シネマ一刀両断

面白い映画は手放しに褒めちぎり、くだらない映画はメタメタにけなす! 歯に衣着せぬハートフル本音映画評!

500ページの夢の束

少女は掟を破る。

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2017年。ベン・リューイン監督。ダコタ・ファニング、トニ・コレット、アリス・イヴ。

 

自閉症のウェンディは「スター・トレック」が大好きで、自分なりの「スター・トレック」の脚本を書くことが趣味だった。ある日、「スター・トレック」の脚本コンテストが開かれることを知った彼女は、渾身の一作を書き上げる。しかし、郵送では締め切りに間に合わないことに気づき、愛犬ビートとともにハリウッドを目指して旅に出る。(映画.comより)

 

おはようございます。

昨夜、無性に大根のそぼろあんかけが食べたくなったので製作しました。指をすこし火傷したけど、まあまあ美味しかったので製作してよかったと思います。もし、そのあと僕が死んだら最後の晩餐は大根のそぼろあんかけになるわけですが、特に悔いはないですよ。大根が好きだから。

ていうか、どうせ料理の話をするなら昨日しておけばよかったなって今思ってます。昨日は料理映画をレビューしたのでね。

 

それはそうと「人生最後の食事は何がいい?」なんてことを訊くヌケサクがたまにいるけど、どうでもいい質問ランキング第6位だよね。これね。

これを訊かれて「ハンバーグ!」と答えた人は、人生最後の日にわざわざスーパー行って食材買って家帰ってきて挽肉各種をコネコネするのでしょうか。明日死ぬというのに、そんなことをする余裕があるのだろうか。

けっこう時間もかかるよね。ハンバーグを食うためだけに人生最後の日を1時間以上も使っちゃうわけで。まぁ、食べることが好きな人にとっては大した代償でもないんでしょうけど、もっと凝った料理なら余計に時間かかっちゃう。「本場のフランス料理!」とか言い出してごらんなさいよ。フライト時間だけで12時間もっていかれるからね。人生最後の日なのに時間配分それでいいの? って。

 

ちなみに「明日地球が滅亡するなら何したい?」って訊くヌケサクもいるけど、こっちはどうでもいい質問ランキング第4位だよ。いよいよTOP5に食い込んできたよ。

もしその質問をされたら、僕なんかは「いちばん好きな映画を観ていたい」って答えると思うんだけど、実際マジでそんな日がきたとして…映画なんか絶対観ないからね。観るわけないじゃないですか。観たとしても楽しめねえよ。頭に入ってこねえよ。

この質問に対して「豪遊する」とか「嫌いな奴をシバいて回る」って答える人は多いけど、リアルに考えるとたぶんパニックを起こすばかりで何もできないだろうし、する気も起きないと思うんですよね。ちなみに某知人は「米津玄師のライブに行きたい!」つってましたけど。

たぶん公演しないっしょ。

米津も地球最後の日ぐらい自由に過ごしたいっしょ。人の子だもん。

 

というわけで本日は『500ページの夢の束』。よろしくどうぞ。

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◆才女ダコタ・ファニング◆

2000年代初頭にハリウッドの荒野に舞い降りて天才子役の名を欲しいままにしたダコタ・ファニング年末に当ブログにも遊びに来てくれたファニング姉妹のお姉ちゃんである。

今回は満を持して主演作を取り上げ、皆さんと一緒に改めてダコタ・ファニングを再評価していきたいと思います。

私はダコタんの才女伝説をリアルタイムで目の当たりにしていたので、彼女の女優としての能力と人徳をごく一部だけ紐解くぐらいならお茶の子さいさいやで。

 

~輝かしき才女伝説~

 

・2歳から本を読み始める。

・3歳で女優業を始める。

・打ち合わせは保護者なしの1対1でおこなう。

・もらった台本はその日のうちに記憶する。

・かわいい。

・ピアノ、水泳、編み物、バレエ、バイオリンを身につける。

・フランス語とスペイン語をわずか数ヶ月で身につける。

・馬術を身につける。

馬と会話すらする。

・かわいい。

・ロバート・デ・ニーロから10歳の誕生日に謎の人形を譲り受ける。

・トム・クルーズからiPadを譲り受ける。

・カート・ラッセルから仔馬を譲り受ける。

・デンゼル・ワシントンからは何も譲り受けなかった。

 

さすが才女。文武両道にして才色兼備であられる。

幼少期は『アイ・アム・サム』01年)『コール』(02年)『マイ・ボディガード』(04年)『宇宙戦争』(05年)『ハイド・アンド・シーク 暗闇のかくれんぼ』(05年)といったハリウッドメジャーで活躍。ロバート・デ・ニーロ、ショーン・ペン、デンゼル・ワシントンといった名優たちにも引けを取らない芝居を見せつけ、時には勢いあまって共演者を喰ってしまうほどのバカテク子役に。私はドリュー・バリモアもマコーレー・カルキンも「ちょっと器用で可愛いだけ」と思っているのだが、ダコタんは並の女優が30年かけて辿り着ける境地にわずか9歳そこらで到達している。

思春期になると清純派のイメージを植えつけられるまえにオマセな恋愛映画『ニュームーン/トワイライト・サーガ』(09年)や、伝説のガールズロックバンド、ザ・ランナウェイズの伝記映画『ランナウェイズ』(10年)でシェリー・カーリーを演じた(ジョーン・ジェット役が『トワイライト』シリーズで何度も共演した親友クリステン・スチュワート)。

ところが、二十歳前後になると急に人気が爆発した妹エルと入れ替わるようにメジャーから遠ざかり、少々いかがわしいインディーズ映画に出始めるように…。顔もなんとなくジョディ・フォスターに似てきた。

やはり子役でなくなった今、もうダコタんに需要はないのか?

否!

あるファニング!

『500ページの夢の束』は改めてダコタんの魅力と上手さを再確認して「まだまだエルたんに負けてないね」と胸を撫でおろすにはうってつけの作品。近年はもっぱらエルたんにばかり構っていたので反省の意味も込めてこの文章をダコタんに捧げます。

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ダコタ・ファニングの今と昔。

 

この映画をお作りなさったのはベン・リューインというほぼ無名の人物で、処女作『セッションズ』(13年)に続いて二度目のメガホンを取った。

『セッションズ』は障害者のセックスを題材にした作品で、首から下が麻痺したポリオ患者とセックス代理人の交流を描いたちょっぴり真面目なヒューマンドラマ。そして今回の『500ページの夢の束』では自閉症のヒロインを描いているように、社会生活が困難な人々にカメラを向け続ける監督である。ちなみにまだ30~40代の若手監督なのかと思いきや73歳だった。シルバーもシルバー。遅咲きも遅咲き。

 

◆めざせハリウッド ~600キロの旅~◆

オークランドのグループホームに暮らすダコタんは『スタートレック』マニアの少女で、ある日『スタートレック』の脚本が一般公募されていることを知って500ページもの原稿をいそいそと書き上げるが、投稿の締め切りを逃したことでハリウッドのパラマウントピクチャーズに直接持ち込もうとグループホームを抜け出す。旅の相棒は彼女が飼っているバカ犬(チワワ)。

かくしてオークランドからハリウッドまでの600キロに及ぶ長旅が始まった。

自閉症を抱える彼女の前にはさまざまな困難が待ち受けている。特定のエリア内の外出しか許されていない彼女にとって「ルールを曲げる」ことは難しいようで、隣りの地区に続く信号がどうしても渡れないのだ。まるで目に見えないバリアに阻まれるように。

自閉症といってもさまざまなタイプがあるが、彼女が抱えているのはASD(自閉症スペクトラム)にあたるので、日常生活を細かくパターン化してルーティン通りに行動しないと強い不安感を覚えてしまう。

したがって未踏の地に足を踏みいれることには並々ならぬ恐怖を感じるし、「曜日ごとに決まった色のセーターを着る」というステキなルーティンも曲げなければならない。7色すべてのセーターを小さいリュックに詰め込むことはできないので一着だけ選ぶことになるのだが、ここで彼女が選んだ色は。信号機の「止まれ(危険)」を示す色だ。

それを着た彼女が信号を渡って危険な世界に飛び込み、やがて服がドロドロに汚れるにつれて僅かではあるが赤味が落ちていく…という演出がすばらしい。

周囲の雑音を消すためにいつも聴いていたIpodを邪悪なレッドネックどもに盗まれたことでパニックを起こしかけるシーンでは(ダコタんの卓抜した芝居も相まって)冷や冷やさせられるが、次第に世界がすばらしい音に満ちていることに気付きはじめる。Ipodを失ったことが誰かとの会話の契機になり、思わぬサポートを受けて人のぬくもりを知っていくのだ。もちろんいい人ばかりではないのだけれど。 

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レッドネックのカップルにIpodをぶん捕られてしまう。

 

この成長譚は、ヒロイン自身も敬愛している『スタートレック』のスポックというキャラクターを素地としたもの。スポックは地球人と異星人のハーフで、人間の感情や言語を習得するうちに人間性のすばらし味に気づいていく…といったキャラクターで、ダコタんはスポックを自分に重ね合わせながら「世界に対する見方」を変えていくのだ。

およそ障害者を扱ったセンシティブな作品では「世界がダコタんに対する見方を変える」という作劇がベターというか安牌だが、まるっきり逆のアプローチから自閉症を描いた本作は『セッションズ』と同じくなかなか攻めた映画なのである。

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スポックさん。


◆やっぱりダコタは一流だった◆

ダコタんのハリウッド珍道中と同時並行で描かれるのは、姉のアリス・イヴとグループホームを取り仕切るソーシャルワーカーのトニ・コレットが勝手に施設を飛び出したダコタんを必死のパッチで捜し回るサイドストーリー。

ロードムービーでありながら追跡劇の体も取っていて、トニ・コレットはダコタんを追う過程で息子との微妙な関係性を修復し、姉アリスもまた結婚を機にダコタんを施設に入れた後ろめたさと向き合っていく。

だがあくまで映画の中心に腰を据えているのは『スタートレック』。

ダコタんの脱走理由を知ったトニ・コレットは『スタートレック』の概要を息子から教わることで彼女の心を理解しようとするし、バカ犬が着ている『スタートレック』のユニフォームが安否確認の手がかりになる。そして行方不明のダコタんを発見した警察官は警戒心を解くためにクリンゴン語を使って意思疎通を試みる。

そしてクライマックス。締め切り時刻を過ぎたことで脚本を突き返されたダコタんがある奇抜な行動をとって無事に脚本を提出するラストシーンは観る者を鮮やかに不意打ちするだろう。幼少期に姉と弾いていたピアノがエピローグで反復される小粋なギミックも素敵。

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安心印のトニ・コレット。


そんなわけで清涼感たっぷりの心地よい作品でございました。

ダコタ・ファニングはバリバリの技巧派(頭で芝居するタイプ)だが、同じく自閉症の主人公を描いた『レインマン』(88年)のダスティン・ホフマンや『アイ・アム・サム』(01年)のショーン・ペンのような「高度なモノマネ芸」ではなく、オリジナルのアプローチで役を作り上げている。駅の窓口でモタモタと小銭を数えて後ろの客を苛立たせるシーンなんかは自身の体験をもとに演じたらしいが、このように「自閉症であろうがなかろうが、つい取ってしまいがちな言動」を役に紐づけて活きたキャラクターを造形する手つきはまさに天才的。いかにも自閉症の人、といった類型的な芝居はいっさい見られない。

真の技巧派は「技巧の痕」すら見せないンである!

 

まぁ、やや薄味な映画なので本稿も薄味に仕上げてみたが、93分にカチッとまとまった慎ましい小品ではないでしょうか。

なお、劇中でダコタんが書いた脚本を指して『500ページの夢と束』と名付けられた邦題だが、実際は427ページだからね。水増しすんな!

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赤いセーターは色落ちして温かなオレンジ色に。

 

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