を叩きつけて上半身裸になったが「ズボンも置いていけ!」と言われたのでズボンも叩きつけてパンツ一丁で歩いて帰った。
伝説の警官だろ。ある意味。

その後も、車中に鍵を置いたままインロックされたことで警棒で愛車の窓を木端微塵にするはめになったり、麻薬食いの妻がオーバードーズでぴくぴくしたりとロクでもない不幸が矢継ぎ早に降りかかる。
果たしてジムの日常に平穏は訪れるのか!
ていうかコレ…何がどうなったらハッピーエンドなん?
娘を奪われ、友とも喧嘩。職を失い無一文、ダンス教室も売却。おまけに妻はぴくぴくしてる。
手元にあるのは糞の役にも立たないラジカセとパンツだけ。B・スプリングスティーンの音楽の力を以てしても挽回不能な“詰めろ”が掛かった状況。
どう打開するっ!?

~ネタバレ~
打開しません。

別居中の妻と娘。

◆お前はどうしたい ~褒めてるのに追い込んで~◆

 ジム・カミングスが今後すぐれた映画作家になる可能性は4%しかないが、この男には映画人としての素質よりも物書きの才覚があると思う。主人公が発するセリフの言語感覚がなかなか鋭く、ある種の観客のツボを的確に突いてくる。セリフ回しがおもしろい映画なら山ほどあるが“セリフそのもの”がおもしろい映画は滅多にお目にかかれないので、俺はウレシイぞ。
言葉への豊かな感性に共振したぞ!

あとはそうだな。
全体的にローキーで薄ら寒い色調なのだが、これは観る者が本作のジャンルを特定できないようにあえて同一のカラコレ(色彩補正)でまとめ上げたんだと。
主人公の境遇は悲劇以外の何物でもないが、度を越した悲劇はかえって可笑しく見えたり、遠目には喜劇に映ったりするものだろ? つまり紙一重ってことだ。だから主人公の境遇が悲劇なのか喜劇なのか、どう見るかは観客次第。映画の側はあくまでフラットに状況を描くことに徹してるってことだな。
まあ、非常にテマティックな映像技法だし納得はするのだが、このへんが大成確率4%ジム・カミングスの甘いところだ。若手監督ならではのお節介精神がしとどに出ている。
青臭いヤツほど“対観客”から逆算して映画を作るんだよ。
観客を惑わすためだとか、移入してもらうためだとか言ってな。まったく、艶消しなことをしやがる。
オマエがどうしたいかだろ。まず。
そこに興味があるから我々は映画を観るのだ。本作のような単館系映画なら尚更だ。
そもそもの話、観客のために映画など作らんでよろしい。もとより観客は映画を求める一方で、映画なんざ観ちゃいねぇんだよ。“映画を観てる”という幸福な錯覚の中でただスクリーンに瞳を向けているだけの行為を「映画鑑賞」と呼ぶんだからな。
…と、私がこんなことを言うと、すぐジムみたいな男は「詭弁だよ、ふかちゃん。観客の反応を想定して設計しないと素晴らしい映画は作れない」などと歯向かってくるが、オマエ、そりゃ商売の話だろ。
確かに“映画を売る方法”に関してならオマエの言う通りだが、こちとら商売の話などしちゃいねえ。
映画の話をしてるんだ。
“映画”って意味わかるか? 俺もよく知らねえけどな。あと、気安くふかちゃんと呼ぶな。たたくぞ。
ま、どーでもこーでも、次作では欲望むき出しの作品を撮ってくれ。楽しみにしてる。
ありがと、ありがと。

 なんだか話の流れでジムのことを叱っちまったが、この『サンダーロード』は間違いなくお気に入りだ。掴みが衝撃的だし、言葉選びのセンスにも魅せられた。
あと単純に、中年男の最悪な人生は見てておもしろい。ジム・カミングスは馬鹿みたいな顔をしている。運がよければ今後いくつかのコメディ映画に出るだろう。もっとも次の監督作を期待する私にとっては不運だがな。しゃしゃしゃ!

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