シネマ一刀両断

面白い映画は手放しに褒めちぎり、くだらない映画はメタメタにけなす! 歯に衣着せぬハートフル本音映画評!

アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダル

スケート選手からボクサーに転身した女の流転人生。

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2017年。クレイグ・ギレスピー監督。マーゴット・ロビーセバスチャン・スタンアリソン・ジャネイ

 

貧しい家庭で厳しく育てられたトーニャは、努力と才能でフィギュアスケーターとして全米のトップ選手への上り詰めていく。92年アルベールビル五輪に続き、94年のリレハンメル五輪にも出場するが、92年に元夫のジェフ・ギルーリーが、トーニャのライバル選手を襲撃して負傷させた「ナンシー・ケリガン襲撃事件」を引き起こしたことから、トーニャのスケーター人生の転落は始まっていた。プロデューサーも兼ねてトーニャ役で主演したロビーは、スケートシーンにも挑戦。(映画.comより)

 

おはす。

最近は楽しそうな映画がビデオ屋にずらっと並んでいて、グッバイ・ゴダール!(17年)とかフェリーニに恋して(16年)などを観ては「ほっほーん」などと嘆息を漏らしている私ですけど、それと同時に古典映画も相変わらず楽しんでおりますよ。イェイ。

毎年この時期になると古典映画に傾斜してしまい、とびきり昔の映画に想いを馳せたくなるんです。わかるか。

逆に、夏のあいだは大味な最新映画ばかり観てしまい、とても古典映画なんて観る気分にはなれない。大昔の映画とかウゼー、ダリー、白黒映像なんか観てられるか音ガサガサすんなハキハキ喋れ。つって。

人間、寒い季節はおのずと内省的になり、暑い時期は思考回路が鈍るものなので、まぁそういうことなんでしょうね。

本日評する映画はアイ,トーニャ 史上最大のスキャンダルですよ。まあ読んだったりーな。

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◆あるフィギュアスケーターの実話◆

「自分との戦い」とか「最大の敵は自分自身」などという御託をいくら並べてみたところで、競う相手が存在する限り勝負の世界はいつだって妬み嫉みだ。負けたのに晴れやかな顔をしてるような奴はたぶんハナから勝負などしていないし、勝者と敗者が互いに健闘を讃え合うようなメロドラマなんて見せられた日には胃酸が食道を駆け回って胃酸運動会が開かれるというもの。

フィギュアスケート選手のトーニャ・ハーディングナンシー・ケリガン襲撃事件にどこまで関わっていたかという事はこの際関係ない。

肝心なのは、彼女の執念がオリンピックでのメダルではなくスケートそのものに向けられていることだ。

彼女はトリプルアクセルを成功させるごとに、自らを「氷上のマシン」に育てあげた憎き母親の自己実現を叶えてやりながら、同時に復讐をも果たすのである。

母親がスケート会場の観客を金で雇ってトーニャを罵倒させるシーン。煽られたトーニャはその怒りをエネルギーに変えて見事にトリプルアクセルを決めるわけだが、彼女を勝利へと導いた母親のやり方は恐ろしいほど残酷で無機的である。

母親はトーニャに一片の愛情すら感じたことがないと言ってのけ、愛されないと知ったトーニャはスケートを通してその承認欲求を大衆に向ける。

彼女にとって最大の敵は母親なのだ。


ところが、襲撃事件に関与したことで世間から大バッシングを受けたトーニャは「敵はオマエだ!」と言ってカメラを睨みつける。どうやら我々大衆も敵とみなされたようだ。

調子のいいときは祭り上げ、スキャンダルひとつで掌を返したように批判し、飽きたらすぐに忘れて次の獲物にたかり出す。

大衆、それはハイエナ。まぁ敵だろうな。

この映画を観た人間は、暴力と罵倒を浴びせてスケートを強要し、挙げ句の果てにメディアとグルになって娘を売ろうとした母親のことを最低のゲスマミーと思うだろうが、ほかでもなくそれは我々大衆の姿でもあるのだ。

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カメラを睨みつけて我々に語りかけるメタ炸裂映画。


◆トーニャは二度宙を舞う◆

メディア風刺、大衆批判、偶像崇拝

アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダルナンシー・ケリガン襲撃事件をモチーフに、そうしたテーマを裏から表から縫い上げたブラックな作品である。

ちなみにナンシー・ケリガン襲撃事件の概要は面倒なので言わない。

この事件は1994年にライバル選手のナンシー・ケリガンが何者かに襲われ、トーニャに疑惑の目が向けられたという一大スキャンダルである。

ああ言うてもうた…。

トーニャを演じたのは、本作とは別の意味でスベったスーサイド・スクワッド(16年)の壊滅的な拙さを補って余りあるほどの魅力を見せつけたマーゴット・ロビー

そして監督はラースと、その彼女(07年)でぼちぼち知られているクレイグ・ガレスピー。映画監督の友だちから「君もやりなよ」と勧められて監督業を始めたような情熱希薄にして動機不純のあかんたれである。

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画像左「私が本当のアイ,トーニャ」

画像右「私も負けじとアイ,トーニャ」


先述の通りきわめてブラックな内容なのだが、ブラックはブラックでもブラックユーモアの畳み掛けによって本来のドス黒さがずいぶん希釈されているので、まぁ、はっきり言ってかなりポップな作品であるから敬遠するなかれ。敬遠はやめとけ。

たとえばトーニャの結婚相手がDVを振るうようなクズ男で、彼女も負けじと股間を蹴り上げて応戦するのだが、そんな凄まじい暴力の応酬が夫婦漫才のようなタッチで描かれているのだ。奇しくもマーゴットの出世作にもなった『ウルフ・オブ・ウォールストリート』(13年)のようなハイスピード・ブラックコメディである。

とはいえ女性がボッコボコに殴られる作品なので並の女優が演じても惨たらしさが出てしまうが、そこはマーゴット、スケート界の反逆児というトーニャ本人のキャラクターも手伝って、じつに頼もしい相貌で暴力描写を跳ね返してのけた!

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ほぼほぼハーレイ・クインやん。


物語は現在のトーニャ(マーゴット)とその関係者へのインタビュー形式を採っていて、20年前のナンシー・ケリガン襲撃事件に関するインタビュー発言がその都度フラッシュバックで回想される…という構成になっている。

さまざまな人物の主観に基づいたインタビュー発言がそのままフラッシュバックされるので 回想シーンが真実とは限らない…というのがミソ。

この構成によっていくつかの謎を残したナンシー・ケリガン襲撃事件の真偽の断定を避けているわけだが、この映画を観たスケート界の連中はバカなので「実際と違う!」と声を荒げて批判している。

いや…、うん。だから「実際は違うかもしれないけどね」という前提で作られた映画なんですけど…っていう。

劇中でトーニャ自身も「真実なんて存在しない」と言っていたのにナー。聞いてなかったのかナー。2~3回言ってたのにナー。全部聞き逃したのかナー。


すべてのキャリアを失ったトーニャは後にボクサーに転身するのだが、このラストシーンが何ともせつない。

全盛期にはトリプルアクセルで美しく宙を舞っていたイメージが、今となっては殴り飛ばされて宙を舞うというイメージに。

そして頭から落下したリングの白さが、かつて美しく着氷していたスケートリンクを連想させる。飛翔と落下。この反復技法によって対比されるトーニャ・ハーディングの栄光と没落。

そして映画は、10カウントの内に立ち上がったトーニャが白いリングに吐いた血ヘドを捉えたままエンドロールに突入する。その血ヘドは純粋の白を否定する赤い闘志であり、自らの人生に影を落とす暴力そのものでもありました。

うーん、見事な着氷。

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宙を舞うイメージの連鎖と、トーニャという人物を端的に表した血ヘド。ご丁寧に「I, Tonya」のタイトルバックまでつくラストシーン。


◆『アイ,トーニャ』はアメコミ映画◆

そんなわけで『アイ,トーニャ』はお気に入りの作品となりました。おめでとうございます。

マーゴット・ロビーはなかなか面白い芝居をするし、よく撮れていると思う。ショートプログラムで披露する踊りのちょっとした仕草がチャーミングで、そこだけ何度も観ちゃった。このシーンだけアメリカ国立フィルム登録簿に永久保存してもいいんじゃないだろうか。違いますか。

また、フィギュアスケートという題材はほかのスポーツと違って撮影・編集のゴマカシが利かないので本人に頑張ってもらうしかないのだが、マーゴットはよく頑張りましたね。あれだけ回転すれば目が回りそうなものを、よくぞ三半規管を訓練しました。『聖なる鹿殺し』(17年)のファレ坊をも凌駕する回転ぶり(ちょっと回っただけでフラフラなっとったからな、あいつ)

まぁ、ロングショット不在問題とかスピン早回し問題といったゴマカシ丸出しな箇所は多々散見されるのだけど、もうええねん、ええねん。あんま厳しいこと言わんたったりーな。

私が本作を若干贔屓しているのはマーゴット・ロビーと生年月日がまったく同じだからという正当な理由に基づく。贔屓、もはや、不可避。


そして、そして!

以前『gifted/ギフテッド』(17年)「ハリウッドという名の死の荒野に咲いたマッケナちゃんという花」とか「マッケナちゃんに飛びつくな! やめろ、離れろ!」といった数々の取り乱した発言を残した私に、本作はとんだサプライズを用意してくれました。

 

トーニャの幼少期をマッケナ・グレイスちゃんが演じてます!

 

いよっ、マッケました!

したがって本作も『gifted/ギフテッド』同様、マッケナ見てほっこりするほっこりマッケナ映画に名を連ねたというわけだ。

マッケナちゃん扮するトーニャは幼少期から誰にもマッケナいフィギュアスケーターとしてその片鱗を見せつけていた天才児なので、まさに『gifted/ギフテッド』で天才少女を演じたマッケナちゃんにお誂え向きの役なのである。

ちなみに『gifted/ギフテッド』でマッケナちゃんの叔父を演じたのはキャプテン・アメリカクリス・エヴァンスだが、本作ではトーニャの旦那役をセバスチャン・スタンが演じている。

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 MCUのバッキー!

こうなってくると、もはや本作はアメコミ映画ということが言えると思います。マーゴットもスーサイド・スクワッドの主演だし。

さらにマッケナ朗報をひとつ…。

マッケナちゃんは来年公開の『キャプテン・マーベル(19年)にも出演するぞっ。

 

……。

 

いい加減にしろ!!

アメコミばっかり!

 

おまけの一枚。

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トリプルアクセルの飛翔中に「いけいけ回れ頼む頼む」と願うさまがチャーミングなわけです。