シネマ一刀両断

面白い映画は手放しに褒めちぎり、くだらない映画はメタメタにけなす! 歯に衣着せぬハートフル本音映画評!

ブルーアワーにぶっ飛ばす

何が問題か? それが問題だ。

f:id:hukadume7272:20200329084508j:plain

2019年。箱田優子監督。夏帆、シム・ウンギョン。

 

30歳でCMディレクターをしている砂田は、東京で日々仕事に明け暮れ、理解ある優しい夫もいて、充実した人生を送っているように見える。しかし最近は、口を開けば毒づいてばかりで、すっかり心が荒んでしまっていた。そんなある日、病気の祖母を見舞うため、親友の清浦とともに大嫌いな地元の茨城に帰ることになった砂田は、いつものように清浦と他愛ない会話をしながら茨城に向かうが、実は今回の帰省に清浦がついてくるのには、ある理由があった。(映画.comより)

 

おはようございます。

1時間ぐらい前書きのネタを考えてるんだけどまったく思い浮かばないので諦めます。「全日本時間を無駄にしてる人ランキング・午前の部」というのがあったらデイリー100位には入ってると思う。

そんなわけで本日は『ブルーアワーにぶっ飛ばす』です。

f:id:hukadume7272:20200329084447j:plain


◆寂寥系詩的映画の急先鋒◆

TSUTAYAが主催する新人監督発掘プログラム「TSUTAYA CREATORS' PROGRAM FILM」の審査員特別賞に輝き制作費のバックアップを受けて作られた本作。

過去には長澤まさみと高橋一生の共演作『嘘を愛する女』(18年。未見です)や、池田エライザ主演の『ルームロンダリング』(18年。未見であります)、三浦貴大と成海璃子の『ゴーストマスター』(19年。未見でごめんちゃい)が制作されており、そこそこ注目を集めている制作支援プログラムのようだ。一個も観てねえがな!

制作には口を出さず金だけ出してくれるようなので非常にハートフルなプログラムだと思う。AmazonやNetflixみたいに制作会社を持ってるVODだと口出しされちゃうからね~。

そんなわけで、まんまと制作費5000万円をゲットしたCMディレクターの箱田優子は、
『天然コケッコー』(07年)『海街diary』(15年)でお馴染みの夏帆と、韓国映画『怪しい彼女』(14年)で主演を務めたほか『新聞記者』19年)で外国人初の日本アカデミー賞主演女優賞に輝いたシム・ウンギョンを指名して半自伝映画の制作に乗り出した。題は『ブルーアワーにぶっ飛ばす』。コピーは「自分探しとか、本当の自分とか。んなもん、クソくらえだ馬鹿野郎」

よろしい、肝が据わってるじゃないか。

CM業界ではそれなりに名を馳せたのかもしれんが映画業界ではまったく無名の女が初監督作で「自伝映画」を撮ることの図々しさ。

いいじゃん、いいじゃん。デビュー作なんて厚かましいぐらいが丁度いいのだ。遠慮するのはもっと売れてからでいい。

 

別にファンでも何でもないのだが、夏帆はデビュー当時から見ていた。『うた魂♪』(08年)とか『きな子 ~見習い警察犬の物語~』(10年)とか『箱入り息子の恋』(13年)とかなぜんぶ貶したが

無条件でもてはやされるJK的な清純派路線から脱した現在はやや迷走(埋没?)してる感も否めないが、とりあえず本作は夏帆が振りきっている。かっほかほである。もしも未来の故事成語辞典に「夏帆が振りきる」という項目があれば、その意はきっと「『ブルーアワーにぶっ飛ばす』の夏帆のような~」と続くはずだ。

一方のシム・ウンギョン。『新感染 ファイナル・エクスプレス』(16年)では最初の感染者役で手足ぽきぽき演技を披露し、『サニー 永遠の仲間たち』(11年)では常軌を逸した手足ぽきぽき演技で観客をドン引きさせた経歴を持つぽきぽき系女優の急先鋒。本作や『新聞記者』を機に、今後日本映画への出演が増えていくであろうことが予想される第二のペ・ドゥナ状態に手足をぽきぽきさせての祝福。

f:id:hukadume7272:20200329090543j:plainかっほかほの夏帆と、ぽっきぽきのシム。

 

女一匹、どっこい生きてる。

職業はCMディレクター。現場では愛想笑いを浮かべ、居酒屋で愚痴を吐く日々。遮二無二働いちゃあいるが、優しい夫(渡辺大知)の気付かぬところで広告代理店の男と不倫中。私のことが好きな人が嫌い。病気の祖母を見舞うため、友達連れて地元に帰った。農地だらけのディープ茨城。カタコトの友達はやけに元気だ。牛に興味を示してる。雷雨に見舞われ実家に泊まった。疲れきった母(南果歩)。日本刀を振り回す父(でんでん)。小児性愛傾向のある兄。なんとなく好きじゃない地元で、いま始まる、気まずバケーション。帰りてー。

ま、こういった中身である。

基本的には夏帆がシムといっしょに茨城の実家でグッタリしてるだけの日常映画で、特におもしろいことは起きません。

されど本作、業界内の評判がすこぶる良く、麻生久美子、神木隆之介、剛力彩芽、吉岡里帆など人気俳優陣が「ごっつええやん」と絶賛コメントを寄せていた。

映画は、エピソードを重ねていくというよりヒロインの心情を静かに追った映像スタイルで、タイプとしては『そこのみにて光輝く』(14年)『オーバー・フェンス』(16年)『溺れるナイフ』(16年)『映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ』(17年)あたりの寂寥系詩的映画に近いかな。好きな人にはたまらない雰囲気の映画だけど、観慣れてない人だと「何がおもろいん? ねえ、これ何がおもろいん?」って懊悩地獄に叩き落される類の映画ね。

f:id:hukadume7272:20200329085057j:plainシムの車で茨城にゴーして実家でグッタリする話。

 

◆どいつもこいつも苦悩しやがって◆

やさぐれアラサーのリアルな内面がフィルムに叩きつけられていてなかなか面白かったわ。

居酒屋で愚痴を吐いたあとトイレで戻し、服にゲロをつけたままカラオケに行った夏帆が、かの名曲「いぬのおまわりさん」を絶唱して「泣いてばかりじゃ分からねえだろうがー!」と子猫ちゃんを脅して酔い潰れる。これほど毒舌と悪態に満ちたキャラクターを(清純派から脱却したとはいえ)夏帆が演じることの奇手感な。

近年の夏帆がよく見せるリアルやつれ顔が程よく役作りに貢献してもいるこのヒロインは、仕事も不倫も順風満帆なのにいつもクサクサしていて巨大なルサンチマンに押し潰されそうになっている。その原因をあえて明らかにしないことで「都会で頑張るアラサーなんて大体こんなもんよ」という具合に普遍的クサクサとして描いてるわけだけど…ごめん、これもうやめて。

「このキャラは深刻な悩みを抱えてますが何について悩んでいるかは教えてあげない事とする」みたいな苦悩の曖昧化現象ね。

教えてよ!!!

なんで教えてくれへんの苦悩の理由を!

いまや音楽然りアニメ然り、ボンヤリした苦悩とか言語化できない心のモヤモヤがサブカルチャーの共感装置になっていて、どいつもこいつも「とりあえず苦悩してみるか」のノリで承認欲求を肥大化させているでしょう? Twitterとかでもさ。まるで「土曜の午後のカフェテラスで漠然と物思いに耽ってる私…どう?みたいな自己憐憫または自己陶酔に充足してやがって、この同情乞食がァ。

「どう?」じゃねえわ。どうもこうも、おまえが一体どんな物思いに耽ってるのか、それが分からなきゃ理解も同情もできないのに、この手の寂寥系詩的映画では「それについては教えてあげない事とする」の一点張りなんだよ。

おまえは村上春樹の小説に出てくる「僕」の妻か?

春樹文学に出てくる妻は決まっていつも憂愁に閉ざされていて、何か悩みを抱えているようだけど結局なにも打ち明けないまま失踪するんだよ。そして二度と帰ってこないんだよ。だから「僕」はやれやれと思いながらビールを飲むんだよ! ピクルスだって齧っていくよ!!

“何が問題か”ということ自体が問題なのに、それを教えてくれないからニッチもサッチもどうにも……ブルドッグなんだよ!

いみじくもこのような文化的位相は、社会現象を巻き起こした村上春樹のベストセラー『ノルウェイの森』(87年)が映画化された2010年以降の日本映画に顕著で、それまでは岩井俊二の専売特許だった寂寥系詩的映画は今や誰でも真似できる説話類型としてフォーマット化されちまったわけです。

 

だから観る者は夏帆と好対照をなすシム・ウンギョンの天真爛漫さを心の拠り所として春樹文学の妻的世界観を生きねばなりません。

クサクサの夏帆を笑わせ、喜んで旅の同伴者となる彼女は、少しぎこちない日本語で夏帆と漫才を繰り広げるお調子者だ。台本を覚えるだけでも大変だろうに、のべつ幕なしに喋りまくるので圧倒されてしまう。夏帆の実家に上がり込み、家宝の日本刀を得意気に振り回すでんでんをまじまじと見つめ「おー、銃刀法違反」と賛辞を贈りもする。シム・ウンギョンは眺めてるだけで楽しい女優だな。

虹に感動し、虫に興味を示し、他人の家族アルバムを食い入るように見る彼女は、まるで夏帆に欠けた人間らしさをすべて持ち合わせた太陽みたいな元気娘だが、果たしてその正体は夏帆が作り出したイマジナリー・フレンドだったのでした。

なんだよそれ!

何のミスリードもなく「実は存在しないキャラです」と突然明かされるのでマジでなんだよそれ案件なのだが、シムは夏帆が忘れてしまった「物事に喜び、感動する心」の化身らしいのよね。それにしてもなぜ韓国人なのだろう。イマジナリー・フレンドなら韓国人である必然性ってあるかな…?

監督「それについては教えてあげない事とする」

ん゛ん゛ん゛――ッ!

f:id:hukadume7272:20200329085525j:plain天真爛漫シム・ウンギョン!

 

◆ディテールを味わってみる◆

映画はブルーアワーの田園地帯をひた走る幼少期の夏帆のイメージに始まり、その原風景を何度も反復することでその時々の彼女の心境を示唆している。

撮影面では恣意的とすら思えるぐらい色々な被写体を無法則的におさめていて、まぁ良くも悪くもCM出身者の手つきといった感じだ。映ってるモノ自体に大した意味はなく、その「繋げ方」によってリズムを出しているが、主演2人の貌を撮ろうとする意思は感じられたので、ひとまずはグッタリしながら2人を眺めているぶんには十分楽しめる作品かと思います。茨城県の退屈な景色をたっぷり吸い込んだショットも充実してるしな。獅子頭展望台とか、あと、そうね…獅子頭展望台とか…。

主演の2人以外で映ってるモノといえば田舎風景日本家屋ババアです。あと

制作費の5000万どこに使ったんだよと思うような、しみったれたローカル丸出し映像にグッタリしつつも前後不覚。

f:id:hukadume7272:20200329090014j:plain実家でのんびりコロコロ。

 

先述したように取り立てて面白いことが起きる映画ではないが、それゆえに何気ないシーンのディテールに目がいき、そこで小さく描きだされた何てこたぁない描写やセリフを丁寧に味わってみる…というのがこの手の映画の掟である。ジム・ジャームッシュとかな。

ぶっ倒れた祖母が回復するのを待ってから見舞いに行った夏帆が「弱ってる姿は見たくないからさ…」と言い、その言葉に対してシムが「え。弱ってるから見舞いに行くんでショ?」と返すやり取りはなかなかユニークだ。どちらの言い分もわかるお見舞い論。これって発言の先後関係を逆にしても会話が成立する見舞いパラドックスなんだよね。

 

スナックのママに愛想笑いを見透かされた夏帆が「それ、かわいいって言われるかもしれないけどブスだからね」と急所を突かれる場面もいい。

きつい方言で下ネタを飛ばし合うスナックのノリについていけない夏帆は、そこの客と従業員を「田舎者め(まぁ私の地元なんだけど)と内心見下しながらも追従笑いを浮かべていたのだ(もう一人の自分…つまりシムは彼らの輪に入ってカラオケを楽しんでいた)。どうせ見下すなら堂々と見下せばいいものを、秘密めいた微笑の裏側で人を蔑む厭らしさ! これが都市生活者の優越かーッ!

だが、もう一人の自分は同郷の彼らと同じノリを共通していた。つまり夏帆とシムは地元を捨てた自分地元を愛する自分でもあるわけ。100パーセントの「キライ」なんて滅多にないわけですから、自分の中にちょっぴり残った「好き」って気持ちと仲良くつきあうことが大事なんだよね。だから地元を離れるラストシーンの車中で、シムに「寂しいっスか?」と訊ねられた夏帆は「ぜんっぜん寂しくなくて寂しい!!」と号泣しちまうんだろう。

 

箱田優子は第二の山戸結希みたいなポジションになっていくのだろうか。ええ? どう思いますか皆さん。なに。知らない? 俺だって知らねえよ!

なんでもいいけど、シム・ウンギョンのウエットな髪質が格好よかった。白いシムと青い夏帆の夏空を思わせるコーディネートも気持ちよい。

このヒロインのように心がクサクサしている観客ならブルーアワーにぶっ飛ばせるかもしんない。

私はぶっ飛ばす・ぶっ飛ばさない以前に「苦悩の曖昧化現象」に対して未だにクサクサしてる。

f:id:hukadume7272:20200329085827j:plain
(C)2019「ブルーアワーにぶっ飛ばす」製作委員会