もう「I'm lovin' it」とは言えない。
2016年。ジョン・リー・ハンコック監督。 マイケル・キートン、ニック・オファーマン、ジョン・キャロル・リンチ。
1954年、シェイクミキサーのセールスマン、レイ・クロックに8台もの注文が飛び込む。注文先はマックとディックのマクドナルド兄弟が経営するカリフォルニア州南部にあるバーガーショップ「マクドナルド」だった。合理的なサービス、コスト削減、高品質という、店のコンセプトに勝機を見出したクロックは兄弟を説得し、「マクドナルド」のフランチャイズ化を展開する。しかし、利益を追求するクロックと兄弟の関係は次第に悪化し、クロックと兄弟は全面対決へと発展してしまう。(映画.com より)
マクドナルドコーポレーションの創業者レイ・クロックの視点からマクドナルドの舞台裏を暴いた、成り上がり経営ドラマ。
けっこうシビアというか、まあまあエグい話だ。これを観たらもう「I'm lovin' it」とか気軽に言えなくなりますよ。
善も悪もないレイ・クロックの野心がフィルムを焦がさんばかりに疾走する115分。
これは酒と麻薬とセックスがない、ひとり『ウルフ・オブ・ウォールストリート』みたいな映画である。
マクドナルドのトレードマークであるゴールデン・アーチに一目惚れして「コレだ!」と閃いたレイは、さっそく創業者であるマクドナルド兄弟に接近して「僕もマクドナルドやるー」と半ば強引に共同経営者になった。
その後、兄弟を懐柔してフランチャイズ化を図ろうとするが、金儲けに興味のないマクドナルド兄弟は「めったやたらにフランチャイズ化したら質が下がってまうやないか」と返事を渋る。しかしそこは口達者のレイ。
「どんなに小さい町にもある物ってなーんだ?」と藪から棒にクイズを出す。
アワアワ言ってる兄弟に「ハイ、時間切れ」。
「答えは教会と裁判所です。アメリカはどこに行っても十字架と星条旗だらけだ。そこにゴールデン・アーチを加えようじゃないか。マクドナルドは新しいアメリカの教会になる」
兄弟「はぅあ!」
説得完了。
かくしてマクドナルド兄弟は「わたくしレイ・クロックはこの兄弟には逆らいません。マクドナルド兄弟最高」みたいなことが書かれた契約書へのサインと引き換えに、レイにフランチャイズ化を任せることにしたのでありました。
ところがどっこい、店舗数を増やすたびに有名人として持て囃されるレイは、瞬く間に天狗になり、マクドナルド兄弟が作ったシステムを根こそぎ頂いてマクドナルドを乗っ取りはじめる。
すっかり用済みになった兄弟を冷酷に切り捨てたレイは、本店である兄弟の店を無視してマクドナルド第1号店をよそに作るわ、マクドナルドの創業者を勝手に名乗るわとやりたい放題。
辛うじて兄弟がレイの暴走を抑制していた切り札、「わたくしレイ・クロックは、病めるときも健やかなるときもマクドナルド兄弟の言うことに従います。I'm lovin' it」みたいな契約書は、レイが別会社を立ち上げてマクドナルドをその傘下に置くことで紙クズ同然になってしまう。
終始不憫なマクドナルド兄弟。
不動産的な発想で巧みに契約書を破棄したレイのあざとさは、小学校低学年ぐらいのときに友達とよくやっていた仮想バトルごっこを私に思い起こさせる。
友達が打ってくるパンチに対して「バリア、バリア」なんつってると「バリア貫通攻撃」とか言い出す奴がいたけれども、アレと同じですよ。レイの契約書破棄は。
「いやいや、それはナシでしょ。バリア貫通とか言い出したらキリねえじゃん。行くとこまで行ってまうぞ、このゲーム」っていうさ。
そんなわけでこの映画は、知恵と執念でマクドナルド帝国を築いた男の底なしの野心を走り書きのような力強さで描きあげている。
主演は、元祖バットマン俳優のマイケル・キートン。
『バットマン』や『ビートル・ジュース』でティム・バートン初期作に貢献するも、早々にバートンから切り捨てられる(その後バートンはジョニー・デップに鞍替えした)。
それでも『マイ・ライフ』や『ザ・ペーパー』などで90年代はわりと活躍していたが、ゼロ年代から地獄の低迷期が続く。オファーが掛かっても脇役ばかり、主演を張れたとしても低予算映画。きっとノーラン版『バットマン』三部作を何とも言えない顔で観ていたことでしょう。
もはやこれまで…。
誰もがマイケル・キートンを忘れかけていた2014年、まるで自身と重ね合わせるように落ち目のハリウッド俳優を演じた『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』での主演が絶賛され、大復活を遂げる!
まさにこの映画のようなサクセスストーリー。まさにファウンダー。
本作のマイケル・キートンは、ゲスい天才実業家をノリノリで演じている。
ただ、悪魔のような拝金主義者としての顔だけではなく、マクドナルドに対する愛や労働者に対する優しい眼差しなど、レイ・クロックの多面性を複雑に表現しています。
究極の効率化を図るためにテニスコートにチョークでキッチンレイアウトを描いて何度もシミュレーションするシーンの真上からのクレーン・ショットや、マクドナルド兄弟と電話越しに揉めてどちらが先に電話を切るかで争うシーンなど、ユニークかつ軽快な映像/編集は、マクドナルドが掲げるスピード主義を反映させているようで面白い。
とにかく流暢な説話技法に裏打ちされているので、スルスル観れるってわけ!
監督は、『オールド・ルーキー』、『しあわせの隠れ場所』、『ウォルト・ディズニーの約束』など、実話と野球があまりにも好きな監督として知られるジョン・リー・ハンコック。
~この映画はこんな人におすすめ~
・いつも鞄の中にかっこいいビジネス書を忍ばせて、通勤電車の中で読んでるフリをしている人。
・「このタスクはニッチなファクトだからプライオリティ高めでイノベーションを起こしていきたいよねぇ」などと会話の中にビジネス用語を詰め込めるだけ詰め込む人。
・暇さえあればマクドナルドに入り浸っている人。
・普段あまりマクドナルドには行かないが、行ったら行ったで「マクドナルドのBGMって意外とおしゃれだよね」と感心しちゃう人。
・マイケル・キートンの復活を祝福している人。
・もっと言えばマイケル・キートン目当てで『スパイダーマン:ホームカミング』を観て、頭の中でスパイダーマンとバットマンの図式に置き換えるという半狂乱みたいな楽しみ方をしちゃう人。
なにより、ハッピーセットに心を躍らせる少年少女たちの夢をまあ容赦なく粉砕してくれるので、ぜひ世のお母さんは社会勉強の一環としてお子さんに観せてあげてくださいね。
「マクドナルドは資本主義の権化なのよ」つって。