嗚呼、素晴らしきチャステイン・ワンマンショー!
2016年。ジョン・マッデン監督。ジェシカ・チャステイン、マーク・ストロング、ググ・バサ=ロー。
敏腕ロビイスト、エリザベス・スローンは、銃所持を後押しする仕事を断って、大会社から銃規制派の小さな会社に移る。卓越したアイデアと決断力で、困難と思われていた仕事がうまくいく可能性が見えてきたが、彼女のプライベートが暴露され、さらに思いも寄らぬ事件が起こり…。(Yahoo!映画より)
もくじ
- ①社会派映画の根底に流れているのはロックの血脈。
- ②無情なるチャステイン・ワンマンショー。
- ③興味のない人にほど勧められる作品。
- ④会話劇が主だが、会話劇特有の単調さはない。
- ⑤チャステイン名言グランプリ!
クールすぎてもはやコールドのジェシカ・チャステインが途方もなく格好いい。
最初にトレーラーを観たときに「若干ケイト・ブランシェットとキャラ被っとるがな」と感じたが、本編を観て得心。この役をこなせる女優はそうそういない。
『マイティ・ソー バトルロイヤル』(17年)のケイト・ブランシェットは、たしかに恰好よかった。
『アトミック・ブロンド』(17年)のシャーリーズ・セロンも、なるほどバリいかしてた。
だけどやっぱりチャステイン!
彼女の格好良さは画像なんかでは伝わらない。映画俳優を写真だけで判断して「格好いい」とか「綺麗ね」とか「なんちゅう顔しとるんだ」などと人は言うが、まったくのナンセンスだね!
映画俳優はスクリーンを通すことでしか見ることができない幻影なのだ。
俳優たちがスクリーンに息づき輝けるのは、カメラや照明や録音技術があってこそ。一人の俳優を映画で観るのと画像で見るのとでは、それぞれにまったく異なる次元の体験である。
とはいえ、まぁ、画像もバシバシ載せていくのだけど。
①社会派映画の根底に流れているのはロックの血脈。
大手ロビー会社のコール=クラヴィッツ社で辣腕を振るう政治ロビイストのジェシカ・チャステインが、銃擁護派団体から新たな銃規制法案の成立を阻止してほしいという依頼を突っ撥ね、銃規制派のピーターソン=ワイアット社に移籍して規制法成立へ向けた活動を開始する。
私は社会派映画が大好物だ。
というより、義憤に駆られて社会の欺瞞や腐敗を告発するというジャーナリズム精神にめっぽう弱い。なぜならロックンロールの精神に通じているからだ(ただしロックは「告発」するのではなく「破壊」する)。
近年では『ニュースの真相』(15年)や『スポットライト 世紀のスクープ』(15年)のような、少人数のジャーナリストが世の腐敗を暴くというチームものが非常にアツうござんした。
②無情なるチャステイン・ワンマンショー。
本作でも、反りの合わないクラヴィッツ社を辞め、部下を引き連れてワイアット社に移籍したジェシカ・チャステイン演じる最強ロビイストが、部下と協力しながら古巣クラヴィッツ社に立ち向かうが、チャステイン様は長いつき合いの部下たちを「駒」としか思っておらず、クラヴィッツ社を出し抜くために徹底的に仲間を利用する。一応チームだけど、チーム感まるでなし!
そんな本作は、チャステイン様の冷酷無比な人物像がぐいぐいとドラマを牽引するチャステイン・ワンマンショー映画だ。
「毒を以て毒を制す」というキャッチコピーの通り、これは決して正義を掲げた戦いではない。銃ロビー側が、癒着、買収、脅しといった汚い手を使うならば、負けじとチャステイン様も盗聴、監視、サクラ、挙句の果てには仲間をダシに使うなど、法的にも倫理的にも一線を越えた奇策で立ち向かう。まさに海千山千の泥仕合。
政治というシビアな世界において、「敏腕」と「冷酷」はまったくのイコールだろう。
とりわけ、銃規制の権威である部下ググ・バサ=ローがかつて銃乱射事件の生存者だったことを知ったチャステイン様が「このことは誰にも言わない」と約束していたにも関わらず、生放送の討論番組で彼女の忌わしい過去を思いきり暴露、一気に世論を銃規制ムードに持っていく…という無情なる奇策!
このことで銃規制活動の顔になってしまったググちゃんは、ある晩、銃規制に反対するバカ野郎に銃を向けられて殺されそうになるが、たまたま銃を携帯していた民間人に命を救われたことで銃規制ムードは覆ってしまう。
皮肉なことであるよなぁ。
本当は裏方仕事がしたいのに、チャステイン様の命令でメディアにばんばん露出させられるググちゃん。
チャステイン様「テレビに出な、お嬢ちゃん」
③興味のない人にほど勧められる作品。
政治用語が連発する上に、キャラクターが全員のべつ幕なしに喋りまくり、おまけに会話が超ロジカルなので、サークルと飲み会と不純異性交遊のことしか頭にないunder20のいちびった大学生にはやや難しい内容かもしれないが、物語の細部が分からなくても大筋は感覚的に理解できるように作られているので安心されたい。
ぜひとも大学生の皆さんには飲み会を即刻キャンセルしてこの映画を観ていただきたいですね。
また、政治の裏側でさまざまな議員や有権者に根回しするロビイストを描いた映画なので、「ロビー活動ってなんですか? ホテルのロビーでお茶をぶちまけたりすることですか?」みたいなファンシーな想像を膨らませている方々にもおすすめの一本である。
余談だが、政治の世界だけでなく、たとえばアカデミー賞なんかもロビー活動によって受賞作品が決まったりする。
アカデミー長編アニメ賞が新設された2001年に、興行的にも批評的にも高く評価された『モンスターズ・インク』(01年)ではなく、いまいちパッとしなかった『シュレック』(01年)が受賞したのは、『シュレック』を作ったドリームワークスの創業者がスティーヴン・スピルバーグという超大物で、彼がアカデミー会員に対してロビー活動(接待や根回し)をおこなったからだ。大人の事情とはこのこと。
④会話劇が主だが、会話劇特有の単調さはない。
本作は膨大なダイアローグ(対話)が主とは言え、決して会話劇に堕してないところが素晴らしい。
会話劇に堕した映画のほとんどは顔のアップショットによる切り返しがダラダラと続くから単調なのだが(名前は伏せるけど、『アベンジャーズ』とか『ジャスティス・リーグ』みたいな某アメコミ映画の前半1時間みたいに)、本作ではアップショット、ウエストショット、ロングショットの抑揚が非常に美しいのでダラダラ感や窮屈感がない。
また、下手な監督だとダイアローグのたびに映画を止めてしまうが、いつもせかせかしていて超多忙なチャステイン様は常に何かをしながら喋るので、動的な画面が132分維持されるのだ。
キャラクターの真意をガラス越しに写し取っていくという妙技も冴える(映画にとって重要なモチーフである窓やガラスは、言葉よりも饒舌にキャラクターの心情を表現します)。
何より、ジェシカ・チャステインが『ゼロ・ダーク・サーティ』(12年)でも見せた「感情表現しないことで感情を表現する」という逆説的な演技プランが絶品。
これは、「ミシェテリー」という不可解な言葉を私に生ませた『エル』(16年)のイザベル・ユペールにも通じるヒロイン像だ。
チャステイン様はサイボーグのように無感動で冷酷な女をクールに演じているが、だからこそ裏切った仲間への謝罪が本心なのか建前なのかというミシェテリーになっているし、窮地に陥った際にたった一度だけ感情的になるシーンで彼女の弱さ(=人間性)が示され、最強ロビイストである彼女にやおら敗北の暗雲が立ち込める…というサスペンスとしても機能している。
役者が感情表現しないことで、物語の隙間に幾通りもの想像を巡らせる余地が生まれ、映画は広がっていく。
ジェシカ・チャステイン…今から8年前、当時33歳のときに頭角を現した遅咲きの女優。
『ツリー・オブ・ライフ』(11年)と『ゼロ・ダーク・サーティ』で勢いをつけてからというもの、クリストファー・ノーランの『インターステラー』(14年)、リドリー・スコットの『オデッセイ』(15年)、ギレルモ・デル・トロの『クリムゾン・ピーク』(15年)など、さまざまなビッグネームの作品に引っ張りだこ。
⑤チャステイン名言グランプリ!
劇中でチャステイン様が言い放った名言の中から最優秀発言賞を決定したいと思います。
選考委員はふかづめさんです。よろしくお願いします。
ふかづめ「よろしくお願いします。緊張してます」
それではノミネートされた名言を見ていきましょう。ノミネートされたのはこちらの5作品!
「皮肉という言葉を使う人ほど皮肉な人間よ」
「なぜそこまで銃規制法案に情熱を注ぐんです? 身近に誰か銃の犠牲になった人が…?」と訊かれて…
「なぜ皆そう思うの?個人的な経験がなければまともに議論ができないように見える?」
「長年ゲイの権利に反対し続けた議員がいたけど、弟のカミングアウトで180度変わった。人の意見なんてすぐに覆るものよ」
きったねえ中華食堂で「毎晩この店で食事してるんですか? 飽きませんか?」と訊かれて…
「私は死なないために食事してるだけ。必要にかられてトイレに行くのと同じよ」
「仲間は少ない方がうまくいく。この街には至る所に密告者がいる」
それでは結果を発表します。第一回チャステイン名言グランプリで最優秀発言賞に輝いたのは…
ダルダルダルダルダルダルダルダル…ジャン!
きったねえ中華食堂で言い放った「私は死なないために食事してるだけ。必要にかられてトイレに行くのと同じよ」!
受賞されたジェシカ・チャステインさんには、賞品として麻婆豆腐50グラムとエビチリ1匹が贈与されます。大事に食べてください。
選考委員のふかづめさんにコメントを伺ってみましょう。ずばり決め手となったのは?
ふかづめ「おそらく私は食文化というものを冒涜しています。チャステインさんと同じく、私にとっても食は生命維持の手段に過ぎず、いつもご飯を食べている時間がもったいないとさえ感じているのです。なので私はグルメ番組を観ません。大喜びで美食をむさぼるレポーターがさもしい豚に見えてしまうのです。さもしい豚といえば…」
さぁ! そろそろお時間です。
ジェシカ・チャステインさんの今後の活躍が期待されますね!
ふかづめ「いや、まだ最後まで話してない…。さもしい豚といえば――」
それではまたお会いしましょう!