シネマ一刀両断

面白い映画は手放しに褒めちぎり、くだらない映画はメタメタにけなす! 歯に衣着せぬハートフル本音映画評!

迷い婚 すべての迷える女性たちへ

ジェニファー・アニストンは毎秒ジェニファー・アニストン。

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2005年。ロブ・ライナー監督。ジェニファー・アニストン、ケビン・コスナー、シャーリー・マクレーン。

 

ジャーナリストのサラは恋人のジェフとの結婚を決めるが、心の中にはまだ迷いがあった。そんな折、祖母のキャサリンから、30年前に死んだサラの母が結婚式の数日前に若い男と駆け落ちした事実を聞かされる。その真相を解明することは自分探しの鍵となるかもしれないと思ったサラは、母の同級生のボウを訪ねる旅に出る…。(Yahoo!映画より)

 

おはよう、給与所得者たち。

お香の消費量がいかつい。不肖ふかづめ、執筆中は常にお香を焚いているため、評を書けば書くほどお香が減っていくという寸法である。減ったお香は近所にあるエスニックな雑貨屋で補充している。二十本で金百円成。やすーい。

また、わたくしは煙草も喫むので、お香と煙草のダブルスモークで自部屋は霧に包まれたやう。キッチンに行きたくても「キッチン、どっちン」などと云い乍ら彷徨する始末。前が見えぬのだ。ドアや窓を開ければ、そこから煙がもくもく外へ。すわ一大事と駆けつけた隣人「火事ですか?」と不安顔。「いえいえ、お香と煙草のダブルスモークですよ」と逐一説明。料理でもしようものなら、お香の煙、料理中に喫む煙、フライパンから立つ煙とトリプルスモークが部屋を襲う。「火事ですか?」と隣人。「トリプルスモークです」と説明。

もう一寸がんばったら煙の神様になれるやもしれぬ。とりあえず其れを目指そう。煙の神様。なんだか格好いい。でも他人様に煙たがられそうです。

そんなスモークトークもそこそこに、本日は『迷い婚 すべての迷える女性たちへ』です。

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◆ロマコメ一本槍女、ジェニファー・アニストン◆

当ブログではジェニファー・アニストンの映画を取り上げるのは始めてだ。

ジェニファー・アニストンといえばテレビドラマ『フレンズ』(94年-04年)が有名だろう。あとアンジェリーナ・ジョリーにブラピを奪われた元妻というイメージ(悲しいイメージ)。

そんな彼女は『フレンズ』で認知されたあと映画界に転向、『ピクチャー・パーフェクト』(97年)『セックス・アンド・マネー』(06年)『ウソツキは結婚のはじまり』(11年)など数多くのロマンティック・コメディで主演を張り続けてきたコメディエンヌだが、同時代にぶいぶい言わせていたメグ・ライアン、ジュリア・ロバーツ、サンドラ・ブロックあたりの「ロマコメの女王」に比べるとやや地味。知らない人はホントに知らないというタイプの女優である。

なぜジェニファーはこの三者よりも地味なのか?

それはジェニファーがコメディ1本の女優だからであるっ。

※なお、ここで言う「コメディ」とは広義の解釈を指す。つまりコメディ、ロマコメ、ほかコメディタッチの作品全般も含む。

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通常「ロマコメの女王」と呼ばれてきた女優たちは例外なくキャリア中頃で演技派への転向を図り、シリアスなドラマや重厚な文芸作、またスリラー系の作品で役の幅を広げようとする。出演作がロマコメに偏るとパブリックイメージが固定されてしまいキャリアの足枷になるからである。

ロマコメの女王たちにとって「脱ロマコメ」はキャリアアップが懸かった大いなる挑戦である。ジュリロバやサンディを筆頭に、レネー・ゼルウィガー、リース・ウィザースプーン、アン・ハサウェイのように成功した者もいれば、大失敗したメグ・ライアンをはじめ、キャメロン・ディアス、ケイト・ハドソン、レイチェル・マクアダムスのように苦戦を強いられた者もいる。また、志半ばで死んでしまった者も…(ブリタニー・マーフィ)。

つまり、誰もがマリリン・モンローよりオードリー・ヘップバーンになりたがってるわけ。

マリリンはロマコメでの役以外はあまり上手くこなせなかったが、オードリーは歴史大作から西部劇までソツなくこなした。そんな中、孤高のマリリン精神を貫いたのがゴールディ・ホーン(カート・ラッセルと結婚してケイト・ハドソンを爆産みした人)だが、そのゴールディですらコメディ以外の作品に多数出演している。

 

そこへきてジェニファー・アニストンだ。

彼女は米ロマコメ史において最もブレなかったコメディエンヌだと思う。演技派転向の意思などサラサラなく、芝居のレパートリーもひとつだけ。そのレパートリーとは「ジェニファー・アニストン」だ。

ジェニファー・アニストンはジェニファー・アニストンを演じる。毎回、毎年、毎分、毎秒!

ジェニファー・アニストンは毎秒ジェニファー・アニストン。

そういうことが言えると思います。まさに生まれながらのコメディエンヌ。ロマコメ一点特化型女優。この偏向ぶりがジェニファーの唯一性を逆説的に担保している。

昨今、コメディエンヌなんて履いて捨てるほどいるがコメディエンヌをやめなかったのは彼女だけ。

そんなジェニファーの主演作『迷い婚 すべての迷える女性たちへ』を取り上げることができて非常に嬉しいのだけど! 悲しい哉! 愚作!

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◆『卒業』を引用したチトおもしろい設定◆

映画は、妹の結婚式に出席するために婚約者を連れて故郷パサディナへ向かうジェニファーの憂鬱に始まる。いわゆるマリッジブルーというやつだが、その原因は彼女の家庭環境にあった。アバンタイトルではこのような昔話が語られる…。

1962年のパサディナ、42歳のマダムと大学を卒業したばかりのプレイボーイが結ばれて一夜を共にした。そのあとプレイボーイは別の女に走ったが、よりによってその相手はマダムの娘だった。それを知ったプレイボーイの知人は後に作家デビューしてこのエピソードを小説にしてしまう。小説はたちまちヒットして映画化された。題名は『卒業』。だが、娘はプレイボーイを見限って別の男性と結婚して子を授かる。そしてジェニファーが産まれた。第二子を産んだ直後に娘は病死してしまい、マダムの方も夫を亡くした。

要するにジェニファーの母親と祖母は同じ男と寝て不幸になった女。だからジェニファーはなんとなく結婚に踏み切れずにいる。しかも誕生日から逆算したところ、もしかすると自分の父親は亡き母が短期間だけ交際していたプレイボーイかもしれないという可能性に行き当たったのだ。このモヤモヤをどうしても解消したいジェニファーは、妹も婚約者も放ったらかして謎多きプレイボーイを捜し始める。

 

…というのが大まかな筋で、アメリカン・ニューシネマの代表作『卒業』(67年)を絡めたストーリーになっている(勿論フィクションです)。もしも『卒業』のモデルになった母娘がいたら…? みたいなif設定が組み込まれてるわけ。

あまりに有名な作品なので軽くさらう程度に留めるが、『卒業』は恋人エレーン(キャサリン・ロス)の母親ミセス・ロビンソン(アン・バンクロフト)と浮気してしまう若者ベンジャミン(ダスティン・ホフマン)のモラトリアムを苦々しく描いたニューシネマのマスターピースだ。なんといってもサイモン&ガーファンクルの「The Sound of Silence」。そして結婚式に乱入したベンジャミンがエレーンの手を取って教会から抜け出しバスに乗り込むラストシーンでお馴染み!

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二人の顔から少しずつ笑みが消えていく伝説のラストシーン。先の見えない将来を憂慮する、というニューシネマ的結末。

 

つまりミセス・ロビンソンのモデルはジェニファーの祖母だった!(という設定)

ちなみに祖母を演じているのが『アパートの鍵貸します』(60年)で知られるシャーリー・マクレーン(好き!)。

ヒッチコックに見出され、その後ロマコメの名手ビリー・ワイルダーのミューズとなった往年の大女優である。85歳になった現在でも主演作が作られており、名実ともにハリウッド黄金期の生き証人として現在もめちゃめちゃ生きておられる。

なお、ハゲが深刻化する前のニコラス・ケイジと共演した『不機嫌な赤いバラ』(94年)以降はきっぷのいい豪胆なババアを演じることが多く、本作でも結婚をためらう孫ジェニファーに「結婚には『離婚』という明るい未来もある」「私は死んだ夫からプロポーズされたときに吐いた」など、たいへん有意義なアドバイスを送った。

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ハリウッド黄金期 最後の生き残りシャーリー・マクレーン。

 

そのほか、ジェニファーの婚約者をマーク・ラファロ(以下ハルク)、父親をリチャード・ジェンキンスが演じている。そしてジェニファーに亡き母の秘密を教えた近所のばばあ役にキャシー・ベイツ(いいね)。

謎のプレイボーイがサンフランシスコにいることを突き止めたジェニファーは、妹の結婚式を終えた足で単身シスコへ直行。その男は大企業の社長で一流のスケコマシ。ジェニファーから「あなたが本当の父親かもしれない」と言われたが不妊症精巣障害を理由にきっぱりと否定した。そのあとバーで酔っ払った二人は勢いで寝てしまいます。

このプレイボーイを演じているのがケビン・こなすーである。

何してんだオメェ!

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スケこなすー。


◆クソして寝な◆

その後、ジェニファーとこなすーの禁じられたロマンスがタラタラ描かれるのだが、これが地獄みたいにつまらない。

第一、お互い本気ではなく、こなすーは根っからの遊び人だし、ジェニファーは結婚への不安から浮気してしまっただけ。ゆえに相当どうでもいい映画となっております。要はプレイボーイが親子三代と寝たというだけの話だし、無理やり絡めた『卒業』ネタも特に活かされない。

ジェニファーは婚約したハルクを裏切ってこなすーと寝たあと、ハルクに浮気がバレてしまい、すごい勢いで言い訳をする。曰くマリッジブルーなんだとさ。「マリッジブルーゆえに多少の浮気は止む無し。マリッジブルーが私に浮気をさせたといえる。全部マリッジブルーのせい」というのがジェニファーサイドの主張である。

ハルクの気持ちは?

ハルクは体が緑色になるぐらい怒って別れを突き付けたが、ラストシーンで「マリッジブルーゆえに浮気してごめんなさい」と謝罪(ほぼ言い訳)しに来たジェニファーを許して元の鞘に収まりハッピーエンドを迎えます。はいはい美談美談。

とにかく「愚劣の花びら」という渾名をつけたいぐらいヒロインが最低なのだが、映画はこなすーを悪者に仕立て上げることでヒロインの身勝手な行動からわれわれの注意を逸らそうとしているんだ。オレには全部見通しだ!

愚劣な脚本だけならともかく、撮影も演出も凡庸。旅行気分に浸れるようなロケーションをテキトーに塗して、金に物を言わせただけのお姫様待遇を受けるジェニファーの乙女心とやらをマヌケな構図でおさめていく。

とはいえ、この手の映画はバカ女にはウケるかもしれない。年上のオジさまとのイケないアバンチュールに酔い痴れて「ちょっと憧れるぅ~~」なんて言いつつ風呂上がりに保湿ケアをしながら見る分には持ってこいの作品だ。

まぁ、大体そういう奴らって4日後には見たことすら忘れているのだが。

それに邦題もむかつくよな。『迷い婚』というのは言い得て妙だけど、そのあとの『すべての迷える女性たちへ』という副題がむかつく。てことは何? 結婚に踏みきれない世の女性たちはジェニファーと同じように一度浮気してみましょうってこと? もし私が結婚に迷っている女性の立場だったら「いや、一緒にしないで?」なんつって更に激昂していたこと請け合い! ふざけろ!

 

『卒業』の扱い方も雑だった。「もしもあの映画のベンジャミンとエレーンとミセス・ロビンソンにモデルがいたら面白いよね~」という着想から何ひとつ発展しない。

例えばですよ、例えば祖母シャーリーが誰かと再婚することになって、その結婚式に現れたこなすーが教会からシャーリーを奪い去って数十年ぶりに再び結ばれる…みたいな『卒業』のifストーリーを用意することなんて幾らでも出来たはず。『卒業』では描かれなかった三人の秘話を織り交ぜたりとかさ。そういうことを一切しないの。

何なんだろ、この制作陣…。映画作りから卒業したの?

しかも監督は『スタンド・バイ・ミー 』86年)ロブ・ライナー。演出能力はきわめて低いが、誰かが書いたすぐれた原案・脚本をソツなくまとめる手腕に関しては定評のある男だ(スティーヴン・キングの『スタンド・バイ・ミー 』『ミザリー』、それにノーラ・エフロンの『恋人たちの予感』など)。

ちなみに『卒業』でミセス・ロビンソンを演じたアン・バンクロフトは2005年(おそらく本作の製作中)に亡くなっている。祖母役でなくとも、どこかにはアンを出したいと思っていたかもしれないが…つくづく間が悪い。

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低級きわまりない本作を観ていて唯一楽しかったのは祖母役のシャーリー・マクレーン。やはりこの人です。

うじうじと結婚に悩むジェニファーに渇いた口調で助言する頼もしさ。あと皮肉。ジェニファーから紹介されたハルクが弁護士と知ったときの軽い会話がいい。

シャーリーあら、あなた弁護士なの。そうは見えないわね

ハルクそちらも。お婆さまには見えない

シャーリーやっぱり弁護士ね。二枚舌野郎!

シャーリーは42歳のときに関係を持ったこなすーを憎んでいた。娘と浮気したのだから当然だ。そんなこなすーがジェニファーを捜して家に押しかけてきた。「歩く下半身のお出ましだよ!」と息巻いたシャーリーは玄関でサングラスを掛け、キザな足取りでゆっくりと庭まで歩いてきて一言…

クソして寝な

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シャーリーが言い放った「クソして寝な」というパンチライン。


シャーリー・マクレーンが最高にいかす。名優ケビンこなすーにこんなことを言えちゃうなんて。さすがシャーリー。レジェンド女優のスゴ味は伊達じゃない(このあとシャーリーから嫌味・非難・説教を浴びてタジタジになったこなすーが不憫かわいい)。

なお、エンドロールでは後日譚としてジェニファーとハルクの結婚式が描かれる。出席者たちが大盛り上がりする中、ジェニファーが投げたブーケが退屈そうに煙草を吸っているシャーリーの目の前にドサッと落ちた。

シャーリーは少し考えたあとにブーケを灰皿代わりにして煙草の灰を落とした。

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ハルク「僕はエレーンよりもミセス・ロビンソンの方が好きですよ

 シャーリー 「お黙り