シネマ一刀両断

面白い映画は手放しに褒めちぎり、くだらない映画はメタメタにけなす! 歯に衣着せぬハートフル本音映画評!

レッドクリフ Part II -未来への最終決戦-

ジョン・ウーによる“おれの赤壁”、いわばウーの赤壁  ~ウーの変更、ウーの脚色、ウーの虚妄、ウーの捻じ曲げが火を噴く~


2008年。ジョン・ウー監督。トニー・レオン、金城武、チャン・フォンイー。

劉備と孫権と曹操がやいやいやーする。


だいぶ久しぶりに、御免。
ロング無沙汰だったよね。なんでこんなにも無沙汰だったのか。それはおりにも説明ができない。
前書きがぜんぜん書けなかったからだよ。
説明できた。
前書きという、ひと纏まりの、活字のブロック、いわばエッセイであるが、そも、エッセイというのは、その中身の有無や濃淡によらず、“始まり、結ばれていること”それ自体により体をなす。すなわち、いかな中身がおもんない駄文であろうと、ちゃんと始まり、一応終わりを迎えるという完結性を約束事に、内容物の玉石を免除されるという、さしずめ出席さえしていれば単位がもらえる大学制度に近しい特質をもっているのだけれども、その点、おりは、だみだ。
おりは、つまらない文章を、書けない。
いや。まあ、書こうと思えば無尽蔵に書けるし、今だってこうしてしっかりつまらないんだけど、そういう文章は書きながらにして「ああ、今つまらない文章書いてるなー」という冷静なりき自覚が並走してくる。
言葉に関して、完璧主義なのかもわからない。
エッセイとは「たといなんぼつまらなくてもええから、書き上げさえすればエッセイ」をテーゼとして、「でもつまらない文章は書きたくない」がそれにアンチする。結果、矛と盾がガインガインして、おれはエッセイを書けずにいる。
日常会話でもそうだ。人と話しているとき、ちょっとした20点ぐらいのジョークをパッと思いついたとして、そしたら、とりあえず言ってみればいい。とりあえず言いさえすれば30点が加算される。そういう些細な、ジャブみたいな得点を重ねることで、人と人は仲よくなっていく。
でも、おりは「どうせ20点だしな…」と卑屈になって、そのジョークを飲み込んでしまう。言葉の選民思想というか、センスの四捨五入というか、なんせ60点以上のことしか発言したくない、みたいな、変なprideがガインガインするのである。
だから中高生時代のホームルームの時間における担任教師のちょっとしたジョークとか大嫌いだった。「生徒30人全員から20の愛想笑いを吸収する」みたいな、広く浅く伝わる発言。だったらおりは、そのうちの3人だけに200の感激を与える言葉を編みたい。簡単に言やぁ、そういうことだ。
だから「なんぼつまらなくてもええから書き上げさえすればエッセイ」は苦手だし、「広く伝わる浅い映画評よりも9人を無視して1人に届く映画評」を書きたいと思っているのだけど、まあ、それはそれで難しいです。
でも、がんばろ♪
ことによると、おりは、難病の子供とか、内向的な腐女子とかに勇気を与えるタイプの人間なのかもしれない。
そしたら、がんばろ。

そんなわけで本日は『レッドクリフ Part II -未来への最終決戦-』です。



◆おれのカバレッジ論◆

 ジョン・ウーが中国映画史上最高額の資本をぶち込んだ超絶ブロックバスター映画『レッドクリフ』
金をじゃぶじゃぶ使いながら夢中で撮ってたら尺が5時間を超えたため、急遽二部作に変更し、2008年に 『レッドクリフ Part I』、翌09年に『レッドクリフ Part II -未来への最終決戦-』として日本公開した。
2本とも公開時に見たよ。当時はそれなりに楽しんだけど、いま観返すとさほどの出来栄えと言わざるをえん!
それに、三国志ファンからは人気が高いけど「赤壁の戦い」ってそんなに好きじゃないのよね。曹操軍VS孫権・劉備連合軍という壮大な図式が、周瑜と孔明の関係性、とりわけ孔明の才に嫉妬する周瑜という人物描写の中に小さくまとめられてしまった気がして。あと、水上戦ゆえに切った張ったの大立ち回りがなくてつまんねーし。
それはそうと、この『レッドクリフ』ちゃん。日本公開版には本編開始前に大塚明夫のナレーションで「これまでのお話」よろしく群雄勢力マップを用いた“お勉強タイム”がつけ加えられている。あれは日本の配給サイドがお作りあそばされたのでしょうか。
まあ、物語を知らない人へ向けた親切仕様で、とてもよいな、と思うことしきりなんだけど、同時に「ほなドラマでやれ」とも思う。完全に外づけの“特別映像”で映画を拡張せんとする配給会社の腐った魂に死を。


映画は長坂の戦いから始まる。
遁走する劉備、追っ手を迎え撃つ関羽、趙雲は単騎ガキ救いにいく。すでにクライマックス級のアクションシーンが火を噴きつつも、マルチカメラで捉えたカバレッジ主義のショット群はジョン・ウーの作家性までをも火中に燃やしてしまう。まあ、『ミッション:インポッシブル2』(00年) からその気はあったけど。
カバレッジの多用は大作映画の宿命であり、がために大作映画が決して“作品”にはなりえず“商品”として消費されゆく遠因なのだろうな。だって実はおれ、もう前回の記事で赤壁を語り尽くして、今から『レッドクリフ』を批評しようって気がなくなりかけてるもん。大作映画ほど筆が乗らないです。ショットや演出の一つひとつに味がなく、記名性もないから、誰かが作ったんだろうけど誰が作ったのかわからないモノに感想するのはなかなか難しい、というか感想したいというポジティブな気持ちに自分を持っていけない。
ちなみにカバレッジというのは、ショットを撮る際にアングルを決め打ちするのではなく、あらかじめ複数のカメラを配置してさまざまなアングルからショットをおさえておいて、あとから随意に「これ使お」とか「やっぱこっちにしよかな」と選べるようにしておく手段、その撮影法のことを指しますよ。
いわばショットの保険というか、“選択肢を増やすための(コスパは悪いが)賢いやり方”といえば聞こえはよいし、現に黒澤明はこれを多用、現にジョン・ウーは黒澤明を崇敬しているので、先に述べた『レッドクリフ』冒頭の長坂の戦いや、後半の活劇パートの見どころとなる八卦の陣のシーケンスなんかは無節操なほど黒澤的で、そうしたあたりにこそジョン・ウーのおもしろさがあるんだけど、それはさて措き、おれのカバレッジ論を聞いてくださいや。


選択肢を増やすという一点においてはなるほど効果的な方法だが、その選択肢の中から最終的に選択されたショットというのはディレクターないしカメラマンの“撮りたいショット”ではなく、誰が見ても「これが丸いよね」という“撮れたショット”でしかないのですよ。
良いものを選ぶのではなく、ダメなものを篩にかけてるだけ。おれに言わせりゃあ、カバレッジなんて一番マシなショットを選ぶ大会に過ぎない。
てことは極端な話、もはやそこにカメラマンは必要ないじゃないですか。監督も必要ないじゃん。なんの心得もない一般人がカメラ100台をその辺に置いてヨーイドンで撮影すれば、そのうちの1つか2つは使えそうなショットが撮れてるんじゃないの。確率的に。たまたま。偶然ね。しらんけど。
それでいいなら、それでいいじゃない。
でも「そうじゃない」って連中が息巻いて撮ってきた歴史を、人は映画史と呼ぶんじゃないですか。誰が撮ってもいいようなショットを、よりにもよって香港ノワールの雄、鳩の使い手、スローモーション愛好家、なんて作家性の塊みたいなジョン・ウーが撮っていいはずないだろおおおおおおおおおおおおおおおお。

周瑜役のトニー・レオンさん。

◆リン・チーリンは息をする◆

 興奮してごめんな。
とにかく『レッドクリフ』は無記名性的商業大作。またアジアンスター大集合映画としての側面もあり、割とクローズアップ主体で進んでいくため、映画として観た場合、けっこう退屈です(映画として観ない方が楽しめる時点で映画としてはアウトだが)。
それにしてもキャスティングがおもしろい。
周瑜役がトニー・レオンで、孔明役が金城武という時点で、もはやどこの国の映画なんだという気がしなくもないし、関羽を演じたバーサンジャブに至っては中国出身でこそあれモンゴル族の俳優さんで、よくこんな人を見つけてきたよなぁと思うことしきり。
中国人にとっては『三国志』の主役は関羽なので、その配役はよほど慎重を期さねばならなかったはず。なんといっても日本のチャイナタウンにさえ関羽を祀った関帝廟は十数ヶ所あり、これが中国全土になると数千にものぼる。また、商売の神様でもある関羽の像や置物は日本の中華屋さんでもたびたび目にすると思います。そんな関羽。『三国志演義』ではバカみたいに巨きい体躯を誇る一騎当千の猛将として描かれ、身長およそ214cmといわれているが、それを演じたバーサンジャブ。身長178cm。
小っちゃいー。
関羽がやたらに小っちゃい。
そして細い。
やけに細い。先祖の先祖の先祖の先祖が実はゴボウだった、みたいな奴ぐらい細い。
公開時に『レッドクリフ』を見たときも「ほっそりしてる…」とがっかりしたことを克明に記憶している。ヒゲも細い…。


そして周瑜の妻・小喬を演じたリン・チーリンは、あまりに美しすぎて台湾メディアを連日賑わせたモデルです。演技経験ゼロ。代表作はエステサロンのCM。たしかに息を呑むほどの正統派美人ではあるが、彼女が演じた小喬は、ちょっと…、芝居が下手というレベルにも達していない。
そもそも芝居をしていない。
ただその場に立ち尽くし、覚えた言葉を言い、息をしているだけという有り様。そう、この巨額を投じた『レッドクリフ』のメインキャストでありながら、リン・チーリンがしたことは、息をして、覚えたこと言う。
この2点。
リン・チーリンは息をするんですよ。
中国/台湾メディアからは「お飾り女優」、「駄作の女王」など散々な誹りを受けており、わけても俺の目を引いたのは、中国のサイト「中華圏の映画界で活躍する人気タレントの演技力採点表ランキング」において0点を叩き出したことだ。逆にすごいな。

2019年、EXILEのAKIRAとの結婚を突如発表。

そして甘興というキャラクターを演じたのが中村獅童。いよよ中華圏のみならず、日本の歌舞伎さんまで出るというの?
だが甘興は架空のキャラクター。そんな奴、三国志にいねえし。
もともと中村獅童は甘寧を演じる予定だった。だって甘寧の字(あざな)は興覇。つまり甘興覇だもの。おそらく当初、中村獅童は甘寧役としてオファーされてクランクインしたが、撮影中にシナリオが書き足されては変更され、製作費は膨大を極めるという『地獄の黙示録』(79年) 沙汰となり、それに伴い獅童演じる甘興の出代が増えた結果、なんか成り行きで史実にも演義にもない末路を辿ることになる。だから最終的に「甘寧だと問題が生じるから、架空のキャラクターにすげ替えよう」つって、役名だけ少し変えての甘興、に落ち着いたのだろう。
呂布ぐらい行き当たりばったり。
さらに、当初は曹操役に渡辺謙、趙雲役に韓国のチョン・ウソン、なぜか役柄不明で小雪が打診されていたなど、製作陣の謎采配に事欠かない『レッドクリフ』におれ、前後不覚であります。


2016年、ニコニコ超会議で初音ミクと突如共演。

◆『ONE PIECE』のビビすな◆

 本作で描かれている赤壁の戦いは、万民がよく知るところの『三国志演義』における赤壁の戦いではない。
ジョン・ウーによる“おれの赤壁”である。
ウーの赤壁。
そんなわけで、映画オリジナル設定という名のウーの変更ウーの脚色ウーの虚妄に満ち満ちており、そんなウーの捻じ曲げをこそ楽しむべき二次創作三国志。
なんといっても赤壁の隠れ見所、周瑜と孔明が目的を一にして連合するまでのスリリングな駆け引き。ここはほとんど描かず、なんと両雄が琴でセッションすることで以心伝心/意気投合とする、実にジョン・ウーらしい省略法が見る者を唖然とさす。
べんべん  べべべん♪
にょろん  にょろりん♬
べべんべ  べんべん
にょろろん  にょろりん♬
うるせえわ。
周瑜はさながらデヴィッド・ギルモアのような深い音色を奏で、孔明に至ってはヴァン・ヘイレンみたいにタッピング奏法もする。
プログレ?


得意の速弾きで周瑜とセッションする孔明。

赤壁の戦いのおもしろさといえば、周瑜・孔明だけでなく、黄蓋や龐統といった個性的なサブキャラクターたちが次々と暗躍、捨て身で成した計略、その重畳的なシナジーが曹操の大軍を打ち破ったという和衷協同の美学にあり。
だがジョン・ウーはそれを描かない。
描けや。
黄蓋が提案した苦肉の計は「おっさん、ムチャ言いなはんな」とばかりに周瑜に一蹴され、連環の計を唱えた龐統に至っては登場すらしない。
では曹操の軍船はいかにして連結したか? 曹操配下の蔡瑁という武将が「鎖で繋いだらトラベルミン要らずですよ」と提案し、誰に言われるともなく、曹操軍は我がで船を連結し、結果的に我がで苦しんだ。
そっち発信で勝手に繋いでるやん。
めちゃめちゃアホやん。龐統に謀られたからこそ辛うじて体裁が保たれた曹操なのに、『レッドクリフ』では蔡瑁の提言に「ほんまや。鎖で繋いだらよろしいやんか。自分、いいこと言うやん」なんつって大喜びで船を繋いで。
めっさアホやん。
しかも曹操。赤壁の開戦事由が“南征”ではなく“小喬”すぎるのよ。呉にいる周瑜の嫁はんがごっつ別嬪というので、そのために赤壁に陣を張った。
むっさスケベやん。
いわんや、日に日に小喬への想いを募らせてゆく曹操。もう、なんも関係あらへん麗姫とかいうポールダンサーを側室に迎え、それを小喬と呼んで身の回りの世話をさせた。もうエロマンガやん。
めっさアホやのにエロマンガでもあるやん。


一方、孫権の妹である孫尚香は「敵情視察!」とかなんとかいって、勝手に曹操軍に忍び込ぶ。独りで。
むちゃくちゃアホやん。
捕まってもうたら赤壁の戦いどころちゃうで。曹操がバリ有利になるのに、孫尚香、ロクに男装もせんと曹操軍の兵卒に混じって第1回曹操杯FIFAワールドカップ観戦とかしてんの。
女子まるだしルック&ボイスなのに、曹操軍は誰一人としてそれに気づかず「あ、おまえも岬太郎推し?」とか言ってんの。鈍感やん。『キャプ翼』読みすぎやん。
そこで尚香は、翼くんというサッカー好きの兵卒と出会うが、この翼くんというのが好青年でこそあれ猛烈アホ一直線の唐変木。そんな翼くんと友情を深めていく尚香。
もうなんの映画を見せられてるのやら。
キャプテン翼…?

孫尚香と翼くん。

さらに尚香レベルのアホが、小喬。
開戦前夜、あろうことか小喬は、ひとり小舟に揺られて曹操軍に降り「戦いをやめてください」と直談判に行く。
『ONE PIECE』のビビすな。
「ドン!!!」やあれへんがな。
なんでこんなにも全員アホなのか。
尚香といい小喬といい、呉サイドにとってのウィークポイントであることは自明の理。
絶対に人質に取られたくないツートップレディにも関わらず、なぜよりによって当人自らが夜中にお酒が切れたからファミマ行くみたいなノリで曹操の陣営に行ってしまうのか。
それも無断で。
小喬、捨て身の直談判は当然あしらわれ、あまつさえ曹操をして「よう見とき。今から余が孫呉を滅ぼすよ。僕ちゃんのカックイイ姿をキミに見したげる」なんつって俄然はりきっちゃって。曹操軍の士気あげてもうとるやないか。
さすがにヤバいと思った小喬。曹操に茶でもシバこうと提案し、自ら茶を淹れ、曹操をもてなす。ここで観客、とりわけ三国志に暗い御仁は「ナイス小喬、一服盛ったか!」と期待したかもしれない。果たして、小喬が一服盛ったのは事実。されど曹操―。
「ちょっと頭痛いな。おーい、そこの雑兵くん。医者の華佗、呼んでくれる? べつに大したことないねんけど、ちょっと頭痛いから。イブ持ってきて」
血相変えて駆けつけた華佗。
「丞相、どなしたん!?」
「ああ、大丈夫、大丈夫。ちょっと頭が痛むだけや。間もなく開戦やのに、ほんまごめんやで。後頭部がズキズキするだけやから。ぜんぜん指揮は執れるし。心配せんといて。イブだけくれる?」
おまえ…っ、小喬…。
がっつりポイズン盛れや。
曹操、まったく大したことなさそうやんけ。「ちょっとだけ頭痛い」ゆうて。
小喬やぁ…。頼む。ちゃんとやってくれ。それは毒計やない。ただ単に、ちょっとしたイケズや。がっつりポイズンやのうて「ちょっとだけ頭が痛なるやつ」を盛るのは、ちょっとしたイケズの範疇や。
もっと強いやつ盛ってくれ。
現に曹操、「あったま痛いな~。でも、いよいよ決戦のとき。気にせんとこ!」ちゅて発奮してるやん。
もう気にもしてへん。


事程左様に、さんざアホが打ち続く『レッドクリフ』クライマックス。
おれが前の記事で最も入魂して仔細に描いた曹操軍追討戦、いわば三国志ファンが胸のすく思いで快哉を叫ぶ曹操こらしめパートはまるごと省略されてます。
まあ、仕方ないけどね。
トドメ(話のオチ)がないから。
関羽が曹操を逃がした、まで描いてしまったら映画としては消化不良、多くの観客をして「その後どなったん!?」とやきもきさせてしまう。そんなやきもきモンキーを量産せぬためには追討戦そのものを描かずカットする。これは英断。ぜひ皆さんも、大好きなマンガの実写化作品とかに、アレがない、ソレは違う、コレはこう、とブー垂れる前に、ぜひ冷静になってこの金言を思い出してくださいね。
“描かぬ”という判断もまた“描く”こと。
ま、とはいえ、ね。
曹操軍追討戦、描けよくそォオオオオオオオオオ!!!

曹操の茶に“ちょっとだけ頭痛がする薬”を盛った小喬(ポイズンを盛れ)。