二丁目時代のマツコ・デラックスが暴れる映画。
2014年。ジョン・ノーツ、トレヴァー・マシューズ監督。アリ・コブリン、スレイン、アダム・ディマルコ。
ラバーボーイがめっちゃ襲ってくる。
どうもおはよう。近ごろ眠気がとれないんだ。春なの?
ていうかいまご飯を食べてる最中だから前置きなんて書いてる余裕はないんだ。ご飯ぐらいゆっくり食べさせてくれてもいいだろう? え、だめなの? どこの事務局が決めたんですか?
はっきり言っておちおちご飯も食べられない人生なんて絶対に間違っていますよ。僕の人権が蹂躙されようとしている。どこかの事務局に。
そういう経緯があるので本日は『ラバーボーイ』です。軽めにいきます。
◆悪魔と訣別◆
別の映画を観たときにちょうど本作のトレーラーが流れていて、巨漢の殺人鬼が猛ダッシュで襲ってくる映像に「これは観たらなあかん」と思って鑑賞に至った次第である。部屋の隅に佇んでいた殺人鬼が急にズァッと走り始めて画面手前に向かってくるのだ。
子供の頃、この映画に出てくるような巨漢の殺人鬼に追い回される悪夢をよく見ていた。シチュエーションは家の中だったり森の中だったりとさまざまだが、オレを追い回すのは決まって巨漢の殺人鬼なのだ。そいつはこの映画の殺人鬼・ラバーボーイによく似ていた。ていうか、もはやコイツである。
まさかオレの悪夢に出ていた殺人鬼が映画デビューするとはな。
オレの夢に出てきたのは下積み時代の営業だったというわけか? ふざけるんじゃねえ、こっちはトラウマなんだよ! オレの悪夢をステップアップにすな。
そんなわけで本作を見ればこの悪夢と訣別できると思ったのだ。いざ、トラウマを植えつけられた悪夢と決着を付けんっ。
ちなみに日本版ポスターに出てくる『スマイリー』(12年)みたいなマスクの奴は出てきません(あまりに堂々たる詐欺ポスター)。本作の殺人鬼・ラバーボーイが被るマスクはこれだ!
二丁目時代のマツコ・デラックス…。
さてこの映画、アダルトライブチャットをおこなっている館で小遣い稼ぎを始めたアリ・コブリンが「ラバーボーイ」というハンドルネームのユーザーと仲良くなり、やがて些細なことで逆上したマツコ…ラバーボーイが館にカチコミを掛けて女たちを惨殺する…といった心温まる内容である。小さなお子さんにこそ観て頂きたい。
館には数百台の監視カメラが設置されており、そこでの生活はポルノサイトを通じて全世界に配信されている。そして住込みの女たちはパソコンの前でストリップやセックスをおこないユーザーを喜ばせていた。館は厳重に警備されており、女たちのプライバシーも十全に保護されているが、これを易々と突破したのがラバーボーイである。
ラバーボーイの正体は冴えないPCオタクの百貫デブで、幼少期に女の子たちから虐められた過去があった。小さいポコチンを見られて「ドングリ」と評されてしまったのだ(それを言った少女は橋から突き落として殺害済)。
爾来、外見のコンプレックスと内向的な性格から大変なムッツリスケベとなったラバーボーイは、四六時中アダルトライブチャットに張りついていた折にニューカマーのアリ嬢に一目惚れしてしまったというわけだ。そしてアリ嬢とのチャットで自撮り写真を送信したラバーボーイは、誰かがその写真をプリントアウトして館の掲示板に張りつけたことに大激怒。アリ嬢が張り付けたと思い込んで館に出向き大殺戮!
ラバーボーイの素顔。外見にコンプレックスがあるのになぜアリ嬢に自撮りを送ったかは不明。
◆ラバーボーイ怖くない◆
過剰なエロとスラッシャーにダークウェブ要素を絡めた作品であった。
『GIRLHOUSE』という原題から分かるように、物語の主軸はラバーボーイではなくあくまで館。プライベートを切り売りする女たちとそれに集るネットユーザーの病巣を撃った内容で「そんなロクでもない事してるといつかトラブル起きますよ」という訓戒としてラバーボーイによる殺戮を描いているわけだ。ヤケに教育的な作品だった。
この館は女たちのプライバシーを守るために所在地を非公開にしているが、ラバーボーイの侵入&殺戮を知ったアリ嬢の恋人が館の所在地特定に苦心するさまが何とも皮肉である。安心と安全を保証するための監視カメラは殺人鬼ラバーボーイに標的の位置情報を教える地理的優位の装置となるし、パソコンの前でエロダンスを踊る女の背後に人影を認めたユーザーが「部屋に誰かいる!」と警告してもチャット上では事の深刻が伝わらず「からかってるの?」と一笑に付されてしまう。
本当に怖いのは殺人鬼よりもインターネットすよっていう問題提起がそこかしこで放たれていて、なかなかお行儀のいい映画です。その傍証として、アリ嬢と恋人はわざわざデートで『裏窓』(54年)を見に行く(本作と同じく窃視をテーマにしたサスペンス)。
真面目か?
アダルトライブチャットで大躍進中のアリ嬢。
そう、この映画の作り手たちはいちいち真面目なんだね。それゆえにラバーボーイが全然怖くない。なぜか。
殺人鬼になった背景を懇切丁寧に描いたことで「殺戮の動機」が明確になってしまったからだよね。
映画前半ではアリ嬢たちのエロエロ生活とラバーボーイのグズグズ生活が対比されており、普段はITエンジニアとして働いているラバーボーイが出張先の女性社員から辱めを受けるシーンまである。つまりこの殺人鬼を「同情に値するほど不憫な生身の人間」として描いちゃってるわけだ。
そんな奴がジェイソンやレザーフェイスを気取って「怖いだろー!」なんてやってもムダだ。ぜんぜん怖くないどころか、むしろ同情しちゃう。ラバーボーイをチャットで慰めたいとさえ思ったよ。
言うまでもないが、スラッシャー映画における殺人鬼の基本条件は「無理解」と「無感動」である。観客の理解や同情を誘った時点でアウツなのだ。
同情に値するラバーボーイ。
◆ラバーボーイ割とかわいい◆
プロットに関しては作り手たちの真面目な性格が裏目に出たが、映像表現に関してはむしろ追い風として作用してます。
館内の様子とモニタリング映像を素早く切り替えることで各キャラクターの曖昧な位置情報が却って緊張感を生んでいる。
また、二階建ての館内で攻防を繰り広げるアリ嬢とラバーボーイはそれぞれのスマホから確認できる各部屋のモニタリング映像を手掛かりにして互いの位置を把握するわけだが、アリ嬢が運営用コンピュータの接続端子を外したことで監視カメラを無効化しラバーボーイから地の利を奪うクライマックスは見事でした。
館内の電気を落としたアリ嬢はビリヤードのキューを折って特製グングニルを制作、さらにはハンディカムの暗視スコープによってラバーボーイの居場所を正確に捉える。これまで「覗かれる側」だった彼女が「覗く側」に転じるのだ。暗闇の逆襲劇の幕開け!
一方のラバーボーイは「こない暗かったら見えるもんも見えへんでしかし」とかなんとか暗闇の中でブツブツ言いながらオロオロするばかり。
逆『ドント・ブリーズ』(16年)状態だな。
ホラー映画の殺人鬼は闇を味方につけがちだが、本作の暗闇はヒロインに味方するのだ。
「なんも見えねー」と周章狼狽するラバーボーイ。意外とかわいい奴なのかもしれない。
また、ゴア描写の痛々しさもさることながら、本作の面白さはラバーボーイに襲われた女たちがなかなか死なないという点だろう。
彼はアリ嬢にだけ用があるわけで、ほかの女たちへの殺意は別段なし。したがって顔を切り刻んで両手の指10本を切断した女や、二階から突き落として足をグニャらせた女は余喘を保っているし、サウナに閉じ込めて半焼けにした女は自力で脱出する。
まぁ、あまりにもギャーギャーやかましいのでトドメ刺されちゃうんだけど。
だが、顔を切り刻まれて手の指をすべて切り落とされた女だけは自ら命を絶った。彼女はこのアダルトサイトで人気No1の美人だった。助けに駆けつけたアリ嬢が「逃げなきゃ」と言っても「どのみちこんな姿じゃ生きていけない…」と言って自らビニール袋に頭を突っ込んで窒息死してしまったのだ。美意識は死に勝るということか。美人も大変だな、ご苦労さん。
そんなわけで、箸にも棒にも掛からぬB級スプラッターかと思いきや意外と楽しかったンですよ。
まぁ、誰かがラバーボーイの自撮り写真をさらした件は結局あやふやにされたままだし、館の所在地を特定したアリ嬢の恋人もラストシーンで警察と共にようやく現れる…といったポンコツ脚本なんだけどね。
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