シネマ一刀両断

面白い映画は手放しに褒めちぎり、くだらない映画はメタメタにけなす! 歯に衣着せぬハートフル本音映画評!

エル ELLE

奇人バーホーベンが贈る極上のミシェテリー。

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2016年。ポール・バーホーベン監督。イザベル・ユペール、ローラン・ラフィット、アンヌ・コンシニ

 

 ゲーム会社のCEOを務める女性ミシェルは、ある日突然、自宅に侵入してきた覆面男に襲われてしまう。何事もなかったかのように今まで通りの生活を送ろうとするミシェルだったが、襲われた時の記憶がフラッシュバックするようになっていく。犯人が身近にいることに気づいたミシェルはその正体を突き止めようとするが、自分自身に潜んでいた欲望や衝動に突き動かされて思わぬ行動に出る…。(映画.com より)

 

 

ポール・バーホーベンの理知の傑作

衝撃作とか問題作といった言葉でやたらに騒がれている祭りムードに対して、冷静に待ったをかけたい。
ポール・バーホーベンという奇人がいかに衝撃的な問題児であるかを多少なりとも知っている観客にとっては、むしろ本作は「ショッキングな問題作」などではなく理知によって巧みに構成された映画として、ある種の滋味深ささえ感じるでしょう。


エル ELLEはものすごく緻密で複雑な人間ドラマであるがゆえに、「レイプ犯への復讐」という筋だけで単純化されてしまい、そこばかり取り沙汰されている印象を受けなくもないが、この映画の正体は別にある。
また、この手の復讐映画でよく使われる「女は強い」というクリシェむしろ逆。レイプされた女性が不安と恐怖に耐え続けることが「強さ」? まさか。
また、「女性にとってはドギツい映画だから女性観客は要注意!」というフレーズも見かけたが、これも逆でしょう。女性心理の複雑さや思慮深さを恐ろしいほど生々しく描いているので、むしろ男性観客こそ要注意である。気を引き締めていこう、野郎ども!

 

本作をお作りなさった監督ポール・バーホーベンは、映画会社に「やるな」と言われたことを全部やる男で、ルールもモラルも無視してタブーに踏み込む、オランダが生んだ人間地雷だ。

お得意のエロ・グロ・ブラックユーモアをやり過ぎてハリウッド出禁になったので、近年は祖国オランダやフランスなどで映画を撮っている。

代表作にロボコップ(87年)トータル・リコール(90年)氷の微笑(92年)スターシップ・トゥルーパーズ(97年)『インビジブル』(00年)など。

氷の微笑で大女優シャロン・ストーンにノーパン生足組み替えを強要したり、主人公が透明人間になる『インビジブル』では人気俳優ケヴィン・ベーコンにフリチンで女風呂を覗かせたり、人間と昆虫軍団が戦争するスターシップ・トゥルーパーズで人体グチャグチャ&体液ビチャビチャのスプラッター地獄を演出して子供を泣かせるなど、手掛けた作品は過激で下品なものばかりだが駄作知らずの一流監督である。

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いちばん格好いい画像を選びました。

 

②名探偵ミシェルの事件簿

さて、登場人物が錯綜するので役名表記でいきます。
まずイザベル・ユペール演じるミシェルは、家に押し入った覆面男にレイプを受けた直後だというのに、まるで何事もなかったかのように割れた花瓶を淡々と片づけて、出前を取って息子と一緒に寿司まで食う。つい我々は「究極ののんびり屋さんなのかな?」なんて思ってしまう。
また、コーヒーショップに行けば、後ろの席にいたババアからトレイごとゴミを投げつけられて「クズ! お前も父親も…」と憎悪に満ちた謎の言葉を吐かれるが、当のミシェルは「やれやれ。またか…」という感じで、あくまで冷静なんですね。
どうもミシェルの父親は連続殺人犯で刑務所に入っているらしく、そのために彼女は殺人犯の娘というレッテルを貼られて人々から敬遠されているらしい…ということが開幕早々に明かされていく。

 

さらには、彼女が社長を務める職場のゲーム会社では、何者かの悪意によって触手でレイプされてるゲームのキャラクターの顔がミシェルの顔に合成された映像が全社員のパソコンに一斉送信されるという辱めを受ける。

「私をレイプした犯人はこの社内にいる!」とコナンじみた推理を展開したミシェルは、唯一自分を慕ってくれている部下のケヴィンに頼んで、怪しい人間を特定してもらったり射撃を習うことで、犯人探しの準備を着々と進めていく…。

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武器屋で装備を揃えるというRPG的ワクワク要素もしっかり押さえている。

 

③ゾロゾロでてくる登場人物

さて、ここまでならよくあるサスペンス映画である。
だが、本作の核は「レイプ被害者による犯人探し」ではない。一見無関係に思えるさまざまな要素が重なり合い、奇妙で複合的なドラマを象っていくのです。

ここからは登場人物がゾロゾロ出てくるので、頭を整理しながら脳内人物相関図を作っていってください。ゴッドファーザー(72年)を観るときみたいに。

 

まずはミシェルの家の向かいに住んでいるパトリック&レベッカ夫婦について。
若くてハンサムなパトリックに心を惹かれたミシェルは、庭にツリーを飾るパトリックを自宅の窓から双眼鏡で覗きながらマスターベーションに耽ったり、夫婦をパーティに招いて机の下でパトリックの股間に足を這わせて挑発するなど、御年63歳ミシェルによるパトリック誘惑作戦が開始!(63歳でこんなことしてサマになるのはイザベル・ユペールだけ)
この時点ですでに本筋(レイプ事件)から逸脱しかけている内容に、観る者は「あれ、これは何についての映画なんだ?」と困惑するだろうが、その反応こそがこの映画の本筋をすでに見誤っていることの証左。すでにバーホーベンの罠にはまっているのです!

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向かいの家のパトリックを熱心に窃視するミシェル。

 

そして、パトリック誘惑作戦と並行して描かれるのがミシェルの家庭環境
先述した通り、連続殺人犯の父親は刑務所にいる。
母親はすでに90近いババアだというのにプチ整形を繰り返し、若い男(男娼?)と遊びまくっており、パーティの席で「彼と結婚するわ!」と言ってミシェルに大笑いされるようなイタい老婆。人生を謳歌するにも程があるババアだ。


ミシェルの息子・ヴァンサンは、ビッチ丸出しの恋人ジョシーとの間に、近日子供が生まれるんだ。乞うご期待」とか何とか言っていたが、生まれてきた子供は肌の色が黒く、どう考えてもヴァンサン=圧倒的白人の子ではないが、ミシェルがその件に触れても「アーアー、聞こえなーい」とかいって現実逃避してるようなバカ。


ミシェルと同じ会社で働く親友アンナに関しては、かなり複雑なキャラクター。

アンナはヴァンサンの乳母で、かつてはミシェルとレズ関係もあり、いまの夫・ロベールは(アンナの知らないところで)ミシェルとも肉体関係を持っているという…。
クソややこしいわ。
アンナだけ役割多すぎない?
まるで「陸軍・海軍・空軍、全部やってます」みたいな掛け持ちイズムに超混乱。
何足の草鞋を履きこなしとんねん。

 

④唯一無二のミシェテリー映画

レイプ犯が誰なのかについては、中盤を過ぎた頃にわりとあっさり発覚する。
しかし最初に断った通り、本作は「犯人探し」を主軸とした物語ではない。

ミシェルの家庭環境や彼女を取り巻く人々を通して、このヒロインの容易には読めない心の内奥を観察する高度な人間ドラマである。
要するに「謎多き女・ミシェルとはどういう人間なのか?」を紐解くミシェル・ミステリー、略してミシェテリーなのだ!

特筆すべきは、やはり主演女優イザベル・ユペール嵐のような存在感でしょう。

あ、嵐と言ってもYou are my、そうそう、いつもすぐそばにあって譲れないし誰も邪魔できない、体中に風を集めて巻き起こす方の嵐じゃないですよ。念のため。

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イザベル・ユペール63歳にしてこの艶めきは反則でしょう。

彼女がどれだけ凄い女優かについて語るとそれだけで1000文字使ってしまうので割愛するが、一言でいえば「彼女が亡くなるとフランス映画史そのものが壊滅的な打撃を受ける」と言ってもいいぐらい仏映画の精神的支柱です。 

 

彼女が演じたミシェルは感情表現をしないので、何を考えているのかまったく分からないキャラクターだ。裏を返せば彼女が発した言葉は必ずしも本心とは限らないという含みすらある。
これはバーホーベン映画のヒロイン全員に共通しているが、ただの一度も泣いたり怒ったりしないし、思ったことをベラベラ喋ったりもしない。
「感情表現することが芝居である」という幸福な誤解に基づいて、大袈裟に叫んだり泣きわめいたりする日本映画のように、小学生でも分かるようには作られていないのですね。

だから観客一人ひとりが頭を使ってミシェルというキャラクターを読み込む必要がある(つまりミシェテリー!)。

その辺のバカげたサスペンス映画よりもよっぽどスリリングだよ!

 

サスペンスとしても一級。
最初にレイプ犯が襲ってきた玄関の扉窓が劇中20回ぐらい映されるように、全編に渡って窓や扉を使った演出が緊張感を張り詰めさせる(窓越しの窃視、叩き割る車の窓、閉める鎧窓など)。
また、「レイプ犯は恐ろしい」という話に始まり「被害者であるミシェルの方が恐ろしい」ということが明かされ、被支配者だったミシェルの立場が徐々に逆転していくさまが本作最大の見所かもしれない。

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「風が強いわぁ」ゆうてヒィヒィ言いながら鎧窓を閉めるミシェルとパトリック。


※ここからは核心に触れてしまうかもしれないので、読むか読まないかはあなた次第って感じで責任丸投げポイします。

 

⑤毒舌家としてのミシェル

暴言マニアとしては、ミシェルのひどい物言いに終始笑いっぱなしでした。

口論している最中、急にぶっ倒れた母親に「嘘はやめろ」とミシェルが言って、周囲の人から「嘘じゃないよ!」と突っ込まれるシーンが可笑しい。
脳梗塞でいつ意識が戻るかわかりません」と言った医者に対しても「寝てるフリとか芝居じゃないの? 医学的に本当なのね?」といって、ぶっ倒れた母をかまってちゃんだと思い込むミシェルの疑り深さ。ひでえ。
あまつさえ母のお見舞いに来たミシェルは、昏睡状態の母にむかって「脳にコブなんて最低」と毒づく始末。
そのあと、急に病室のテレビの映像が乱れたので、ミシェルがチャンネルをカチカチ回して「ニュースは大丈夫ね」なんつってる間に母の容体が急変して昇天。このときの「あ。いつの間にか死んでら」みたいなミシェルの唖然フェイスが最高です。


バーホーベンの映画はどれもそうだけど、基本的にすべてブラックユーモアなんだよね。日本の観客はバカ真面目だから「ここ、笑っていいのかしら?」なんて遠慮して深刻な顔で観てるけど、ぜんぶギャグですよ

それがバーホイズム

 

母が死んでも表情ひとつ変えないミシェル。だが彼女は、母よりも殺人犯の父を憎悪している。
獄中の父は、ミシェルが面会に来ることを知って面会日の前日に急遽自殺。娘に合わせる顔がなかったのでしょう。
ほとんど連チャンで父と母を失ったミシェルだが、もちろんポーカーフェイス。
ポポポ、ポーカーフェイス。ポポ、ポーカーフェイス

ミシェルのテーマ


そして後日、父の遺体に顔を近づけたミシェルは、囁くように「来る途中に抹殺した」と呟く。こわぁー。

この呪詛の言葉は、言い換えるならば「間接的に殺してやったわ」という意味合いでしょう。
「来る途中に自殺した」ではなく「抹殺した」というワードのチョイスから、いかにミシェルが父を憎んでいたかが窺えてこわぁー。


バカな男を巧みにコントロールするヴァンプ(妖婦)という面でも、ミシェルはバーホイズムをしっかりと受け継いだヴァンプだ。
部下のケヴィンに「パンツ脱いで局部を見せろ」と要求したり、自動車事故を起こして身動きが取れないのでレイプ犯に助けを求めたりなど、彼女の行動は次第に暴走していく。

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「脱ぎな、坊や」

 

⑥美しい薔薇には棘がある

そして極めつけは
ギャッと驚く手口でレイプ犯に復讐したあとのミシェルは、ついに魔性のベールを脱ぎます。
犯人との関係を訊かれて「ただの知り合いでした」と警察に嘘をつき、犯人の妻にいけしゃあしゃあと「さぞ辛かったでしょうね…」と同情するフリをする。こわ。
だけど、このとき「〇〇(犯人)は良い人だったけど心が病んでいた」という妻の台詞から、実はこの妻も夫を裁いたのがミシェルであることに薄々勘付いていたのでしょう。
そして犯人が眠る墓地を訪れたミシェルに、後からやってきた親友アンナが「ここにいたのね」と言うと、ミシェルは「とりあえずね」と笑顔で返す。
「とりあえずね」?
よく考えるとこわぁぁぁぁ。

 

女性に比べて男性は言葉を額面通りに受け取るバカなので、「なんだ、こんなもんか」といって、この作品に底流する真の恐ろしさになかなか気付かないかもしれないが、ミシェルが何気なく発した言葉の裏側を酌んでいくとゾッとするぜよ。
また、「脳にコブなんて最低」といい「来る途中に抹殺した」といい、誰が聞いてもひどいだろうという冷酷な言葉のオンパレードでもある。

ミシェルは棘だらけの薔薇なのだ。


映画の中盤で、ミシェルは新作ゲームのアイデアを持つ元旦那のリシャールに優秀なゲームクリエイターを紹介してあげていたが、アンナと一緒に墓地を歩くラストシーンで「そのあとリシャールの企画は?」とアンナに訊かれたミシェルが「彼を喜ばせてるだけ」と言ってほくそ笑むのですね。

ラストは、墓地を歩くミシェルとアンナが「また一緒に暮らそうよ」なんつって仲睦まじく歩いていく…というほっこりエンドだが、これすらも額面通りに受け取ってはならない。ノットほっこりである
直接的には語られないが、ミシェルはアンナに対して息子を取られたという嫉妬心があり(息子ヴァンサンは実母ミシェルよりも乳母のアンナと仲がいい)、ゆえにミシェルはアンナの夫であるロベールと浮気を繰り返していたのだ。
本作を観終えたあとに逆算的に反芻してみると、すべてのキャラクターがミシェルの掌の上で踊らされていたという事実に驚愕&失禁。

これぞミシェテリー。これぞバーホイズム

 

確かにミシェルはレイプ事件の被害者だし、殺人犯の父のせいで後ろ指をさされてきた不憫な女性だが、それゆえ身を守るために必要以上にしたたかになり過ぎたのだ。

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⑦猫と雀

事程左様に、ミシェルの複雑な内面だけでなく人間関係も非常に複雑なので、一度観ただけでは呑み込みづらい作品だけど、すべては猫と雀に集約されています。
自宅の窓に雀がぶつかって死にかけているところを飼い猫が食べようとして「食うな、食うな」なんつって猫を追い払ったミシェルが、雀を救おうとして動物病院に電話するも「雀は無理っすね」けんもほろろに断られ、結局死んでしまった雀を大事そうに箱の中に仕舞う…というシーンが中盤にある。
猫に弄ばれた力なき雀はレイプを受けたミシェル自身
そして雀を食べようとした飼い猫は、レイプ現場の観者であり捕食者でもある。
そう、この物語はレイプ犯に襲われているミシェルを冷淡に見つめる黒猫のアップショットに始まるのです

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