バカをやるなら徹底的にバカになってくれ。
2001年。スティーブン・ソダーバーグ監督。ジョージ・クルーニー、ブラッド・ピット、ジュリア・ロバーツ、マット・デイモン。
保釈中のカリスマ窃盗犯ダニー・オーシャンは刑務所暮らしの4年間にとてつもない犯罪計画を練り上げていた。それは、ラスベガスの3大カジノの現金がすべて集まる巨大金庫から、厳重な警戒とセキュリティを破って1億6000万ドルの現金を盗み出すというもの。オーシャンは旧友のラスティに話を持ちかけ、この計画の遂行に不可欠な各分野のスペシャリストのスカウトを始め、11人の犯罪ドリーム・チームが誕生した。こうして11人のプロによる、ミスの許されない秒刻みの強奪作戦が始まった…。(Yahoo!映画より)
『オーシャンズ11』とは何だったのか? という疑問を長年持っていました。
私の心の中には「よくよく考えるとあの映画って何だったんだろうな?」と思う作品が、約170本ほど、行き場をなくしたぶざまな魂のように彷徨っている。
しまいどころに困る映画というか、自分の中で決着がついてない映画というか、なんだか釈然としないまま現在に至るまで放置してる映画というか…。
そういうものを捨て置いたままにするのはよくないということで、今回はそんなよくよく考えると何だったんだろう映画の中から、皆さんお馴染みの『オーシャンズ11』をぶった斬りたく候。
『オーシャンズ11』をお撮りあそばせたのはスティーブン・ソダーバーグというおっさんだ。
ソダーバーグといえば、数々のトップスターが「ノーギャラでもいいから出させてくれ」と逆オファーするほど、業界内では異常に評価の高い映画作家。
処女作の『セックスと嘘とビデオテープ』(89年)が自主映画にも関わらず史上最年少の26歳でカンヌ映画祭のパルム・ドール(最高賞)を受賞した。
その後、メジャー街道に躍り出て『エリン・ブロコビッチ』(00年)、『トラフィック』(00年)、『ソラリス』(02年)などで批評的にも興行的にも成功をおさめる。
本作にも出演しているジュリア・ロバーツの『エリン・ブロコビッチ』と、ジョージ・クルーニーの『ソラリス』。
業界内での人気と映画通からの信頼は狂信的といっていいほどだ。
ちなみに普段、私はスティーブン・ソダーバーグのことを豆電球男を呼んでいるが、彼の名誉と文章の読みやすさを考慮して、ここではソダーバーグと呼ぶことにする。
どう見ても豆電球。よく光りそうだ(というかすでに光ってる)。
さて、そんな豆…ソダーバーグが思いきり大衆路線に寄せてきたのが『オーシャンズ11』。
映画好きはもちろん、映画好きじゃなくても「ひゃあ~」とファルセットで悲鳴を上げてしまうようなオールスターのケイパー映画*1。
ドル箱スターが大勢出ていて派手な強奪作戦を描いているので「華やかなハリウッド映画」と思いがちだが、本質的にはかなり質素な映画だし、実際、ソダーバーグはハリウッドメジャーとは対極に位置するインディーズ作家でもある。
本来は、こんな万人に向けたポップコーン・ムービーを撮るようなタイプではなく、それはそれは芸術的で退屈な映画を手掛けてきた映画作家なのだが、ソダーバーグ自身が「『オーシャンズ11』は観客が2時間を楽しく過ごすためだけに作られた映画だ。映画館を出る頃には、みんな映画のことなんか忘れて『これからなに食べる?』なんて会話を交わすようなね」と皮肉交じりに発言しているように、これはもう完全に寄せにいった作品だ。
ガス・ヴァン・サントでいう『グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち』(97年)。
ロマン・ポランスキーでいう『戦場のピアニスト』(02年)。
エアロスミスでいう「I Don't Want To Miss A Thing」!(『アルマゲドン』のテーマ曲)
…みたいなね。最後だけ音楽で喩えてすみませんでした。
とにかく、いま挙げた「寄せに行った作品」群は、筋金入りのビッグファンからすれば「おいおい、らしくねえなぁ」とシラけてしまうほど、あからさまに商業的なのだ(だから悪い、と言っているのではない)。
そんな『オーシャンズ11』を10年ぶりに観返したのだけど、やはり私が初見で感じた印象はほとんど変わらなかった。
バカをやるなら徹底的にバカになってくれ。
サービス精神がなさすぎる。
もともと『オーシャンズ11』は、フランク・シナトラ*2が俳優仲間を集めて冗談半分で撮った『オーシャンと十一人の仲間』(60年)というコメディタッチの映画をリメイクしたものだ。
元ネタとなった『オーシャンと十一人の仲間』。
だがソダーバーグという男はジャン=リュック・ゴダールやオーソン・ウェルズの影響をモロに受けたクソ真面目なインテリ派監督なので、ハリウッド娯楽大作に欠くべからざる「ユーモアで楽しませる」ことなど到底できるわけもなく。
・勝手に単独行動したマット・デイモンが置いてけぼりを食らう。
・ジョージ・クルーニーが屈強なガードマン(仲間)に殴られたフリをする。
・ブラピが医者に変装してカール・ライナーに人工呼吸する。
・仲間のシャオボー・チンを危うく爆殺しかける。
・マット・デイモンとバーニー・マックの「黒人差別ネタ」の茶番劇。
…など、よくよく見ればコントみたいなギャグが満載なのだが、なまじクソ真面目に演出しているせいでビタイチ面白くない。
ジョージ・クルーニーやマット・デイモンは必死に笑わせようとしているのに、ソダーバーグの側にユーモアの感性がないから、終始シリアスなトーンで撮ってしまっていて。ジョージ・クルーニーに言わせたら「ソダーバーグが真面目すぎて調子クルーニー」だ。
ジョーク混じりの掛け合いセリフも、本来ならクスッと笑える粋なダイアローグになるところを、おそらくソダーバーグは間とか言い方にこだわってないので淡々と処理してしまう。
事程左様に、脚本的にはギャグ満載のコメディなのに、出来上がった映画を観るとまるで別物という…。
『オーシャンズ11』を楽しんだ人は多いだろうが、『オーシャンズ11』で大笑いした人っています?(もしそんな人がいるとすれば、ソダーバーグのクソ真面目演出を以てしても笑えたということなので、ある意味では笑いの感性が異常に高い天才肌の人だと思います。おめでとうございますクッキーあげます)
まるで、ラジオとかMXテレビとか雑誌のコラム連載を中心に活動しているようなゴリゴリの文化人が全国ネットのバラエティ番組に出たけど「テレビ向けの笑い」にまったく理解がなくて終始小難しい話をしちゃってるような痛々しさがある。
これ、たとえば『ミッション:インポッシブル』でトム・クルーズがすっとぼけた感じでやってくれたらさぞかし面白かっただろうなぁ…。
ゆえに先述した通り、「バカをやるなら徹底的にバカになってくれ。サービス精神がなさすぎる」なんですよ。
そして間然したい点がもうひとつ。
こちらは、先述した「華やかなハリウッド映画と思いがちだが、本質的にはかなり質素な映画である」という一節に掛かってくるのだが、とにかく地味。
表層批評的な指摘になるが、ソダーバーグにラスベガスは撮れない。その時点でこの企画はすでに頓挫したも同然だ。
『ショーガール』(95年)、『カジノ』(95年)、『リービング・ラスベガス』(95年)を引き合いに出すまでもないが、ラスベガスという都市が人に与える「夢と欲」や「栄華と破滅」がまったく映像に乗っていないので、オーシャンズたちの強奪計画にもスリルがない。
これならまだ『スター・ウォーズ/最後のジェダイ』(17年)に出てくるカジノ惑星の方がよっぽどベガスベガスしてるよ!
ソダーバーグにはラスベガスが撮れないというか、ハナから撮る気がないんでしょうね。そもそもこの人って大都市に興味ないし。本作でも「こんな所、好きじゃないやい!」という愛着のなさとか無関心ぶりが露骨に出ていて。これほど覇気のないラスベガスも珍しいというか、これほど楽しくなさそうなカジノも珍しいというか。
たぶんラスベガスをナメているよね。ソダーバーグの中にはベガスなめがあるよ。
本作の地味さは「序破急がない」という三幕構成の欠陥にも顕著だろう。
調子クルーニーが仲間集めに奔走する第一幕はともかく、作戦決行に移る映画中盤からはただただ一本調子で盛り上がらない(もともとソダーバーグ作品には三幕構成が存在しないので、そういう意味でも企画の段階ですでに頓挫しているのだ)。
11人分のカットバックがモッタラモッタラ続くだけで、おまけにカジノオーナーのアンディ・ガルシアは大金を盗まれても恋人を盗られても終始ポーカーフェイス。
ポーカーフェイスっていうか『ゴッドファーザー』顔だよね。
あの曲が聴こえてくるからやめろっちゅーの。
極めつけは、11人による打ち上げもしくは前夜祭がない!
これは個人的な不満です。
まぁ、べつになくても構わないが、最低限の和気藹々もしくは喧々諤々とした『アベンジャーズ』感すらないのはオールスター映画としていかがなものでしょう。だって寂しくね。あった方がよくね。
完全に俳優のネームバリューだけで押し切っていて、ハナからキャラクターを描くことや映画を盛り上げることを諦めていて。
だからこの映画につきまとうイメージは「ブラピがカッコイイ」とか「キャストが豪華」とか、その程度のものなのだ。
はっきり言って、本作を丸パクりした韓国映画大作『10人の泥棒たち』(12年)の方が圧倒的に質はいい。エンターテイメントというものを狭義的に理解しているし、サービス精神にも振りきっていて気持ちがよい。
最後の最後でアホ丸出しの讃辞を贈るが…、
ただしブラピは最強に格好いい。
ブラピは格好いい、という認識を新たにするのはたぶんこれで71回目ぐらいだが、やはりブラピは最高にイカす。
よく見ると、唯一ブラピだけが絶え間なくジャンクフードを食い続けているというところも人間味があってステキだ。
もしもブラピが、キャラも物語もひたすら無感動で淡々と撮っていくソダーバーグを見て「この映画には『生』が足りない」と考えてモノを食い続けるという演技プランを組み立てたのだとしたら相当賢い俳優だ(そしてその可能性はそこそこ高いと思う。ブラピは自分の映画会社「プランB」から数々の良作~傑作を世に送り出しているほど映画製作者としても一流なので。顔だけの俳優じゃないぞ!)。
ブラピは電話かけてる所作が一番カッコイイと思うの。ソフトバンクのCMにも出てたしね!
あと、70年代アメリカ映画をこよなく愛する身としては『ロング・グッドバイ』(73年)のエリオット・グールド御大ね。
俳優としても監督としても評価されているベン・アフレックの愚弟としてお馴染みのケイシー・アフレックの居ても居なくてもいいような存在感も見逃せまい。
これだけのスターを揃えておいて何故こんな地味になるんだ…と暗澹たる気持ちになった『オーシャンズ11』。
こういうのは育ちの悪い監督に撮らせた方が面白くなるんだよ。
このあとシリーズは2作品続き、今年8月10日にはオール女性キャストでリブートした『オーシャンズ8』(18年)が公開される。ポンコツ監督のゲイリー・ロスだからしょせんタカが知れているが、個人的にはサンドラ・ブロックとケイト・ブランシェットが共演してるので超楽しみ!
『現代女優十選』における4位と5位が共演! たぶん私がいちばん得する映画。
ちなみにソダーバーグは、2013年に業界を騒がせた引退宣言を取り下げて『ローガン・ラッキー』(17年)でしれっと復帰を果たした。