シネマ一刀両断

面白い映画は手放しに褒めちぎり、くだらない映画はメタメタにけなす! 歯に衣着せぬハートフル本音映画評!

ホテル・エルロワイヤル

タランティーノ症候群の急先鋒。

f:id:hukadume7272:20190910083246j:plain

2018年。ドリュー・ゴダード監督。ジェフ・ブリッジス、 シンシア・エリヴォ、ダコタ・ジョンソン、ルイス・プルマン、ジョン・ハム、クリス・ヘムズワース。

 

ホテル「エルロワイヤル」に集まった7人の男女。怪しげな神父や謎の女、セールスマン、歌手、ホテルスタッフなど、これまで全く関係のない人生を送ってきた彼らは、全員が重大な秘密を抱えていた。やがてそれぞれの正体とホテルに隠された衝撃の真実が明らかになり…。(映画.comより)

 

おはようございます。

全身の骨がぽきぽきしているので今日は前書きナシです。

というか冗談抜きで前書きを書くのが毎回苦痛です。まったく無駄なサービスだ。よかれと思ってしていることが自縄自縛を招いている。私の中のサービス精神に私自身が雁字搦め、肥大化して独り歩きを始めた「サービス」という名のモンスターに苦しめられている。

そもそもいつからこんな体制になったのだろう。映画評に入る前にちょっとした小噺をエッセイ風にお届けするって、なんなんだそれは。落語じゃねえか。俺がやってることは映画評ではなく落語だったのか?

ていうか今現在、もやしが歯に挟まっている。俺の人生に救いはないのか…。

そんなわけで『ホテル・エルロワイヤル』評。よろしくな!

f:id:hukadume7272:20190910085400j:plain

 

◆徹頭徹尾タランナイズされた疑似タランティーノ作品◆

タランティーノ好き集まれー。

この掛声を発さずして何の掛声を発しろというのか。ことに本作は『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』(19年)で興奮冷めやらぬ人にこそ観てほしい作品である。

本作は『クローバーフィールド/HAKAISHA』(08年)の脚本や初監督作『キャビン』(11年)で知られるドリュー・ゴダードの最新作だが…最初から最後までタランティーノだった。

 

1969年、カリフォルニア州とネバダ州の州境の上に立つ寂れたホテル「エルロワイヤル」に謎めいた7人の男女が集まり、あるトラブルがもとでそれぞれの野望と欲望が交錯する疑心暗鬼の騙し合いゲームが勃発する…。

もうタランティーノや。

大筋を聞いただけで『レザボア・ドッグス』(92年)『ヘイトフル・エイト』(15年)あたりが脳裏をよぎるだろう。ホテルが舞台という点ではモロに『フォー・ルームス』(95年)だし。

それに章仕立て、音楽のサンプリング、時間軸シャッフルも縦横無尽に駆使している。

まだまだこんなもんじゃないぞ。『ジャンゴ 繋がれざる者』(12年)のデカプー長広舌シーンのように時間をかけてサスペンスを盛り上げていく手つき、あるいは『パルプ・フィクション』(94年)のアタッシュケースにあたるマクガフィンの争奪戦、挙句の果てには『イングロリアス・バスターズ』(09年)さながら建物が炎上してフィルムが燃えさかるクライマックスetc…、露骨にも程があるほどタランティーノに傾斜した作品なのである。

時代設定が1969年のアメリカなので『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』との共通点も多い。何しろチャールズ・マンソンをモデルにしたであろうキャラクターまで登場するんだからな。

f:id:hukadume7272:20190910085141j:plain

主要キャストの皆様(すこやか)。

 

物語は、ホテルに着いた神父のジェフ・ブリッジスが歌手志望のシンシア・エリヴォに声をかけられ、彼女の荷物をホテルの中に運んでやるシーンに始まる。受付のいないホテルのロビーには掃除機セールスマンのジョン・ハムがいて、しばらく経つとこのホテルを一人で切盛りしている若き支配人ルイス・プルマンが現れてホテルの説明をする。そこへダコタ・ジョンソンが到着。4人の客はルームキーを受け取りそれぞれの部屋に向かう。

さぁ、ここから話が動き始める。

セールスマンのジョンは部屋の至る所に盗聴器が仕掛けられていることに気付き、ホテル内を探索してみるとマジックミラー越しに各部屋が覗ける隠し通路を発見した。

所変わってバーラウンジではジェフとシンシアが談笑していたが、彼女のウイスキーに薬を盛ろうとしたジェフを先手必勝とばかりにシンシアが置物で殴りつけて失神させる。
一方、盗聴器や隠し通路を見つけて「えらいこっちゃ」と慌てふためいたジョンは駐車場の電話ボックスからどこかに電話をかけ「フーヴァー長官ですか!」と言ってホテルの内情を伝えた。ジョンは掃除機セールスマンではなくFBIだったのだ(ジョン・エドガー・フーヴァーはFBI初代長官)

支配人のルイスに起こされて失神から目覚めたジェフが彼とともに隠し通路を歩いていると、ちょうどマジックミラー越しにダコタが幼い少女ケイリー・スピーニーを部屋に監禁する現場を目の当たりにした。その部屋に踏み込んだFBIのジョンがダコタに散弾銃で銃殺され、その流れ弾がマジックミラーを貫通して支配人ルイスの顔にちょっぴり突き刺さった瞬間も…。

 

…と、まぁ、このように各キャラクターの視点を変えながら物語が進行していく。

セールスマンと称していたジョンがFBIだったように、ジェフもまた神父ではなく、ダコタが幼い少女を部屋に連れ込んだのは「誘拐」ではなくカルト教祖に洗脳された自分の妹を救うためだったことが明かされていく。このあと歌手志望のシンシアと顔に大怪我を追った支配人ルイスの秘密も明かされ、ついにカルト教祖のクリス・ヘムズワースがホテルを訪れる。※ムジョルニアは持っていない。

回想シーンを除いて舞台はホテル内のみ。大雨にけぶるホテル「エルロワイヤル」の一夜を描いたタランティーノ風コンゲームの幕開けだ。

f:id:hukadume7272:20190910085312j:plain

雷神降臨。

 

69年米国アンダーグラウンド

正直言ってタランティーノ症候群映画はイヤというほど観てきたので開幕30分は食傷気味だった。 いったいどれだけの浅薄な映画監督がタランティーノの猿真似に興じてきたことか。YouTubeに湧く「米津玄師の『Lemon』を歌ってみた」じゃないんだから。

まずもって気に入らないのはワンショットの長さである。会話シーンのアップショットはテンポよく切り返すのにフルショットだけはロングテイクで撮っている。

観終えたあとに知ったが、どうやらこの映画はホテルの巨大セットのみならず衣装・家具・小物に至るまですべて特注で作ったらしい。なるほど、これを見せたいが為のロングテイクか。ショットを押し付けられる感覚がすごかった。あたかも「苦労して作ったやつ見てぇー。褒めてぇー」とばかりにグイグイ押しつけてくるのだ。ショットを。ロングテイクで。

この褒められたがり屋さんめ!

努力の跡なんて見せない方が格好いいんだけどな。まさにタランティーノがそうであるように。

そんなわけでいくぶん懐疑的な目を向けていた開幕30分だったが、話が進むうちに「へえ」とか「ほっほーん」といったポジティブな感嘆詞を連発、しまいには「やるじゃんかいさ」とサムアップするに至った私であります。

各キャラクターの目的と正体が見えてくるごとに人物相関図はぬるぬると変移し、対立は連帯へ、連帯は対立へと姿を変える。まるでオセロのように白から黒へリバースする権謀術数と、ノーモーションで人が死ぬ危なっかしさにはひとまず141分の長丁場を走破させるだけの牽引力がありました。それを裏打ちしたものこそが69年米国アンダーグラウンドへと落とされた釣瓶。

f:id:hukadume7272:20190910085916j:plain

掃除機セールスマンに扮したFBI捜査官、ジョン・ハム。

 

1969年はロバート・ケネディが暗殺された翌年である。フロントのテレビからは当時のニュース映像が垂れ流され、FBI捜査官のジョンはフーヴァー長官から何らかの命を受けてエルロワイヤルに潜入した。そしてエルロワイヤルのモデルになった「Cal Neva Lodge & Casino」はフランク・シナトラがケネディ兄弟に女をあてがった場所として使われていた実在のホテル。

ちなみに支配人ルイスは要人の不倫現場をマジックミラーから隠し撮りしており、その内のフィルムの一つがマクガフィンとなる。マクガフィンなので当然フィルムの内容は最後まで明かされないが、恐らくここに映っていたのはジョン・F・ケネディとマリリン・モンローの情事だろう。

そして大雨の深夜に招かれざる客が現れた。山奥にコミューンを形成し、少女たちを洗脳する悪のカリスマ、クリス・ヘムズワースである。映画の側が明言せずとも彼のモデルがチャールズ・マンソンなのは明らかだ。ホテルを制圧したマンソン・ファミリー主催の「死のルーレット」が幕を開け、かかる事態を収束させたのがPTSDに苦しむベトナム帰還兵のある人物…。

なるほど、そろそろ話が見えてきたな。

このホテルでは7人のコンゲーム(騙し合い)がおこなわれているが、その背後には「国家」がドス黒い影を落としており、7人のコンゲームを通して60年代アメリカの暗部が掘り起こされていく…という重畳的な構成になっているわけだ。

そしてクライマックスではその「暗部」をぶっ叩き、『イングロリアス・バスターズ』よろしく全てを燃やし尽くす大殺戮ショーへとなだれ込む。

初志貫徹にして首尾一貫。最初から最後まで綺麗にタランティーノだった。141分、こうもブレないと却ってアッパレだわ。

f:id:hukadume7272:20190910085953j:plain

バーラウンジで戦っていたジェフとシンシアが結託! 一体なぜ!?

 

◆亜流上等◆

徹頭徹尾タランティーノなので当然音楽も鳴りまくるが、思わず笑ってしまうのは選曲のセンスまでタランティーノに寄せてるあたり。やり過ぎだろ。

アイズレー・ブラザーズ、アメリカン・ブリード、ママス&パパス、クリスタルズ。私の耳で確認できたのはこの程度だが、他にもブラックミュージックと思しきファンクやR&Bがジャンジャカ鳴っていた。

極めつけはクリス登場シーンで流れるディープ・パープルの「Hush」。これに至っては『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』でも使われていた。

 

キャストを眺めてるだけでも十分楽しい映画です。

クリス・ヘムズワースが出演したのは監督の処女作『キャビン』(12年)の誼みだろうし、神父になりすましたジェフは『サンダーボルト』(74年)で彼が私淑していたイーストウッドと同じことをしている。ダコタ・ジョンソンは『ジャンゴ 繋がれざる者』に出演したドン・ジョンソンの娘。そういえばジョン・ハムは『ベイビー・ドライバー』(17年)とかいうタランティーノ症候群丸出し映画に出ていました。そしてしれっと現れるグザヴィエ・ドラン(なんでおまえが)。

 

タランティーノの亜流と言ってしまえばそれまでだが、私はべつにオリジナル至上主義ではないので、デパルマの『スカーフェイス』(83年)もバダムの『アサシン』93年)もマンゴールドの『3時10分、決断のとき』(07年)もトニスコの『サブウェイ123 激突』(09年)も好きだ。

それにこの映画はあまりに堂々とタランティーノをやったエピゴーネンという意味において単なる亜流には堕していない。

タランティーノ症候群の有害性は、明らかに彼の作風を模倣していながら「タランティーノって誰? よく知ランティーノ」などとシラを切るようなカビ野郎が多いことである『スモーキン・エース/暗殺者がいっぱい』のジョー・カーナハンとか)

何かを模倣するにしても『キック・アス』(10年)『キングスマン』(15年)のマシュー・ヴォーンぐらい最低限のオリジナリティを確立してから模倣しろっつーの。それでなければただのコピペ野郎だ。

まさにこれだ←これだ←これだ←これだ←これだ←これだ←これだ←これだ←これだ←これだァ!(コピペしてます)

 

その点、『キャビン』を観た人なら既に知っているだろうが、ドリュー・ゴダードはパロディやメタのちょっとした才人である。『ゾンビランド』(09年)のルーベン・フライシャーとタメを張る才能だと思う。

おそらくシネフィル街道をズケズケ突き進んでいた10年前なら、この恥も外聞もなくタランティーノをやる不埒な態度への冷視がハデな酷評文を書かせもしただろうが、かつてのように不必要なほどシビアに映画を観なくなった今では「冷視」は「熱視」へと温度を高め、この生硬にしてオイタが過ぎたごく普通の出来栄えにおさまる映画が無性に愛おしく感じるのである。そう、ちょうどタランティーノが『戦争プロフェッショナル』(68年)『課外教授』(71年)のようなゴミ映画を愛するように。

f:id:hukadume7272:20190910085629j:plain

 クリム・ヘムズワース(右)とダコタ・ジョンソン(右)。